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調布3・4・7号喜多見国領線 進捗状況2019.2

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調布市国領付近で行われている調布3・4・7号喜多見国領線の進捗状況を見てきました。

この道路は2007年7月から東京都が事業を行っているもので、延長約580m幅員18m~24m。現在の事業認可期間は2020年3月31日までです。

この道路は東京都建設局ではなく、都市整備局が担当しています。というのも周辺一帯で老朽化した都営住宅などの建替えにより、土地の高度利用を図る「国領駅東地区住宅市街地総合整備事業」の一環で整備されているからです。

この道路の過去・未来記事はこちら
タグ:喜多見国領線

この道路の1つ前の記事
調布市「車橋」が完成 喜多見国領線も完成に近づく
看板
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現在は、道路を南北2つに分けて街路築造工事が行われています。この看板は南側の工事分です。

工事件名は「街路築造工事(29調-11)」で、成友興業株式会社が施工しています。工期は3月下旬までです。

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これは北側の工事です。工事件名は「街路築造工事(29調-10)」で、土屋建設株式会社が施工しています。工期は3月下旬(26日)までです。

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このほか下水道工事が行われています。工事件名は「下水道管布設工事及び道路舗装工事(30調-2)」で、成友工業株式会社が施工しています。工期は3月下旬までです。

写真等
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撮影位置はこの通りです。

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▲①品川通り

喜多見国領線が南側で接続する品川通りです。

写真中央付近で野川を大町橋で渡るとすぐに右側に接続します。


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▲②南端

ここに接続します。

もう少し道路らしくなっているかなと想像していたのですがまだですね。3月下旬までにできるのか微妙な気がします。


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▲③野川の左岸から撮影

喜多見国領線は右岸を通ります。現在、右岸側の野川遊歩道は通行止めになっています。

道路の歩道と河川沿いの歩道は一体化するようです。


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▲④車橋付近から南向き

この付近は本線は地下に潜っていて、本線の両側に側道が付いています。側道は通常通り一方通行になるようです。

この部分の西側側道は舗装がされていましたが、おそらく沿道アクセスのためだと思われます。

道路標識も既に設置済みで、実際に開通するまでビニルで覆われている状態でした。ここの交差点は以前と優先道路が逆転するようです。

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▲⑤京王線方面側道

こちら側の側道はまだ舗装がされていません。

地下の本線も見たかったのですが、工事関係者が多くて見られませんでした。


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▲⑥交差点角のクスノキ

交差点角のクスノキは根や本体が張り出しているため伐採予定だと貼り紙がありました。ここまで残しておいたのも、本当は切る予定じゃなかったんじゃないかなぁと想像します(わからないけど)。結構シンボルツリーとして良さそうな気なんですが仕方ないです。

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▲⑦柴崎4号踏切

この踏切は喜多見国領線が完成すると廃止される計画です。歩行者は本線に併設される地下歩道を通る必要が生じます。

この踏切からすぐ調布駅方面は京王線は連続で地下化されています(連続立体交差事業)。

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▲⑧京王線付近から南向き撮影

なお、踏切に繋がる道路はこの側道に接続する計画で、行き止まりにはなりません。


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▲⑨京王線より北側の本線

ここから見ると本線は表層以外の舗装がされているのがわかります。

止まっている車両は工事関係車両です。


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▲⑩京王線より北側の東側側道

こちらも一部車道は表層以外の舗装が終わっている感じです。通行はできません。


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▲⑪京王線より北側の西側側道

こちら側は舗装が完了していて、途中まで通行できます。というのも、もともとここには道路があり、沿道アクセスのために開放しているようです。


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▲⑫側道合流部と甲州街道との交差点

この先で甲州街道20にぶつかり事業区間が終了します。旧甲州街道入口交差点に接続すr形です。

案内標識が既に設置されています。高速道路のナンバリングにも対応しています。

側道と本線の合流・分岐部分は交差点にかなり近接しています。

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▲⑬旧甲州街道入口交差点から見る

道路の形はできてきているのですが、まだかかるかなぁという印象を受けます。


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▲⑭旧甲州街道入口交差点

画面中央付近に接続します。

交差点付近の舗装も直される予定です。


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2018年9月の記事で書いたように、工事設計書によると、交差点形状はこのようになるようです。

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なおこの交差点では国土交通省が発注した共同溝工事が行われています。これは仙川~国領付近間で建設されている「調布(2)共同溝」の工事によるものと思われますが、喜多見国領線と工事範囲が被っているようにも見え、そのあたりどのように調整しているのかなぁと気になっています。

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▲⑮甲州街道の調布方面

甲州街道の調布方面は、写真左側のゼブラ帯などを改良し、右折レーンができる予定です。右折レーンは旧甲州街道・喜多見国領線どちらに右折するのも供用になります。

現在、日曜・休日の特定の時間帯に右折が禁止になっていますが、これが解除されるのかどうか気になるところです。

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▲甲州街道の案内標識

甲州街道の案内標識は昨年夏頃に取り換えられたようで、既に喜多見国領線が準備されて隠されています。地名は「狛江」と書いてあるのですが……国領駅前通って狛江通り行った方がスムーズじゃないか・・・?

恐らくこのとき同時に高速道路のナンバリングにも対応したものと思われます。以前の案内標識は高速道路の案内が無駄に小さかったんですよね(ストリートビューで見てみてください)

この道路が開通すれば、つつじヶ丘駅方面の狭い清水架道橋の代替路にもなり得るかと思います。あそこは甲州街道の交差点が右折禁止でもありますので。
ただまぁ……現段階で狛江に行くルートになるかは微妙な気がしますけどね。

現在の工期はいずれも3月下旬までになっていますが、私の予想では交通開放はもう少し先かなという気がします。

撮影日:2019年2月25日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-28 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(5)

多摩3・4・12号読売ランド線 進捗状況2019.2

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稲城市内で行われている多摩3・4・12号読売ランド線のうち、東京都施行区間の進捗を見てきました。

2016年3月1日に見に行き、3年ぶりの訪問です。ただし、その間何度もこの道は通ってます。

この道路の過去・未来記事一覧はこちら
タグ:ランド線

この道路の前回の記事
2016年着手 読売ランド線と現在のランド坂
計画概要

久しぶりなので概要をおさらいしておきます。

多摩3・4・12号読売ランド線稲城市大字矢野口字榎戸榎戸交差点を始点とし、稲城市大字矢野口字坂上に至る2,350mの都市計画道路です。このうち、京王相模原線から南に約550mの区間が今回取り上げる東京都施行区間です。

なお、京王相模原線より北側は既に完成済みで、東京都施行区間南側は組合施行の南山東部土地区画整理事業により施行中です。

2016年2月26日に事業認可を得て着手しました。現在の認可期間は2022年3月31日までです。計画幅員は16~18mで2車線、電線類は地中化され、植栽も施される計画です。

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この道路は交通量が多い割に歩道が無い場所もあり、以前から拡幅の要望が強い路線でした。本来は都道であり、東京都が整備する路線ですが、市議会録によると、

早期着手を願うのであれば、都が市に委託をして市が事務的なこと、工事的なもの、設計から監督まで全てやっていただければということで、東京都からこの事業をお受けして市が施工している

とのことで、事業は稲城市に委託されています。(施行者は東京都)

「事業のおしらせ」によると、2018年7月末時点での用地取得率は21.9%です。市議会録によると、2018年度末の用地取得率は60.5%を目指しているとしています(平成30年予算特別委員会建設環境分科会2018/3/19)。 平成31年市議会第一回定例会によると約58%となる見込みです。

南山東部土地区画整理事業については組合施行で行われていますが、2022年の事業完了を目指して工事が行われています。盛土も含めた整地完了は2021年を目指しているとしていて、道路もこれに合わせる計画のようです。

写真等
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北から南に向けて見ていきます。

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▲①京王相模原線との交差部

京王相模原線との交差付近から事業区間になります。

京王相模原線の高架橋は道路計画を見越した設計になっていて、橋脚などは支障にならない模様です。

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▲②南向き

この交差点を左に行くと京王よみうりランド駅のロータリーへ向かいます。この交差点に信号機がないのが昔から不思議です。

道路事業区間はここから道なりにまっすぐ進みます。現道はここから急に狭くなります。

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▲③ありがた山東側

ここから左側(東側)の歩道が消滅し、右側(西側)歩道は用水路に板を敷いた歩道となります。

車道については30km/h制限となり、転回禁止になります。実際60km/hくらい出してる車がほとんどです。

この写真の右側は南山東部土地区画整理事業の事業地で、現在工事が行われています。

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▲④ありがた山方面(南山東部土地区画整理事業地内)

現在土地区画整理事業中です。もともと左の山際に「八雲神社」という神社があったらしく、プレハブでご神体(?)が移転されていました。

写真中央付近から左に向けて多摩7・4・5号東長沼矢野口線が組合施行で建設予定で、読売ランド線と合流予定です。

東長沼矢野口線は稲城大橋通りに繋がる計画です。開通は読売ランド線に合わせて2021年を目指しているとのこと。

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▲⑤東長沼矢野口線との交差点予定地

この付近に、④で説明した東長沼矢野口線との交差点ができる予定です。

なおこの付近には、土地区画整理事業により計画容量約5,000トンの調整池が整備される予定です。(もうされているのかな?)

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▲⑥用地取得されつつある

現道左側に用地取得した場所が見えます。

この付近はあまり市街地化しておらず、用地取得も早いペースで行われているように感じます。


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▲⑦根方谷戸

道路計画地ではありませんが、盛土の状況をお見せしましょう。

ここにはもともと根方谷戸と呼ばれる谷戸がありましたが、土地区画整理事業により大きく盛土されました。

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▲根方谷戸(2018年3月)

昨年はこのような感じでしたから、一気に工事が進みました。


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▲⑧南向き

少しずつ標高をあげていきます。この道路は通行量も多くバスも運行されています。


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▲⑨北向き


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▲⑩カーブが続く

ぐねぐねとカーブが続きます。写真右側にはグランドパーク京王よみうりランドというマンションがあります。


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▲⑪北向き

ここにあった「森の中コンティ―ナ」という喫茶(?)は立ち退くことを知らせる貼り紙がありました。


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▲⑫東京都施行区間終了

この付近で東京都施行区間が終わり、この先は土地区画整理事業により施行される区間となります。


土地区画整理組合施行区間の様子

⑫の先の土地区画整理施行区間の様子も少しだけ載せておきます。土地区画整理事業地はなかなか立ち入ることができず、様子が確認できません。

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▲⑬トンネル入口

土地区画整理事業地に入ると直ぐにトンネルになります。上図で示したように、ぐるっとループを描くような形になる計画です。

トンネルは2019年2月15日午前に貫通式が行われました。私が2018年12月末に見に来た時にはこっち側に穴は見えなかったんですけどね。

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▲⑭現道

この先の現道区間は盛土される計画で、現道はいずれ廃止されます。


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▲⑮現道

この付近も盛土されます。

この先にはヘアピンカーブがあり、写真上の方にあるのが折り返した道路です。歩道もこの先なくなります。


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▲⑯坂の上

ここが盛土されるとは想像しがたいですね。もう少し工事の工程とか公表して欲しいなぁ。


土地区画整理事業については定期的に記録しており、また今度様子を見に来ようと思います。


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by yunomi-chawan1 | 2019-02-27 06:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

三鷹3・4・7号三鷹国分寺線(連雀通り)[みちまち事業] 進捗状況2019.2

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三鷹市内で行われている三鷹3・4・7号三鷹国分寺線(連雀通り)拡幅のうち、三鷹市が第3次みちづくり・まちづくりパートナー事業により事業を行っている、三鷹市八幡前交差点~下連雀7丁目付近の約235mです。

事業は2009年度から行われています。幅員16mで、2車線の標準的な構造になる予定です。

みちづくり・まちづくりパートナー事業(みちまち事業)
”地域にとって重要な役割を果たす都道のうち、都市計画道路の事業化計画における優先整備路線以外で、地元市町村から要望が強い路線を東京都と市町村が連携協力して整備を行い、交通の円滑化・歩行者の安全性・利便性の向上など、地域の街づくりに寄与することを目的” に行う事業です。(都パンフレット一部引用)
事業主体は市町村で、用地や補償等にかかる費用と無電柱化や橋梁などの大規模構造物にかかる費用は東京都が、設計や工事のかかる費用は市町村が負担します。

三鷹市の平成31年度予算概要によると、用地買収は完了していて、今年度は道路整備に伴う先行工事として、2020年度にかけてボックスカルバートの撤去工事等を行うとしています。

この道の過去・未来記事
タグ:連雀通り
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▲下連雀七丁目交差点から西側

連雀通りから北側に用地買収が完了しています。2017年10月に見に来たときとあまり変わっていません。

ちなみに、この先の三鷹市八幡前から西側の約140mについては1999年度にみちまち事業により着手し、2004年に完成しました。

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▲下連雀七丁目交差点

道路幅は現在のほぼ倍になり、歩道も大幅に広がることになります。電線類は地中化される予定です。


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▲クリエイトSDより西側

ここから先、三鷹市狐久保交差点東側間での約780mについては、東京都が2011年12月1日より都市計画道路事業を行っています。


撮影日:2019年2月18日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-26 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る

世の中には「県境マニア」と呼ばれるジャンルの人がいるらしく・・・確かに県境などの境界線に立つと、言葉では表しがたい優越感に浸れるものです。

最近では、「歩いて行ける三県境」という、3つの県が隣り合う境界が注目を集め、小さな観光地になっているほどです。

(紹介)三県境に行った記事
['18春18きっぷ5日目]その1 宇都宮と三県境

一部カーナビの「東京都に入りました」「神奈川県に入りました」というアナウンスを市区町村まで喋ったらいいのに・・・などと時々思うのですが、カー用品メーカーあるいは電機メーカーさん考えてくれませんかね?

それはさておき、今回取り上げるのは三鷹市世田谷区境界について。

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▲街路に設置された住居表示案内板より。南が上になっています。

この写真は町中に設置されている住居表示の案内板です。

見ての通り、濃いグレーで示された三鷹市世田谷区に大きく食い込んでいます。いや、世田谷区が食い込んでるのか・・・?どっちでもいいですけど、とにかく複雑な境界になっています。

周辺の地図
Googleマップ

Googleマップでは、境界上に建物があると建物を迂回するように境界線が引かれる仕様のため、境界が実際とは異なっています。

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▲2019年中に開通の道路で、2月下旬現在未開通の道路も書いています

見やすいように書き起こすとこのような感じ。飛び地のように見えて実はちょっと繋がっています。

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住所ではこのようになり、突き出た三鷹市の部分は牟礼(2丁目)となっています。

この境界を不思議に思う人も多いようで、ネット上にはこのことを取り上げたサイトがありました。

デイリーポータルZの記事では、市の担当者もわからない・・・とのことで、ネット上で調べた限り、この答えを導いているサイトはありませんでした。

どうしてなのか気になるじゃない。

現地調査
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右の道路は東八道路で、道路のどこかに境界があります。

この辺りは「武蔵野」の平地で、地形的な特徴はこれといってありません。ただただ平らです。


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三鷹市牟礼が引き千切れそうな部分はこのような境界線だと推測されます。地面に標が刺さっているかなと気にしたのですが、わかりませんでした。

ちなみに写真右の部分で用地買収されていますが、これは外環道建設によるものです。今後このような境界がわかりにくくなる可能性がありますね。

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これは三鷹市牟礼の細長い部分。牟礼の幅は、場所によって異なりますが40mくらいです。

周辺の状況としては、三鷹市世田谷区どちらも畑と住宅地が混在した状況です。生産緑地になっている箇所もありました。


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さらに東へ進むと、朝日生命体育館を突っ切り、ガーデンヒルズというマンション群の東側で三鷹市牟礼の終端となります。

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境界線が突っ切るガーデンヒルズの公開空地案内板には、確かに三鷹市世田谷区どちらの名前もあり、このマンションは境界線上に立っていることがわかります。


[補足] 牟礼のこと
三鷹市牟礼地区は三鷹市域でも初期の村で、1590年頃に牟礼村として成立したとされています。現在の「井の頭」も含む範囲でした。
当時は「牟礼」や「無礼」(あるいは礼の旧字「禮」)のどちらも使われていたようですが、『三鷹市史補・資料編』によれば、1816年に無礼村を牟礼村に統一して使用するよう許可された以降、「牟礼(禮)村」に統一されています。
その後合併し、三鷹村となり、三鷹町を経て、三鷹市になっています。
推測① 用水説 しかし可能性は低い?

昔の争い・・・といえば、何といっても「水」問題。
何かないか探してみると、この地に「品川用水」という用水路が流れていたことがわかりました。

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地図に起こすとこのようなルートで、玉川上水から分水した品川用水は、西から流れてきて、牟礼の細長い地を少しだけ通り、現在の烏山通りに沿って南下して行っていたそうです。

品川用水が辿りつく先は現在の品川区でした。『品川用水沿革史』(品川用水普通水利組合,1943年)を読むと、当時は争いもあったそうで、水の争いは現在の都市部では想像しにくいものです。

この『品川用水沿革史』には、巻末に刊行時の用水の様子が書いてあり、

天神前の神社を過ぎると牟禮の耕地が眼前に展開する。此處らあたりはまだまだ武蔵野の農村らしい姿を殘してゐる。用水路は空濠のやうになつて里道の右に左に屈折して進む。兩側の土揚敷には灌木が叢生し、處々崩れてゐるところがある。久しく手入れも何もしないからであらう。
牟禮の耕地を見下ろすところ、水路は一段高く築造され、下仙川の惡水吐伏樋が下を横断してゐる。
これより進めば少許にして水路も道路も右折し、南下して千歳村に入る。

とあるように、このころには水路としての役目は終えていたようですが、水路敷は確認できたようです。なお、品川用水は1932年に品川用水普通水利組合が解散し三鷹町に移管され、三鷹用水と名乗る時期があったようですが、それは浸透せず品川用水と呼ばれていたようです。その後用水は使われなくなり、埋め立てられた箇所も多いそうです。

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1965年の都市計画図では、水路敷が書かれており、確かにこのようなルートを通っていたようです。

また、この地図では今は無き小字を確認できます。この中に「烏山飛地」があります。


[補足] 烏山飛地のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
小字名にある場合とそうでない場合とがある。世田谷区の旧烏山村の飛地として開墾された地域で昭和30年代後半にも"烏山飛地"の表示看板が建てられ、北野とは区別した存在を示していた。
とのこと。
今回のことと関係あるか調べたが、文献が見つからないので省略。

ただ、品川用水が複雑な境界線に関係している資料は見つからず、また、用水より長く境界線が出っ張っていること、さらに用水を途中で使われることを警戒していたようですから、境界と用水の関係性は低いのかなぁ・・・と推測します。

推測② 玉川上水の代地説
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これは牟礼地区を歩いていて見つけたもので、三鷹市教育委員会が庚申供養塔の横に設置した案内板の一部です。本来は庚申供養塔の説明のものですが、ここに書かれていた『牟礼村古絵図』が参考になりました。

原本を探して案内板を管理する教育委員会に問い合わせたのですが、一般公開はしていないといことなので、少々画質の悪い案内板の絵図を引き延ばしてみます。

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※北が上になるように回転し、文字を追加した。間違っていた場合はご指摘ください。

そこには烏山村に挟まれて、おそらく玉川上水代地と書かれた文字が見えます。

代地(だいち)とは、江戸幕府が江戸市中において強制的に収用した土地の代替地として市中に与えた土地のこと。
代地 - Wikipedia

とあるように、この牟礼の出っ張った部分は、玉川上水開削にともない失った土地の代替地の可能性があるのではないかと推測します。

ただ、字がよく読み取れないこと、玉川上水開削の記録をあたったものの代地に関する文献は見つけられなかったことから、「可能性がある」だけにとどめておきます。

ちなみにここから一番近い玉川上水は500mほど北側にあり、当時の牟礼村の中央付近を突き抜けていました。

疑問に残るのが、なぜここなのか。なぜ間に烏山村を挟むのか。なぜこの形なのかという点。
そのことははっきりわかりません。

[補足] 北野村のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
寛文年間(1661~72)に下仙川村の村民が開発した地域で、その頃は"原仙川村"と称していたといわれ、文禄8年(1695)の文禄検地を行った頃、"北野村"として一村をなしたと「稿」には記されている。
とされています。
そのほかの説

そのほか、たまたまそういう風に土地を持っていた説や、地下水が関係する説も聞かれました。

昔の東八道路の延伸予定地だったのでは・・・という説については、都市計画道路が決定するずっと前の江戸時代の地図にもその境界があることと、これまでに東八道路がそのようなルートで計画されたことは一度もないので否定しておきます。

結論

結論は、はっきりと複雑な境界の理由はわからない。ということにしておきます。

個人的には玉川上水の代地説が有力だと思いますが、私程度の調べでは断定できません。今後の研究を頼みます・・・m(__)m

撮影日:2018年12月26日、2019年2月15日ほか 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-25 00:00 | 地域 | Comments(6)

246号旧道探索その1 鶴間駅~南町田

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こんな感じで現在の道路の横に見える旧道が好きな人・・・たぶん友達です。

さて、今回、神奈川県大和市鶴間駅から東京都世田谷区二子玉川駅まで国道246号246「旧道」を探索しに行きました。

国道246号246は神奈川県北部を東西に横切る幹線道路です。「にーよんろく」と地元では呼ばれています。一般に販売される道路マップには「厚木大山街道」や「大山街道」などと書かれることがあります。

道の歴史は古く、8世紀ころには存在したようで、その後江戸時代には矢倉沢往還として整備され、大山へ参拝する道として栄えたようです。

江戸期の街道の探索や遺構については、多くのウェブサイトで紹介され、本も出版されているようです。
今回は、「戦時~高度成長期」頃の旧道を探索することをメインにしました。

鶴間駅→南町田
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今回の記事で取り上げるのはこの区間です。並行する橙色で示したのが国道246号です。

他の区間はこちら
246旧道探索
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航空写真などによれば、道路の開通時期はこのような感じです。

現在の国道246号である大和厚木バイパスは1992年に開通したようです。また、東名入口付近は1989年の開通です。

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▲左の旧旧道を進む

鶴間駅を出て東に行くと、すぐに「ト」の字形の特徴的な交差点が現れます。今回進むのは左の道です。

右の道は上の地図でピンク色で示したもので、航空写真によれば戦時中に完成したようです。戦時中であることと、道路が現在の厚木基地に向かっていることから軍事目的だったと思っていますが、裏付けられていません。すみません。

国道246号線の最初の指定が1956年であることから、左の道が国道になったことがあるのかはわかりません。右の道大和厚木バイパスが完成後、市道に格下げされています。私が持っている1989年の地図では国道になっていて、1997年の地図では市道になっていますね。

・・・・・・ということは左の道は旧旧道ってことになりますね。
当初、移管時期など全部調べようと思って官報などあさったのですが、膨大過ぎて諦めました。

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▲案内板

駅前には「矢倉沢往還」を伝える案内板が設置されていました。


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▲旧旧道

このような幅の道を進んでいきます。抜け道として利用されているらしく、そこそこの交通量がありました。

ちょっと街並みが「旧道」らしさがあるような気がします。


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▲案内の碑[地図]

途中にもまた案内の碑がありました。

矢倉沢往還については先ほどの案内と同じようなことが書いてあります。

滝山街道は鎌倉の玉縄城と八王子の滝山城を結んだ戦国時代の軍事用の街道だったそうです。

右の石塔は庚申塔でしょうか。街道を歩いているとよく見かけますが、そのあたり不勉強なのでよくわかりません。

a0332275_01112223.jpg

▲下鶴間宿付近

しばらく行くと目黒川に向かって下り坂が続きます。


a0332275_01133144.jpg

▲旧下鶴間宿の案内板

ここには下鶴間宿があったらしいです。1947年の航空写真でも集落が読み取れます。いまではその面影を感じることは難しくなっていました。


a0332275_01175772.jpg

▲高札場の再現

下鶴間駐在所がある交差点角には高札場の再現がありました。


a0332275_01211760.jpg

▲下鶴間ふるさと館[地図]

高札場の裏には下鶴間ふるさと館がありました。小学生が地域学習かなにかで来ていました。


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▲大山阿夫利神社御分霊社[地図]

さらに進みます。

観音寺前交差点の近くには大山阿夫利神社御分霊社がありました。大山街道ゆえの施設ですね。


「戦時~高度成長期」頃の旧道を探索することをメインとしていたはずなのに、ちょっと寄り道してしまいました。

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▲観音寺前交差点

観音寺前交差点八王子街道と交差します。この道も戦争と関係ありそうなんですが詳しくはよくわからず。

奥に見える高架が現在の国道246号です。


a0332275_02004501.png
a0332275_02010465.jpg

▲①現在の246号と交わる

現在の国道246号に突き当たります。

この先にも旧道が続いているのですが、高架に繋がる擁壁ができたことで現在は分断されています。


a0332275_02060375.jpg

▲②五貫目町交差点

この付近は旧道が錯綜しています。

上の図でいうと、ピンク色の道が開通後、短絡する目的で黄色の道が開通。その後緑色の道が開通し現在のようになったそうです。

この写真の右奥が黄色の道です。手前のあたりが植栽で広い歩道になっているあたりに、「旧道感」を感じるものです。

a0332275_02145015.jpg

▲③黄色の道

地図で黄色の道として示した道です。

この道はこの先東名入口(旧道側)を越えて町田市辻付近まで、1989年にバイパスが完成するまで現役の国道でした。

バイパス完成後暫く国道指定のままだったようですが、市議会録などによると、1995年に市道に移管されたそうです。

a0332275_02225208.jpg

▲④の場所

左が黄色の道、右が赤色の道です。

道というのは古くなっても残るから面白いものです。


a0332275_02270148.jpg

▲町田市鶴間(現:鶴間四丁目および五丁目)の旧道を進む

現在の交通量には似つかわしくない横断歩道橋がありました。航空写真によると、少なくとも1971年には完成していたようです。

いまでもこの横断歩道を使う人はいるのでしょうか・・・?

a0332275_02364426.jpg

▲案内標識

東名入口(旧道側)の手前には案内標識がありました。標識そのものは新しく交換されているようですが、ポールはおそらく当時のままで錆さびでした。

国道の標識(通称:おにぎり)は補助標識で方向が書かれています。これは……国道時代のものなのか……ちょっと怪しいです。

a0332275_02475667.jpg

▲東名入口交差点(旧道側)

ここで国道16号と交わります。

この付近は2重の立体交差になっているのに、旧道が現役で単なる十字路だったときはどんな感じだったんでしょうか。ご存知の方教えてください。(246のバイパスができて立体化してからしか知りません…)

東名入口という名前は旧道側と現道側両方の交差点に付けられています。

a0332275_02554559.jpg

▲左が旧道、右が現道

ここの旧道は交差点のショートカットで使う車が多いですね。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-24 00:00 | 散策 | Comments(0)

[多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ] No.56~60 聖ヶ丘橋ほか

No.56 あかね歩道橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単径間箱桁橋
西松建設株式会社
1990年4月
Googleマップ
a0332275_00314227.jpg

京王堀之内駅の東側にあり、秋葉台地区とを結ぶ歩道橋です。

左の写真で言うと、奥が京王堀之内駅方面です。

a0332275_00333708.jpg

橋の銘板には「単径間」とあるのですが、どう見ても単径間ではないのは不思議なところです。

建設は近隣の「風見鶏歩道橋」と同様に西松建設が行いました。似たような設計に見えます。

橋の京王堀之内駅寄りでは、商業施設の高架に接続しているのも特徴的です。

a0332275_00361720.jpg

橋の両側に階段があります。階段の上から見ると、とても開放的です。

このあたりの街並みは色彩など統一感があってごちゃごちゃしていないのがいいですね。

No.57 ひじり中央橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PCホロースラブ橋
東鉄工業株式会社
1983年10月
Googleマップ
a0332275_00373810.jpg

いまさらですが、橋の「No.XX」は訪れた順であり、特に意味はありません。暫く南大沢・堀之内地区を訪れていましたが、ここから再び永山方面に戻ります。

この橋は聖ヶ丘地区の中央にある歩道橋です。

聖ヶ丘地区は多摩ニュータウン第4住区を形成します。もともと西武鉄道系が土地を確保していて、一時は新住事業に参画することも考えられていましたが、結局公団が施行する地区となりました。いろいろありここを業務地区にする計画もなされましたが、最終的には住宅地になっています。

話がそれますが、この辺りは多摩ニュータウン開発前から宅地開発が徐々に始まっていた場所でもあり、そういう宅地はニュータウン事業から除外されました。行けば除外された地区との境界がわかると思いますよ。

a0332275_00490444.jpg

「中央橋」というだけあって、すぐ隣は聖ヶ丘地区の近隣センターです。昔はいなげやがありましたが、現在は撤退後Big-Aが入っています。また、多摩市立聖ヶ丘図書館もあります。

No.58 聖ヶ丘橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
日本住宅公団
ランガー橋
五洋建設株式会社
1980年1月
Googleマップ
a0332275_00522112.jpg

都立桜ヶ丘公園の南側にある橋です。公園園路などを跨いでいます。

見ての通り、アーチ橋の一種、ランガー橋です。

2車線の車道と歩道が併設されています。歩道は片側のみとなっています。

a0332275_00561671.jpg

橋が完成したときの写真などを見ると、左の位置で橋全体が見渡せたようですが、いまは木が大きく成長し景色に溶け込んでいます。橋の色が緑色なのもそういうことなんでしょうね。

右側の写真、林から左側は多摩ニュータウン事業から除外された地区です。

a0332275_00581586.jpg

橋を下から見ると床版が見えました。

橋脚もレンガ張りであったり、細部まで凝られているなと思いました。

No.59 おもいで橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単純中空床版橋
東鉄工業株式会社
1983年10月
Googleマップ
a0332275_00594013.jpg

市立聖ヶ丘中学校の北西側にある歩道橋です。

橋の名前は「おもいで橋」。どんな思い出があったのかな?青春の1ページかな?

a0332275_01015669.jpg

橋の建設は「ひじり中央橋」と同様に東鉄工業が行っています。同じような橋に見えますが、構造形式が若干違います。

橋の片側はスロープになっていました。

No.60 ふたて橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単純中空床版橋
升川建設株式会社
1984年1月
Googleマップ
a0332275_01015669.jpg

聖ヶ丘第二児童公園の西側にある歩道橋です。

橋の名前にもあるように、橋の片方が2つに分かれています。1方は階段、もう1方はスロープです。

a0332275_01062486.jpg

そのほかは聖ヶ丘地区の標準的な橋の構造です。

撮影日:2018年6月3日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-02-23 00:00 | 多摩NTの橋ぜんぶ撮影プロジェクト | Comments(0)

狛江水害の地を訪ねた

一度行きたいと考えていた狛江市の多摩川決壊の碑を訪ねました。

a0332275_00581417.jpg

小田急線和泉多摩川駅から多摩川沿いに下流へ少し行った左岸の河川敷場所にあるのが多摩川決壊の碑です。

とりわけ名所という訳ではなく、河川敷にこれが置いてあるだけです。

a0332275_01005686.jpg

「碑」には碑が建てられた理由が書かれています。
1974年8月31日~9月1日にかけての台風に伴う大雨の影響で多摩川が増水し堤防が決壊。1日~3日にかけて家屋19棟が流出しました。この碑は水害の恐ろしさを後世に伝え、治水の重要性を銘記するものとされています。

このときは私はまだ生まれていませんから、何かがきっかけでこのことを知り、近場でこのようなことがあったのかと驚いたものです。

a0332275_01071103.jpg

ここから低水路側を見ると、二ヶ領宿河原堰があります。現在のものは1998年に完成したもので、それまでは40m上流に堰があったそうです。堰の存在が結果として水害を助長させたと言われています。

狛江市のHPには当時の状況が克明に描かれています。

a0332275_01241510.jpg

多摩川の河川敷は私の好きな場所でもあります。のんびりとした風が吹いているのがいいのです。しかしその姿を変えることもあります。

あれから多摩川で破堤を伴う災害は起きていないそうですが、毎年のように流れる水害などの映像を見ると、災害はいつ起こるかわからないと感じさせられます。この碑もまた大きな意味を持っていそうです。


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by yunomi-chawan1 | 2019-02-22 00:00 | 地域 | Comments(7)

調布保谷線(武蔵境通り)塚交差点 2月6日再び車線切り替え

調布市西東京市まで建設中の都市計画道路調布保谷線ですが、三鷹市内塚交差点で再び車線が切り替えられたという情報を頂き、見に行きました。

塚交差点の位置
Googleマップ

調布保谷線は調布市から西東京市にかけて一連して決定されている都市計画道路で、現在はすべて供用済です。武蔵境通り新武蔵境通りなどの道路名称が設定されています。

道路は4車線で築造される計画ですが、用地買収が難航した箇所などで、暫定2車線で供用されています。

塚交差点付近では、暫定開放後、遅れること2017年末頃に用地取得され街路築造工事が進められてきました。2018年11月には用地取得箇所に車線を切り替え、順次築造工事を行ってきました。

a0332275_15580249.png
a0332275_15585191.jpg

少しずつ車線を切り替えながら工事をしている状況です。

a0332275_16000284.jpg

現在行われている工事は、昨年11月同様に「街路築造工事及び電線共同溝設置工事(30北南ー三鷹3・2・6)」で、3月上旬までの予定で行われています。

この工事内容は看板の通り、道路西側の築造がメインとなります。

a0332275_16015697.jpg

▲塚交差点南側より北向きに撮影

この先が塚交差点です。

2月18日現在は中央分離帯付近の築造工事を行っていました。まだ舗装などは完全に出来上がっていません。

写真のパトカーはこのあたりを行ったり来たりしてましたね。重点ポイントなんでしょうか。速度を調節して交差点の先頭で信号待ちしたりしていたので、取り締まりポイントなんでしょう。連雀通りの右折とか見てるのかな。野崎八幡前のところはしょっちゅう見かけますけど。

a0332275_16054336.jpg

▲塚交差点西側歩道の植栽も完了

塚交差点付近の道路西側歩道の植栽工事は完了していました。

歩道の舗装は、前後の区間ではインターロッキングブロック舗装なので、今後そうするのかなと想像します。

a0332275_16083087.jpg

▲塚交差点南側より南向きに撮影

こちら側も現在は暫定片側1車線となっています。


a0332275_16095695.jpg

▲塚交差点より北向きに撮影

特に説明することはありませんが、こんな感じです。


a0332275_16103678.jpg

▲塚交差点より北向きに撮影(東側歩道)

交差点北東側の歩道は、まだ植栽は一部のみで、今後施工されるものと思われます。


a0332275_16122082.jpg

▲塚交差点 左奥が連雀通り久我山方面

自転車用の>>>>も設置されました。自転車マーカーは2年ほど前に一気に増えた印象ですが、ここのところ交差点内の>>>>が増えている気がします。

写真のように連雀通り久我山方面には右折レーンがなく、右折禁止になっています。

撮影日:2019年2月18日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-02-21 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(4)

東八道路(仮称)JR南武線跨線橋は橋桁を架設中

a0332275_01040403.png

府中市西原町一丁目交差点国立市国立インター入口交差点間で行われている東八道路ですが、JR南武線と交差する部分で橋桁の架設工事が行われています。

この道路の概要・過去未来記事など
東八(府中・国立)

この道路の前回の記事
東八道路(仮称)JR南武線跨線橋にPC桁が用意されていました

12月時点での前回記事では、ヤード内にプレキャストPC桁が運び込まれていることを書きましたが、これを見に行った2月18日時点では、桁を架けていました。

a0332275_01100378.jpg

▲桁が架けられた橋と本宿原踏切

昨年完成した橋台に桁が架けられています。桁は内桁24本・外桁2本の計26本架けられる予定で、2月18日現在は21本架けられているのがわかります。

工事は夜間に行われていて、日中は南武線は通常通り運行しています。

a0332275_01150924.jpg

▲踏切の反対側から

この付近の南武線は甲州街道を潜るために切通しのようになっていて、この橋は掘割のスロープ部分に位置し、橋の高さは地平の橋と比べるとやや低く感じます。

この踏切は橋が供用後廃止される計画です。

a0332275_01180395.jpg

▲ヤード内の重機

橋の南側のヤード内には重機が置かれていました。これより南側にももう1台置かれています。


a0332275_01191466.jpg

▲ヤード内

ヤード内には5本の桁が置かれていました。これを架設したら計26本ですね。


このほか
a0332275_01232408.png
a0332275_01203851.jpg

▲北側

事業地北側で行われていた東電の高圧送電鉄塔「国分寺線No.37」の移設工事は完了し、元No.37とNo.38の間に新しく鉄塔が建設されました。(新しい鉄塔がNo.37か、No.37-1かは確認できていません。)
写真交差点の向かいは元No.37鉄塔があった場所です。
また、No.38鉄塔も建て替えられたようです。

駐車する場所がない関係でよく見られていないので、暑くなる前にもう一度見に来たいと思います。

撮影日:2019年2月18日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-02-20 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(2)

東急砧線跡を辿ってみる

自転車で二子玉川に行きまして、さてここから多摩川沿いに登戸方面に行くのはつまらないぞ……何かないかな……と思い出した東急砧線跡を辿ってきました。

東急砧線跡は1969年に廃止された鉄道で、現在の二子玉川駅と砧本村駅を結んでいました。詳しくは調べてください。

a0332275_23244308.jpg

現在の二子玉川駅からスタート。写真の道路は国道246号線です。

二子玉川駅はお洒落に生まれ変わって、ここに鉄道があったとは想像しがたいです。


a0332275_23273569.jpg

国道246号線を曲がると細い路地に入り込みます。ここに砧線があったようで、確かにそれらしい雰囲気が一気に出てきました。


a0332275_23295193.jpg

この通り名は花みず木通り(砧線跡)。「砧線」と残っているのがいいですね。

この先に行くと植わっている街路樹がハナミズキです。それにしても漢字と平仮名がごちゃごちゃになった通り名なんだろうか?


a0332275_23334844.jpg

少し行くと、このあたりにあったらしいのが中耕地駅。いや、あと数十メートル先かな?

道がまっすぐしているところに鉄道らしさが出ています。


a0332275_23393158.jpg

暫く道幅が狭くなり、歩行者自転車専用道になっていました。この先で左カーブして吉沢駅に行きます。


a0332275_23421983.jpg

多摩堤通りを越えてこの付近に吉沢駅があったようです。

いまは住宅が密集しているこの周辺も、当時の写真を見ると草っぱらのようで、いまでは想像できません。


a0332275_23455625.jpg

吉沢駅を出ると野川を渡ります。この幅の広い橋は最近架け替えられたものです。


a0332275_23471124.jpg

橋には砧線が現役だった当時の情景を知らせる案内板が取り付けられていました。


a0332275_23482828.jpg

ずっと砧線跡沿いに現在も道路があり、右にカーブしながら砧本村方面に進みます。

吉沢駅~砧本村駅間にも中間駅があったようで、ネットで調べた限り駅名が複数引っかかるのですが、世田谷区役所HPには大蔵駅とあるのでそうしましょう。

右手にあるのは東京都市大学のグラウンドです。もともとは砂利を採取していた場所のようです。


a0332275_23515876.jpg

そんなこんなで砧線跡を辿っていたら、線路跡の狭い道を東急バスが追い抜いていきました。

このバスこそが廃線後の代替で設けられた路線バスらしく、方向幕にも「二子玉川駅=砧本村」とそれらしきことが書かれています。さすがにこの道を往復では通れないらしく、近くの広い道路を通る循環路線となっているようです。

結構な本数で、バス停も二子玉川駅、二子玉川、中耕地、吉沢、砧本村など当時の駅名が見られるのも面白いものです。

a0332275_00013631.jpg

暫くしたら砧本村駅跡へ。


a0332275_00022277.jpg

終点にもバス停があって砧本村です。

なーんか静かな場所で、今でも鉄道があったらどんな景色かなと想像してみたり。

世田谷線がいまでも残っているのも凄いことなのかなぁ…?


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-02-19 00:00 | 鉄道 | Comments(2)


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