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東八道路(仮称)JR南武線跨線橋にPC桁が用意されていました

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府中市新府中街道国立市甲州街道間では東八道路の建設が進められていますが、JR南武線を横断する橋梁のPC桁が用意されていました。

今回は橋の部分だけを見ました。他の状況は見ていません。

この道路の概要・過去未来記事など
東八(府中・国立)

この道路の前回の記事
東八道路 新府中街道~甲州街道間ほか 進捗状況2018.9
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南武線と交差する部分は道路がオーバーパスする立体交差構造になる予定です。

橋台部分は秋ごろまでに完成していました。

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このたび10月下旬ごろより株式会社安部日鋼工業が施工するJR南武線跨線橋(仮称)PC桁製作工事が始まりました。工期は2019年(平成31年)1月25日までとなっています。

橋梁形式は単純PCバイプレ方式I桁橋(プレキャストセグメント工法)で、橋長28.500m、桁長28.300m、支間長27.500m、総幅員24.000mです。

工事ヤード内には10本の主桁が見えますが、完成には26本(内桁24本・外桁2本)が必要だったはずです。工期までに搬入されるんでしょうか。

PC桁がこうやって見られるのワクワクしませんか?

このほか高欄等も造られる予定で、これができると道路橋らしくなりますね。

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橋の架設はJRに委託されていて、鉄建建設株式会社が施工することになっています。(鉄建の筆頭株主はJR東日本)この工事は2019年(平成31年)9月7日までとなっていました。

今後「街路築造工事に伴う擁壁設置工」も発注予定で、来年度以降街築が本格化していくでしょうか。

撮影日:2018年12月28日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-31 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(2)

[多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ] No.11~15 上谷戸大橋ほか

No.11 上谷戸かさやと大橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
3径間鉄筋コンクリートアーチ橋
大成・若築建設工事共同企業体
1992年3月
Googleマップ
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多摩ニュータウンの長峰地区若葉台地区を繋ぐ道路橋です。橋が跨ぐ上谷戸地区は多摩ニュータウン事業から除外され、昔ながらの景色を見ることができます。

橋は3径間の大きなコンクリートアーチ橋です。スリットが入れられたり、コンクリートは三角形に縁取られ圧迫感を軽減しています。

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橋の下には稲城市の鳥に決まったチョウゲンボウが見られ、愛鳥家の姿をよく見かけます。ほかにもフクロウ系の鳥も姿を見せることがあります。

また、時期になるとホタルの鑑賞会も行われ、また5月ごろには鯉のぼりも泳いでいます。

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車道は幅の広い2車線です。

この橋を走ると橋の左右どちらかの信号機にかならず引っかかるのは仕様なのだろうか・・・?

No.12 堂ヶ谷戸どうがやと
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC2径間連続箱桁橋
株式会社クボタ建設
1995年3月
Googleマップ
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長峰地区、上谷戸大橋の北側にある歩道橋です。

橋の西側はフラットに地盤に繋がっていますが、東側は階段とスロープで地面に降りる構造です。橋の途中で直角に折れ曲がっています。

長峰地区は大部分が新住宅市街地開発事業によって事業が行われましたが、この橋付近の一部は土地区画整理事業で整備されています。見分けはつかないと思います。

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高欄は落ち着きのある金色のような色をしていて、照明が仕込まれているなど凝った作りになっています。

橋面はブロック舗装です。

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橋はPC箱桁で、近くの長峰橋に似ていますね。

No.13 若葉台公園中央橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単純中空床版橋
大豊建設株式会社
1997年8月
Googleマップ
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若葉台地区若葉台公園を繋ぐ人道橋です。橋の下を通る道路は南多摩尾根幹線道路ですが、この付近は暫定整備区間のため相互通行です。

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真上から見ると双曲線のような形状をした橋で、橋面には芝生が植えられていて公園が連続した感覚を与えています。

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それにしても多摩ニュータウンは緑が多いですね。開発当時の写真と比べても木の成長ぶりに驚きます。(開発当時ひょろひょろの街路樹も今はでかい)

No.14 若葉台公園西橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単純箱桁橋
長野建設株式会社
1999年2月
Googleマップ
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蔦屋書店の裏側にある歩道橋です。名前の通り若葉台公園の西側にあります。

橋は箱桁で、やや厚みのある重々しい雰囲気があります。

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高欄は灰色系で統一され、手すりも設置されています。

橋の西側は戸建て住宅街、東側はマンション街で、それぞれ違った街の姿を見せています。

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ちなみに、ここから1キロほど離れた若葉台駅まで車道を1度も平面交差せずに行くことも可能です。

No.15 けやき橋(若葉台地区)
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC門型ラーメン橋
古川建設株式会社
1999年1月
Googleマップ
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若葉台ワルツの杜と稲城六中とを結ぶ人道橋で市道を跨いでいます。桁はすぼんだ形状をしていて圧迫感が軽減されています。

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跨いでいる市道にはケヤキが植えられていて、これが橋の名称の由来なのかなと思います。

橋の高欄の色などは若葉台地区で統一されているのかな。

撮影日:2018年4月29日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-30 00:00 | 多摩NTの橋ぜんぶ撮影プロジェクト | Comments(2)

神代団地の行き止まり

行き止まりシリーズ。今回は調布市の神代団地の行き止まりです。

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まずはこっち。

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幅16m、2車線の道路がずどんと行き止まっています。

黄色のセンターラインが行き止まりの少し途切れているのは減点ですかね。(何だそりゃ)

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行き止まりの先にあるのは調布市金子地域福祉センターです。調布市の施設のようですね。

金子というのはこの辺りの古い地名で、つつじヶ丘駅も昔は金子駅と言いました。


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反対を見ると神代団地を突き抜け、暫くまっすぐとした道が通じています。

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ちなみに神代団地はこんな団地。案内図ではなく表示板のようなものですが、わかりやすいのでよしとしましょう。

この行き止まりは左下の道路です。

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さて、どうしてこのような行き止まりができたのか・・・。もうほとんど答えを言ったようなものですが、神代団地が建設される際に区域内に存在していた都市計画道路のみ建設したため。

神代団地は1964年に都市計画決定された一団地の住宅施設で、1965年に入居開始。この行き止まりシリーズで恒例の土地区画整理事業ではありませんが、公団が面的に整備しました。

都市計画道路の名称は調布3・4・9号入間蛇久保線です。1962年に都市計画決定しました。

神代団地交差点で横切る品川通りも都市計画道路であり、現在は周辺が開通していますが、団地ができたころはそちら側3ヵ所も行き止まりのような形状だったようです。(細い道には繋がっていたようだが)

この行き止まりですが、東京都や市区町が2016年に策定した『東京における都市計画道路の整備方針』いわゆる『第4次事業化計画』のなかで、松原通りまでを優先整備路線に選定しており、今後整備が行われ行き止まりは解消することでしょう。(※松原通りより南側は都市計画道路ではない)

ちなみに、団地内の野川も都市計画で決定された河川ですが、団地ができたころはまだ前後の整備ができてなく、団地範囲内のみ河川が整備された「行き止まり」のようになっていたそうです。航空写真などをみる面白いです。

拡幅されないガード
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もう1つが団地の外、京王線と交差する部分です。行き止まりではないですが・・・

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このように狭くなっています。清水架道橋といい、道路を京王線が跨いでいます。幅は5.2mですれ違いはぎりぎりです。高さも3.2mで制限があり、道路構造令の建築限界4.5mと比べても低くなっています。

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この架道橋自体はかなり古くからあるらしく、もともとは農道のような細い道路がくぐっていたようです。

その後、架道橋前後の都市計画道路が整備され、この架道橋部分だけボトルネックとなって残っている状況です。ちなみに甲州街道品川通りまでは1985年度に事業化し、2011年度に拡幅が完了しました。

市議会録などによると、鉄道が低く、鉄道を持ち上げるか、道路をさげるかする必要があること。橋脚があり移転が必要なこと。そのためには多大な財政負担が生じることなどから拡幅ができないようで、東京都の『第4次事業化計画』や調布市の『調布市道路網計画』でも優先整備路線等には入っていません。

そもそもここには京王線の連続立体交差の都市計画が掛かっていて、それ待ちのようでもありますが、こっちも整備の位置づけはありません。柴崎周辺では高架化の要望が強いようですね。

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ここには京王線の本線のほかに、つつじヶ丘駅の留置線も道路を跨いでいます(別構造)。

留置線の橋脚は都市計画道路の範囲を考慮されていないようです。


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反対側から見るとこんな感じ。

道路はもともと一方通行だったようですが、いろいろ働きかけた結果現在は相互通行になっています。信号制御もなく、譲り合っている状況です。

一方通行時代の議会録などを見ると、信号による片側交互通行も提案されています。

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ガードの北側はこんな感じです。


撮影日:2018年12月25日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-29 00:00 | 行き止まりシリーズ | Comments(8)

調布で「調布」を探す旅

みなさん、「調布」という和菓子をご存知ですか。

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▲スーパーで購入

ふっくらとした生地に求肥が包まれた菓子です。調べた感じ調布は生地のことをいうとか、求肥じゃないものもあるようです。

さておき、東京の人なら「調布」といえば調布市を思い浮かべるはず。

調布と「調布」に関係があるのかと思えば、関係はないそうで、どちらも租庸調の「調」が由来という、遠い祖先で繋がってイメージです。

では、調布市に調布を売っているお店があるのか?と気になり和菓子屋巡りをしてきました。調布市内のすべての和菓子屋をめぐることはできませんでした。

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まず始めは京王多摩川駅から徒歩5分ほどのところにある、つるや和菓子店さん。

「調布」なるお菓子は置いていませんでしたが、よく似た「多摩川若鮎」という置いてありましたので購入しました。

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「若鮎」あるいは「鮎」という菓子はそこそこ見かけるお菓子かもしれませんね。

カステラのような生地に求肥が包まれていて、冒頭写真の「調布」によく似ています。

美味しかった。


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次はつつじヶ丘駅に移動。駅からすぐの和菓子ささきさんにお邪魔しました。

「調布」なるお菓子はありませんでしたが、調布が名前に付いた「調布っこ」なる歌詞が置いてありましたので購入。

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お菓子の正体はチョコまんじゅうで、中にはつぶあんがギッシリと詰められていました。これだけでもお腹いっぱいになりそうなお菓子でした。

美味しかった。


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つつじヶ丘からは歩いて調布方面へ。途中柴崎駅の近くで青木屋調布柴崎店さんがあったので入りました。

チェーン店なのかな?贈答用のお菓子が並んでいて、よく和菓子屋にあるようなお菓子は少な目。調布はなかったので、店の自慢っぽい「東京ミニバーム 武蔵野日誌」を購入しました。

ホワイトとチョコレートがありました。

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バームクーヘン生地にチョコレートクリーム?のようなものが包まれています。噛むとふわっ、ぷにゅっという感じで、食感が面白い菓子でした。美味しかった。

これしか買ってないのにお菓子とお茶まで用意していただいて申し訳ない。


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火曜日ということもあってか営業していないお店もあり、柴崎から歩いていつのまにか調布駅前に。調布銀座商店街の松月堂さんです。PARCOの地下にも出店されています。

こちらでは2種類の菓子を購入。始めは「栗子巻」という菓子です。

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求肥、あんこ、栗がごろっと包まれた贅沢な和菓子でした。

美味しかった。


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2つめはやっと見つけた「調布」という和菓子です。

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「調布」と焼き印が入れられた生地の中には栗餡がぎっしりと詰められていました。

美味しかった。

家に帰ってこの菓子を1度に食べたのでお腹がもう一杯です。

結構和菓子屋巡りは面白いかもしれませんよ。


結論は調布に調布はあった。

撮影日:2018年12月25日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-28 00:00 | 地域 | Comments(10)

本町田金森線(金森) 進捗状況2018.12

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町田市の金森地区で行われている町田3・4・34号本町田金森線(金森)の建設工事の進捗状況を見てきました。

前回見に行ったのは2018年6月で、約半年ぶりの訪問ですが、工事が進んでいる印象を受けました。予定通り年度末にも交通開放されるものと思われます。

この道路は2010年(平成22年)2月8日に事業認可を得て町田市が施行者となり事業を進めているもので、延長は約360m、事業認可期間は現在のところ2019年(平成31年)3月31日までとなっています。

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▲看板(完成予想図)

道路は幅員16mの標準的な構造です。


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▲工事看板

現在行われている工事の件名は「都市計画道路3・4・34号線(金森)道路築造工事(その2)」で、施工者は株式会社石井工務店、工事期間は2月上旬までとなっています。


写真等
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撮影位置はこの通りです。

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▲①町田街道との交差点

町田街道141とは信号機のある丁字路に接続し、十字路となります。

ここにはもともと細い道路があったため、交通を維持するために工事中ながら部分的に通行できます。


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▲②交差点を逆向きに

交差点にはこちら向きにも既に信号機が設置されています。信号機は黒色系が採用されています。


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▲③町田街道

町田街道には手が加えられておらず、右折レーンが設置されていません。渋滞がなければいいのですがね。


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▲④工事の様子

舗装も段階的に行われ、徐々に道路らしくなってきました。部分的に防護柵も設置されています。

植栽用の植樹桝も用意されています。まだ木は植えられていません。ただ、東京都の道路にしては植栽が少ない気がします。


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▲⑤電線共同溝

電線共同溝も設置され、電線類は地中化されます。


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▲⑥坂道

私が見に行ったときはこのあたりを集中的に工事していました。


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▲⑦都道目黒町町田線とぶつかる

道路は都道目黒町町田線141にぶつかり、丁字路となります。

交差点には信号機が設置されるらしく、信号機用のポールが設置されています。黒色の信号機となるようです。

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▲⑧都道141号から

このように道路らしくなってきました。

右側には神社がありますが、隣接する歩道部分はやや弾力的に設計されているようです。

来年春ごろまでには開通することになりますが、それほど大きな道路環境の変化にはならないのかなという印象です。

撮影日:2018年12月24日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-27 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

「東八道路が下本宿通りを通る計画だった」という話は本当か

はじめに
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三鷹市杉並区では、図の場所では2018年12月現在、東八道路放射第5号線の新設工事が行われています。また高井戸インター(出入口)方面にかけて改修工事も行われています。

このブログでは何度か工事の様子を記事にしてきました。

工事の様子一覧はこちら
放射5号・東八道路
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なお、「東八道路」というのは東京都が1984年(昭和59年)に設定した通称道路名であり、牟礼橋付近~国立インター入口交差点までが設定されています。

一方、都市計画上は、三鷹市内(≒三鷹都市計画区域内)三鷹3・2・2号東京八王子線23区内(≒東京都市計画区域内)放射第5号線として都市計画決定しています。
このほか、八王子方面にかけて連続的に都市計画決定していて、将来的には高尾山付近まで1本の道路で繋がれることになります。ちなみに「東八」というのは京都心と王子を結ぶことから付いた名前です。

東八道路は下本宿通りを通る計画だったのか
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さて、現在の都市計画道路は牟礼橋のところで大きく北へ迂回し、玉川上水沿いに計画決定されています。

一方、ネット上の掲示板やサイトなどでは、

もともと下本宿通りの方を通る計画だったが、住民の反対運動によって玉川上水沿いに変更された。

などと書かれたりしています。果たして本当か。そんな資料は見たことがありませんでしたので調べてみました。

結論を言うと うそ でした。

東八道路放射5号の歴史を探ってみましょう。

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▲現在の下本宿通り


都市計画の誕生と原型

●戦前の計画

東京区部では関東大震災以降、震災復興計画で1927年(昭和2年)に街路網が決定されます。

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放射第5号線は現在の甲州街道旧甲州街道に沿って幅25mの道路が計画されているのがわかりますが、まだ甲州街道の途中から分岐した計画にはなっていません。

また、このほか1930年~1943年にかけて決定された、碁盤の目状の細道路が図に書かれているのがわかります。

この当時は三鷹方面はまだ都市計画そのものが存在していません。

●現三鷹市内の計画決定

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一方、三鷹方面では、1938年(昭和13年)に都市計画法の適用を受け、1941年(昭和16年)1月11日に都市計画街路が決定します(内務省告示第6号)。

なお、当時は武蔵野、三鷹、小金井、保谷、田無で武蔵野都市計画区域を形成していました。その後それぞれで分離し都市計画区域となっています。三鷹は1950年(昭和25年)に市制施行により分離。※保谷と田無は合併に伴い統一。


決定時の理由書には、

理由書
武蔵野都市計画区域ニ包含セラルル武蔵野町、三鷹町、小金井町、田無町及保谷町ノ五箇町ハ帝都ノ西方ニ隣接シ共ニ好適ナル住宅地ニシテ帝都ノ発展ト密接ナル関係ヲ有シ近年此ノ地ニ移住スル者激増シ且随所ニ工場ノ蝟集ヲ見、発展ノ趨勢頗ル顕著ナルモノアリ
然ルニ道路ハ幅員狭小ニシテ連絡系統ヲ欠キ交通上ノ不利、不便尠カラザルヲ以テ茲ニ都市計画区域内全般ニ互ル街路網及広場ノ計画ヲ樹立シ以テ都市構築ノ根幹タラシムルト共ニ防空、防災乃保健増進ニ備ヘントスルモノナリ
(後略)
※一部文字を現代のものに置き換えた

と、されています。

このときに66路線が決定しています。この中には東八道路の原型となる計画が含まれています。

図の下側に東西に横切るのがそれで、1等大路第2類第1号線(1・2・1号線)として、三鷹町大字仙川を起点として小金井町大字貫井を終点とする幅員30mの計画です。

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ただし、現在の東八道路(赤破線加筆)と比べてみると、やや北側を通っていることがわかります。これは一部を人見街道に沿ったルートです。
また、東側区間は途中で南下したルートとなっています。

また、このときの計画決定では、玉川上水に沿って広路1号広路2号が決定しています。これは幅員50m(ただし水路敷を除く)でした。

●現23区内の玉川上水沿いの道路計画

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1942年(昭和17年)4月22日には、現23区内の玉川上水に沿って道路が決定されます(内務省告示第220号)。

決定時の理由書には、

理由書
帝都ニ於ケル人口ノ集中ハ随所ニ密住地ノ簇出ヲ見、爲ニ市民体位ノ低下ヲ來スノミナラズ火災ニ対スル危険ハ益々増大シ洵に憂慮ニ堪ヘザルモノアリ
仍テ市内河岸景観地ノ内先ズ呑川、玉川上水、千川上水、石神井川ヲ選ビテ沿岸道路ヲ新設又は拡幅シ、之ニ植樹ヲ施シ市民ノ体位向上ノ一助タラシムルト共ニ都市ノ防火ニ備ヘントスルモノナリ
※一部文字を現代のものに置き換えた

と、あるほか、計画方針には、

計画方針
一 河川沿岸値旧街道等ノ並木街ヲ選定セリ
二 十五路線程ヲ選ヒ今回ハ其ノ内四路線ヲ選定議題ニ供セリ
三 幅員ハ河川敷等ハ之ヲ包含シテ全幅五十米ヲ原則トセリ
四 保健道路ハ歩行者専用ヲ旨トスルモ自転車道・乗馬道ヲ適宜考慮セリ一般ノ高速車ハ全々許容セズ即チ一般街路系統ト分離考慮セリ
五 市内中央近カクヲ郊外ニ向ヒ放射的ニ選定セリ
六 沿線ニハ風致景観ノ地ヲ多ク求メタリ
七 本計画幅員ニハ現在国有地タル河川敷乃水路敷ノ幅員不規則ナルヲ以テ計画道路ノ外側間ノ距離ヲ道路幅員トシテ表示セリ
八 計画ヨリ除外セル国有地(河川敷乃水路敷)ト雖モ必要ニ應ジ適宜架橋ヲナシ両岸道路ノ連絡ヲ図ルモノトスル
※一部文字を現代のものに置き換えた

とあります。書いてある通り、この計画は幅員50mの歩行者道路で、市民の健康向上と都市防火を目的としていることがわかります。ただ、戦時中なので防火目的が大きかったのかなぁとも思います。このとき同時に、千川上水、石神井川、呑川も同様の計画が決定しています。

玉川上水沿いについては保健防火道路第2号玉川上水線として約5,790mの道路計画が決定し、武蔵野都市計画の広路1号と接続しています。

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▲この時点での付近の計画(関係するもののみ)

戦後の計画

●戦後復興計画

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戦後、1946年(昭和21年)3月26日には、戦災復興都市計画として東京に放射線街路・環状線街路が決定します(戦災復興院告示第3号)。この中には放射第5号線も含まれています。

当時の放射第5号線麹町区麹町2丁目を起点とし、世田谷区烏山町・北多摩郡三鷹町界までで、起点~四谷区四谷2丁目までは幅員100m、四谷2丁目~終点までは幅員50mでした。

ルートは起点から概ね、甲州街道に沿って計画されていますが、途中芦花公園駅付近のカーブで直進し甲州街道から分岐しています。またその先で三鷹の1・2・1号と接続しています。

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放射第5号線が決定した1年後の1947年(昭和22年)11月26日には、補助第129号線補助第130号線が決定しています(戦災復興院告示第128号)。

このとき戦前の計画は引き継がずすべてリセットされているようで、現在の計画図書を見ても当初決定はこのころとなっています。

1960年代の全面的な計画変更

1960年代になると、東京都内全域の都市計画道路の改定が行われます。

●三鷹の全面改訂

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三鷹市では1962年(昭和37年)7月26日に全面的な改定が行われます。

1941年(昭和16年)に決定していた都市計画道路をすべて廃止し、都市計画道路が新しく決定しています。※変更という扱いではない

東八道路にあたる道路計画は三鷹1・2・1号として決定します。ルートは現在の東八道路とほとんど同じものの、起点が現在の杏林大学病院北交差点となり、区部には接続していません。

また、広路第1号線、第2号線についても廃止されています。

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●区部の改訂

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区部では1961年(昭和41年)7月30日に都市計画道路の全面改定が行われます。

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放射第5号線は現在の計画のように上北沢駅付近で甲州街道から分岐するようになり、玉川上水に沿って牟礼橋まで計画されます。このとき、保健防火道路第2号玉川上水線は廃止され、これを踏襲したルートになりますが、保健防火道路で除外されていた水路敷も含む計画となります。


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また、この他の補助線街路が決定・変更・廃止され、細道路も廃止または補助線街路に格上げ。現在とほぼ同じ計画となります。

さらに都市高速道路第4号線外郭環状線外環ノ2も決定します。


●区部の改訂に伴う東八道路の延伸

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区部の変更に伴って、1962年に起点が短縮されていた東八道路(三鷹1・2・1号線)は、区部変更同日(1966年7月30日)に牟礼橋まで延伸されました。これにより、1962年以来4年ぶりに区部と接続となりました。

1960年代の変更は幅員や名称を除いて現在までほとんど変更されていません。(※外環の地下化・外環の付属街路・放5の幅員(後述)などの変更有)

※三鷹市内の都市計画道路名称番号変更は1991年(平成元年)に実施。三鷹1・2・1号→三鷹3・2・2号

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▲2018年の都市計画図(1966年以降外環が地下化されたり、付属街路が廃止されたり、幅員が変更されたりしているがルートに大きな変更はない)

すなわち、下本宿通りを通る計画などこれまで存在していません。

中央自動車道の反対運動の話

中央自動車道のこの区間が建設される際、沿道のJKK烏山北住宅の住民らによって反対運動が展開されたのは有名な話です。

このため、高井戸IC付近に烏山シェルター(高井戸トンネル)とも言われる囲いができていたり、高井戸ICの下り入口がいまも開設されていません。

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▲烏山北住宅(左)と中央自動車道(右)、高架下に補助219号線ができる計画

中央自動車道は1962年(昭和37年)に建設大臣の施行命令を受けた当時の公団が建設を進めていました。

調布~河口湖間は1969年(昭和44年)に完成。残る高井戸~調布間についても、1966年(昭和41年)7月に都市計画決定し(前述)、用地取得などを進めていました。

烏山北住宅周辺は中央自動車道の両側に補助第219号線を配置する構造で、団地内の用地は団地建設当初から確保されていました。

なお、団地の計画決定は1964年(昭和39年)で、入居開始は1966年(昭和41年)2月のこと。このときはまだ中央自動車道の計画決定がなされていなかったため、住民は計画を十分に説明されていませんでした。団地横断区間は1970年(昭和45年)3月に工事着手され、団地住民に対する工事概要説明会を行ったのは同年7月1日のことでした。

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この説明会で計画を知った住民らは7月12日の住民大会で烏山北住宅道路対策協議会を設置。反対運動を行っていくこととなります。

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▲補助216号線予定地と烏山シェルター(高井戸トンネル)

その後いろいろあって今のようになっているわけですが、資料を見る限りは協議会が反対していたのは中央自動車道、補助219号線、(補助216号)であり、この時点では放射5号線の牟礼方面については特に触れられていません。

また、反対運動が発生したのは計画決定後であるということです。

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▲当時の新聞記事(1970年7月13日読売新聞朝刊P13)


放射第5号線に反対運動は無かったのか

それでは放射第5号線に反対運動がなかったのかというと、そうでもないようです。

●富士見丘小学校関係

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▲当時の新聞記事(1978年5月16日読売新聞朝刊P20)

中央自動車道は反対運動の末、開通することとなり、その一般道路部になる放射第5号線(中の橋~富士見ヶ丘間)も工事に着手し完成します(側道暫定片側1車線の状態)。

しかし、新聞記事によると、その後交通開放されることなく、閉鎖された状態が続いていたそうです。

沿線の区立富士見丘小学校関係者が「高速道の開通による車公害で教育環境が悪化した。放射五号線を供用させると車はまた増える」と開通に反対しているため。

とあり、反対運動が存在したことがわかります。

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▲当時の新聞記事(1984年5月31日読売新聞夕刊P15)

結局、1984年5月31日に交通開放。一方「抜き打き開通」だとし、座り込みや富士見丘小学校児童の登校拒否も含めて反対運動が展開されました。


●玉川上水区間着手前の反対運動

このブログでも記事にしているように、玉川上水区間は2005年(平成17年)12月20日に事業認可を受けて東京都が現在も事業を進めています。

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この区間では事業に先立ち、総合環境アセスメント制度を試行して進めてきました。これは計画策定の段階から情報を公開し、多くの意見を聴きながら、計画をより環境に配慮したものに調整していくための制度です。この中で東京都は[A案]規定幅員50mで玉川上水を開渠にしたまま整備する案、[B案]幅員を60mに拡幅し玉川上水を開渠にしたまま整備する案、[C案]規定幅員50mで玉川上水を暗渠にする案がだされ、結局B案となり都市計画変更を経て事業化されました。

ただしこの段階で、住民らは道路の地下化を訴えていました。しかしもともと案に含まれていないこと、一般道であるため沿道アクセスが必要であること、換気施設が必要となる事、事業費が約2倍になる事、用地買収が増えることなどから採用されていません。

まとめ
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結論として、東八道路や放射第5号線が下本宿通りを通る計画は存在せず、また反対運動が玉川上水沿いにルートにさせた要因であるとは考えにくいです。

他に何かご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

参考
・三鷹市, 『三鷹都市計画図  昭和33年3月30日発行』, 1958年
・三鷹市, 『三鷹都市計画図 昭和56年発行』, 1981年
・三鷹市都市整備部都市計画課編, 『三鷹の都市計画』, 1993年
・財団法人東京市町村自治調査会, 『多摩都市計画史』, 1999年
・人分社, 『東京都特別都市計画図集 1 用途地域篇 新旧計画街路対照』, 1964年
・東京都, 『東京都市計画用途地域図』,2013年
・東京都建設局, 『東京都都市計画道路地図 復刻集』, 1993年
・東京都都民生活局参加推進部, 『「烏山北住宅住民運動」関連資料集』, 1979年
・東京都都民生活局参加推進部, 『別冊「烏山北住宅住民運動」の経緯 昭和37年~53年-展開過程図-』, 1979年
・読売新聞,『団地ぶちぬく高速道路』, 1970年7月13日朝刊, P13
・読売新聞,『放射五号線 閉鎖いつまで』,1978年5月16日朝刊, P20
・読売新聞,『開通後9年間放置の放射5号線 "抜き打ち開通"で騒然』,1978年5月30日夕刊, P20
・読売新聞,『児童427人が登校拒否』,1978年5月31日夕刊, P20
・読売新聞,『"騒動の道"今は・・・』,1978年6月13日朝刊, P19
東京都通称道路名 ~道路のわかりやすく親しみやすい名称~
東京都都市計画情報等インターネット提供サービス
・国立公文書館蔵, 請求番号『纂02590100』、『昭53建設88100010』、『昭53建設56000020』、『昭53建設07500020』、『昭53建設86100040』、『昭53建設86100040』

調べにご協力いただいた皆様ありがとうございました。


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by yunomi-chawan1 | 2018-12-25 06:00 | 地域 | Comments(22)

[多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ] No.6~10 ホームラン橋ほか

No.6 ホームラン橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC2径間連続ラーメン橋
昭和コンクリート工業株式会社
1989年3月
Googleマップ
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向陽台地区の向陽台小学校と稲城中央公園を結ぶ人道橋。1径間で道路を、もう1径間で公園の駐車場を横断しています

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橋梁形式はラーメン橋で、橋の頂上付近で盛り上がった形状をしています。親柱・高欄ともにしっかりをしたデザインでした。

「ホームラン橋」というのは、稲城中央公園の市民球場が由来なのでしょう。

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下の道路は2車線で、大きく成長した街路樹が植えられています。右の写真は近くにあったモニュメント。

No.7 くじら橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC単径間固定式門型ラーメン橋
株式会社銭高組
1997年7月
Googleマップ
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非常に奇妙な形状をしたラーメン橋で、稲城中央公園を結んでいます。南多摩尾根幹線道路という広幅員の道路を単径間で横断しており、橋長107m、支間長100.5mで、この形式の橋では支間長が日本最大です。

特徴はなんといっても3次元的な曲面で、名前の通りくじらに見えます。「くじら橋」という名前は地元小学生の公募でつけられたそうです。

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施工の優れた技術と美観などから土木学会田中賞を受賞したほか、プレストレストコンクリート技術協会賞、日本コンクリート工学協会賞を受賞しています。

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橋の上面も高幅員で、こう見えても歩道橋。稲城中央公園から橋であることを感じさせることなく横断できます。

高欄部分には植え込みがあるほか、夜間は照明が点灯します。

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橋からは東京スカイツリーや東京タワーも見ることができます。

多摩モノレール是政ルート構想を見越しつくりのようです。(ただしモノレール構想はほぼ凍結)

多摩ニュータウンで1,2位を争う美しい橋でしょう。

No.8 ぞうさん橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PCホロー2径間ラーメン橋
株式会社安部工業所
1992年3月
Googleマップ
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稲城中央公園と長峰3丁目を結ぶ人道橋。ホームラン橋と同様に、1径間で道路を、もう1径間を駐車場を横断しています。

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アーチのような装飾があり、ちょっとした楽し気を演出しています。親柱部分は橋梁名のとおり、「ぞうさん」のような形状をしていますね。

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橋が横断する道路は広い中央分離帯のある2車線の道で、ケヤキ並木が続いています。

No.9 稲城中央公園体育館連絡橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
プレテンション形式PC中空床版橋
株式会社安部工業所
1992年4月
Googleマップ
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稲城中央公園と総合体育館を結んでいる橋です。公園内に存在しています。

橋の下は体育館の倉庫のようになっていて、わざわざ橋であることもなかったのかなぁとも。

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高欄はステンレスでぴかぴかとしていて、親柱部分には照明が取り付けられています。橋からはすぐ近くにぞうさん橋が見えますね。

No.10 長峰橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
2径間連続鋼床版橋
川田工業株式会社
1995年3月
Googleマップ
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長峰小学校の東側にある歩道橋です。地形を利用して、小学校側はフラットに接続し、反対側はスロープと螺旋階段で降りることができます。

これまでの橋とは違って、鋼橋であることも特徴の1つでしょうか。

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螺旋階段部分はこのように塔を持っています。何度かテレビドラマのロケ地としても使われていたと記憶しています。

橋本体も90度カーブしています。

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橋面はブロックで覆われていて、高欄等も茶色~クリーム色の暖色系で統一されています。


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by yunomi-chawan1 | 2018-12-24 00:00 | 多摩NTの橋ぜんぶ撮影プロジェクト | Comments(4)

南多摩尾根幹線道路[唐木田] 車線切替(18年12月)

多摩市の南多摩尾根幹線道路(唐木田)で行われている4車線化事業ですが、12月に車線が切り替えられました。

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南多摩尾根幹線のこれまでの経緯については下記記事を参照してください。

要約しますと、暫定2車線である南多摩尾根幹線について、2015年に東京都が平面4車線構造(一部除く)で整備する方針を打ち出しました。唐木田より東については現在、掘割式で計画決定しているため、現在都市計画変更の手続きが行われています。

唐木田区間については、もともと平面構造で都市計画決定していたため、手続きを経ず、工事に着手しています。工事範囲は上記地図の通りです。

色々なサイトを見ていて思うのですが、特に記載がない限り車線数は往復(上下線)合計して数えます。

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今回、工事が進んだことにより、12月ごろより車両通行箇所が新設部分に移動し、これまでの車道箇所が工事に着手となりました。図の通りです。

なお、歩道等の部分については、まだ着手しておらず、今後の発注により業者が決まります。

この区間の過去・未来記事・概要等
尾根幹唐木田

この区間の1つ前の記事
南多摩尾根幹線(唐木田工区)4車線化工事 進捗2018.11
南多摩尾根幹線全体の記事一覧
南多摩尾根幹線
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模式図を描いてみました。

4車線化はもう暫くかかりますが、年度内には4車線化しそうだと思っています。

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▲工事看板1

工事本体は戸田・朝倉・地研建設共同企業体が行っています。いまのところ工期は2月下旬までとなっています。順調に行けばこの通りになるのではないかなと思います。


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▲工事看板2

あとから電線共同溝設置工事も発注され、戸田道路株式会社が工事を行っています。工事は12月末まで。


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▲工事看板3

こちらもあとから発注された信号工事で、戸田道路株式会社が施工しています。

工期は本体工事と同様に2月下旬までで、今後の切り替えなど連動して行われるのでしょう。


写真
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撮影位置は上の地図の通りです。
今回は相模原方面(下り) → 稲城方面(上り) の順に見ていきました。夜間の撮影のため見にくいです。

※交差点名がないため勝手に名前を付けています。

相模原方面車線

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▲①大妻女子大東側の交差点

大妻女子大東側の交差点から工事区間となります。

車線が切り替えられたことにより、これまで工事をしていた新設箇所に通行部分が移動しています。

この交差点は、稲城方面車線の右折レーンが右に飛び出た形となる計画ですが、これはまだ開放はされていません。

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▲②大妻女子大東側の交差点から相模原方面

切り替え後も片側1車線で、幅がやや狭くなっています。引き続き通行には注意が必要です。

ちなみに、この部分の上り勾配は工事前と比べてやや緩やかに改良されました。

今回、上下線ともに言えることですが、舗装は完全にしたわけではないようで、今後もう1層舗装するように見えます。

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▲③唐木田二丁目バス停付近(反対向き)

車道の際は右側の段になっているあたりのようです。歩道等についてもかなり拡幅されます(別工事)。


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▲④唐木田二丁目バス停からファミマ前交差点

切り替え後も右折レーンが設置されました。4車線化後も引き続き同じ場所に右折レーンが設置されます。


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▲⑤ファミマ前の交差点

ファミマ前の交差点から先も工事中です。信号機が移設されています。


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▲⑥ぐりーんうぉーく前の交差点付近

この部分についても道路線形の変更に伴い若干手が加えられています。

なおこの先多摩境通りまでは10年ちょっと前に、その先町田街道までは数年前にほぼ完成しています。

稲城方面車線

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▲⑦ぐりーんうぉーく前の交差点付近

この部分はまだ車線の切り替えが行われていません。

左側車線が消滅したり、信号がやけに短かったりと渋滞の原因にもなるこの場所ですが、4車線化後改善されるといいですね。

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▲⑧ファミマ前の交差点

車線はまだ切り替えられていませんね。


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▲⑨ファミマ前の交差点から


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▲⑩三菱自動車前

ここから稲城方面車線も車線が切り替えられれています。


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▲⑪フォルクスワーゲン前

あまり書くことがないですが、こんな感じです。

2ケ所ほど、右側に非常駐車帯のようなものが設置されています。


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▲⑫唐木田公園付近

この辺りが一番上下線の高低差があるでしょうか。

法面は芝生のようなもので緑化されていて、全体的には綺麗な出来です。


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▲⑬大妻女子大東側の交差点付近

右折レーンは右側に飛び出すように設置されますが、現在のところ供用されていません。


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▲⑭大妻女子大東側の交差点


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▲⑮右折レーン

舗装などは完了してないようですね。供用には歩道も少し改良する必要がありそうです。


撮影日:2018年12月21日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-22 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

美しが丘と犬蔵の行き止まり

今回は横浜市青葉区美しが丘と、川崎市宮前区犬蔵にある「行き止まり」を取り上げます。

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まずはここ。たまプラーザ駅から北へ行き、美しが丘中学校脇の場所です。界隈には有名な場所かもしれませんね。

地図を見ても分かるように、ここは市境の箇所だけ約100m道が繋がっていません。

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横浜市側から見たらこんな感じ。

住宅街の中を突き抜けてきた道路が林にぶち当たって止まっていました。


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突き当たった正面にあるのがこの看板。

道路貫通絶対反対と書かれています。反対しているのは美しが丘中部自治会のようです。

この道路の計画ができたのは1953年のこと。川崎市側で道路計画(川崎都市計画道路3・4・11号横浜生田線)が決定します。

その後、1957年には横浜市側でも決定(横浜港都都市計画道路3・4・18号元石川線)、同時に横浜生田線も都市計画変更し、現在の計画が出来上がります。

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1963年には横浜市で元石川第一土地区画整理事業が開始し、1969年に完了。1970年にはこの道路が供用されたとされます。

この当時は川崎側はまだ開発されてなく、横浜市側のみ宅地化されていた状況だったようです。

1976年には川崎北部市場菅生緑地が都市計画決定。1979年に美しが丘中部自治会により横浜市に『「元石川線」貫通反対について』の陳情が出され、このころには既に反対がなされていることがわかります。なお、北部市場は1982年に業務を開始しています。

なお、川崎市側は2008年策定の道路整備プログラム(第1次)において整備ヵ所として位置付けますが着工されず、2016年策定の第二次道路整備プログラムにおいても整備推進路線に選定されています。

なお、美しが丘中部自治会のホームページを見ると、今でも反対されていることがわかります。

一方で、2018年10月には宮前区在住者により川崎市議会に『都市計画道路横浜生田線、水沢工区の現行道路整備プログラムのスケジュールによる供用開始を求める陳情』が出され、委員会で採択されています。同資料によると、ボックスカルバート案、掘割案など検討されているようです。


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さて、もう一か所の行き止まりはこっち。

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現地はこんな感じ。行き止まり・・・なんですが、正面に階段がありました。

この道路は川崎3・4・10号梶ヶ谷菅生線で、上の行き止まりと同じく、北部市場の直角カーブに繋がる計画です。

この行き止まりが発生したのも土地区画整理事業によるものであり、1999年度~2005年度にかけて犬蔵土地区画整理事業で整備されました。

尻手黒川道路が並行してあることもあって、それほど必要性はないのかなぁという印象も受けます。

この急斜面はどうするつもりだったのかなぁと気になるものではありますが。

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ちなみに……写真を撮り忘れましたが、こっちの道路は航空写真を見る限り、土地区画整理事業が行われるまで行き止まりだったようです。

撮影日:2017年12月26日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-19 00:00 | 行き止まりシリーズ | Comments(2)

[多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ] No.1~5 城山橋ほか

多摩ニュータウンをご存じですか。

稲城市・多摩市・八王子市・町田市に跨る日本最大規模のニュータウンです。総面積約2,900haで、1960年代~2000年代にかけて開発されました。開発手法は新住宅市街地開発事業、土地区画整理事業で……などと色々語りたいことがありますがこのくらいで。

多摩ニュータウン歩行者と自動車が分離されたまちづくりがされているという特徴があります。このため、域内には多数の橋梁があり、私が数えただけでも300超。

それでは多摩ニュータウンの橋をぜんぶ撮影しようじゃないか。

多摩NTの橋ぜんぶ撮影PJ  始動
※NT=ニュータウン、PJ=プロジェクト


4月ごろより少しずつ撮影を始めました。当初はブログに載せるつもりはありませんでしたが、成果として残さないと続けられない気がしたので、載せることにしました。
大体1記事に5橋くらい載せようと思います。
前ブログの大丸用水のように、途中で飽きて放棄するかもしれない…です。

No.1 城山橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
場所
住宅・都市整備公団
固定充腹アーチ橋
林建設工業株式会社
1987年10月
Googleマップ
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多摩ニュータウン向陽台地区の北端にある人道橋です。是政橋側から多摩ニュータウンに入るのにくぐる橋で、充腹式のアーチ橋が門のような趣を出しています。

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橋の遊歩道は城山公園に繋がっていて、他の人道橋を経て長峰地区まで車道を平面交差せずに行くことができます。

高欄や親柱のデザインはおとなし目で、橋には街灯も設置されています。

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橋が架かる下の車道は2車線中央分離帯ありで、急な坂道であることもあって、橋がかなり高い場所にあるように感じさせます。車道にはユリノキの並木が続いています。橋からは多摩川方面が綺麗に見えますね。

No.2 竪谷戸たてやと大橋
事業主
構造形式
竣工
場所
東京都
4径間連続RC床版鋼箱桁橋
2003年2月
Googleマップ
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南多摩尾根幹線道路の橋梁です。JR武蔵野線(貨物線)を横断しています。

竪谷戸」というのは稲城のガスト付近~くじら橋付近まで続いていた谷戸のことで、多摩ニュータウン事業によって埋め立てられた経緯があります。

当初はJR線の下をくぐる計画だったため、JR線も橋梁形式になっています。その後、ここも盛土することも考えられていましたが、結局今のようになっています。

橋は上下線で別々になっています。これは本来は副道という扱いで、本線はこの間に造る計画でしたが、2015年に東京都が4車線で整備する方針を打ち出し、現在検討が行われています。

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JR線もこの部分だけトンネルではないあかり区間となっています。ここに駅を作る検討も一時なされましたが、結局旅客化されずいまのままです。

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車道は片側1車線です。相模原方面に向けて登り坂になっています。

橋の下には基礎が頑丈そうな大きな鉄塔もあります。

No.3 向陽台橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC3径間連続ラーメン橋
林建設工業株式会社
1987年11月
Googleマップ
a0332275_22574036.jpg

向陽台地区のセンター地区にある人道橋です。アーチ橋のような形状のラーメン橋で、城山橋と合わせたかのようなデザインになっています。

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北側は城山公園に繋がっているほか、南側は商業施設にも直結しています。(商業施設に入らずに橋を渡ることも可能)

向陽台地区は灰色系で揃えられている印象がありますね。

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橋が架かる道路にはケヤキ並木が続いていて、季節になれば森の街を歩いているような錯覚も感じさせます。

No.4 長者橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
PC門型ラーメン橋
住友建設株式会社
1989年4月
Googleマップ
a0332275_23082142.jpg

向陽台2丁目と3丁目を結ぶ人道橋です。3丁目側は稲城五中や向陽台小にも繋がります。

橋は黒のレンガを基調としたシックな趣きです。

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親柱は斜めにカットされ、そこから続く高欄は奥行きを感じさせます。

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3丁目側は戸建て住宅街で、歩行者専用道路はここまでとなっています。

橋の下の道路は城山橋からユリノキ並木が続いています。

No.5 竪谷戸橋
事業主
構造形式
施工会社
竣工
地図
住宅・都市整備公団
バイプレ方式単純箱桁橋
住友建設株式会社
1989年4月
Googleマップ
a0332275_23162714.jpg

南多摩尾根幹線道路を横断する人道橋です。南多摩尾根幹線道路の広幅員を跨ぎ、支間長が長いことが特徴だと思います。途中に橋脚がないのは将来の道路計画を見越してのことなのでしょうね。

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橋の中央で盛り上がった形状をしていて、橋の端から他端が見通すことができないほどでした。

高欄はこげ茶色で、親柱は両端共に左右がちょっとずれています。

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橋の上からは未整備の尾根幹線が見ることができます。ちょっと変わった景色ですね。

街路樹はたぶんモミジバフウ。


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by yunomi-chawan1 | 2018-12-17 00:00 | 多摩NTの橋ぜんぶ撮影プロジェクト | Comments(4)


「まち」の変化を追っていきます


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