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246号旧道探索その8(最終) 溝口区間

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

今回は溝口。8回に分けて掲載したこのシリーズもこれにて終了です。

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246旧道探索
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この辺りは古くからの街道筋で、川崎市などが大山街道をテーマに沿道づくりをしている地区でもあります。

南側から北向きに進んでいきます。

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▲梶ヶ谷交差点から進む

馬絹方面から来た旧道現在の国道246号線を横断し、梶が谷駅方面に進んでいきます。


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▲梶ヶ谷交差点の先

旧道はいわゆる1.5車線の道路になります。舗装も通常のアスファルトと違って、地域づくりにとって大切な道路であることが伺えます。


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▲S字カーブ

しばらく進むとS字カーブになります。坂を下って多摩川の低地へ向かっていきます。


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▲溝の口駅の隣

S字のカーブで坂道を下りきると、溝の口駅/武蔵溝ノ口駅の隣に到着します。この辺りは駅前ということもあって賑やかな場所で、旧道という雰囲気は少ないです。


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▲庚申塔

道の脇には庚申塔が大切にされていました。

案内板には、江戸時代にこの庚申塔が作られ道標を兼ねていたことが書かれていました。


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▲南武線と交差する

旧道南武線と踏切で交差します。踏切の名前は「大山街道踏切」です。

現在はこの先の南武沿線道路にかけて都市計画道路事業が行われていて、将来的にはアンダーパスで南武線と交差する計画のようです。

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▲栄橋交差点

南武線と交差した後、栄橋交差点南武沿線道路と交差します。

現在は栄橋という橋は存在しません。


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▲栄橋の親柱

交差点の角には栄橋の親柱が残されています。この橋は旧平瀬川二ヶ領用水の根方堀が交差する場所にあったようです。

いまや川の面影もありません。

※親柱とは橋の高欄(欄干)の端にある大きな柱のことです。よく橋の名前が書いてあります。

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▲案内板

栄橋の隣には大山街道の案内板もあります。

どちらかというと江戸期のことが書かれていて、今回の私のテーマである昭和期の旧道のことは描かれていませんが。それほど江戸期に栄えた場所だったんでしょうね。

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▲大山街道

この先の二子橋までこのような道が続きます。大山街道をテーマにまちおこしが行われています。


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▲大山街道ふるさと館

街道沿いには川崎市の施設である大山街道ふるさと館があります。大山街道についていろいろ知ることができるので立ち寄ってみてくださいね。


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▲二子橋

多摩川を越える二子橋に到着。かつては鉄道との併用橋でしたが、いまは道路だけの橋です。

実はこの橋は現在も国道246号線国道246号線は別に新二子橋があるのに、いつまで国道でいるんですかね。さすがに直轄ではないみたいですが。

これにて大和市の鶴間駅から続けた旧道探索は終了です。ありがとうございました。

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撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-04-12 00:00 | 散策 | Comments(2)

246号旧道探索その7 戦争で付け替えられた旧道@川崎馬絹

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

今回は川崎市の馬絹~梶ヶ谷地区

旧道を辿る前の下調べで初めて知ったのですが、この付近は戦争と関わりがあるらしく、今回の鶴間~二子玉川の散策で一番興味深い地域となりました。

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▲「新道馬絹」交差点から分岐する旧道

新道馬絹交差点から左にそれる方向で旧道が分岐します。

wikipediaによると、このあたりの現在の国道246号は1980年7月23日に開通したようです。

新道馬絹という名前は、旧道の馬絹に対して新道(現在の国道)側にできた交差点という意味だと思いますが、新道は40年経っても新道です。

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▲「新道馬絹」交差点から分岐後

分岐後、対面通行の2車線の道路になります。

新道馬絹馬絹までは新道の高架橋の側道的役割も果たしていますが、対面通行なのは旧道の名残の1つなのかもしれません。

さて馬絹交差点から先は陸軍基地の建設に伴い付け替えられた区間となります。

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▲1947年の航空写真

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当初、上地図で赤色の線で示したルートで道がありました。しかし、1942年に陸軍歩兵第101連隊(通称 東部62部隊)が赤坂から移転し、道路を含む範囲で基地となり、道路は青色の線で示したルートに変更されました。

戦後すぐの航空写真を見ると、なにやら軍事施設のようなものが見られます。

現在は基地は何もなく、東急田園都市線沿線の開発によって住宅地になっています。少し痕跡はあるようですね。

以下のサイトが詳しいので紹介させていただきます。

余談:尻手黒川道路

ちなみに、航空写真左下に写る直線的な道路は現在の尻手黒川道路に当たります。この直線的な部分ができたのもどうも戦時中らしく、軍事目的だったようです。

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▲尻手黒川道路

航空写真を見てみると、この戦時中の道路は清水台蔵敷交番前を抜け、稗原団地入口付近で消滅しています。

この道路がどこを目指していたのか気になるのですが、よくわかりませんでした。
登戸研究所を目指していたのか、別の施設があったのか、もっと先を目指していたのか・・・?
ちなみに現在の稗原団地入口近くには艦艇装備研究所川崎市所があります。1961年に移転してきたようですが、この存在もちょっと気になるものです。

もう少し勉強が必要です。

話を戻します。

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▲旧道と旧旧道の分岐

旧道旧旧道はまいばすけっと前で分岐します。


旧旧道
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▲旧旧道(まいばすけっと付近)

旧旧道はこのような道路になっています。

ルートの一部は現在の国道246号と被っています。


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▲旧旧道(宮崎中学校付近)

陸軍基地がおかれた後も旧旧道は残っていたようですね。その後土地区画整理事業も写真左側で行われ、道はほぼ同じ位置にあっても幅員などは変わっているのは確かでしょう。

注:国道246号が指定されたのは1955年のことであり戦時中は県道です。旧旧道が国道だったことはないものと思われます。

旧道
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▲長坂

まいばすけっと付近で分岐した旧道長坂という長い坂道に差し掛かります。

案内板によると、もともと長坂旧旧道にあった坂の名前だそうですが、道路が旧道に付け替えられたあとも旧道で名前が残ったそうです。

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▲旧道の街路灯に残る国道の名残

旧道は新道開通以降に国道から格下げされ、現在は川崎市道になっていますが、「建設省」の名前が付いた街路灯がありました。もちろんいまは街路灯の管理は川崎市に移っています。

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▲道路規模にしては大げさな横断歩道橋

現在の交通量からしたら大げさともいえる横断歩道橋が設置されています。これも新道開通以前に国道だった名残なのではないでしょうか。


この先で旧道旧旧道は合流します。

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▲梶ヶ谷交差点付近①

旧道梶ヶ谷交差点に突入。


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▲梶ヶ谷交差点付近②

旧道現在の国道246号を斜めに突っ切り、溝ノ口方面に進んでいきます。

かつての道路スペースを利用してか、梶ヶ谷交差点は少々広い交差点でした。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-04-06 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

246号旧道探索その6 有馬区間ほか

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は有馬付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回は、前回の続きで新石川付近~有馬付近を取り上げます。

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▲新石川交差点の新石川立体

新石川交差点を本線が立体交差で通っています。

新石川立体は2006年(平成18年)3月に開通しました。

この道路は少なくとも明治時代には現在の国道246号線とほとんど同じルートだったようです。江戸時代には少し東側を通っていたようですけどね。

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▲川崎市に入る

新石川交差点から坂道を登ったところで川崎市に入ります。

ここには峠茶屋前という交差点があるのですが、これが少し気になるので、本来の目的(=旧道探索)から離れて取り上げてみようと思います。


「峠茶屋前」の「峠茶屋」って何なんだ
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▲峠茶屋前交差点

国道246号横浜市川崎市の境界に峠茶屋前交差点があります。

市境であり、峠のような地形になっています。

しかし、肝心の峠茶屋が見つからないのです。


〇交差点前にあるローソンがヒント?
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交差点の前にはローソン川崎有馬九丁目店があります。ただ、見ても分かるように、明らかに居抜きで出店した建物です。

かつてここには「峠食堂」というドライブインがあったという情報を頂いております。ただ、そのことを示す地図や写真を見つけられず、確証が得られていません。


一方、峠茶屋前という標識がいつ設置されたものか、国土交通省の国道事務所に問い合わせたところ、2009年度に設置されたものだそうです。しかし、名前の由来は不明とのことでした。(警察署や区役所にも問い合わせていただいたようでありがとうございました)

私が持っている2007年の地図ではこの時すでにローソンは出店していたようですから、ローソン出店後に峠茶屋前の看板が設置されたのは明らかです。(2009年7月のストリートビューでも確認できます)

〇江戸以前の茶屋?

現在の国道246号線と並行して存在した江戸以前の矢倉沢往還は、この付近ではローソンの裏側を少し行ったところに通っていました。

その矢倉沢往還には峠部分に「立場茶屋」があったそうです。

いまはもちろん茶屋などないのですが、それが由来……ってこともあるのでしょうか?

当ブログでは峠茶屋前交差点の名前の由来に関する情報をお待ちしております。

旧道探索に戻ります
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▲有馬一丁目

峠茶屋前交差点から坂を下り、暫くすると有馬一丁目交差点付近で旧道が左に分岐します。

この付近の現在の国道246号線は1979年7月17日に開通したそうです。


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▲鷺沼入口交差点

この付近の両側は土地区画整理事業が施行されたようですが、道路はほとんど変わっていないようです。

カーブの雰囲気がかつての国道をにおわせている気がします。


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▲有馬

どこか、伊勢原の方の246に似ている気がしませんか?

この道路が旧道化して40年近くが経過していますから、道路構造物などはほとんど川崎市の所有物でした。


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▲宮崎小入口交差点付近

宮崎小入口交差点付近では旧旧道旧道が存在しているようです。旧道のほとんどは緑地帯になって道路としては現在の国道に飲み込まれているようですね。


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▲旧旧道

旧旧道は現在は住宅地の街路に飲み込まれ、このようになっていました。


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▲現在の国道246号線

すぐに現在の国道246号線に合流します。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-27 00:00 | 地域 | Comments(4)

246号旧道探索その5 市ヶ尾~荏田宿

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は市ヶ尾付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回は藤が丘~荏田(江田)にかけて探索します。

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246旧道探索
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▲藤が丘駅の北側

現在の国道246号線から離れ、ここから旧道がスタートします。航空写真を見ると現在の国道1961年~65年に開通したものと思われます。

この付近は1960年代~70年代にかけて上谷本第1土地区画整理事業上谷本第2土地区画整理事業下谷本西八朔土地区画整理事業が行われそれまでの道路や区画は整理されましたが、この旧道は以前とほぼ同じ場所に整備されています。

この道路の幅は旧道当時のものではなく、土地区画整理事業によって整備されたもので、当時の面影は無いように思えます。

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▲柿の木台地区

2車線の道路になっていて、途中歩道もなくなります。


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▲柿の木台交差点

しばらく進むと柿の木台交差点におりてきます。途中数十メートル旧道ルートは途切れていました。


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▲横浜上麻生道路と交差する

鶴見川を渡り、総合庁舎入口交差点横浜上麻生道路と交差します。

さらに先では上市ヶ尾交差点横浜上麻生道路の旧道と交差します。旧道同士の交差です。

この付近は土地区画整理事業は行われていませんが、河川の流路変更など少なからず土地の変化はあるように見えます。

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▲市が尾駅の北側

この付近も1960年代~70年代にかけて土地区画整理事業が行われた場所ですが、旧道と同じようなルートで道路が整備されています。

歩道付きの2車線道路です。


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▲東急田園都市線にぶつかる

旧道は東急田園都市線にぶつかります。田園都市線の向こう側には現在の国道246号線が並行して走っています。

現在は旧道はここで途切れていますが、周辺が開発される以前は田園都市線の場所に旧道があったようです。暫くすると、現在の国道246号線とルートが同じになります。

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▲現在の国道246号線

暫く現在の国道246号線を進みます。見える高架は東名高速道路E1です。


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しばらく進むと荏田宿跡に辿りつきます。

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▲荏田宿の案内

荏田宿矢倉沢往還時代に栄えた宿場でした。ただし、明治時代に大火があり面影はほとんど残っていないそうです。

上図で破線で示したのが矢倉沢往還のルートです。

その後赤い線で示したルートが開通します(幅員は現在のもの)。明治時代にはできていたようですが、どうしてクランクにしたのでしょうか。当時は自動車は考えていないでしょうから、宿場としての影響があったのかもしれませんね。

その後上図の通り道路ができています。ちょっと複雑な変遷を経ていますね。

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▲赤色の道(左)と、緑色の道(右)

「旧道らしい」旧道の分岐で、旧道は左に進みます。


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▲セブンイレブンの交差点

正面が青色の道です。最初地図を見たときはこれがもともとのルートだと思っていたんですが違うんですね。

荏田宿は交差点を右へ。既に書いたように面影はありませんが、常夜灯が残っています。


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▲青い色の道(右)

こちらも旧道らしい合流です。こういう景色好きな人多いはず。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-20 00:00 | 地域 | Comments(4)

246号旧道探索その4 青葉台地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は青葉台駅付近です。
歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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前回の続きで長津田の片町交差点からスタートします。

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片町交差点から暫くはバイパスではなく、拡幅された区間となります。

キツキツな4車線道路で歩道はかなり狭くガードレールで仕切られただけの道路です。国道って歩道がないがしろにされていることがよくある気がします。


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しばらく進むと恩田川を渡り、こどもの国通りを渡る恩田陸橋があります。

こどもの国通りへはハーフインターのような形で降りることができます。

ここから旧道は左前方へ。矢印の方向に進んでいきます。旧道時代は陸橋などは当然なかったようです。

ちなみに右前方の現在の国道は古い航空写真によると1959年~64年に開通したようです。

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ここから先は住宅街を抜けるようなルートになります。

上図で桃色で示した地域は土地区画整理事業が行われた区域で、旧道が消えた箇所が多くあります。土地区画整理事業は名前の通り、土地と区画を整理する事業ですから、道も付け替えられることもあるのです。

ただこの付近は旧道とほぼ同じルートで道路が整備されたようです。

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ぐねっと右に曲がり、坂道を登っていきます。


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しばらく旧道と重なるルートで道路が整備されていましたが、この付近で消滅。

確証はないですが、この付近の現在の国道は土地区画整理事業によって整備されたのかもしれませんね。


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しばらく進むと下り坂になり、青葉台の町中へ進んでいきます。

1つ上の写真で途切れた旧道は矢印のように進んできたようです。


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この道は現在の国道の裏道。ここのあたりに旧道があったみたいですが全く面影がありません。

この先も土地区画整理事業が行われた地域が続きます。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-13 00:00 | 地域 | Comments(3)

246号旧道探索その3 長津田地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索するシリーズ。今回は長津田駅付近です。
歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回の長津田駅付近はこのようなルートになっています。

現在の国道は、航空写真によると1961年~64年頃に開通したものと思われ、当時から市街化していた長津田駅南口地区を迂回するバイパスルートとした経路のようです。

そもそも長津田は宿場町として栄えた土地で、1908年に横浜鉄道(現:JR横浜線)が開通し駅ができた土地でもありました。

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▲長津田交差点

旧道は長津田交差点から左にそれて行きます。

現在の国道は見るからに山を切り崩して開通したのかなという印象で、その先は恩田川付近まで谷筋に沿って下り坂が続きます。


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▲長津田交差点の北側

旧道も一気に坂道を下って行きます。2車線の道路で、抜け道としての利用があるのか、少々交通量のある道路でした。


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▲旧旧道と旧道の分岐

さてしばらく進むと、旧旧道としてまた少し古い道がグネグネっと曲がっています(上図参照)。

黄色の旧道ができたのは、航空写真によると1955年~56年頃です。このころといえば道路が国道として指定されたころで、何らかの関係があるのか気になります(わからないけども)。

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▲旧旧道と旧道

旧旧道はぐねっと迂回して行きます。

何度も書いていますが、道というのは市街地再開発でもしない限り残るのが面白いものです。


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▲長津田駅南側

長津田駅南側は旧道と重なるように都市計画道路が存在し、一部で拡幅が完了しています。駅南口も昔はもっと狭かったような気がするものですが、綺麗になったものです。

ちなみにこの辺りが宿場として栄えた場所のようで、面影はありませんが今でも商店が多く建ち並んでいます。

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▲御幸通りバス停

御幸……というからにはとネットで適当に調べたら大正時代の出来事と関連するようです。御野立所もあるみたいですが、それを知ったのは記事を書くときになってからです。事前に知っていたら行っていたかも。
明治大正くらいの行幸啓関係は結構石碑とか残っていたりするんですよね。

ちなみに写真の交差点から先は県道139号真光寺長津田線の一部とルートが重なります。

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▲旧道はそれる

しばらく進み、旧道は左方向へ。右の太い道は都市計画道路として整備されたようで、特に歴史がある道ではないようです。


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▲JR横浜線を潜る

暫く坂道を下るとJR横浜線を潜ります。この狭さといい、石積みといい、歴史を感じませんか?


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▲JR横浜線を逆向き

ちなみに反対から見るとこんな感じ。

Wikipediaによればこの辺りが複線化したのは1979年のようで結構最近のこと。(銘板によると橋の竣工は1974年のようです)
このように単線の名残が見られるのは萌えポイントの1つですね。

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▲現在の国道と合流

現在の国道と合流。ここで一部ルートが重複していた県道139号真光寺長津田線は終点です。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-09 00:00 | 散策 | Comments(0)

246号旧道探索その2 すずかけ台地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索するシリーズ。今回はすずかけ台駅付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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町田市辻付近
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▲町田市辻付近

以前記事にした続きで二子玉川に向けて進んでいきます。

このあたりは1980年代まで2車線だったようで、写真にある高架橋の立体交差の完成と同時期に4車線化したようです。

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▲町田市辻の道祖神

町田市辻の交差点近くには道祖神が置かれていました。

いわれはよくわかりませんが、道として重要な場所だったのかなと想像します。


すずかけ台駅南側の旧道
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▲旧道の入口

すずかけ台駅の近くで旧道は左下へと下って行きます。右の道が現在の国道246号です。

航空写真によると、現在の道は1961年~1964年頃に開通したようです。このあたりが市街化する直前期と言えます。1960年代後半~1970年代には付近で土地区画整理事業が開始され、1968年には横浜町田インターが開設、1972年には田園都市線が開通と、10年ほどの期間に目まぐるしく景色が変わって行ったのでしょう。

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▲旧道

ここには谷があるようで、旧道は急な坂を下った後、再び現在の国道246号まで駆け上がります。

旧道の沿線には自動車販売店かなにかの駐車場がありました。


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▲旧道(北側から撮影)

旧道は一方通行のようですが、2車線に足りるほどの幅員はあります。


つくし野交差点付近の旧道
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▲東工大入口交差点付近

さきほどから数百メートル進むと、再び左に逸れる旧道があります。

この付近の現在の国道246号1961年~64年頃に開通したようですね。


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▲旧道の坂道

航空写真によると、ここの旧道は現在の道が開通した後「廃道」と化していたようで、1980年代に再び道として復活しています。かなり狭い道ですが、現役だったときにはもう少し広かったんじゃなかろうか。


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▲旧道

坂道を上りきると、少しばかり平たんな道が続き、再び現在の国道246号に向けて下って行きます。1960年代までかなりアップダウンのある道だったのですね。今でも起伏のある道だなと感じるところですが。

この辺りは「馬の背」と呼ばれることがあるらしく、町田市側への眺望がかなりいい場所でもあります。

この道は都県境になっていて、写真の左側は東京都町田市です。町田市側は土地区画整理事業が行われた地域で、道の半分には意味あるのかわからない歩道も設置されていて、ギャップのようなものを感じさせます。

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▲旧道

旧道は坂を下ると、現在の国道246号246を横断し、向かい側にも旧道が続きます。ガソリンスタンドの裏側に入って行きます。上の地図を見るとわかりやすいと思います。

このように新道をグネグネまとわりつく旧道は、「旧道らしさ」があっていいものです。

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▲横断歩道橋から見る

白い矢印が旧道ルートです。

現在の国道246号は山を切り崩して開通させたのですかね。


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▲二子玉川方面

逆向きを見ると、旧道はガソリンスタンドの裏を抜けてすぐに現在の国道246号に合流します。いまでは旧道はガソリンスタンドのための道のような扱いになっています。


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▲北側の旧道入口

ガソリンスタンドへは旧道から入って行く仕組みになっていて、旧道の利用車の90%以上はガソリンスタンド利用車なのではないかと思います。

それに広いガソリンスタンドだから大型車がバンバン入って行くというね。

撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-05 00:00 | 散策 | Comments(0)

246号旧道探索その1 鶴間駅~南町田

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こんな感じで現在の道路の横に見える旧道が好きな人・・・たぶん友達です。

さて、今回、神奈川県大和市鶴間駅から東京都世田谷区二子玉川駅まで国道246号246「旧道」を探索しに行きました。

国道246号246は神奈川県北部を東西に横切る幹線道路です。「にーよんろく」と地元では呼ばれています。一般に販売される道路マップには「厚木大山街道」や「大山街道」などと書かれることがあります。

道の歴史は古く、8世紀ころには存在したようで、その後江戸時代には矢倉沢往還として整備され、大山へ参拝する道として栄えたようです。

江戸期の街道の探索や遺構については、多くのウェブサイトで紹介され、本も出版されているようです。
今回は、「戦時~高度成長期」頃の旧道を探索することをメインにしました。

鶴間駅→南町田
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今回の記事で取り上げるのはこの区間です。並行する橙色で示したのが国道246号です。

他の区間はこちら
246旧道探索
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航空写真などによれば、道路の開通時期はこのような感じです。

現在の国道246号である大和厚木バイパスは1992年に開通したようです。また、東名入口付近は1989年の開通です。

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▲左の旧旧道を進む

鶴間駅を出て東に行くと、すぐに「ト」の字形の特徴的な交差点が現れます。今回進むのは左の道です。

右の道は上の地図でピンク色で示したもので、航空写真によれば戦時中に完成したようです。戦時中であることと、道路が現在の厚木基地に向かっていることから軍事目的だったと思っていますが、裏付けられていません。すみません。

国道246号線の最初の指定が1956年であることから、左の道が国道になったことがあるのかはわかりません。右の道大和厚木バイパスが完成後、市道に格下げされています。私が持っている1989年の地図では国道になっていて、1997年の地図では市道になっていますね。

・・・・・・ということは左の道は旧旧道ってことになりますね。
当初、移管時期など全部調べようと思って官報などあさったのですが、膨大過ぎて諦めました。

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▲案内板

駅前には「矢倉沢往還」を伝える案内板が設置されていました。


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▲旧旧道

このような幅の道を進んでいきます。抜け道として利用されているらしく、そこそこの交通量がありました。

ちょっと街並みが「旧道」らしさがあるような気がします。


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▲案内の碑[地図]

途中にもまた案内の碑がありました。

矢倉沢往還については先ほどの案内と同じようなことが書いてあります。

滝山街道は鎌倉の玉縄城と八王子の滝山城を結んだ戦国時代の軍事用の街道だったそうです。

右の石塔は庚申塔でしょうか。街道を歩いているとよく見かけますが、そのあたり不勉強なのでよくわかりません。

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▲下鶴間宿付近

しばらく行くと目黒川に向かって下り坂が続きます。


a0332275_01133144.jpg

▲旧下鶴間宿の案内板

ここには下鶴間宿があったらしいです。1947年の航空写真でも集落が読み取れます。いまではその面影を感じることは難しくなっていました。


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▲高札場の再現

下鶴間駐在所がある交差点角には高札場の再現がありました。


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▲下鶴間ふるさと館[地図]

高札場の裏には下鶴間ふるさと館がありました。小学生が地域学習かなにかで来ていました。


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▲大山阿夫利神社御分霊社[地図]

さらに進みます。

観音寺前交差点の近くには大山阿夫利神社御分霊社がありました。大山街道ゆえの施設ですね。


「戦時~高度成長期」頃の旧道を探索することをメインとしていたはずなのに、ちょっと寄り道してしまいました。

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▲観音寺前交差点

観音寺前交差点八王子街道と交差します。この道も戦争と関係ありそうなんですが詳しくはよくわからず。

奥に見える高架が現在の国道246号です。


a0332275_02004501.png
a0332275_02010465.jpg

▲①現在の246号と交わる

現在の国道246号に突き当たります。

この先にも旧道が続いているのですが、高架に繋がる擁壁ができたことで現在は分断されています。


a0332275_02060375.jpg

▲②五貫目町交差点

この付近は旧道が錯綜しています。

上の図でいうと、ピンク色の道が開通後、短絡する目的で黄色の道が開通。その後緑色の道が開通し現在のようになったそうです。

この写真の右奥が黄色の道です。手前のあたりが植栽で広い歩道になっているあたりに、「旧道感」を感じるものです。

a0332275_02145015.jpg

▲③黄色の道

地図で黄色の道として示した道です。

この道はこの先東名入口(旧道側)を越えて町田市辻付近まで、1989年にバイパスが完成するまで現役の国道でした。

バイパス完成後暫く国道指定のままだったようですが、市議会録などによると、1995年に市道に移管されたそうです。

a0332275_02225208.jpg

▲④の場所

左が黄色の道、右が赤色の道です。

道というのは古くなっても残るから面白いものです。


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▲町田市鶴間(現:鶴間四丁目および五丁目)の旧道を進む

現在の交通量には似つかわしくない横断歩道橋がありました。航空写真によると、少なくとも1971年には完成していたようです。

いまでもこの横断歩道を使う人はいるのでしょうか・・・?

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▲案内標識

東名入口(旧道側)の手前には案内標識がありました。標識そのものは新しく交換されているようですが、ポールはおそらく当時のままで錆さびでした。

国道の標識(通称:おにぎり)は補助標識で方向が書かれています。これは……国道時代のものなのか……ちょっと怪しいです。

a0332275_02475667.jpg

▲東名入口交差点(旧道側)

ここで国道16号と交わります。

この付近は2重の立体交差になっているのに、旧道が現役で単なる十字路だったときはどんな感じだったんでしょうか。ご存知の方教えてください。(246のバイパスができて立体化してからしか知りません…)

東名入口という名前は旧道側と現道側両方の交差点に付けられています。

a0332275_02554559.jpg

▲左が旧道、右が現道

ここの旧道は交差点のショートカットで使う車が多いですね。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-24 00:00 | 散策 | Comments(0)


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