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246号旧道探索その7 戦争で付け替えられた旧道@川崎馬絹

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

今回は川崎市の馬絹~梶ヶ谷地区

旧道を辿る前の下調べで初めて知ったのですが、この付近は戦争と関わりがあるらしく、今回の鶴間~二子玉川の散策で一番興味深い地域となりました。

他の区間はこちら
246旧道探索
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▲「新道馬絹」交差点から分岐する旧道

新道馬絹交差点から左にそれる方向で旧道が分岐します。

wikipediaによると、このあたりの現在の国道246号は1980年7月23日に開通したようです。

新道馬絹という名前は、旧道の馬絹に対して新道(現在の国道)側にできた交差点という意味だと思いますが、新道は40年経っても新道です。

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▲「新道馬絹」交差点から分岐後

分岐後、対面通行の2車線の道路になります。

新道馬絹馬絹までは新道の高架橋の側道的役割も果たしていますが、対面通行なのは旧道の名残の1つなのかもしれません。

さて馬絹交差点から先は陸軍基地の建設に伴い付け替えられた区間となります。

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▲1947年の航空写真

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当初、上地図で赤色の線で示したルートで道がありました。しかし、1942年に陸軍歩兵第101連隊(通称 東部62部隊)が赤坂から移転し、道路を含む範囲で基地となり、道路は青色の線で示したルートに変更されました。

戦後すぐの航空写真を見ると、なにやら軍事施設のようなものが見られます。

現在は基地は何もなく、東急田園都市線沿線の開発によって住宅地になっています。少し痕跡はあるようですね。

以下のサイトが詳しいので紹介させていただきます。

余談:尻手黒川道路

ちなみに、航空写真左下に写る直線的な道路は現在の尻手黒川道路に当たります。この直線的な部分ができたのもどうも戦時中らしく、軍事目的だったようです。

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▲尻手黒川道路

航空写真を見てみると、この戦時中の道路は清水台蔵敷交番前を抜け、稗原団地入口付近で消滅しています。

この道路がどこを目指していたのか気になるのですが、よくわかりませんでした。
登戸研究所を目指していたのか、別の施設があったのか、もっと先を目指していたのか・・・?
ちなみに現在の稗原団地入口近くには艦艇装備研究所川崎市所があります。1961年に移転してきたようですが、この存在もちょっと気になるものです。

もう少し勉強が必要です。

話を戻します。

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▲旧道と旧旧道の分岐

旧道旧旧道はまいばすけっと前で分岐します。


旧旧道
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▲旧旧道(まいばすけっと付近)

旧旧道はこのような道路になっています。

ルートの一部は現在の国道246号と被っています。


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▲旧旧道(宮崎中学校付近)

陸軍基地がおかれた後も旧旧道は残っていたようですね。その後土地区画整理事業も写真左側で行われ、道はほぼ同じ位置にあっても幅員などは変わっているのは確かでしょう。

注:国道246号が指定されたのは1955年のことであり戦時中は県道です。旧旧道が国道だったことはないものと思われます。

旧道
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▲長坂

まいばすけっと付近で分岐した旧道長坂という長い坂道に差し掛かります。

案内板によると、もともと長坂旧旧道にあった坂の名前だそうですが、道路が旧道に付け替えられたあとも旧道で名前が残ったそうです。

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▲旧道の街路灯に残る国道の名残

旧道は新道開通以降に国道から格下げされ、現在は川崎市道になっていますが、「建設省」の名前が付いた街路灯がありました。もちろんいまは街路灯の管理は川崎市に移っています。

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▲道路規模にしては大げさな横断歩道橋

現在の交通量からしたら大げさともいえる横断歩道橋が設置されています。これも新道開通以前に国道だった名残なのではないでしょうか。


この先で旧道旧旧道は合流します。

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▲梶ヶ谷交差点付近①

旧道梶ヶ谷交差点に突入。


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▲梶ヶ谷交差点付近②

旧道現在の国道246号を斜めに突っ切り、溝ノ口方面に進んでいきます。

かつての道路スペースを利用してか、梶ヶ谷交差点は少々広い交差点でした。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-04-06 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

246号旧道探索その6 有馬区間ほか

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は有馬付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回は、前回の続きで新石川付近~有馬付近を取り上げます。

他の区間はこちら
246旧道探索
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▲新石川交差点の新石川立体

新石川交差点を本線が立体交差で通っています。

新石川立体は2006年(平成18年)3月に開通しました。

この道路は少なくとも明治時代には現在の国道246号線とほとんど同じルートだったようです。江戸時代には少し東側を通っていたようですけどね。

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▲川崎市に入る

新石川交差点から坂道を登ったところで川崎市に入ります。

ここには峠茶屋前という交差点があるのですが、これが少し気になるので、本来の目的(=旧道探索)から離れて取り上げてみようと思います。


「峠茶屋前」の「峠茶屋」って何なんだ
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▲峠茶屋前交差点

国道246号横浜市川崎市の境界に峠茶屋前交差点があります。

市境であり、峠のような地形になっています。

しかし、肝心の峠茶屋が見つからないのです。


〇交差点前にあるローソンがヒント?
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交差点の前にはローソン川崎有馬九丁目店があります。ただ、見ても分かるように、明らかに居抜きで出店した建物です。

かつてここには「峠食堂」というドライブインがあったという情報を頂いております。ただ、そのことを示す地図や写真を見つけられず、確証が得られていません。


一方、峠茶屋前という標識がいつ設置されたものか、国土交通省の国道事務所に問い合わせたところ、2009年度に設置されたものだそうです。しかし、名前の由来は不明とのことでした。(警察署や区役所にも問い合わせていただいたようでありがとうございました)

私が持っている2007年の地図ではこの時すでにローソンは出店していたようですから、ローソン出店後に峠茶屋前の看板が設置されたのは明らかです。(2009年7月のストリートビューでも確認できます)

〇江戸以前の茶屋?

現在の国道246号線と並行して存在した江戸以前の矢倉沢往還は、この付近ではローソンの裏側を少し行ったところに通っていました。

その矢倉沢往還には峠部分に「立場茶屋」があったそうです。

いまはもちろん茶屋などないのですが、それが由来……ってこともあるのでしょうか?

当ブログでは峠茶屋前交差点の名前の由来に関する情報をお待ちしております。

旧道探索に戻ります
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▲有馬一丁目

峠茶屋前交差点から坂を下り、暫くすると有馬一丁目交差点付近で旧道が左に分岐します。

この付近の現在の国道246号線は1979年7月17日に開通したそうです。


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▲鷺沼入口交差点

この付近の両側は土地区画整理事業が施行されたようですが、道路はほとんど変わっていないようです。

カーブの雰囲気がかつての国道をにおわせている気がします。


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▲有馬

どこか、伊勢原の方の246に似ている気がしませんか?

この道路が旧道化して40年近くが経過していますから、道路構造物などはほとんど川崎市の所有物でした。


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▲宮崎小入口交差点付近

宮崎小入口交差点付近では旧旧道旧道が存在しているようです。旧道のほとんどは緑地帯になって道路としては現在の国道に飲み込まれているようですね。


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▲旧旧道

旧旧道は現在は住宅地の街路に飲み込まれ、このようになっていました。


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▲現在の国道246号線

すぐに現在の国道246号線に合流します。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-27 00:00 | 地域 | Comments(4)

美しが丘と犬蔵の行き止まり

今回は横浜市青葉区美しが丘と、川崎市宮前区犬蔵にある「行き止まり」を取り上げます。

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まずはここ。たまプラーザ駅から北へ行き、美しが丘中学校脇の場所です。界隈には有名な場所かもしれませんね。

地図を見ても分かるように、ここは市境の箇所だけ約100m道が繋がっていません。

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横浜市側から見たらこんな感じ。

住宅街の中を突き抜けてきた道路が林にぶち当たって止まっていました。


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突き当たった正面にあるのがこの看板。

道路貫通絶対反対と書かれています。反対しているのは美しが丘中部自治会のようです。

この道路の計画ができたのは1953年のこと。川崎市側で道路計画(川崎都市計画道路3・4・11号横浜生田線)が決定します。

その後、1957年には横浜市側でも決定(横浜港都都市計画道路3・4・18号元石川線)、同時に横浜生田線も都市計画変更し、現在の計画が出来上がります。

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1963年には横浜市で元石川第一土地区画整理事業が開始し、1969年に完了。1970年にはこの道路が供用されたとされます。

この当時は川崎側はまだ開発されてなく、横浜市側のみ宅地化されていた状況だったようです。

1976年には川崎北部市場菅生緑地が都市計画決定。1979年に美しが丘中部自治会により横浜市に『「元石川線」貫通反対について』の陳情が出され、このころには既に反対がなされていることがわかります。なお、北部市場は1982年に業務を開始しています。

なお、川崎市側は2008年策定の道路整備プログラム(第1次)において整備ヵ所として位置付けますが着工されず、2016年策定の第二次道路整備プログラムにおいても整備推進路線に選定されています。

なお、美しが丘中部自治会のホームページを見ると、今でも反対されていることがわかります。

一方で、2018年10月には宮前区在住者により川崎市議会に『都市計画道路横浜生田線、水沢工区の現行道路整備プログラムのスケジュールによる供用開始を求める陳情』が出され、委員会で採択されています。同資料によると、ボックスカルバート案、掘割案など検討されているようです。


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さて、もう一か所の行き止まりはこっち。

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現地はこんな感じ。行き止まり・・・なんですが、正面に階段がありました。

この道路は川崎3・4・10号梶ヶ谷菅生線で、上の行き止まりと同じく、北部市場の直角カーブに繋がる計画です。

この行き止まりが発生したのも土地区画整理事業によるものであり、1999年度~2005年度にかけて犬蔵土地区画整理事業で整備されました。

尻手黒川道路が並行してあることもあって、それほど必要性はないのかなぁという印象も受けます。

この急斜面はどうするつもりだったのかなぁと気になるものではありますが。

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ちなみに……写真を撮り忘れましたが、こっちの道路は航空写真を見る限り、土地区画整理事業が行われるまで行き止まりだったようです。

撮影日:2017年12月26日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-19 00:00 | 行き止まりシリーズ | Comments(2)

溝口駅南口の県道が分断されていた

先月は何度か二子玉川に用があり、道中の溝口駅(溝の口駅・武蔵溝ノ口駅)の乗り換えで、単に乗り換えてもつまらないので散策してみることにしました。

乗換改札ですぐに乗り換えられる駅も便利ですが、溝口駅は「乗換駅」であるものの少し離れていて専用の乗換改札がありません。不便といえば不便なのかもしれません。

ただ少し離れている乗換駅は、乗り換え中にぷらっと寄り道する機会を与えてくれる気もするのです。

地図は自転車等駐車場及び自転車等放置禁止区域の看板から

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さて、溝口は縁が全くない街ではないけれど、すぐに散策できるスポットなど思い付か・・・

良いスポットがありました。

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白っぽい線で囲んだのがそのスポット。溝口駅のすぐ南側です。

黄色い線で強調したのは県道14号鶴見溝ノ口線14です。

地図を見てもわかるように、駅南側の現在のメイン道路は太くなっているやや南側の道路です。このスポットでは県道がメイン道路の裏側を通っていた…はずなのです。激アツですよ。

ただ、1つ懸念が・・・
南口は新しく駅前広場を開設していたはずだ・・・どうなったでしょうか。

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分断されていた。

以前はここの正面をやや左カーブに道路があったはずです。

いまは直角カーブで駅前広場に接続しています。

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要するにこんな感じ。

駅前広場が県道部分を区域に含んで開設されていいました。県道は駅前広場によって分断されていたということです。

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駅前広場はこんな感じです。面積も広く、地下には駐輪場も備えた立派なものです。

駅前広場は2017年1月29日に全面供用開始されました。そんなに昔のことではありません。

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改めて県道があった部分を見ると、もう駅前広場の歩道部分に組み込まれていて、ここに車道があったことは想像つきません。

南口のメイン道路(野川柿生線)は1998年9月に供用開始。それまではここにあった道路がメインだったようです。

1998年に旧道化。2017年に分断消滅ということです。

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Googleストリートビューで現役だった当時の写真を見ることができます。

写真左の側溝は当時の名残みたいですね。

さて、さっきから「分断」だの「消滅」だの書いていますが、県道としてはいまはどうなっているのか。

地理院地図にはメイン道路が「県道」として書かれています。

一方、ガイドマップかわさきの認定路線網図には、旧道のみ「県道」として書かれていて分断も消滅もしていません。

どっちが正しいのかまで調べるのはやめますが、かつての道路が消滅する姿は面白いと思いました。結構江戸時代の道路も場所が変わらず残っていたりしますからね。

撮影日:2018年11月15日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-12 00:00 | 散策 | Comments(0)

(仮称)等々力大橋と宮内新横浜線 進捗状況2018.11

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多摩川丸子橋二子橋の中間付近で、(仮称)等々力大橋の建設事業が行われています。

この橋を含む前後の区間について見てきたので報告します。今回は神奈川県側の2018年11月の様子です。

この道路は東京都側の放射3号線目黒通り)から続き、橋梁で多摩川を横断し、神奈川県側は川崎3・3・10号宮内新横浜線に繋がります。

神奈川県側は新横浜駅付近まで連続して決定していますが、現在のところ尻手黒川線まで開通しています。

橋の建設は東京都・川崎市が事業主体となり、費用は折半、施工主体は東京都となります。

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川崎側は2011年1月4日に都県境府中街道までと、その他周辺道路が事業化されました。

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▲現場に掲示されている看板

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▲府中街道付近の図面の拡大

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▲多摩沿線道路との交差点付近の図面の拡大

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▲イメージ図(橋梁形式はこの図面から変更されています)

写真等
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写真の撮影位置は番号の通りです。

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▲①事業区間の西側

この付近は2006年に開通し現在供用されています。4車線です。

事業中の区間も同様の道路構造となる模様です。


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▲②府中街道と交わる西下橋交差点

西下橋交差点から北側が事業区間になります。


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▲③府中街道

西下橋交差点で交わる府中街道も、交差点付近が事業区間に入っています。

交差点に右折レーンがないなど、整備が行き届いていません。

府中街道は川崎市を貫く国道であるにもかかわらず、十分な幅がない箇所があるなど、貧弱な道路です。(南武沿線道路があるけれど)

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▲④西下橋交差点の北側

西下橋交差点から北側には細い道路が存在しますが、事業中の道路は拡幅するのではなく並行して新設するかたちです。

写真の左奥側に道路ができる予定です。


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▲西下橋交差点の北側の生コン屋

交差点北側には「宮松エスオーシー」という生コン屋が存在します。

道路は工場内を突き抜ける形です。


この付近は準工業地域で、町工場のような工場が多数存在します。

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▲⑤空き地

生コン屋裏側は空き地になっていました。Googleによると、日新化工(株)宮内研究所、エイコウ製菓(株)があったようです。


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▲⑥公園として確保された用地

一部で宮内西公園として用地が確保されていました。宅地開発で確保したのでしょうかね。

ちなみにこの先に廃工場の撮影スタジオがあります。

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▲⑦取付け道路が分岐する地点

宮内新横浜線の事業区間中間付近には取り付け道路が計画されています。


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▲⑧住宅地など

この辺りも道路区域かと思われますが、あまち用地取得しているようには見えません。


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▲⑨多摩川側から見る

この付近では用地取得されていました。

ホントこのあたりだけ取得されている感じで、全体的には全然進んでいない印象を受けました。


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▲⑩多摩川

この付近に橋が架けられる予定です。

橋は長さ約390m、鋼4径間連続鋼床版箱桁橋(ケーブル補剛)、橋台2基、橋脚3基となる予定です。


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▲⑪多摩沿線道路

この付近の多摩沿線道路は拡幅・嵩上げされる予定です。

多摩沿線道路は川沿いを走ることから交差点が少なく交通量が多い道路です。河川沿いに遊歩道があるものの道路自体は狭いです。個人的には川沿いに幹線道路を配置するのはいかがなものかなと思ったりします。

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▲⑫上流方面を見る

画像中央付近に橋ができる予定です。

それにしてもこの辺りは橋が少なく、大きく遠回りしないと渡れませんが、橋ができると便利になりますね。そういえば少し前までここに東急ゴルフが利用者向けに渡し舟を出していました。


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東京都側に掲示されていた看板にあったイメージ図です。

撮影日:2018年11月3日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-16 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

登戸駅西側の街区が出来上がりつつあった

川崎市多摩区の登戸駅周辺では、1988年より川崎市施行の登戸土地区画整理事業が行われています。

このたび、登戸駅の西側で街区ができあがりつつあったので報告します。

ちなみに、川崎市では、

駅周辺の商業集積エリアにおける移転補償対応において、想定を上回る事業費を要していることなど、既存の事業計画(総事業費)との乖離が生じていることや、区画整理を契機としたまちづくりがより一層求められていることなどから、事業完了に向けた着実な事業推進を図るとともに、地域生活拠点にふさわしいまちづくりを進めるため、事業計画の変更について、取組を進める

としています。

この結果、総事業費の増額 (770億円→936億円)、道路計画の一部変更するほか、新たに多様な都市機能が集積する中心市街地の形成・民間主導による共同化に向けた取組の推進等を土地利用計画に位置付けることにしています。

事業期間は平成37年度(2025年度)までの予定です。

登戸駅西側
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土地区画整理事業にともない、2018年10月1日より、登戸駅西側の川崎3・5・8号登戸野川線の一部が供用開始されたほか、一部の街路が廃止されました。

今後も工事が続けられる見込みです。

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▲工事案内看板

設置されていた看板によると、この周辺の工事は3月28日までとなっています。


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▲建物の移転ののち整備された街路

幅6mの街路が建設されました。

この土地区画整理事業は津久井道側から整備されているようで、小田急線側にはまだ整備が済んでいない個所が多くあります。

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▲小田急線沿いの街路

小田急線北側の街路(幅6m)も整備されました。

街路と小田急線の間のスペースは小田急線複々線化に向けた用地と思われ、今後土地区画整理事業の進捗によって、登戸駅~向ヶ丘遊園駅間の3線→複々線化も始まるのかなという気がします。

※現在の登戸駅は暫定形であると言われています。写真中央の小田急高架の出っ張りは将来を見越したものと思われます。

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▲建設中の登戸野川線

一部区間は現在も工事中で、年明けにも供用開始される見込みです。


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▲登戸野川線を小田急線方面

小田急線の高架も道路のスペースが用意されているのがわかります。

小田急線をくぐった先には将来、交通広場ができる予定です(現在は暫定形)。

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▲登戸野川線から続く「川崎3・5・17号登戸3号線」

この道路は津久井道方面に続いていて、土地区画整理事業区域内はおおむね完成しています。(津久井道とは立体交差)

この辺りも年明けにも工事が完了するようです。

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▲廃止された道路と仮設道路

ここ数年で一気に変わりましたね。

2年位前まで商店街が広がっていたような気がするのですが。右側には確かサンクスがありました。


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▲オリジン弁当の通り・右側には北向地蔵

ここを進むと小田急線の出入口方面に行きます。

この道路自体はさほど位置は変わらないみたいですが、幅6mに拡幅されるようなので、この街並みももしかしたら変わるのかもしれません。

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▲オリジン弁当の通り

昔ながらの商店も残っています。

自治体施行の土地区画整理事業は非常に長い年月を要し、費用も掛かり、全面移転が必要な場合も多いので、色々と難しい事業だなと感じます。

個人的には登戸は食べる場所に苦労する町ですね。駅の規模のわりに何もない・・・。

改めて、街は生きているし、記録しておこうと思いました。デッキができる前の登戸駅の記憶もうっすらとしか残ってません。今後も変化の多そうな界隈です。

撮影日:2018年11月11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-13 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

南武線津田山駅建て替え中、稲田堤駅も準備進む

川崎市では「南武線駅アクセス向上等整備事業」として、稲田堤駅、中野島駅、宿河原駅、久地駅、津田山駅について、駅アクセスの向上を図る取組を進めています。

このうち、津田山駅で工事が進んでいたほか、稲田堤駅でも近く着工しそうな雰囲気だったので報告します。

津田山駅
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画像は川崎市HPより

津田山駅では橋上駅舎化と共に、南北自由通路の整備を行っています。

2017年3月下旬より工事を開始し、予定では2019年春ごろに北口が完成2020年春ごろに全体が完成する見込みです。

工事費用は自由通路の新設にかかる費用・自由通路新設に伴い支障する既存駅施設の橋上駅舎化に要する費用は川崎市が負担し、駅舎の建替え相当額はJR東日本が負担します。津田山駅の場合、川崎市が19億9,441万7千円を、JR東日本が2億999万4千円を負担します。

愚痴ですけど、JRってこういうのあまりお金出さないですよね。沿線どうのこうのはなくて、ただ鉄道を走らせてる会社っていうイメージです。

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▲自由通路と橋上駅舎

既に橋上駅舎自由通路となる部分が組みあがっていました。ホームに降りるための階段もあります。

津田山駅は島式の狭いホームで、階段も狭くなっています。駅の利用者数は支線を除けば南武線で最も少ない駅です。

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▲階段建設部の横

階段の建設に伴う仮囲いにより、ホームの幅が非常に狭くなっていました。

ここでは立ち止まらないように音声案内がされていましたが、警備員の常駐などはありませんでした(谷保駅の工事では警備員が常駐していた)。

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▲新設されるエレベータ

駅舎にはエレベータが新設され、バリアフリー化がなされることになります。

エレベータの2階部分は改札機の列を分断するように設置されるようで、駅が狭いことによる設計の苦労が垣間見えます(?)。

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▲現在の階段

現在の階段はホームの立川寄りにあります。新設される階段はホーム中ほどになります。

とても南武線らしい駅ですね。


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▲川崎側ホーム

ホームの川崎側は、床が仮設の状態となっていました。

ちなみに、この駅は踏切に挟まれてホームがあって、ホームの延伸ができない状況です。するつもりがあるのかは知らないけども。


稲田堤駅
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画像は川崎市HPより

稲田堤駅は橋上駅舎化が予定されています。

稲田堤駅・中野島駅・久地駅で予定されている橋上駅舎化のうち、効果等が特に高い稲田堤駅が最優先とされていました。


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橋上駅舎のデザインを2014年4月30日~5月15日まで投票を行い、結果A案となりました。

2014年5月23日撮影


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▲駅南側の建物

稲田堤駅は用地取得が遅れており、土地収用法の適用も視野に入れられていました。

結局収用法の適用がなされたのかはわかりませんが、建物が閉鎖されました。

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▲駅の南側

駅南側の建物は2014年ごろに解体されました。現在は空き地になっています。


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▲現在の駅舎

現在の駅舎は線路の北側にあります。駅舎本体は平屋建てです。川崎方面ホームとは直結していて、立川方面ホームとは跨線橋で結ばれています。

京王相模原線の京王稲田堤駅と乗り換えることができます。乗り換えルートは細い道を通り京王稲田堤駅の北口に行くルート、踏切を渡って商店街を抜けて南口に行くルートの2通りあります。JR側では南口に行くよう公式で案内されていて、北口に行くルートは全く案内されていません。

南口ルートは踏切を経由することから、朝ラッシュ時には危険な横断をする人がいます。

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▲改札口

改札機は4組あります。朝ラッシュ時は詰まることがあります。

2015年1月30日までみどりの窓口が存在していました。その日をもって閉鎖されましたが、指定席券売機は設置されませんでした。新駅舎では設置されるのでしょうか?


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▲跨線橋から見た駅

ホームは対面式で直線的です。

この駅は立川寄りに階段があります。跨線橋にはエレベータもあり、バリアフリー化は完了しています。


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▲跨線橋から見た京王線方面

手前に踏切(観光道踏切)があり、奥には京王稲田堤駅が少しだけ見えます。ここ数年で建物が増えたような気がします。


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▲立川方面ホームにある看板

先頭と最後尾にしかないとは、いつの時代のものなんでしょうか。「シルバーシート」という名前も最近では聞かなくなりましたね。


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▲川崎方面ホームにある看板

改札口が端にあるため、確かにこの辺りは混み合います。

これもいつの時代のものなんでしょうかね。


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▲ホーム

乗換駅らしかぬホーム幅で、凸凹です。

朝ラッシュ時には点字ブロックを越えて歩かざるをえなくなるほど混雑します。

橋上駅舎化でホームが拡幅されることは、駅舎付近以外は無いと思いますが、凸凹だけでも治ったらいいなぁと思います。

撮影日:2018年11月3日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-11-11 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

船で多摩川を渡りたい!二子の渡しで対岸へ

私の小さな願い事がありまして・・・

船で多摩川を渡りたい!

これだけです。

昭和以前までは、多摩川には多くの渡し舟がありました。しかし、橋ができたことなどにより次々と廃止され、1973年に稲田堤近くの「菅の渡し」の廃止を最後に消滅しました。※稲田堤には競輪開催日のみ運航する「競輪場の渡し」が数年前まで存在した模様。東急ゴルフパークたまがわにも会員専用の渡し舟が2015年3月まであったようです。

登戸のあたりで貸しボートがあるけども、船で多摩川を渡るのは今は困難。たまにイベントで1日復活をしているのは知っていたものの、ことごとく日程が合いませんでした。このたびようやく日程が合って願いが叶いました。

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11月3日、二子玉川近くの河川敷で「二子の渡し」が1日復活、『第8回「二子の渡し」体験』が開催されました。

川崎市高津区役所地域振興課が主催し、川崎河川漁業組合高津地区・NPO法人砧・多摩川遊び村などが協力して行われたイベントです。だれでも無料で乗船できました。

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当日は川崎側と世田谷側の両方で乗船受付が行われました。このイベントが川崎市高津区主催とのことなのでとりあえず川崎側の受付場所である二子神社に行きました。

もう少し人がいるかなと思ったのですが意外と少なかったですね。

神社境内ではアユの塩焼きを無料で配布していたり、川の生き物の観察、紙芝居などが開かれていました。アユ美味しかったですよ。

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人数が集まったら随時、川へ移動。堤防を越えて高水敷を歩いていくと乗船場所が見えてきました。

安善のため全員ライフジャケットを着用します。小学3年生以下は大人の同伴が必要でした。


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向こうには二子玉川駅と街並みが見えます。こんなところで船で川を渡るなんていいですね。


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渡し舟は2艘で行ったり来たり。世田谷側からも乗船できました。

船は定員4名。無料。

「二子の渡し」が現役だったころは1艘に牛車8台程度の大きさで、片道一人2銭、自転車5銭(当時かけそばが1杯4~9銭)だったようです。

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いよいよ私も乗船。船頭1人がモーターを使って動かします。

「二子の渡し」が現役だったころは両岸にロープを渡し滑車を付けて手繰りながら渡したんだとか。


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1,2分で対岸に到着。

ちなみに多摩川の水深は1m程度だとか。


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何ともいい景色です。


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今年は手漕ぎのEボートもありました。これは川崎側で乗って川崎側で降りる専用。


もともとの渡し場へ

もともとの「二子の渡し」はもう少し下流側にあったようです。

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二子橋の少し下流がその場所。古い地形図にも記載があります。再開発して痕跡は薄くなっていますが、二子玉川駅のロータリーは旧街道のあった場所のようです。


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こんな石碑も立っていました。


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現在の多摩川の少し陸側には旧堤防が残っていて、一部分切れ込み(陸閘)がいくつかあります。

写真の切れ込みは玉川西陸閘りっこうといいます。


二子玉川駅周辺は再開発されて景色が一変しましたが、こういうのが残り、洪水に備えたり川を渡ったりと川と接してきた歴史が見えるのは面白いものです。

大山街道
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川崎市側(右岸)の旧街道。二子橋から続く道で、現在は新二子橋や東京横浜バイパス(現在の国道)の開通などによって国道から外れています。

現在の国道(バイパス)の開通自体そんなに古くはないのですが、この旧街道もどこか趣きが感じられます。旧街道探索好きなんですよね。

二子玉川周辺は鉄道の廃線があったり、昔は滑走路があったりと、いろいろ探索したい場所があります。遠いからなかなか来られないけども。

撮影日:2018年11月3日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-05 00:00 | 散策 | Comments(0)

結局食べられず仕舞い 多摩川河川敷の飲食店「たぬきや」閉店

稲田堤の多摩川の河川敷に飲食店がありました。その名も「たぬきや」。

京王線の車窓からも見えて、いつか行っておきたいと思ってたら「10月28日に閉店する」という情報を耳にしました。こういうところに閉店間際になって行くのもいいのかな…などと思いつつ、でもやっぱり行かなくては・・・と思い10月2日に行きました。

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JR南武線の稲田堤駅前の道を多摩川の方へ行き、信号を渡って堤防を越えた場所にあります。

このあたりは下流に二ヶ領用水の取水のための堰があって、多摩川の水の流れている面積が広い居場所でもあります。

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来て見てびっくり。並んでいました。

おばあさん1人でやっていて、いろいろ売り切れも出ていたみたいです。

暫く並んでみましたが、なかなか列が進まず、用事もあったので諦めて帰りました。

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貼り紙によると、83年続けてきたとのこと。

83年前というと、まだ稲田堤が桜の名所として知られ、京王相模原線も川を越えてなく、渡し舟も現役でした。

月末までには行こうと思いつつ、予定を作れず、結局行けず仕舞い、食べられず仕舞い、飲めず仕舞い・・・

閉店前日には調布市花火大会も行われました。
多摩川の河川敷が寂しくなるなぁ…。
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全然関係のない話ですが、稲田堤駅の線路わきの建物が閉鎖されていました。いよいよ駅の橋上駅舎化工事も始まりそうです。富士そばもいつの間に。(10月11日撮影)


撮影日:2018年10月2日11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-10-29 00:00 | 散策 | Comments(3)

東京都と神奈川県をさまよう「都県道139号真光寺長津田線」を調査した(後編)

(前編)の続きです。
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前回同様、東京都神奈川県の境界を走る都県道139号真光寺長津田線139をたどっています。

後編は、三輪緑山住宅入口TBS緑山スタジオ付近までです。


三輪緑山住宅入口~三輪緑山住宅中央入口

三輪緑山住宅入口交差点と、三輪緑山住宅中央入口交差点。非常によく似た名前の交差点で、どちらも三輪緑山住宅にアクセスする丁字路となっています。

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▲三輪緑山住宅入口交差点

北側の三輪緑山住宅入口交差点です。

この県道139号真光寺長津田線139に沿って都県境がありますが、道路は神奈川県道となっています。左から接続する道は町田市道の「ゆりのき通り」です。

この交差点は神奈川県が管理しているようで、信号機は神奈川県が設置したものでした。東京都内の信号機はほぼ100%LED化したので、信号機の形を見ても神奈川県のものであるとわかります。

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ゆりのき通りの方を見ると、信号機以外は東京都の施設となっていますね。

写真の右側、東京都神奈川県が色々とあるのは面白いです。


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▲交差点の間

さて、三輪緑山住宅入口交差点と三輪緑山住宅中央入口交差点の間はこんな感じ。

街路灯は神奈川県のものです。


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▲三輪緑山住宅中央入口交差点

さて、南側の三輪緑山住宅中央入口交差点も同様に、神奈川県道町田市道がぶつかる丁字路となっています。町田市道は「けやき通り」といいます。

しかし、三輪緑山住宅入口交差点と違うのは、ここの信号機は東京都の管理であること。丸Kが目印です。信号機はLEDに更新されています。信号機横に設置されている時差式標識も市松模様の東京都仕様です。

しかし、交差点名を示した看板には川崎市の点検シールが貼られています。そう、1つの信号アームに東京都のと神奈川県が混在した状態となっていました。交通管理者と道路管理者が違うのでしょうか。

TBS北側、フットサルパーク付近
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最後はグリーンヒルズ緑山フットサルパーク付近です。

これまで、県道にほとんど沿って存在した都県境がここで数十メートル逸れます。県道が完全に東京都に入っていますが、神奈川県道のようです。

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右手がフットサルパーク。地図から推測した都県境はこんな風になっています。一生懸命都県境の印を探したのですよくわかりませんでした。小さな「びょう」はあったのですが、それが都県境を示しているかはっきりしません。


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フットサルパーク側から撮影しました。

律儀なのが「電柱の広告に表示された地名」。左側には神奈川県の地名が書いてあり、1本奥は東京都の地名が書いてあります。ちょうど都県境がずれている部分で、ちゃんとしているなぁ…と。

右側のフットサルパークは敷地の中に都県境が存在しています。クラブハウスのある所在地は東京都町田市のようですが、コート内の雨水貯留浸透装置は川崎市長の印があって、何が何だか・・・。

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このフットサルコートのどこかに都県境があるんだろうなぁ・・・とネット越しに眺めていました。


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▲フットサルパーク角の交差点

この一部分だけ東京都に入る部分は完全に神奈川県化しているかと思いきや、「大型車直進」の道路標識だけが東京都の公安委員会設置のものでした。道路管理者と交通管理者が越境して錯綜することってあるんですかね。

信号機や街路灯は神奈川県仕様です。

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この交差点から南側は横浜市です。この先、ドラマ撮影やSASUKEの撮影で使われるTBS緑山スタジオを突っ切り、長津田方面へと伸びています。

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ちなみに、フットサルパークすぐそばの歩道上に川崎市町田市横浜市の境界標があります。ちょっとレアじゃないですかね。

ちなみに、玉川学園の校内にも同様のものがあるそうですよ。


【おまけ】緑山サーキットの道

地図を見るとわかるのですが、TBS緑山スタジオの東側に大きく迂回するように県道139号線旧道が走っています。

周辺の地図
Googleマップ
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▲旧道の入口

グネグネした道路などからローリング族が集まり走っていたそうです。「緑山サーキット」や「緑山峠」と呼ばれていたそうな。稲城市のランド坂と並んで人気の場所だったそうですね。YouTubeで検索すると当時の映像が出てきます。

現在の道路が開通以降閉鎖され、遊歩道となっています。南側の一部分を除いて、柵があるため車両の進入は物理的にできません。かつては「二輪車進入禁止」の標識があったのですが、数年前に撤去されました。どういうことかはわかりません。

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▲旧道

横浜市の道路認定路線図を見ると、県道と書かれています。降格はされていないのでしょうか。ここにある街路灯などは横浜市が管理しています。

写真左側は町田市で、1980年代に三輪土地区画整理事業が行われ、現在の三輪緑山住宅が誕生しました。この柵は施行境界ですかね。

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三輪緑山住宅と旧道は何か所か通り抜けできる場所がありますが、このようにバリケードがあって歩行者(と自転車)以外は絶対に通さない構造になっていたりします。変な感じはしますね。


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一部当時の舗装と道路標識が残っていたり。

この道路が現役の時は事故も多くあったという話も聞いたことがあります。一部で心霊スポットとして取り上げられているようですが、意外と散歩している人も多くて日中であればそこまで不気味ではないですね。かといって好んで通りたい道ではないですけどね。


非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2018-10-22 00:00 | 散策 | Comments(0)


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