タグ:横浜市 ( 19 ) タグの人気記事

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません

横浜市営地下鉄ブルーライン延伸説明会に行ってきた

a0332275_00102195.jpg

横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸に関する説明会が行われたので行ってきました。

この写真は開始30分ほど前に撮影したもので、最終的には席が全部埋まり、急遽席を増やすほどでした。

説明会資料は下に載せておきます。

a0332275_00254161.jpg
a0332275_00254818.jpg
a0332275_00255474.jpg
a0332275_00255989.jpg

ざっくりいうと、横浜市営地下鉄ブルーラインあざみ野駅 B32 から新百合ヶ丘駅まで延伸する計画です。途中駅は3駅を予定し、そのうち2駅はあざみ野駅側から、嶮山付近すすき野付近を予定しているとのことです。

川崎市内はヨネッティ王禅寺付近に駅を設置する東側ルート王禅寺公園付近に駅を設置する中央ルート白山付近に駅を設置する西側ルートが検討され、より整備効果が高い東側ルートが有力ルート案と説明がありました。ヨネッティ王禅寺付近は既存バス路線が多方面にあることが重要視されていました。

説明会では後半に質疑応答がありました。こういうところだと、ものによっては結構反対意見があったりするのですが、私が行った回では真っ向から反対を述べるようなものはありませんでした。意外でした。一方で、本当に東側ルートが有力なのか、といった意見や質問がいくつかありました。ほかにはリニア中央新幹線との影響を聞く質問などもありました。

今後ルートを確定し、詳しい設計や環境影響評価等の手続きに入るとのことです。

個人的にはどのルートでも、あざみ野と新百合ヶ丘が繋がれば満足です!

駅設置が想定される付近に行ってみた

ということで、これら駅設置が想定される場所に行ってみました。まだルートや駅の詳しい位置は確定していませんので、「このへんだろう」くらいの感覚です。

いずれの場所も何度か通ったことがある場所で土地勘はあるつもりです。

嶮山けんざん付近
a0332275_01263377.jpg

あざみ野駅を出て1つ目の駅の設置が想定されているのが嶮山付近です。この付近は嶮山第二土地区画整理事業(1970~1974)によって整備された地区です。

地区内にはあざみ野ガーデンズ(旧東急嶮山スポーツガーデン)という商業施設とスポーツ施設が融合した施設があります。戸建て住宅のほか中層の住宅施設もあるような地区です。ざっくりいうと「田園都市線沿線の街」そのものです。

すすき野付近
a0332275_01330432.jpg

2つ目の駅がすすき野付近です。

この辺りは嶮山第一土地区画整理事業(1970~1974)や、早野土地区画整理事業(1971~1975)などによって整備された地区で、団地形式の建物が多く存在する地区になっています。


東側ルート ヨネッティ王禅寺付近
a0332275_01371630.jpg

尻手黒川道路の川崎市・横浜市境付近にあるのがヨネッティ王禅寺です。ごみ焼却場の余熱利用施設で、温水プールを核とする公共施設があります。もちろんごみ焼却場が隣にあります。

また最近になって未利用地に大型商業施設が開業、リニア中央新幹線の非常口が建設中です。すぐ近くには田園調布大学があります。

市境で峠のようになっていて標高が高い場所です。

中央ルート 王禅寺公園付近
a0332275_01420281.jpg

この付近は1970年代に民間の開発によって整備された地区です。

尻手黒川道路にそって商業施設がありますが、ほとんど戸建て住宅が占めています。


西側ルート 白山付近
a0332275_01473623.jpg

この地区は1970年代後半~80年代初頭に開発された地区で、大型のマンションがある地区です。公園や緑地に囲まれた地区で、木が多いなと感じます。


新百合ヶ丘駅
a0332275_01500117.jpg

小田急多摩線開業に伴い線路を移設の上1974年に開業した駅です。開業当時は何もない場所でしたが、特定土地区画整理事業など整備により現在は川崎北部の重要拠点になっています。

路線バスも多方面にでているほか、空港連絡バスもあります。


延伸開業は令和12年(2030年)を目標としているとのことです。

撮影日:2019年8月23日25日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-08-26 00:00 | 鉄道 | Comments(5)

246号旧道探索その6 有馬区間ほか

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は有馬付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

a0332275_00363444.png

今回は、前回の続きで新石川付近~有馬付近を取り上げます。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_23232477.jpg

▲新石川交差点の新石川立体

新石川交差点を本線が立体交差で通っています。

新石川立体は2006年(平成18年)3月に開通しました。

この道路は少なくとも明治時代には現在の国道246号線とほとんど同じルートだったようです。江戸時代には少し東側を通っていたようですけどね。

a0332275_23281047.jpg

▲川崎市に入る

新石川交差点から坂道を登ったところで川崎市に入ります。

ここには峠茶屋前という交差点があるのですが、これが少し気になるので、本来の目的(=旧道探索)から離れて取り上げてみようと思います。


「峠茶屋前」の「峠茶屋」って何なんだ
a0332275_23330584.jpg

▲峠茶屋前交差点

国道246号横浜市川崎市の境界に峠茶屋前交差点があります。

市境であり、峠のような地形になっています。

しかし、肝心の峠茶屋が見つからないのです。


〇交差点前にあるローソンがヒント?
a0332275_23384545.jpg

交差点の前にはローソン川崎有馬九丁目店があります。ただ、見ても分かるように、明らかに居抜きで出店した建物です。

かつてここには「峠食堂」というドライブインがあったという情報を頂いております。ただ、そのことを示す地図や写真を見つけられず、確証が得られていません。


一方、峠茶屋前という標識がいつ設置されたものか、国土交通省の国道事務所に問い合わせたところ、2009年度に設置されたものだそうです。しかし、名前の由来は不明とのことでした。(警察署や区役所にも問い合わせていただいたようでありがとうございました)

私が持っている2007年の地図ではこの時すでにローソンは出店していたようですから、ローソン出店後に峠茶屋前の看板が設置されたのは明らかです。(2009年7月のストリートビューでも確認できます)

〇江戸以前の茶屋?

現在の国道246号線と並行して存在した江戸以前の矢倉沢往還は、この付近ではローソンの裏側を少し行ったところに通っていました。

その矢倉沢往還には峠部分に「立場茶屋」があったそうです。

いまはもちろん茶屋などないのですが、それが由来……ってこともあるのでしょうか?

当ブログでは峠茶屋前交差点の名前の由来に関する情報をお待ちしております。

旧道探索に戻ります
a0332275_00180501.jpg

▲有馬一丁目

峠茶屋前交差点から坂を下り、暫くすると有馬一丁目交差点付近で旧道が左に分岐します。

この付近の現在の国道246号線は1979年7月17日に開通したそうです。


a0332275_00234001.jpg

▲鷺沼入口交差点

この付近の両側は土地区画整理事業が施行されたようですが、道路はほとんど変わっていないようです。

カーブの雰囲気がかつての国道をにおわせている気がします。


a0332275_00282091.jpg

▲有馬

どこか、伊勢原の方の246に似ている気がしませんか?

この道路が旧道化して40年近くが経過していますから、道路構造物などはほとんど川崎市の所有物でした。


a0332275_00372485.jpg

▲宮崎小入口交差点付近

宮崎小入口交差点付近では旧旧道旧道が存在しているようです。旧道のほとんどは緑地帯になって道路としては現在の国道に飲み込まれているようですね。


a0332275_00392387.jpg

▲旧旧道

旧旧道は現在は住宅地の街路に飲み込まれ、このようになっていました。


a0332275_00412327.jpg

▲現在の国道246号線

すぐに現在の国道246号線に合流します。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-27 00:00 | 地域 | Comments(4)

246号旧道探索その5 市ヶ尾~荏田宿

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は市ヶ尾付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

a0332275_23100716.png

今回は藤が丘~荏田(江田)にかけて探索します。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_23122338.jpg

▲藤が丘駅の北側

現在の国道246号線から離れ、ここから旧道がスタートします。航空写真を見ると現在の国道1961年~65年に開通したものと思われます。

この付近は1960年代~70年代にかけて上谷本第1土地区画整理事業上谷本第2土地区画整理事業下谷本西八朔土地区画整理事業が行われそれまでの道路や区画は整理されましたが、この旧道は以前とほぼ同じ場所に整備されています。

この道路の幅は旧道当時のものではなく、土地区画整理事業によって整備されたもので、当時の面影は無いように思えます。

a0332275_23175130.jpg

▲柿の木台地区

2車線の道路になっていて、途中歩道もなくなります。


a0332275_23192862.jpg

▲柿の木台交差点

しばらく進むと柿の木台交差点におりてきます。途中数十メートル旧道ルートは途切れていました。


a0332275_23204231.jpg

▲横浜上麻生道路と交差する

鶴見川を渡り、総合庁舎入口交差点横浜上麻生道路と交差します。

さらに先では上市ヶ尾交差点横浜上麻生道路の旧道と交差します。旧道同士の交差です。

この付近は土地区画整理事業は行われていませんが、河川の流路変更など少なからず土地の変化はあるように見えます。

a0332275_23254530.jpg

▲市が尾駅の北側

この付近も1960年代~70年代にかけて土地区画整理事業が行われた場所ですが、旧道と同じようなルートで道路が整備されています。

歩道付きの2車線道路です。


a0332275_23272467.jpg

▲東急田園都市線にぶつかる

旧道は東急田園都市線にぶつかります。田園都市線の向こう側には現在の国道246号線が並行して走っています。

現在は旧道はここで途切れていますが、周辺が開発される以前は田園都市線の場所に旧道があったようです。暫くすると、現在の国道246号線とルートが同じになります。

a0332275_23313636.jpg

▲現在の国道246号線

暫く現在の国道246号線を進みます。見える高架は東名高速道路E1です。


a0332275_23443698.png

しばらく進むと荏田宿跡に辿りつきます。

a0332275_23460121.jpg

▲荏田宿の案内

荏田宿矢倉沢往還時代に栄えた宿場でした。ただし、明治時代に大火があり面影はほとんど残っていないそうです。

上図で破線で示したのが矢倉沢往還のルートです。

その後赤い線で示したルートが開通します(幅員は現在のもの)。明治時代にはできていたようですが、どうしてクランクにしたのでしょうか。当時は自動車は考えていないでしょうから、宿場としての影響があったのかもしれませんね。

その後上図の通り道路ができています。ちょっと複雑な変遷を経ていますね。

a0332275_23550373.jpg

▲赤色の道(左)と、緑色の道(右)

「旧道らしい」旧道の分岐で、旧道は左に進みます。


a0332275_23565920.jpg

▲セブンイレブンの交差点

正面が青色の道です。最初地図を見たときはこれがもともとのルートだと思っていたんですが違うんですね。

荏田宿は交差点を右へ。既に書いたように面影はありませんが、常夜灯が残っています。


a0332275_23593712.jpg

▲青い色の道(右)

こちらも旧道らしい合流です。こういう景色好きな人多いはず。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-20 00:00 | 地域 | Comments(4)

246号旧道探索その4 青葉台地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は青葉台駅付近です。
歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

a0332275_17053505.png

前回の続きで長津田の片町交差点からスタートします。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_00090840.jpg

片町交差点から暫くはバイパスではなく、拡幅された区間となります。

キツキツな4車線道路で歩道はかなり狭くガードレールで仕切られただけの道路です。国道って歩道がないがしろにされていることがよくある気がします。


a0332275_00120639.jpg

しばらく進むと恩田川を渡り、こどもの国通りを渡る恩田陸橋があります。

こどもの国通りへはハーフインターのような形で降りることができます。

ここから旧道は左前方へ。矢印の方向に進んでいきます。旧道時代は陸橋などは当然なかったようです。

ちなみに右前方の現在の国道は古い航空写真によると1959年~64年に開通したようです。

a0332275_00175365.jpg

ここから先は住宅街を抜けるようなルートになります。

上図で桃色で示した地域は土地区画整理事業が行われた区域で、旧道が消えた箇所が多くあります。土地区画整理事業は名前の通り、土地と区画を整理する事業ですから、道も付け替えられることもあるのです。

ただこの付近は旧道とほぼ同じルートで道路が整備されたようです。

a0332275_00212825.jpg

ぐねっと右に曲がり、坂道を登っていきます。


a0332275_00224302.jpg

しばらく旧道と重なるルートで道路が整備されていましたが、この付近で消滅。

確証はないですが、この付近の現在の国道は土地区画整理事業によって整備されたのかもしれませんね。


a0332275_00290243.jpg

しばらく進むと下り坂になり、青葉台の町中へ進んでいきます。

1つ上の写真で途切れた旧道は矢印のように進んできたようです。


a0332275_00302533.jpg

この道は現在の国道の裏道。ここのあたりに旧道があったみたいですが全く面影がありません。

この先も土地区画整理事業が行われた地域が続きます。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-13 00:00 | 地域 | Comments(3)

246号旧道探索その3 長津田地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索するシリーズ。今回は長津田駅付近です。
歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_16330588.png

今回の長津田駅付近はこのようなルートになっています。

現在の国道は、航空写真によると1961年~64年頃に開通したものと思われ、当時から市街化していた長津田駅南口地区を迂回するバイパスルートとした経路のようです。

そもそも長津田は宿場町として栄えた土地で、1908年に横浜鉄道(現:JR横浜線)が開通し駅ができた土地でもありました。

a0332275_16340338.jpg

▲長津田交差点

旧道は長津田交差点から左にそれて行きます。

現在の国道は見るからに山を切り崩して開通したのかなという印象で、その先は恩田川付近まで谷筋に沿って下り坂が続きます。


a0332275_16491824.jpg

▲長津田交差点の北側

旧道も一気に坂道を下って行きます。2車線の道路で、抜け道としての利用があるのか、少々交通量のある道路でした。


a0332275_16502216.jpg

▲旧旧道と旧道の分岐

さてしばらく進むと、旧旧道としてまた少し古い道がグネグネっと曲がっています(上図参照)。

黄色の旧道ができたのは、航空写真によると1955年~56年頃です。このころといえば道路が国道として指定されたころで、何らかの関係があるのか気になります(わからないけども)。

a0332275_16540874.jpg

▲旧旧道と旧道

旧旧道はぐねっと迂回して行きます。

何度も書いていますが、道というのは市街地再開発でもしない限り残るのが面白いものです。


a0332275_16581660.jpg

▲長津田駅南側

長津田駅南側は旧道と重なるように都市計画道路が存在し、一部で拡幅が完了しています。駅南口も昔はもっと狭かったような気がするものですが、綺麗になったものです。

ちなみにこの辺りが宿場として栄えた場所のようで、面影はありませんが今でも商店が多く建ち並んでいます。

a0332275_17041244.jpg

▲御幸通りバス停

御幸……というからにはとネットで適当に調べたら大正時代の出来事と関連するようです。御野立所もあるみたいですが、それを知ったのは記事を書くときになってからです。事前に知っていたら行っていたかも。
明治大正くらいの行幸啓関係は結構石碑とか残っていたりするんですよね。

ちなみに写真の交差点から先は県道139号真光寺長津田線の一部とルートが重なります。

a0332275_17082435.jpg

▲旧道はそれる

しばらく進み、旧道は左方向へ。右の太い道は都市計画道路として整備されたようで、特に歴史がある道ではないようです。


a0332275_17095941.jpg

▲JR横浜線を潜る

暫く坂道を下るとJR横浜線を潜ります。この狭さといい、石積みといい、歴史を感じませんか?


a0332275_17111910.jpg

▲JR横浜線を逆向き

ちなみに反対から見るとこんな感じ。

Wikipediaによればこの辺りが複線化したのは1979年のようで結構最近のこと。(銘板によると橋の竣工は1974年のようです)
このように単線の名残が見られるのは萌えポイントの1つですね。

a0332275_17181336.jpg

▲現在の国道と合流

現在の国道と合流。ここで一部ルートが重複していた県道139号真光寺長津田線は終点です。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-09 00:00 | 散策 | Comments(0)

246号旧道探索その2 すずかけ台地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索するシリーズ。今回はすずかけ台駅付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_11542497.png
町田市辻付近
a0332275_11561954.jpg

▲町田市辻付近

以前記事にした続きで二子玉川に向けて進んでいきます。

このあたりは1980年代まで2車線だったようで、写真にある高架橋の立体交差の完成と同時期に4車線化したようです。

a0332275_12074821.jpg

▲町田市辻の道祖神

町田市辻の交差点近くには道祖神が置かれていました。

いわれはよくわかりませんが、道として重要な場所だったのかなと想像します。


すずかけ台駅南側の旧道
a0332275_12105044.jpg

▲旧道の入口

すずかけ台駅の近くで旧道は左下へと下って行きます。右の道が現在の国道246号です。

航空写真によると、現在の道は1961年~1964年頃に開通したようです。このあたりが市街化する直前期と言えます。1960年代後半~1970年代には付近で土地区画整理事業が開始され、1968年には横浜町田インターが開設、1972年には田園都市線が開通と、10年ほどの期間に目まぐるしく景色が変わって行ったのでしょう。

a0332275_12263659.jpg

▲旧道

ここには谷があるようで、旧道は急な坂を下った後、再び現在の国道246号まで駆け上がります。

旧道の沿線には自動車販売店かなにかの駐車場がありました。


a0332275_12290340.jpg

▲旧道(北側から撮影)

旧道は一方通行のようですが、2車線に足りるほどの幅員はあります。


つくし野交差点付近の旧道
a0332275_12384443.jpg

▲東工大入口交差点付近

さきほどから数百メートル進むと、再び左に逸れる旧道があります。

この付近の現在の国道246号1961年~64年頃に開通したようですね。


a0332275_12403531.jpg

▲旧道の坂道

航空写真によると、ここの旧道は現在の道が開通した後「廃道」と化していたようで、1980年代に再び道として復活しています。かなり狭い道ですが、現役だったときにはもう少し広かったんじゃなかろうか。


a0332275_12454264.jpg

▲旧道

坂道を上りきると、少しばかり平たんな道が続き、再び現在の国道246号に向けて下って行きます。1960年代までかなりアップダウンのある道だったのですね。今でも起伏のある道だなと感じるところですが。

この辺りは「馬の背」と呼ばれることがあるらしく、町田市側への眺望がかなりいい場所でもあります。

この道は都県境になっていて、写真の左側は東京都町田市です。町田市側は土地区画整理事業が行われた地域で、道の半分には意味あるのかわからない歩道も設置されていて、ギャップのようなものを感じさせます。

a0332275_12490994.jpg

▲旧道

旧道は坂を下ると、現在の国道246号246を横断し、向かい側にも旧道が続きます。ガソリンスタンドの裏側に入って行きます。上の地図を見るとわかりやすいと思います。

このように新道をグネグネまとわりつく旧道は、「旧道らしさ」があっていいものです。

a0332275_12560588.jpg

▲横断歩道橋から見る

白い矢印が旧道ルートです。

現在の国道246号は山を切り崩して開通させたのですかね。


a0332275_12590191.jpg

▲二子玉川方面

逆向きを見ると、旧道はガソリンスタンドの裏を抜けてすぐに現在の国道246号に合流します。いまでは旧道はガソリンスタンドのための道のような扱いになっています。


a0332275_13012790.jpg

▲北側の旧道入口

ガソリンスタンドへは旧道から入って行く仕組みになっていて、旧道の利用車の90%以上はガソリンスタンド利用車なのではないかと思います。

それに広いガソリンスタンドだから大型車がバンバン入って行くというね。

撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-05 00:00 | 散策 | Comments(0)

圏央道(本郷台・公田町付近)の様子を見てきた[2019.1]

横浜方面に用事があり、気になっていた圏央道(横浜環状南線)C4の進捗状況を見てきました。

この道路、圏央道横浜横須賀道路E16に繋ぐ残りの区間で、関東地方整備局のHPによれば平成32年度(2020年度)の開通予定とされています。

ただ、航空写真を見る限り工事をしているようには見えない。それもそのはず、多くがトンネルでできる計画です。

a0332275_00003528.png

今回見たのはこの範囲。さすがに徒歩で全部見ることはできないので、桂台地区~本郷台方面までを見てきました。桂台地区は地図を見ると、住宅開発当時から用地を取っていたように見え気になっていた場所です。

周辺の地図
Googleマップ

ここに行くまで特に事前調査してなかったので、適当に写真を貼って終わりにします。

桂台地区
a0332275_21161568.jpg

▲現場に掲示されていた看板

このあたりは大林組が施工するようです。

工期は2019年(平成31年)7月8日まで。本当に終わるんだろうか。


a0332275_21272521.jpg

▲桂台地区を高台から見る

このあたりは1970年代に宅地開発され、その当時からこのスペースが確保されていたようです。

圏央道(横浜環状南線)はこの地下に建設されていて、地上部には一般道横浜国際港都建設事業3・2・12号上郷公田線が建設されます。一般道はこのあたりは副道ありの2車線で建設されるようです。

a0332275_22072879.jpg

▲お知らせ

高速道路のトンネルはシールドトンネルのようです。地上からはわからないわけです。


a0332275_22095143.jpg

▲工事ヤード

敷地内は仮囲いがされています。


a0332275_22125335.jpg

▲工事ヤード内

ヤード内の一部は工事用通路となっているようです。


a0332275_22145079.jpg

▲一般道のトンネル予定区間[場所]

地表式で建設される一般道も、標高が高いこの部分はトンネル構造となるようです。

本当に現在予定されている期日までに完成するのかなという気もしますが、国がやる事業は早いからどうなんでしょう?
a0332275_22230931.jpg

▲桂台地区の西側

ここから一気に標高をさげ、公田小学校下交差点方面へ繋がります。


公田小学校下交差点付近
a0332275_22264774.jpg

▲現場に掲示されていた案内

ここには(仮称)公田ICができるようです。

地下の高速が地下でランプを分岐し、地上の上郷公田線に接続するようです。ちょっと大掛かりで驚きました。この辺りの一般道は4車線ですね。

a0332275_22291931.jpg

▲公田小学校下交差点の西側

この辺りは工事に伴い大掛かりな切り回しが行われていました。もともと右側のところを平面に通っていた道路が、左側の立体部に切り替えられています。


a0332275_22333231.jpg

▲公田小学校下交差点付近

切り回しの立体構造はこんな感じ。なんかすごいことになっているなぁ。


a0332275_22360154.jpg

▲公田小学校下交差点から西を見る

この先で高速道路は戸塚方面(左側)に、上郷公田線は本郷台駅方面(右側)に分かれることになります。高速道路は神戸橋交差点からずっと地下のままで、この先も公田笠間トンネルとなり地上に姿を現すのはJR東海道線の東側付近です。

a0332275_22412626.jpg

▲公田笠間トンネル建設予定地

見えている法面は高速道路の公田笠間トンネルを建設しているようです。


a0332275_22461965.jpg

▲桂町交差点

上郷公田線はこの交差点に接続します。見えている山はNATM工法の(仮称)桂町トンネルで突き抜けるようですね。


撮影日:2019年1月6日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-01-08 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(7)

美しが丘と犬蔵の行き止まり

今回は横浜市青葉区美しが丘と、川崎市宮前区犬蔵にある「行き止まり」を取り上げます。

a0332275_17150323.png

まずはここ。たまプラーザ駅から北へ行き、美しが丘中学校脇の場所です。界隈には有名な場所かもしれませんね。

地図を見ても分かるように、ここは市境の箇所だけ約100m道が繋がっていません。

a0332275_01100347.jpg

横浜市側から見たらこんな感じ。

住宅街の中を突き抜けてきた道路が林にぶち当たって止まっていました。


a0332275_01162493.jpg

突き当たった正面にあるのがこの看板。

道路貫通絶対反対と書かれています。反対しているのは美しが丘中部自治会のようです。

この道路の計画ができたのは1953年のこと。川崎市側で道路計画(川崎都市計画道路3・4・11号横浜生田線)が決定します。

その後、1957年には横浜市側でも決定(横浜港都都市計画道路3・4・18号元石川線)、同時に横浜生田線も都市計画変更し、現在の計画が出来上がります。

a0332275_01242681.png

1963年には横浜市で元石川第一土地区画整理事業が開始し、1969年に完了。1970年にはこの道路が供用されたとされます。

この当時は川崎側はまだ開発されてなく、横浜市側のみ宅地化されていた状況だったようです。

1976年には川崎北部市場菅生緑地が都市計画決定。1979年に美しが丘中部自治会により横浜市に『「元石川線」貫通反対について』の陳情が出され、このころには既に反対がなされていることがわかります。なお、北部市場は1982年に業務を開始しています。

なお、川崎市側は2008年策定の道路整備プログラム(第1次)において整備ヵ所として位置付けますが着工されず、2016年策定の第二次道路整備プログラムにおいても整備推進路線に選定されています。

なお、美しが丘中部自治会のホームページを見ると、今でも反対されていることがわかります。

一方で、2018年10月には宮前区在住者により川崎市議会に『都市計画道路横浜生田線、水沢工区の現行道路整備プログラムのスケジュールによる供用開始を求める陳情』が出され、委員会で採択されています。同資料によると、ボックスカルバート案、掘割案など検討されているようです。


a0332275_17153041.png

さて、もう一か所の行き止まりはこっち。

a0332275_02134050.jpg

現地はこんな感じ。行き止まり・・・なんですが、正面に階段がありました。

この道路は川崎3・4・10号梶ヶ谷菅生線で、上の行き止まりと同じく、北部市場の直角カーブに繋がる計画です。

この行き止まりが発生したのも土地区画整理事業によるものであり、1999年度~2005年度にかけて犬蔵土地区画整理事業で整備されました。

尻手黒川道路が並行してあることもあって、それほど必要性はないのかなぁという印象も受けます。

この急斜面はどうするつもりだったのかなぁと気になるものではありますが。

a0332275_17154341.png

ちなみに……写真を撮り忘れましたが、こっちの道路は航空写真を見る限り、土地区画整理事業が行われるまで行き止まりだったようです。

撮影日:2017年12月26日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-12-19 00:00 | 行き止まりシリーズ | Comments(2)

道路新設で行き止まりになった道

これまで土地区画整理事業によってできた「行き止まり」を取り上げてきましたが、今回は道路が新しくできて生じた「行き止まり」をとりあげます。

市ヶ尾の行き止まり

はじめに市ヶ尾の行き止まりです。厳密には行き止まりではないですが。

a0332275_22385090.jpg

国道246号246横浜上麻生道路12が交わる市ヶ尾交差点にあります。


a0332275_22542513.png

もともと横浜上麻生道路旧道国道246号が交わる十字路だった交差点ですが、北西側で横浜上麻生道路の新道(バイパス)が完成。旧道は交差点には接続しなくなり、行き止まりが発生しました(厳密には行き止まりになっていない)

横浜青葉IC市ヶ尾立体ができた1998年3月ころの切り替えだと思われますが、ちょっとネットで調べただけではハッキリしませんでした。

新道はここ市ヶ尾川崎市境付近まで開通。当時、新道は田んぼや梨園の中を突き抜けるように開通しました。区役所付近を除いて市街化調整区域のため、現在でもなお沿道にほとんど何もできていません。
現在川崎市内は下麻生付近まで拡幅事業を進めています。

a0332275_23305354.jpg

旧道方面を見ると、植栽でブロックしてあるだけで、道路の趣は当時のままのような感じがします。

新道が4車線でそれなりの交通量があるのに、旧道が現役のころはどんなんだったんだろうかと気になります。
あるあるですが、路線バスはいまも旧道を経由していますね。(新道通っても開発されていないから乗る人がいないんだろうけど)

a0332275_23344892.jpg

30」の道路標示は当時のままでしょうか。


府中四谷の行き止まり
a0332275_23393814.jpg

ここは以前紹介されて知った道路です。近くを通ったので撮影しました。

古い地図を見る限り、もともと正面に向かって2車線の道路があったようですが、都道20号線の開通により閉鎖されたようです。交差点が隣接することや流入流出を抑制する目的があったのでしょう。

もともろ左側の植栽部分まで幅員があったはずですが、現在は半分程度の幅となり、右側の住宅だけのための道のようになっています。

a0332275_23453456.jpg

反対を見るとこんな感じ。向こう側の道路と同じような構成だったんでしょうね。

黄色の線や横断歩道のペイントは当時のままと思われます。横断歩道の場所は今の歩道の切り落としの場所とちぐはぐです。


このように道路新設によって従来の道を締め切るのは最近でも発生しています。以前記事にした拝島駅付近の道路もそうですね。

「将来の開通を夢見る行き止まり」もあれば「現役当時を偲ぶ行き止まり」もあったり、こういうのは飽きないものです。

撮影日:2017年12月26日、2018年10月20日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-10-26 00:00 | 行き止まりシリーズ | Comments(4)

東京都と神奈川県をさまよう「都県道139号真光寺長津田線」を調査した(後編)

(前編)の続きです。
a0332275_16020590.png

前回同様、東京都神奈川県の境界を走る都県道139号真光寺長津田線139をたどっています。

後編は、三輪緑山住宅入口TBS緑山スタジオ付近までです。


三輪緑山住宅入口~三輪緑山住宅中央入口

三輪緑山住宅入口交差点と、三輪緑山住宅中央入口交差点。非常によく似た名前の交差点で、どちらも三輪緑山住宅にアクセスする丁字路となっています。

a0332275_16075169.jpg

▲三輪緑山住宅入口交差点

北側の三輪緑山住宅入口交差点です。

この県道139号真光寺長津田線139に沿って都県境がありますが、道路は神奈川県道となっています。左から接続する道は町田市道の「ゆりのき通り」です。

この交差点は神奈川県が管理しているようで、信号機は神奈川県が設置したものでした。東京都内の信号機はほぼ100%LED化したので、信号機の形を見ても神奈川県のものであるとわかります。

a0332275_16275296.jpg

ゆりのき通りの方を見ると、信号機以外は東京都の施設となっていますね。

写真の右側、東京都神奈川県が色々とあるのは面白いです。


a0332275_16305461.jpg

▲交差点の間

さて、三輪緑山住宅入口交差点と三輪緑山住宅中央入口交差点の間はこんな感じ。

街路灯は神奈川県のものです。


a0332275_16322572.jpg

▲三輪緑山住宅中央入口交差点

さて、南側の三輪緑山住宅中央入口交差点も同様に、神奈川県道町田市道がぶつかる丁字路となっています。町田市道は「けやき通り」といいます。

しかし、三輪緑山住宅入口交差点と違うのは、ここの信号機は東京都の管理であること。丸Kが目印です。信号機はLEDに更新されています。信号機横に設置されている時差式標識も市松模様の東京都仕様です。

しかし、交差点名を示した看板には川崎市の点検シールが貼られています。そう、1つの信号アームに東京都のと神奈川県が混在した状態となっていました。交通管理者と道路管理者が違うのでしょうか。

TBS北側、フットサルパーク付近
a0332275_17103048.png

最後はグリーンヒルズ緑山フットサルパーク付近です。

これまで、県道にほとんど沿って存在した都県境がここで数十メートル逸れます。県道が完全に東京都に入っていますが、神奈川県道のようです。

a0332275_17145463.jpg

右手がフットサルパーク。地図から推測した都県境はこんな風になっています。一生懸命都県境の印を探したのですよくわかりませんでした。小さな「びょう」はあったのですが、それが都県境を示しているかはっきりしません。


a0332275_17172825.jpg

フットサルパーク側から撮影しました。

律儀なのが「電柱の広告に表示された地名」。左側には神奈川県の地名が書いてあり、1本奥は東京都の地名が書いてあります。ちょうど都県境がずれている部分で、ちゃんとしているなぁ…と。

右側のフットサルパークは敷地の中に都県境が存在しています。クラブハウスのある所在地は東京都町田市のようですが、コート内の雨水貯留浸透装置は川崎市長の印があって、何が何だか・・・。

a0332275_00315865.jpg

このフットサルコートのどこかに都県境があるんだろうなぁ・・・とネット越しに眺めていました。


a0332275_00351812.jpg

▲フットサルパーク角の交差点

この一部分だけ東京都に入る部分は完全に神奈川県化しているかと思いきや、「大型車直進」の道路標識だけが東京都の公安委員会設置のものでした。道路管理者と交通管理者が越境して錯綜することってあるんですかね。

信号機や街路灯は神奈川県仕様です。

a0332275_00392211.jpg

この交差点から南側は横浜市です。この先、ドラマ撮影やSASUKEの撮影で使われるTBS緑山スタジオを突っ切り、長津田方面へと伸びています。

a0332275_00423352.jpg

ちなみに、フットサルパークすぐそばの歩道上に川崎市町田市横浜市の境界標があります。ちょっとレアじゃないですかね。

ちなみに、玉川学園の校内にも同様のものがあるそうですよ。


【おまけ】緑山サーキットの道

地図を見るとわかるのですが、TBS緑山スタジオの東側に大きく迂回するように県道139号線旧道が走っています。

周辺の地図
Googleマップ
a0332275_01005567.jpg

▲旧道の入口

グネグネした道路などからローリング族が集まり走っていたそうです。「緑山サーキット」や「緑山峠」と呼ばれていたそうな。稲城市のランド坂と並んで人気の場所だったそうですね。YouTubeで検索すると当時の映像が出てきます。

現在の道路が開通以降閉鎖され、遊歩道となっています。南側の一部分を除いて、柵があるため車両の進入は物理的にできません。かつては「二輪車進入禁止」の標識があったのですが、数年前に撤去されました。どういうことかはわかりません。

a0332275_01050679.jpg

▲旧道

横浜市の道路認定路線図を見ると、県道と書かれています。降格はされていないのでしょうか。ここにある街路灯などは横浜市が管理しています。

写真左側は町田市で、1980年代に三輪土地区画整理事業が行われ、現在の三輪緑山住宅が誕生しました。この柵は施行境界ですかね。

a0332275_01190968.jpg

三輪緑山住宅と旧道は何か所か通り抜けできる場所がありますが、このようにバリケードがあって歩行者(と自転車)以外は絶対に通さない構造になっていたりします。変な感じはしますね。


a0332275_01203875.jpg

一部当時の舗装と道路標識が残っていたり。

この道路が現役の時は事故も多くあったという話も聞いたことがあります。一部で心霊スポットとして取り上げられているようですが、意外と散歩している人も多くて日中であればそこまで不気味ではないですね。かといって好んで通りたい道ではないですけどね。


非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-10-22 00:00 | 散策 | Comments(0)


「まち」の変化を追っていきます


by yunomi-chawan

プロフィールを見る
更新通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

メモ帳

2015年にブログを移転しました。一部リンクが前のブログに飛びます。
新元号は2019年4月1日以降に更新した記事のみ対応します。それ以前の記事は直しません。
まとめサイトを含む多種サイト、SNS等への画像の無断使用と引用を禁止します。
コメントについて 非公開コメントへの返信は基本的に行っておりません。
以前のブログ
YouTube
役所メシ
↑2018/09/28更新
東京都の都市計画道路
神奈川県の都市計画道路
埼玉県の都市計画道路
京王線連続立体交差事業

カテゴリ

全体
ブログ
鉄道
鉄塔
散策
地域
道路計画や開通など
京王線連続立体交差事業
行き止まりシリーズ
多摩NTの橋ぜんぶ撮影プロジェクト
未分類

最新の記事

[多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ..
at 2019-09-19 00:00
稲城市内鶴川街道 拡幅進捗状..
at 2019-09-17 00:00
西武多摩川線「多磨駅」改築 ..
at 2019-09-15 00:00
味の素スタジアム周辺 202..
at 2019-09-13 00:00
町田3・4・40号(図師Ⅲ期..
at 2019-09-11 00:00
多摩3・4・15号東長沼坂浜..
at 2019-09-09 00:00
調布保谷線(武蔵境通り・新武..
at 2019-09-07 00:00
市道忠生630号線(Ⅱ期) ..
at 2019-09-06 00:00
調布保谷線(武蔵境通り・新武..
at 2019-09-04 00:00
[19年東北旅②]山形から帰る
at 2019-09-03 00:00

以前の記事

2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2016年 10月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月

最新のコメント

30数年前、まだ学生だっ..
by tabinoirodori at 00:21
麻生人さん 予定通り始..
by yunomi-chawan1 at 21:52
こんにちは。東側ルートに..
by 麻生人 at 18:40
もうすこしさん 中央道..
by yunomi-chawan1 at 00:21
調布北高校のところに第一..
by yunomi-chawan1 at 00:20
青梅街道から4車線道路で..
by もうすこし at 11:00

検索

記事ランキング

タグ

(49)
(40)
(38)
(33)
(28)
(27)
(25)
(25)
(25)
(24)
(22)
(21)
(19)
(15)
(11)
(11)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)