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東八道路・放射第5号 開通1か月後のようす

2019年6月8日に開通した東八道路・放射第5号線開通約1ヶ月後の様子を見て来ました。行ったのは7月16日(平日)、天候は雨の日です。

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この道路の記事一覧
放射5号・東八

今回は中の橋交差点方面は見ていません。

本線は順調
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▲兵庫橋付近

私が見た感じでは、6月8日に開通した道路は快適に流れていました。

SNSを見ると信号の流れが悪いという意見が一部あるようですが、通常範囲内であると思います。(高井戸公園前は少し流れが悪いようですが)


歩道整備工事を開始
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▲看板

久我山区間」では歩道整備工事が行われています。工期は2019年4月上旬から2020年1月上旬までで、マルト建設株式会社が施工します。


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▲歩道

工事の内容は、現在アスファルトの仮舗装である歩道をインターロッキングブロック舗装に替えるものです。東京都道の道路では、開通時の歩道の舗装は仮になっていて、開通後に本舗装とすることが多くあります。


中央分離帯の締め切りも完成
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開通直前に締め切られた三鷹市道部分については、中央分離帯が完成し、完全に締め切られていました。


下本宿通りは交通量が激減
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東八道路開通まで抜け道として利用されていた下本宿通りの交通量は激減していました。実際に台数を測ったわけではありませんが、確実に減少しています。


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下本宿通りについては、『せたがや道づくりプラン』において、「引き続き局地的な歩道整備など適切な安全対策を講じ、歩行者の安全性向上に取り組みます」とされています。

下本宿通り以外にも、國學院久我山高校北側の道路についても抜け道をする車が減少したように感じました。

烏山通りの交差点
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東八道路の開通に伴い、下本宿通り烏山通りが交わる丁字路の信号機は廃止されました。

開通直後は少々交通が乱れていましたが、交通量減少によって特に問題はないようでした。


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烏山通りも交通量が減った気がするんですよね・・・

ちなみに、都道が開通したあとは、1か月後、(6か月後)の状況について公表されることが恒例となっています。1か月後の状況については、開通2~3か月後に報道発表されることが多いので、実際どのくらい効果があったのか公表が待ち遠しいものです。

撮影日:2019年7月16日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-07-24 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(9)

補助第54号線(上祖師谷) 進捗状況2019.7

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世田谷区内で事業が行われている補助第54号線(上祖師谷)の進捗状況を見て来ました。

この道路は以前より多く情報を寄せていただいていました。今回初めての訪問です。

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この道路は2004年(平成16年)1月21日に事業認可を得て東京都が事業を進めているものです。延長は約680mで、幅員は15m。標準的な構造は歩道約3mを両側に、車道片側一車線両側通行となる予定です。

現在の事業認可期間は2023年(令和5年)3月31日までとなっています。

広域の地図を描くのが面倒だったので場所についての補足しておきますが、千歳烏山駅の南約1kmの付近です。

この道路の過去・未来記事一覧
補助第54号線上祖師谷
写真等
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撮影位置はこの通りです。雨天時の撮影のため、一部写真が雨でボケています。

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▲①東側

こちら側は完成している区間です。この先、千歳台交差点から赤堤通りまで開通しています。

計画は下北沢を経由して、渋谷区松濤付近まで存在していますが、全通するのはいつになるやら。特に下北沢のあたりとか。

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▲②榎交差点から西向き

榎交差点から西側が事業区間となります。

並行して都道118号線118の現道があり、事業中の道路はその新道となります。

現道の様子については記事下に記載しています。

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事業中の区間の一部で、街路築造工事のうち電線共同溝設置工事及び排水管設置工事(30二-補54上祖師谷)が行われています。施工者は東亜道路工業株式会社で、工期は2019年(令和元年)12月26日までです。

工事内容としては、電線類を地中化するための電線共同溝設置工事排水管(雨水)設置工事道路擁壁設置工事です。

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▲③榎交差点の西側

用地取得はかなり進んでいて、歩行者・自転車用の暫定通路が整備されています。用地取得箇所には工事車両が止まっていました。


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▲④西向き

奥まで見通せます。奥の木あるところはまだのようです。


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▲⑤駒大グランド

途中で駒大グランドを分断します。既に道路用地は確保されていて、左側には硬式野球部祖師谷寮ができています。

この先で現道118と交わります。私の予想では、仙川より東側の先行開通もあり得るのではないかと思います。

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▲⑥仙川

途中で仙川を横断します。現状のところ、橋の建設などは始まっていないようです。


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▲⑦西端(成城通り)

成城通りと交わり、事業区間が終了します。


現道の様子
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▲神明社付近

現道118はこんな感じ。

センターラインや歩道のない幅員6m程度の道路です。路線バスも走るんですから驚きです。早急に改善すべきだと思います。


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▲もう少し調布側の様子

これ、一方通行じゃないですからね。航空写真を見た感じだと、戦前とほとんど変わっていないようです。


撮影日:2019年7月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-07-20 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(6)

放射第23号線(松原) 進捗状況2019.7

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世田谷区で事業が行われている放射第23号線(松原)の進捗状況を見て来ました。

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この事業は環七通り~甲州街道北側までの約1005mで行われているもので、2015年(平成27年)12月24日に事業認可を得て東京都が事業を行っています。現在の事業期間は2023年(令和5年)3月31日までです。

道路幅員は25~33mで、電線類は地中化されます。また同時に環七通りの一部を拡幅します。

現在ある井ノ頭通りの新道となる予定です。

東京都の報道発表(5年程度で閲覧できなくなります)
放射第23号線(松原)の事業に着手|東京都

なお、途中で交わる京王線は現在、連続立体交差事業が行われており、京王線は高架化される予定です。まぁ恐らく高架化以降の開通だと思います。

京王線連続立体交差事業についてはこちら
京王線連続立体交差事業

世田谷区では現在、開通後の沿道のまちづくりを見据えた検討を行っています。用途地域の変更や沿道地区計画の策定をするものと思われます。

写真等
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撮影位置はこの通りです。東側から見ていきます。

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▲①環七通り

環七通り井ノ頭通りが交わる大原二丁目交差点から西側が事業区間になります。

環七通りはご存知の通り大きな幹線道路です。今回の事業では環七通りの外回り側の一部も拡幅する予定です。

写真は内回り側ですが、ここには右折専用レーンがなく、7時~20時までは右折が禁止されています。逆に左折専用レーンがあり、原宿方面への左折車両がそこそこ多い交差点です。

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▲②井ノ頭通り(原宿方面)

この道を進むと、代々木上原・原宿・表参道へたどり着きます。

20年ほど前は2車線の狭い道でしたが、拡幅事業を行い、このあたりは7~8年ほど前に拡幅が完了しました。ただし少し進むとまだ拡幅が完了していない箇所があります。

大原二丁目交差点は都市計画上は井ノ頭通りがオーバーパスする立体交差の計画となっています。東側の拡幅済み箇所はそれだけの幅員となっています。ただし、今回の事業で立体交差になるかどうかはよくわかりません。

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▲③事業区間東端

2車線(交差点付近はレーン増)の道となっています。拡幅の幅は左の建物~右の高い建物までと考えていいでしょう。


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▲④急に狭くなる

大原二丁目交差点から西側の一部はやや広い道路となっていて、特に南側には広い植栽帯があります。どうも「交差点すいすいプラン」によって右折レーンなどを設置する際に用地買収したようです。

この先、急に狭くなり、歩道が消滅します。


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▲⑤和田堀給水所の東側

この先は和田堀給水所を迂回するように道路があり、幅員は7~10m程度となっています。

新しくできる道路は和田堀給水所の南側を通ります。


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▲⑥和田堀給水所の南側

和田堀給水所は現在建て替え工事を行っており、新しくできる道はこの敷地内を一部通る計画です。

都市計画図を見た感じでは、写真左側へはほとんど用地買収しないようです。


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▲⑦和田堀給水所の西側

事業中の道路は大きくカーブをしながら進路を北向きにかえます。

この付近では用地取得が完了した場所もちらほら見かけられました。


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▲⑧京王線南側

この付近は道路の両側に拡幅します。途中にある公園も一部が道路となるようです。


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▲⑨反対ののぼり

沿道には「23号線計画反対」と書かれたのぼりを何箇所か見かけました。ちょっと前まで「京王線高架化反対」ののぼりが立っていた気がするんですけどね。


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▲⑩松原交差点南側

松原交差点の手前で再び井ノ頭通りに合流する計画です。

都市計画道路がある部分には建築制限があり、原則として木造等の3階建て以下しか建築できません(東京都の場合、数年前まで一部を除き2階建て以下、現在も一部地域で2階建て以下)。都心部では都市計画道路がある部分に低層住宅が、その両脇に高層の建物があることが多く、「ここに道路ができるんだなぁ」とはっきりわかる場所が多いです。ここもそうですね。

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▲⑪松原交差点

事業区間は松原交差点の北側まで続きます。


撮影日:2019年7月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-07-16 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(6)

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る

世の中には「県境マニア」と呼ばれるジャンルの人がいるらしく・・・確かに県境などの境界線に立つと、言葉では表しがたい優越感に浸れるものです。

最近では、「歩いて行ける三県境」という、3つの県が隣り合う境界が注目を集め、小さな観光地になっているほどです。

(紹介)三県境に行った記事
['18春18きっぷ5日目]その1 宇都宮と三県境

一部カーナビの「東京都に入りました」「神奈川県に入りました」というアナウンスを市区町村まで喋ったらいいのに・・・などと時々思うのですが、カー用品メーカーあるいは電機メーカーさん考えてくれませんかね?

それはさておき、今回取り上げるのは三鷹市世田谷区境界について。

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▲街路に設置された住居表示案内板より。南が上になっています。

この写真は町中に設置されている住居表示の案内板です。

見ての通り、濃いグレーで示された三鷹市世田谷区に大きく食い込んでいます。いや、世田谷区が食い込んでるのか・・・?どっちでもいいですけど、とにかく複雑な境界になっています。

周辺の地図
Googleマップ

Googleマップでは、境界上に建物があると建物を迂回するように境界線が引かれる仕様のため、境界が実際とは異なっています。

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▲2019年中に開通の道路で、2月下旬現在未開通の道路も書いています

見やすいように書き起こすとこのような感じ。飛び地のように見えて実はちょっと繋がっています。

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住所ではこのようになり、突き出た三鷹市の部分は牟礼(2丁目)となっています。

この境界を不思議に思う人も多いようで、ネット上にはこのことを取り上げたサイトがありました。

デイリーポータルZの記事では、市の担当者もわからない・・・とのことで、ネット上で調べた限り、この答えを導いているサイトはありませんでした。

どうしてなのか気になるじゃない。

現地調査
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右の道路は東八道路で、道路のどこかに境界があります。

この辺りは「武蔵野」の平地で、地形的な特徴はこれといってありません。ただただ平らです。


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三鷹市牟礼が引き千切れそうな部分はこのような境界線だと推測されます。地面に標が刺さっているかなと気にしたのですが、わかりませんでした。

ちなみに写真右の部分で用地買収されていますが、これは外環道建設によるものです。今後このような境界がわかりにくくなる可能性がありますね。

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これは三鷹市牟礼の細長い部分。牟礼の幅は、場所によって異なりますが40mくらいです。

周辺の状況としては、三鷹市世田谷区どちらも畑と住宅地が混在した状況です。生産緑地になっている箇所もありました。


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さらに東へ進むと、朝日生命体育館を突っ切り、ガーデンヒルズというマンション群の東側で三鷹市牟礼の終端となります。

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境界線が突っ切るガーデンヒルズの公開空地案内板には、確かに三鷹市世田谷区どちらの名前もあり、このマンションは境界線上に立っていることがわかります。


[補足] 牟礼のこと
三鷹市牟礼地区は三鷹市域でも初期の村で、1590年頃に牟礼村として成立したとされています。現在の「井の頭」も含む範囲でした。
当時は「牟礼」や「無礼」(あるいは礼の旧字「禮」)のどちらも使われていたようですが、『三鷹市史補・資料編』によれば、1816年に無礼村を牟礼村に統一して使用するよう許可された以降、「牟礼(禮)村」に統一されています。
その後合併し、三鷹村となり、三鷹町を経て、三鷹市になっています。
推測① 用水説 しかし可能性は低い?

昔の争い・・・といえば、何といっても「水」問題。
何かないか探してみると、この地に「品川用水」という用水路が流れていたことがわかりました。

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地図に起こすとこのようなルートで、玉川上水から分水した品川用水は、西から流れてきて、牟礼の細長い地を少しだけ通り、現在の烏山通りに沿って南下して行っていたそうです。

品川用水が辿りつく先は現在の品川区でした。『品川用水沿革史』(品川用水普通水利組合,1943年)を読むと、当時は争いもあったそうで、水の争いは現在の都市部では想像しにくいものです。

この『品川用水沿革史』には、巻末に刊行時の用水の様子が書いてあり、

天神前の神社を過ぎると牟禮の耕地が眼前に展開する。此處らあたりはまだまだ武蔵野の農村らしい姿を殘してゐる。用水路は空濠のやうになつて里道の右に左に屈折して進む。兩側の土揚敷には灌木が叢生し、處々崩れてゐるところがある。久しく手入れも何もしないからであらう。
牟禮の耕地を見下ろすところ、水路は一段高く築造され、下仙川の惡水吐伏樋が下を横断してゐる。
これより進めば少許にして水路も道路も右折し、南下して千歳村に入る。

とあるように、このころには水路としての役目は終えていたようですが、水路敷は確認できたようです。なお、品川用水は1932年に品川用水普通水利組合が解散し三鷹町に移管され、三鷹用水と名乗る時期があったようですが、それは浸透せず品川用水と呼ばれていたようです。その後用水は使われなくなり、埋め立てられた箇所も多いそうです。

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1965年の都市計画図では、水路敷が書かれており、確かにこのようなルートを通っていたようです。

また、この地図では今は無き小字を確認できます。この中に「烏山飛地」があります。


[補足] 烏山飛地のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
小字名にある場合とそうでない場合とがある。世田谷区の旧烏山村の飛地として開墾された地域で昭和30年代後半にも"烏山飛地"の表示看板が建てられ、北野とは区別した存在を示していた。
とのこと。
今回のことと関係あるか調べたが、文献が見つからないので省略。

ただ、品川用水が複雑な境界線に関係している資料は見つからず、また、用水より長く境界線が出っ張っていること、さらに用水を途中で使われることを警戒していたようですから、境界と用水の関係性は低いのかなぁ・・・と推測します。

推測② 玉川上水の代地説
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これは牟礼地区を歩いていて見つけたもので、三鷹市教育委員会が庚申供養塔の横に設置した案内板の一部です。本来は庚申供養塔の説明のものですが、ここに書かれていた『牟礼村古絵図』が参考になりました。

原本を探して案内板を管理する教育委員会に問い合わせたのですが、一般公開はしていないといことなので、少々画質の悪い案内板の絵図を引き延ばしてみます。

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※北が上になるように回転し、文字を追加した。間違っていた場合はご指摘ください。

そこには烏山村に挟まれて、おそらく玉川上水代地と書かれた文字が見えます。

代地(だいち)とは、江戸幕府が江戸市中において強制的に収用した土地の代替地として市中に与えた土地のこと。
代地 - Wikipedia

とあるように、この牟礼の出っ張った部分は、玉川上水開削にともない失った土地の代替地の可能性があるのではないかと推測します。

ただ、字がよく読み取れないこと、玉川上水開削の記録をあたったものの代地に関する文献は見つけられなかったことから、「可能性がある」だけにとどめておきます。

ちなみにここから一番近い玉川上水は500mほど北側にあり、当時の牟礼村の中央付近を突き抜けていました。

疑問に残るのが、なぜここなのか。なぜ間に烏山村を挟むのか。なぜこの形なのかという点。
そのことははっきりわかりません。

[補足] 北野村のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
寛文年間(1661~72)に下仙川村の村民が開発した地域で、その頃は"原仙川村"と称していたといわれ、文禄8年(1695)の文禄検地を行った頃、"北野村"として一村をなしたと「稿」には記されている。
とされています。
そのほかの説

そのほか、たまたまそういう風に土地を持っていた説や、地下水が関係する説も聞かれました。

昔の東八道路の延伸予定地だったのでは・・・という説については、都市計画道路が決定するずっと前の江戸時代の地図にもその境界があることと、これまでに東八道路がそのようなルートで計画されたことは一度もないので否定しておきます。

結論

結論は、はっきりと複雑な境界の理由はわからない。ということにしておきます。

個人的には玉川上水の代地説が有力だと思いますが、私程度の調べでは断定できません。今後の研究を頼みます・・・m(__)m

撮影日:2018年12月26日、2019年2月15日ほか 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-25 00:00 | 地域 | Comments(6)

東急砧線跡を辿ってみる

自転車で二子玉川に行きまして、さてここから多摩川沿いに登戸方面に行くのはつまらないぞ……何かないかな……と思い出した東急砧線跡を辿ってきました。

東急砧線跡は1969年に廃止された鉄道で、現在の二子玉川駅と砧本村駅を結んでいました。詳しくは調べてください。

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現在の二子玉川駅からスタート。写真の道路は国道246号線です。

二子玉川駅はお洒落に生まれ変わって、ここに鉄道があったとは想像しがたいです。


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国道246号線を曲がると細い路地に入り込みます。ここに砧線があったようで、確かにそれらしい雰囲気が一気に出てきました。


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この通り名は花みず木通り(砧線跡)。「砧線」と残っているのがいいですね。

この先に行くと植わっている街路樹がハナミズキです。それにしても漢字と平仮名がごちゃごちゃになった通り名なんだろうか?


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少し行くと、このあたりにあったらしいのが中耕地駅。いや、あと数十メートル先かな?

道がまっすぐしているところに鉄道らしさが出ています。


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暫く道幅が狭くなり、歩行者自転車専用道になっていました。この先で左カーブして吉沢駅に行きます。


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多摩堤通りを越えてこの付近に吉沢駅があったようです。

いまは住宅が密集しているこの周辺も、当時の写真を見ると草っぱらのようで、いまでは想像できません。


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吉沢駅を出ると野川を渡ります。この幅の広い橋は最近架け替えられたものです。


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橋には砧線が現役だった当時の情景を知らせる案内板が取り付けられていました。


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ずっと砧線跡沿いに現在も道路があり、右にカーブしながら砧本村方面に進みます。

吉沢駅~砧本村駅間にも中間駅があったようで、ネットで調べた限り駅名が複数引っかかるのですが、世田谷区役所HPには大蔵駅とあるのでそうしましょう。

右手にあるのは東京都市大学のグラウンドです。もともとは砂利を採取していた場所のようです。


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そんなこんなで砧線跡を辿っていたら、線路跡の狭い道を東急バスが追い抜いていきました。

このバスこそが廃線後の代替で設けられた路線バスらしく、方向幕にも「二子玉川駅=砧本村」とそれらしきことが書かれています。さすがにこの道を往復では通れないらしく、近くの広い道路を通る循環路線となっているようです。

結構な本数で、バス停も二子玉川駅、二子玉川、中耕地、吉沢、砧本村など当時の駅名が見られるのも面白いものです。

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暫くしたら砧本村駅跡へ。


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終点にもバス停があって砧本村です。

なーんか静かな場所で、今でも鉄道があったらどんな景色かなと想像してみたり。

世田谷線がいまでも残っているのも凄いことなのかなぁ…?


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-19 00:00 | 鉄道 | Comments(2)

[京王線高架化] 仙川駅~千歳烏山駅間でも工事開始

京王線では笹塚駅~仙川駅間連続立体交差事業が行われています。

毎日京王線に乗っていると、どこかで家が取り壊され、高架用のスペースが生まれているのに驚きのようなものを感じるものです。

秋ごろから工事も徐々に始まっているので、その様子を見てきました。仙川駅→笹塚駅まで歩きましたが、今回は工事が始まった場所だけ記録しました。この記事では仙川駅~千歳烏山駅です。

京王線連続立体交差事業の記事一覧
京王線連続立体交差事業の概要と記事索引

仙川駅~千歳烏山駅間の記事一覧
仙川駅~千歳烏山駅

仙川駅~千歳烏山駅間の1つ前の記事
[京王線連立]仙川駅~千歳烏山駅間 現況2018.2
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▲工事箇所見取り図

この区間を歩くのは2018年2月以来です。2月は下水道管新設工事以外は行われていませんでした。

工事が始まった箇所、大きく変化があった場所だけ掲載します。

千歳烏山6号踏切
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▲千歳烏山6号踏切

踏切の位置などは変化していませんが、道路を跨ぐ構造物が新設されました。

通信ケーブル等の電線類を横断させているのかなと想像します。鉄道工事ではよく見るもので、いよいよ工事が始まったと感じさせる景色でした。

千歳烏山6号踏切~給田ガード間
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▲千歳烏山6号踏切~給田ガード間

給田保育園がある西側の土地でも仮囲いがされ工事が始まりました。

線論向こう側、左のプレハブも含めて工事箇所です。


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▲仮囲い

このような白い仮囲いで囲まれ場内はよく見えませんでした。


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▲看板

ここは第8工区戸田建設・銭高組JVが施工します。

11月26日~11月30日は資機材搬出入工を行うようです。

工事は土日休み。最近の土木工事は週休2日制が増えています。東京都が発注する工事もほとんど週休2日制になりましたが、この高架化工事もそうするのでしょうかね。

千歳烏山4号踏切~千歳烏山3号踏切
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▲佼成学園の北側

ここでも工事が始まっていました。

線路脇の柵が取り払われていることがわかります。


千歳烏山3号踏切の新宿側
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▲踏切の新宿側

SQUIDカラスヤマというマンションの北側の旧駐車場用地です。2015年頃?まで京王系のコインパーキング&契約駐車場でした。

ここでも同様に仮囲いがされ、工事車両が停車しています。


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▲看板

11月26日~11月30日は基地整備工門構杭工資材搬出入工を行ったようです。


千歳烏山2号踏切の調布側
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▲右が2号踏切

こちらでも工事が行われていました。


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▲看板

11月26日~11月30日は門構杭工を行ったそうです。このほか踏切での工事も予定されています。


千歳烏山2号踏切の新宿側
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▲工事箇所

2号踏切~千歳烏山駅南側まで線路に沿って工事が行われていました。

道路工事のようです。


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▲看板

こちらは京王の発注ではなく、世田谷区発注の工事でした。

工事件名は「地先道路築造工事(東鉄10付14号線その1)【上祖師谷一丁目38番先】」で、工期は2019年(平成31年)2月26日までとなっています。

この場所には東京都市高速鉄道第10号付属街路第14号線が都市計画決定していて、その施行ということのようです。おそらく一連の高架化で最初の付属街路築造でしょう。

ちなみに2月の時点では下水道工事を行っていました。

a0332275_02092245.jpg

▲旧烏山南自転車等駐車場跡地

区立の駐輪場跡地の一部も工事区域のようです。道路にも鉄道にもならない残りの部分の土地はどうするつもりなのかなと気になっています。


a0332275_02135923.jpg

▲工事

道幅は6mです。マンホールも出来上がっていますね。

工事区域右側の、現在使っている道路等は鉄道用地となります。


このほかの沿線の様子は別記事で。

撮影日:2018年12月2日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-07 00:00 | 京王線連続立体交差事業 | Comments(4)

二子玉川公園脇の丁字路の一時停止がよくわからん

a0332275_18475020.jpg

世田谷区の二子玉川(正確には上野毛)にちょっと変わった丁字路がありました。

a0332275_18494515.jpg

ところでですが、丁字路ってだいたいこうですよね!?

丁字路のぶつかる方が一時停止になっているパターンです。たまーに、直線側の1方向だけ一時停止になっている場所ありますが、99%くらいこれだと思います。

a0332275_18560252.jpg

しかし、ここの丁字路は直線側が両方一時停止になっていました。

要するに、ぶつかる方が優先。こんなの他に見た記憶…私はないです(あるのかな?)。

a0332275_18575469.jpg

図にするとこんな感じ。

ちなみに場所は上野毛通り二子玉川公園通りにぶつかる交差点。二子玉川公園の北側、東京都公文書館(移転予定)の南側です。(Googleマップ)

a0332275_19593336.jpg

ちなみに航空写真を見るとこうです。

中央やや右上の交差点がそこです。画像下側には二子玉川公園が広がっています。

a0332275_20030973.jpg

2009年の航空写真を見るとこうです。

二子玉川公園は存在せず、丁字路は十字路であったことがわかります。というのも二子玉川駅周辺の再開発などに伴って備されたのが二子玉川公園で、存在した道路は廃止され、替わりに画像左側に道路が整備されました。

a0332275_20061885.jpg

このときの優先道路を見てみると、こんな感じです(標識に英語はないけど)

なお、十字路だった当時の様子はパソコンからストリートビューで見られます[リンク](iframeタグを使えないので埋め込みできません。)


[仮定①] もしかしたら、この当時の交通規制が道路が廃止されても残っているのかも・・・?

[仮定②] 世田谷区議会録を漁ってみると、道路廃止に伴って画像右側の道路への交通流入を警戒していたことが伺えます。(日本共産党は道路の廃止自体を反対。)そのために、現在の丁字路に破線が書かれているようです。優先道路がこうなっているのも、この警戒からなのかも・・・?

a0332275_20160923.jpg

改めて交差点を見てみます。

こちら側が交通の流入を警戒していた道路です。


a0332275_20184573.jpg

二子玉川駅方面もこう。

通常の一時停止の標識が1つ、光るタイプが1つ、更には立て看板も設置されていました。


a0332275_20211035.jpg

これは別の日に撮影したものですが、警察の取り締まりスポットになっていましたね。


a0332275_20371795.jpg

交通流入させたくないのなら、東京都公文書館が移転したらこうしてもいいのかなぁとは思います。


撮影日:2018年6月14日、11月15日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-26 00:00 | 地域 | Comments(0)

久我山、浜田山、八幡山・・・杉並区と世田谷区にそびえる山々を縦走した

a0332275_23060746.jpg

久我山浜田山八幡山千歳烏山という山をご存じだろうか。

そう、杉並区と世田谷区にそびえるあの有名な「」です。

近くには「富士見ヶ丘」なる「」も存在しています。

今回はその山々を縦走してみました。かなり険しい山でした(大ウソ)。

え。指摘されても困るので、そんな山は無いです。暫くお付き合いください。

富士見ヶ丘
a0332275_00002243.jpg

まず始めはウォーミングアップとして「」からスタート。京王井の頭線の富士見ヶ丘駅です。

a0332275_00063074.jpg
基盤地図情報 基本項目 533944, 533945, 533934, 533935 平成30年10月1日発行 軌道の中心線・道路縁・標高点

基盤地図情報から道路と線路、等高線と標高点のみ抜き出しました。測量法上、地図に書き加えることができないので言葉で説明します。地図の中央付近が富士見ヶ丘駅です。

地図を見る限り、駅の東側に小高い丘があるので行ってみましょう。登山開始です!

a0332275_00150843.jpg

富士見ヶ丘駅の南口から出て道路を横断し、正面の道を進みます。

道路脇のブロックを見ると、ほんの少しだけ登り坂なのがわかります。

いよいよ登山らしくなってきました!(きてません)

a0332275_00201723.jpg

たぶんこの辺りが富士見ヶ丘駅周辺の最高地点です。たぶんね。

地理院地図によると、標高は48mほど。

最高地点は井の頭線の跨線橋の付近です。地図を見て推測すると、もともとは小さな山だったと思われ、井の頭線が切通しのように突き抜けています。

ちなみに、この付近に「富士見ヶ丘」という地名は存在しません。駐在所や郵便局、中学校の名前にはなっているんですけどね。あと、富士山は見えませんでした。

久我山
a0332275_00351365.jpg

次は久我山!

富士見ヶ丘駅から電車に乗って、お隣の久我山駅まで縦走です。

えっ。電車で……それって縦走なのか!?
というか、井の頭線の短い1駅間で電車乗ってる自分が恐ろしい。

a0332275_00390110.png
基盤地図情報 基本項目 533944, 533945, 533934, 533935 平成30年10月1日発行 軌道の中心線・道路縁・標高点

例の如く、地図中央付近が久我山駅です。

どうでしょう。北西側に盛り上がりがありますね。これは登山なんじゃないか!?

a0332275_00410305.jpg

久我山駅から神田川を上り少し行くと右手に見えてきました。

これは山だよな?


a0332275_00443492.jpg

おぉぉ~これは山だ!


a0332275_00465531.jpg

一段高いところに久我山稲荷神社がありました。高いところにはこういうのがありがちですね。

ただし!これは久我山(Mt.Kuga)じゃないです。


Wikipediaによると、

「くが」とは空閑地や陸地のことであり、武蔵野の新開地の意と推測される。古くは久ケ山とも。
フリー百科事典:Wikipedia - 久我山

とのことですので、久我山駅に近い標高の高い場所ってだけでした。

a0332275_00535288.jpg

この場所の標高は52m程度。一段低い場所より7mほど高い場所です。景色は……うーん。


浜田山
a0332275_00562701.jpg

久我山駅から3駅で浜田山駅です。途中の高井戸駅も音の感じが非常に高そうですが通過。

忘れていませんか。私は今、山を縦走しています。

a0332275_01105261.png
基盤地図情報 基本項目 533944, 533945, 533934, 533935 平成30年10月1日発行 軌道の中心線・道路縁・標高点

中央付近が浜田山駅ですが、高そうな場所が存在しません。これでは登山もできない!

地名の由来は

現在町域内にある杉並南郵便局付近一帯は江戸時代まで江戸・内藤新宿(現在の新宿区新宿)の商人・浜田屋の所有地で松やクヌギの林(付近では「山」と呼ばれていた)になっていたほか浜田屋の墓があり、彼岸の時は浜田屋の人間が江戸から当地まで墓参りに訪れていた。墓参りの際には、村の子供たちに銭やお菓子などが配られるのが恒例で村ではお祭りのような賑わいであったといわれている。この浜田屋の山から浜田山の地名が生まれ、現在の地名になったと言われている。
フリー百科事典:Wikipedia - 浜田山

とのこと。さらに適当にネットで調べると杉並南郵便局辺りがそうだったみたいなので行って見ることにしましょう。

a0332275_01194005.jpg

浜田山駅前。谷口集落とかでしょうか(すっとぼけ)。


a0332275_01213496.jpg

浜田山駅から井の頭通りに向けて若干登っている!?

地理院地図によると、駅前から井の頭通りまでの約250mで2mほど登っているみたいです。勾配は0.8%程度。


a0332275_01273967.jpg

その杉並南郵便局に到着。

んまぁ、その……。ふーんって感じ


八幡山
a0332275_01332542.jpg

明大前駅で京王線に乗り換えて八幡山駅へ。

いやぁ……極めて平らな土地です。

Wikipediaには

村内にあった八幡神社が由来といわれるが、定かではない。一般的には一丁目の八幡社が由来の神社とされている。
フリー百科事典:Wikipedia - 八幡山(世田谷区)

と、されているので、とりあえず行って見ましょう。

a0332275_01373455.jpg

住宅街にある神社でした。意外と立派。別にここが高い場所にあるわけでもなかったです。


千歳烏山
a0332275_01405679.jpg

京王線って東京でもトップクラスの登山電車なんじゃなかろうか・・・(東急も末尾に山が付く駅が多い)などと考えているうちに千歳烏山駅に到着。

もう!山なんかないよ!終わり!!

京王永山・高尾山口

行かないよ!

撮影日:2018年11月18日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-24 00:00 | 散策 | Comments(7)

70年近く事業が完了しない土地区画整理事業があった

計画的な市街化のための基盤整備事業として「土地区画整理事業」があります。

a0332275_23413306.jpg

このブログでも何度か施行地区を紹介していますが、道路や公園などの公共施設を整備し、また、土地の区画を整理する事業です。

詳しいことは検索なりしていただくといろんなサイトが出てくるので割愛します。


このような土地区画整理事業はこれまでに約40万haが行われました。

事業期間は場所や面積など様々な要因によって異なりますが、組合施行の場合は5~10年程度、地方公共団体施行の場合は10~40年近くかかることが多いです。

そんな土地区画整理事業ですが、世田谷区内に1948年に認可されてから70年もの間、現在も事業中の土地区画整理事業がありました。

a0332275_00155432.png

その名も、『きぬた土地区画整理共同施行地区』といいます。場所は小田急線の千歳船橋駅~祖師ヶ谷大蔵駅の中間の南側です。砧二丁目の一部他がそこに当たります。

注:新法に基づき1968年に認可された砧土地区画整理事業とは異なります。こちらは1980年に終了。場所はこの西側付近です。

世田谷区HPの「土地区画整理事業一覧(事業中地区)」にもしっかりと記載されています。

事業期間が70年にも及んでいて現在も施行中なので明らかに異常なので、調べてみることにしました。現在の地図を見ると既に綺麗に道路が区画されていることがわかります。

a0332275_00523947.png

この地図は、国土地理院発行の2万5線分1地形図(昭和7年「溝口」)を使用したものである。

着手前の1932年の地形図を見てみると、この付近はこんもりとした山のように描かれ、目立った人家・道路はありません。給水所はいまもなお残っています。

掲載しませんが、1944年の地図を見ると、ここにはゴルフ場があったようで「砧ゴルフ場」と書かれていました。砧公園ができる前にあった砧ゴルフ場とは全くの別物のようですが、よくわかりません。

a0332275_00214927.jpg

そして、終戦直後の1948年(昭和23年)4月30日に認可を受けています。

告示は昭和23年東京都告示第251号で、国土計画興業株式会社代表者より申請があったと記載してあります。

この国土計画興業株式会社という会社は1920年に設立された箱根土地株式会社を起源に持ちます。小平学園町、国立、大泉学園町などの不動産開発を行い、西武グループの礎を作りました。国立駅を箱根土地が造り、鉄道省へ譲渡したのは有名な話かもしれません。

その後、国土計画興業国土計画コクドと変遷し、2004年に西武鉄道の証券取引法違反を契機にプリンスホテルに吸収合併されました。

ちなみに、このころの土地区画整理事業は旧都市計画法(旧法)に基づくものです。

a0332275_01020339.jpg

この写真は、米軍撮影の空中写真(1948年撮影・USA-M1121-A-48)を使用したものである。

認可を受けた1948年の航空写真を見てみると、道路の形は既に完成しています。


では、なぜ現在も事業中なのか

それは「共同施行」という手法に問題がありました。

土地区画整理事業の事業主体には個人施行(一人施行、共同施行)、組合施行、公共団体施行、行政庁施行、公団施行、区画整理会社施行があります。

よくある組合施行の場合は、7人以上で組合を作り、土地の所有者及び借地権者の3分の2以上の同意と、土地の所有者及び借地権者の所有する土地の合計の3分の2以上の同意があれば始めることができ、組合員で組織する総会での議決比率なども規定されています。

一方、共同施行を含む個人施行の場合、施行者全員の同意で手続きを進めていきます。施行者は地権者全員です。

砧土地区画整理共同施行地区の場合、当初は7名の地権者(施行者)で始めたものが、宅地化が進み、現在は300名以上にも膨れ上がり、事業計画の変更・換地計画認可・終了認可等ができていないということです。

a0332275_02120428.jpg

▲区域内で販売されている住宅にもしっかり記載がある(整備は整理の、施工は施行の誤字と思われる)

なお、現在は株式会社プリンスホテルが施行委員長という形で作業を行っています。

上でも書いたように道路は既に完成していますが、土地がまだ里道(赤道・赤線(法定外公共物のこと))が残っていたりするようです。

a0332275_02195941.jpg

実際、現地へ行って見ると、綺麗に区画された道路があり、町としても成熟している雰囲気さえ感じされます。


a0332275_02220828.jpg

ちなみに、この辺りは世田谷区でもっとも標高が高い場所があるらしく、家さえなければ眺めがよさそうです。当時の国土計画興業はそれを狙ったのかもしれませんね(憶測です)。現在分譲している住宅も「砧を見晴らす高台に。」というコピーで売り出しています。

いつ終わるのでしょうかね。

撮影日:2018年11月11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-21 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

(仮称)等々力大橋と目黒通り延伸 進捗状況2018.11

a0332275_21403042.jpg

多摩川丸子橋二子橋の中間付近で(仮称)等々力大橋の建設計画が進められています。

今回、(仮称)等々力大橋を含む前後の区間の進捗状況を見てきたので報告します。今回は東京都側です。神奈川県側は前回の記事を参照。

a0332275_21502518.png

東京都側目黒通りを延伸する形で、等々力不動前交差点から多摩川の都県境まで事業化しています。

東京都内の都市計画道路名称は放射第3号線(東京都市計画道路幹線街路放射第3号線)です。

a0332275_21554640.jpg

橋の部分を除く等々力不動前交差点から南側は1990年6月28日に事業認可され現在も事業を行っています。もともとあった道路を拡幅する形で、川崎市の資料によると2007年に現在のような暫定整備が完了しました。

a0332275_22065785.jpg

(仮称)等々力大橋の部分は川崎市と共同で行われ、施工を東京都が、管理を川崎市が行うようです。東京都側に設置されていた看板には、橋の構造やイメージ図が書かれていました。

a0332275_22100255.jpg

交差する多摩堤通りについても改良するようです。

a0332275_22122679.jpg

橋のイメージはこんな感じです。

写真等
a0332275_22295618.png

撮影位置はこの通りです。

a0332275_22144304.jpg

▲①目黒通り

白金台付近までこのような道が続いています。


a0332275_22233736.jpg

▲②等々力不動前交差点

環八通りと交わります。環八通り側がアンダーパスになっていて立体交差の交差点になっています。

この先から事業区間に入ります。暫く3車線(上り2車線・下り1車線)です。


a0332275_22263076.jpg

▲③河岸段丘を下る

交差点付近はほぼ完成形のようになっていました。

この先、国分寺崖線を下っていきます。


a0332275_22302834.jpg

▲④2車線になる

暫くして車道が狭くなり、2車線となります。


a0332275_22353459.jpg

▲⑤2車線の道路と用地確保

更に道が狭くなり、2車線対面通行となります。道路隣接地には取得された用地がありました。(仮称)等々力大橋ができていないため暫定形となっているのでしょう。


a0332275_22412830.jpg

▲⑥反対側に見た道路

河岸段丘を駆け上がる道路が素敵です。


a0332275_22425919.jpg

▲⑦多摩堤通りへ

多摩堤通りの側道(?)に合流し、側道から多摩堤通りにぶつかります。交差点に信号はありませんが、特に交通の混乱はないようです。

ちなみにこの右手前側には都立園芸高校玉川果樹園があります(写真の右の囲いではない)。現在、管理棟の撤去と実習棟の新築工事が2019年3月までの予定で行われていました。

a0332275_22564107.jpg

また、果樹園の隣接地には谷沢川分水路の立坑建設工事が行われています。これは等々力渓谷などで知られる谷沢川を75ミリ/h降雨に対応するためのものです。

2017年(平成29年)6月22日に都市計画決定(東京都市計画河川第18号谷沢川・都告第1035号)され、2017年(平成29年)11月7日から事業化しました。

分水路はトンネル式で、幅員7m(内径5.5m)、延長3,200mです。

a0332275_23055090.jpg

▲⑧多摩堤通りからみる

橋ができるころにはこの付近を嵩上げして、多摩堤通りと交差するようです。


a0332275_23081555.jpg

▲⑨橋ができる箇所

この付近に橋ができる計画です。ちょうど対岸のピンク色の家が目印です。

神奈川県側と同日に東京都側も見たんですが、神奈川県側からここまで来るのに、バスに乗って溝口→二子玉川→大井町線で等々力駅とかなり遠回りでした(多摩川は二子の渡し一日復活で渡った。以前の記事参照)。帰りはここからバスで二子玉川駅まで。ここに橋ができたら便利になりますね。

a0332275_23142783.jpg

▲⑩多摩堤通りと多摩川

谷沢川の水門が見えますが、その奥に橋ができます。

橋ができたときの様子を想像しながら、様々な角度で撮影しました。結構外れるんですよね。

a0332275_23193235.jpg

▲⑪多摩堤通り

交差点付近の多摩堤通りも改良される予定です。


a0332275_23223390.jpg

▲⑫看板の完成予想図と同じ構図で撮影してみました

完成が楽しみです。


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by yunomi-chawan1 | 2018-11-17 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)


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