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リニア中央新幹線 片平/能ヶ谷非常口に向けた工事開始か

各地で工事が進められているリニア中央新幹線ですが、そのうち片平/能ヶ谷非常口付近で関連工事が始まったようです。

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東京近郊では大深度地下を用いて、トンネルによって建設される予定で、おおむね5km間隔で非常口が設置される予定です。

JR東海のHPによると、11月17日現在、片平/能ヶ谷非常口は品川~橋本間で唯一工事の契約がされていない非常口となっています。

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そんな片平/能ヶ谷非常口付近では建物(民家)の解体工事が始まっていました。

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掲示されていた貼り紙によると、事業者は東海旅客鉄道株式会社中央新幹線建設部となっていて、施工業者はジェイアール東海建設株式会社となっています。

リニア中央新幹線関連の工事であることは確実でしょう。

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位置的にはこのような場所です。

非常口自体は、都県境付近の日本政策投資銀行鶴川総合グラウンド跡地に建設予定となっていますが、建設のためのアクセス路がないことから、県道137号上麻生連光寺線(尻手黒川線)137から建設する方針が環境アセスメント等で示されています。

今回の解体箇所はそのアクセス路のためと考えられます。

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2018年(平成30年)川崎市議会請願45号資料より引用

アクセス路については環境アセスメントでは川崎田園都市病院裏手を通るルートが概念図として示されていましたが、市議会資料では川崎フロンターレグラウンドからのアクセスも検討されているようです。

結局どのルートにするのか、ネットで調べても出て来ません。

ちなみに請願は全会一致で趣旨採択。

撮影日:2019年11月17日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-11-19 00:00 | 地域 | Comments(2)

オープン前の南町田グランベリーパークを見に行った

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南町田グランベリーパーク駅周辺で行われている南町田駅周辺土地区画整理事業の進捗状況を見て来ました。

この事業は東急・町田市・東急レクリエーションが施行者となり行われている土地区画整理事業で、「まちのぜんぶが“パーク”となる」をコンセプトに南町田拠点創出まちづくりプロジェクトと題し事業を行っているものです。

これまで存在した南町田グランベリーモールを閉鎖し、周辺の施設を再編し、南町田グランベリーパークとして、11月13日に街びらき予定です。

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今回は街びらき8日前に見に行きました。


南町田グランベリーパーク駅の様子
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▲駅名標

10月1日に「南町田駅」から「南町田グランベリーパーク駅」に改称され、またダイヤ改正も行われ終日急行が停車するようになりました。

駅名標には横いっぱいに文字が埋まっていました。

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▲駅北口

駅北口も形になってきました。

現在も継続して、町田市発注により駅前広場バス停に屋根を設置する工事が行われています。


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▲南北自由通路

都市計画道路として南北自由通路が整備されました。前回来たときにも完成していましたが、改札口正面(右側)の店舗なども完成形に近づいています。

改札正面店舗にはタリーズコーヒーなどが出店するようです。


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▲グランベリーパーク改札

ここに来た次の日(6日)に開設予定だったグランベリーパーク改札です。

南町田グランベリーパークへの正面玄関となる改札口です。この右側はすぐに商業施設です。


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▲掲示

グランベリーパーク改札開設を案内する掲示物です。1日遅れば新しい改札口が見られました。


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▲改札内

大きな屋根が特徴的な駅となりました。実に東急東急した駅に生まれ変わりました。

それでもやって来た電車は古いヤツ。東急らしい。


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▲ホーム

可動式ホーム柵が稼働していました。東急で未設置の駅は残り数駅だそうです。

照明には温かい色が使われていたり、細部までこだわっているのがよくわかります。ホーム屋根の骨組みは再利用されているようですが、塗り替えられたり交換した部材もあるみたいです。

商業施設を外から見てみる
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▲ステーションコート

駅すぐの区画です。既に駅に行くために一部の通路は通行できます。

郵便局や東急ストア、ココカラファイン、白洋舎、銀行、ヤマト運輸など、生活に必要そうな施設がたくさん入るようです。

店舗自体はまだ開業していませんでしたが、商品の搬入や職員研修など大急ぎに見えました。


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▲セントラルコート西側入口

開放済みの通路とカラーコーンだけで仕切られていて、立ち入ってもバレないんじゃないかって気がしたエリア西側。

オープン前でしたがエスカレータが動いていて、ここでも店舗に人影があり何やら準備をしていました。

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▲スヌーピーミュージアム

こちらは街びらきから少し遅れて開業予定のスヌーピーミュージアム

あちらこちらにスヌーピーがいました。


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▲東側の小さい出入口

出入口はたくさんあるんですが、そのうちの1つの小さめな出入口。なにやら警備員がいて、身分を確認した人が中に入っていきました。

これだけの商業施設だと、従業員の数だけでもすごい多そうですね。


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▲ケーズデンキ跡地

ケーズデンキがあった場所は更地になり、駐車場として暫定利用されるようです。

この辺りは国道16号と国道246号が交わり横浜町田インターからも近く、もともと渋滞の名所でありますが、開業以降、渋滞が悪化しそうだなとそれだけは心配です。

鶴間公園を外から見てみる
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隣接する鶴間公園も再整備が行われました。

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▲つるまの森

木々は大方残されたようですが、明るくなったような印象を受けました。


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▲東側

こちらも正直、東急らしい公園になったなという印象。

このときは入れなかったので閑散としていましたが、賑わっているところを早く見てみたいものです。


撮影日:2019年11月5日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-11-12 00:00 | 地域 | Comments(0)

鶴川駅周辺再開発第1陣 鶴川駅前公園が11日をもって閉鎖

数年前よりずっと検討が続けられてきた鶴川駅周辺の再開発がいよいよ始動します。検討段階からずっと注視してきましたが、いよいよです。

この事業の記事一覧
鶴川駅周辺再開発

この事業の1つ前の記事
鶴川駅周辺再整備へ準備が進む

前回の記事より、検討によっていろいろ変更点がありました。

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町田市議会 2019年第3回定例会建設常任委員会 議案より引用

道路の形状が変わったり、南口-川崎3・4・23号に至る道路が計画からなくなったり、と細かい点を含めると数多くあります。

事業は大きく分けると、
・北口交通広場整備
・南口土地区画整理事業
・南北自由通路整備
・南北アクセス路整備
・駅舎改良事業(小田急)
に分けられます。

2019年8月30日には、土地区画整理事業の区域、北口交通広場(町田3・3・28号)、南北自由通路(町田8・6・1号)の都市計画変更・決定が告示されました。

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市議会資料などより概略を写したものであり、計画図ではありません。

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町田市議会 2019年第3回定例会建設常任委員会 議案より引用

市議会などには細かい図面が出てきており、くどいようですが、いよいよだなと気がしてきました。

鶴川駅前公園
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さて、今回の記事の本題ですが、これらの鶴川駅周辺再開発の1番最初の工事として、鶴川駅前公園11月11日をもって閉鎖されます。

鶴川駅前公園は鶴川駅北口のマルシェ駐車場(平面駐車場)の隣にある街区公園で、市が管理をしています。

1980年(昭和55年)から町田市によって事業が行われた、鶴川駅前土地区画整理事業(1982年換地処分)によって整備され、1982年(昭和57年)10月1日に開園しました。面積は850平方メートルです。

※鶴川駅前土地区画整理事業では現在の北口広場などが整備されました。

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公園の廃止後は、施設の撤去工事が行われる予定となっています。つい最近入札が行われ、株式会社東京綜合造園が施工する予定です。

工事内容を見る感じだと、木々の伐採を行った後、簡易舗装をして管理柵で囲むようです。

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私が見に行ったときは、シルバー人材センターの方々が落ち葉の清掃を行っていました。

この公園は周辺より一段低くなっていて、気も生い茂りジメジメしていて、個人的にはちょっと近づきたくない公園でした。

市の計画図などや議会などを見ると、現在のマルシェ駐車場を立体化しこのあたりに建設する予定となっています。また、公園は別の場所に新しく整備される計画となっています。

鶴川駅周辺で何らかの調査もしていました
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11月某日。駅周辺では腕章を付けた人や、カウンターを持った人、カメラによって何らかの調査が行われていました。カメラは交通量調査のためと貼り紙がありました。

町田市が発注し、協和コンサルタンツが行っているもののようです。


来年度にも北口については事業認可を取る予定のようですから、今後ますます変わっていきそうな駅です。

そういえば・・・
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今年の春から夏ごろにかけて、鶴川駅を考える会というものが数回行われ、私も地域住民として一部参加していました。(既に終了)

「〇〇を考える会」というとだいたい事業に反対する人たちの会……な感じはしますが、そうではなく全く逆で、地域住民が鶴川駅をどうしたいか、どうしたらいいかをじっぐり議論する会となりました。私は最年少くらいでしたが。

普段見ず知らずの人と話し合うことができないこと、みんながこの駅、さらにはこの町に対してどのような想いがあるのかがわかったり、1980年代の再開発前の駅の様子なんかをご老人から聞けたりと、非常に面白い会でした。

撮影日:2019年11月5日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-11-10 00:00 | 地域 | Comments(0)

東府中から多摩川に延びる未成道っぽい空間は何?[机上調査編]

現地調査編はこちら

東府中から多摩川に延びる未成道っぽい空間」が何なのかを調べています。
現地調査編の続きで書いていますので、初めに現地調査編をご覧になる方がわかりやすいと思います。

画像を切り替える
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都市計画図を見てみる
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『府中都市計画概要』(平成25年3月現在の都市計画決定状況)府中市作成より

都市計画の状況を知るには都市計画図を見るのが手っ取り早いわけです。個人的には多摩地域すべてと近隣の一部の都市計画図を持っていますが、最近ではほとんどの都市計画区域内の自治体がインターネットで公開しています。

これを見ると、ほとんど答えがわかったも同然でしょう。

そう「今回調べている空間」には多摩川左岸北多摩一号流域下水道幹線が埋まっているのです。

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西側を見てみると、清水が丘二丁目交差点をショートカットする形で流域下水道幹線が計画されています。

さらにその上には清水が丘緑地が重ねて計画されています。清水が丘緑地は都市計画緑地の1つで、面積0.25ha、1976年(昭和51年)に府中市によって都市計画決定されました。

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東側を見てみると、こちらも同様に流域下水道幹線が計画され、下流の多摩川に接する部分には北多摩一号水再生センターが存在します。


多摩川左岸北多摩一号流域下水道

まずは流域下水道について
下水道法によると以下のいずれかに該当する下水道を流域下水道と定義されています。(法第2条第4号イ、ロ)

イ:専ら地方公共団体が管理する下水道により排除される下水を受けて、これを排除し、及び処理するために地方公共団体が管理する下水道で、二以上の市町村の区域における下水を排除するものであり、かつ、終末処理場を有するもの
ロ:公共下水道(終末処理場を有するもの又は前号ロに該当するものに限る。)により排除される雨水のみを受けて、これを河川その他の公共の水域又は海域に放流するために地方公共団体が管理する下水道で、二以上の市町村の区域における雨水を排除するものであり、かつ、当該雨水の流量を調節するための施設を有するもの

要するに、市町村単位で下水を処理するのではなく、その枠を越えて広域的に処理しようというのが流域下水道です。流域下水道以外の下水道には公共下水道、都市下水路があります。

流域下水道は都市施設であり、都市計画決定されます。

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『多摩の下水道マップ』東京都下水道局流域下水道本部2016年発行

今回調べているところに埋設されている多摩川左岸北多摩一号流域下水道は東京都の流域下水道の1つで、東京都が管理しています。現地調査編で東京都のマンホールが存在したのはこのためです。

この流域下水道は北多摩一号水再生センターを終末処理場とし、北多摩一号東幹線、北多摩一号西幹線、そこから分岐(そこに合流)して北多摩一号北幹線、恋ヶ窪幹線の下水管渠が敷設されています。

府中市、小金井市、国分寺市、立川市、小平市、東村山市のそれぞれ一部を処理区域としています。

多摩川左岸北多摩一号流域下水道の初出

多摩川左岸北多摩一号流域下水道は1966年(昭和41年)に都市計画決定されました。(建設省告示第3713号)これは東京都で一番早い流域下水道の決定でした。

当時は多摩川左岸流域第一号下水道と言ったそうです。そしてその管渠の名前は北多摩排水路Ⅰ号線です。

当時の計画決定に関する公文書(計画説明書)の中で、総説として以下のようなことが書かれています。

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この昭和40年代というと、多摩川は「死の川」とも呼ばれ、洗剤の泡が舞うほど汚れていた時代です。

このほかに、同計画説明書の中では次のようなことが書かれていました。長いので畳んでおきます。

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これが当初決定時の図面です。現在の管渠と同じルートで決定しています。

しかし、現在と違うところが大きく2つあります。

1つ目は河岸段丘より南側が開渠であること。

2つ目は北多摩一号水再生センターに相当する終末処理場がないことです。

当初の計画は下流部が「開渠」
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河岸段丘より南側が開渠であることは断面図からもわかります。この図の左下がそれです。

コンクリート擁壁を両側に、底に均しコンクリートをもって3面張りの水路を予定していたことがわかります。

念のため補足しておきますが、「開渠」とは蓋がされていない水路のことで、反対を「暗渠」といいます。

「下水を開渠で流したら不衛生じゃないか」と思いますが、『平成22年度 東京都下水道事業年報』によると、

広域幹線排水路は、各市町村の汚水処理施設から放流される処理水と区域内の雨水を集水して多摩川に流すという河川としての性格が強いものであった。

とされ、開渠で計画されていることも理解できます。また排水路という名前からも想像がつきます。

その後、暗渠に計画変更されたのは1969年(昭和44年)のことです。

排水路が当初、開渠で計画されていたことは、中央自動車道のあの部分(実地調査編参照)が橋梁で建設された理由の1つかもしれません、中央自動車道の府中市付近が完成したのは1967年のことであり、開渠の下水道の計画に合わせて橋梁にする必要があったのかもしれないと考えます。

なお、新小金井街道のしみず下トンネル付近は、その道路を作る際の北多摩南部建設事務所の事業概要に「該当区間は、昭和48年1月流域下水道北多摩幹線第1号関連事業として事業認可を受け、すでに用地取得の澄んだ区間延長320mと一体として・・・(略)・・・街路事業に着手した」と記載があり、この地が流域下水道のために用地買収されたことが明らかです。

終末処理場の計画ができたのは3年後
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1969年変更時の公文書より

北多摩一号水再生センターに相当する終末処理場は1969年(昭和44年)の都市計画変更により追加されています。開渠が暗渠になったのと同時です。

このときになってようやく、現在の役割を持つような流域下水道の計画になったようです。その後建設がされ、処理場の運転開始は1973年(昭和48年)のことでした。

当時の名称は「北多摩1号処理場」で、現在の「北多摩一号水再生センター」に変更されるのは2004年(平成16年)のことです。これはイメージアップの目的もあるそうで、ごみ処分場もクリーンセンターと言ったりしますね。ちなみに神奈川県では昨年、処理場から水再生センターに名称を変えました。

道路計画の用地ではないのか

流域下水道により、「今回調べている空間」ができたことがわかったものの、過去にここに道路計画が存在したかも調べておく必要があります。

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府中市の都市計画道路は1943年(昭和18年)に最初の決定がされます。

その後、1962年(昭和37年)に全面的な改定があり、1943年の計画が全廃され、新しく決定します。このときの決定が現在まで続いていますが、現在までの間に路線によっては様々な変更や廃止、新規決定がなされています。

1943年の道路計画
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国立公文書館 デジタルアーカイブより『東京府府中都市計画街路決定ノ件』

これが1943年決定時の図面です。少し画質が悪くてわかりにくいですが、このとき「今回調べている空間」に沿った道路計画は存在しません。

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『東京都府中都市計画街路の決定及び廃止について』1962年廃止時の図面より(一部加筆)

これが1943年の計画廃止時の図面です。廃止時の図面は詳細なものがあったので載せます。北多摩一号幹線のルートを赤色で加筆しました。

このように、「今回調べている空間」に沿った道路計画は存在しないことがよくわかります。

1962年の計画決定時
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『東京都府中都市計画街路の決定及び廃止について』1962年決定時の図面より(一部加筆)

これが1962年決定時の図面で、北多摩一号幹線のルートを赤色で加筆しました。このとき、しみず下トンネル付近より北側には北多摩一号幹線に沿った道路計画がありますが、「今回調べている空間」に沿った道路計画は存在しないことがわかります。

ただし、現在の都市計画道路網とは少し異なっています。

府中2・1・4号(現:府中3・4・7号府中清瀬線)[新小金井街道]の変更履歴

上図中の「2・1・4号」、すなわち現在の府中3・4・7号府中清瀬線の都市計画変更の履歴は以下の通りです。

1962年(昭和37年)7月26日 当初決定
1969年(昭和44年)5月20日 ルート一部変更
1989年(平成元年)6月16日 名称変更(府中2・1・4号→府中3・4・7号)
1991年(平成3年)10月30日 是政橋関連の変更

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1969年変更時の図面より加筆

1969年の変更はこのようなルート変更を行いました。理由として、中央自動車道の開通が書かれています。

以上から、現在の府中3・4・7号府中清瀬線が「今回調べている空間」に計画されていたことはないことがわかりました。

府中2・2・9号(現:府中3・4・3号狛江国立線)の変更履歴

この都市計画道路は競艇場の北側、中央道の南側を走る道路で、都市計画の変更履歴は以下の通りです。

1962年(昭和37年)7月26日 当初決定
1964年(昭和39年)10月23日 計画延伸
1969年(昭和44年)5月20日 ルート一部変更・名称変更(府中2・2・9号→府中2・1・5号)
1989年(平成元年)6月16日 名称変更(府中2・1・5号→府中3・4・3号)

1964年の変更は、1962年当初決定時に鎌倉街道までだった計画を国立市境まで延伸しました。この理由は中央道建設のためと書かれています。

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1969年の変更はこのようなルート変更を行いました。理由として、こちらも中央自動車道の開通が書かれています。

以上から、これも「今回調べている空間」に計画されていたことはないことがわかりました。

府中2・2・8号(現:府中3・4・4号調布府中線)[しみず下通り]の変更履歴

この路線は現在の計画では西武多摩川線付近で北多摩一号幹線とルートが重複する都市計画道路です。しかし、1962年当初決定時にはルートが重なっていません。都市計画の変更履歴は以下通りです。

1962年(昭和37年)7月26日 当初決定
1972年(昭和47年)11月17日 ルートの変更
1989年(平成元年)6月16日 名称変更(府中2・2・8号→府中3・4・4号)
1990年(平成2年)12月6日 軽微な変更

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このうち、1972年の変更が大きな変更でした。上図はそのときの図面です。

1937年に決定されていたルートを南側に変更しています。変更した区間の東側は南白糸台小学校付近、西側は清水が丘二丁目交差点東側です。この変更の理由は

 本街路は、昭和37年に計画決定されたが、多摩川流域下水道北多摩1号幹線の用地を有効利用し、さらに一団地住宅施設〔ママ〕として決定した日本住宅公団車返住宅団地の住環境の保護を図るため本案のように計画を変更する。

・・・と、されていて、ルートの一部を北多摩1号幹線の一部に沿って計画し直したことがわかりました。

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そしてこの変更は、清水が丘二丁目交差点東側のいびつな道路線形や幅員の違いの理由でもありました。


このほか

図中、「2・3・1号」(現在の府中3・5・14号小田分横街道線)も何度か変更していますが、これは今回調べている空間には関係していませんでした。

今は存在しない道路計画?

現在は存在しない都市計画道路が北多摩一号幹線(しみず下トンネル付近より南側の部分)に沿って計画されていたこともありませんでした。(複数の都市計画図を参照済み)

稲城大橋の道路計画?

稲城大橋の都市計画決定がされたのは1990年(平成2年)のこと。「今回調べている空間」に稲城大橋関連の道路計画が存在したことはありませんし、「空間」ができたのはもっと前のことです。

まとめ
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まとめると、
今回調べている空間は北多摩一号流域下水道の幹線によってできた
・西武多摩川線付近は下水道用地の有効利用のため道路計画を変更
今回調べている空間には道路計画はない
・中央道の橋梁は下水道のため
といったところでしょう。

撮影日:2019年2月10日、6月11日、6月19日ほか 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-06-22 00:01 | 地域 | Comments(2)

東府中から多摩川に延びる未成道っぽい空間は何?[現地調査編]

場所は府中市東府中駅付近から多摩川にかけて妙な空き地があるのです。空き地・・・というか実際には緑道として開放されています。

この記事では青枠の航空写真は直下のボタンを押すと画像が切り替わります。航空写真以外は画像にカーソルを重ねると切り替わります。スマートフォン等では若干の位置ズレが生じていますが、利用しているブログサービスに依存する問題のためどうすることもできません…

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場所はなんとなくわかるでしょうか?
京王線の東府中駅から稲城大橋に至る区間です。

妙に綺麗なカーブで緑道が続いていて、一見すると道路計画を諦めたような土地にも見えます。

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こちらは西側、しみず下トンネルのあるあたり。
木が生い茂っていてわかりにくいかもしれませんが、十字路のカーブをショートカットするように空白の土地があります。

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こちらは東側、稲城大橋の近くです。
しみず下通りから綺麗なカーブで分岐して、多摩川に向かっています。

この画像は「国土地理院撮影の空中写真(2017年撮影)」を使用しています。

それでは現地の様子も見てみましょう
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今回、西側から東側に向けて歩いてみました。

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まずは西側

新小金井街道しみず下トンネルに潜り込みます。ここ2013年に開通した新しい道路で、多摩川の河岸段丘により崖地になっている部分をトンネルによって勾配を緩やかにしています。

今回気になっているのはこっち側。

左のブロック塀と道路との間の意味深な三角形の土地が何かを匂わせます。

それにしても綺麗なカーブだこと。

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現れたのは府中市清水が丘緑地。どうもこの土地は府中市の緑地として管理されているようです。


明らかに怪しい土地の切り取り方。これは都市計画上の用地買収によって取得された土地にそっくりです。

公園内を突き抜ける道路は、公園として最初から計画するならこんなことをしないでしょうし、何かで取得した土地の上を公園としたような雰囲気を漂わせます。

崖を降りた後も現れるカーブと謎の緑地。しかもほぼ同じ幅です。

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そして突如現れたでっかいマンホールと普通のマンホール。それも東京都のマーク

ここは府中市ですから、普通の下水道のマンホールには府中市のものが取り付けられているはずです。

実はこれがこの謎を解く大きなヒントなのですが、それは後程。

綺麗なカーブを描いたまましみず下通りに合流。

道路の不自然な蛇行が気になります。

といってもこの道路はよくある2車線の道路。交通量もそれほど多くなく、The市道といった雰囲気です。

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そして、西武多摩川線とオーバーパス


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わかりにくいですが、道路幅にくらべて橋脚が無駄に幅広で、道路の真下に何かある雰囲気です。


陸橋を渡ったら道路は左カーブ

でも右にも空き地がカーブ!

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空き地と思われたその場所は府中市の押立緑道として開放されているようです。


そしてこれは!?

これは!!??

中央自動車道の高架だ!

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このあたりの中央自動車道盛土によって建設されていますが、ここだけなぜか橋梁構造

道路を跨ぐために橋梁ならわかりますが、現状道路はなく、さらに押立緑道と平行に橋梁が建設されています。

その橋梁も現在は通り抜けできません。何故か車が止まってるけど。

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逆から見るとこんな感じ。うーん怪しい・・・


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中央自動車道の反対側にあるのは・・・

次回。机上調査編においてこの謎を探索!

机上調査編はこちら

コメント欄は机上調査編に設けてあります。


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by yunomi-chawan1 | 2019-06-22 00:00 | 地域

稲城長沼駅前に公園が完成

稲城長沼駅の南側に新しく公園が完成し、2019年3月24日に開放されました。

当日は式典も開かれましたが、すっかり忘れて18きっぷの旅に出ていたので帰りに見てきました。夜間の撮影なので若干ぶれています。

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▲全景

これは南武線の高架化に合わせて行われている市施行の稲城長沼駅周辺土地区画整理事業の一環で整備されたものです。

公園の面積は1200平米です。大部分が色つきのアスファルトで舗装されました。

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▲時計台

公園には稲城なしのすけ時計台が設置されました。時計台は市内の矢野口駅や南多摩駅にも設置されていて、市内の南武線の駅すべてに設置されたことになります。


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▲公園の名前は「ペアパーク」

24日の式典で公園名が発表され「いなぎペアパーク」と名付けられました。時計台の隣には公園名を示す看板が設置されています。


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▲イベントスペース

園内には半円形の芝生の舞台として使えるイベントスペースが設置されています。


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▲防災用トイレ

園内には災害時にトイレとして使えるベンチやマンホールが設置されています。


都市計画道路も少しだけ整備
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▲南武線高架下の部分

稲城長沼駅を南北に貫く稲城3・4・14号稲城長沼駅前通り線については、南武線高架下部分が整備されました。(これまではアスファルトのみの暫定整備)

ただし今のところ南北の通り抜けはできません。


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▲南側暫定バス広場

駅南側の暫定バス広場も一部縁石工事が行われましたが、大部分は暫定整備にとどまっています。正式な道路整備は相当先になるのかなと想像します。


改札前にはウェルシアがオープン予定
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▲ウェルシア

稲城長沼駅改札前と都市計画道路の間の高架下にはウェルシアが3月28日にオープン予定です。開店時間のうち物販は8時~23時のようです。

少しずつにぎやかになりつつある稲城長沼駅周辺ですが、土地区画整理事業に伴う移転などで個人商店が減っているのが少々残念です。それとあまり利用者がいない駅ですが大丈夫かな。。。

撮影日:2019年3月24日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-29 00:00 | 地域 | Comments(0)

246号旧道探索その6 有馬区間ほか

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は有馬付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回は、前回の続きで新石川付近~有馬付近を取り上げます。

他の区間はこちら
246旧道探索
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▲新石川交差点の新石川立体

新石川交差点を本線が立体交差で通っています。

新石川立体は2006年(平成18年)3月に開通しました。

この道路は少なくとも明治時代には現在の国道246号線とほとんど同じルートだったようです。江戸時代には少し東側を通っていたようですけどね。

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▲川崎市に入る

新石川交差点から坂道を登ったところで川崎市に入ります。

ここには峠茶屋前という交差点があるのですが、これが少し気になるので、本来の目的(=旧道探索)から離れて取り上げてみようと思います。


「峠茶屋前」の「峠茶屋」って何なんだ
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▲峠茶屋前交差点

国道246号横浜市川崎市の境界に峠茶屋前交差点があります。

市境であり、峠のような地形になっています。

しかし、肝心の峠茶屋が見つからないのです。


〇交差点前にあるローソンがヒント?
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交差点の前にはローソン川崎有馬九丁目店があります。ただ、見ても分かるように、明らかに居抜きで出店した建物です。

かつてここには「峠食堂」というドライブインがあったという情報を頂いております。ただ、そのことを示す地図や写真を見つけられず、確証が得られていません。


一方、峠茶屋前という標識がいつ設置されたものか、国土交通省の国道事務所に問い合わせたところ、2009年度に設置されたものだそうです。しかし、名前の由来は不明とのことでした。(警察署や区役所にも問い合わせていただいたようでありがとうございました)

私が持っている2007年の地図ではこの時すでにローソンは出店していたようですから、ローソン出店後に峠茶屋前の看板が設置されたのは明らかです。(2009年7月のストリートビューでも確認できます)

〇江戸以前の茶屋?

現在の国道246号線と並行して存在した江戸以前の矢倉沢往還は、この付近ではローソンの裏側を少し行ったところに通っていました。

その矢倉沢往還には峠部分に「立場茶屋」があったそうです。

いまはもちろん茶屋などないのですが、それが由来……ってこともあるのでしょうか?

当ブログでは峠茶屋前交差点の名前の由来に関する情報をお待ちしております。

旧道探索に戻ります
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▲有馬一丁目

峠茶屋前交差点から坂を下り、暫くすると有馬一丁目交差点付近で旧道が左に分岐します。

この付近の現在の国道246号線は1979年7月17日に開通したそうです。


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▲鷺沼入口交差点

この付近の両側は土地区画整理事業が施行されたようですが、道路はほとんど変わっていないようです。

カーブの雰囲気がかつての国道をにおわせている気がします。


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▲有馬

どこか、伊勢原の方の246に似ている気がしませんか?

この道路が旧道化して40年近くが経過していますから、道路構造物などはほとんど川崎市の所有物でした。


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▲宮崎小入口交差点付近

宮崎小入口交差点付近では旧旧道旧道が存在しているようです。旧道のほとんどは緑地帯になって道路としては現在の国道に飲み込まれているようですね。


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▲旧旧道

旧旧道は現在は住宅地の街路に飲み込まれ、このようになっていました。


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▲現在の国道246号線

すぐに現在の国道246号線に合流します。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-27 00:00 | 地域 | Comments(4)

246号旧道探索その5 市ヶ尾~荏田宿

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は市ヶ尾付近です。

歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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今回は藤が丘~荏田(江田)にかけて探索します。

他の区間はこちら
246旧道探索
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▲藤が丘駅の北側

現在の国道246号線から離れ、ここから旧道がスタートします。航空写真を見ると現在の国道1961年~65年に開通したものと思われます。

この付近は1960年代~70年代にかけて上谷本第1土地区画整理事業上谷本第2土地区画整理事業下谷本西八朔土地区画整理事業が行われそれまでの道路や区画は整理されましたが、この旧道は以前とほぼ同じ場所に整備されています。

この道路の幅は旧道当時のものではなく、土地区画整理事業によって整備されたもので、当時の面影は無いように思えます。

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▲柿の木台地区

2車線の道路になっていて、途中歩道もなくなります。


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▲柿の木台交差点

しばらく進むと柿の木台交差点におりてきます。途中数十メートル旧道ルートは途切れていました。


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▲横浜上麻生道路と交差する

鶴見川を渡り、総合庁舎入口交差点横浜上麻生道路と交差します。

さらに先では上市ヶ尾交差点横浜上麻生道路の旧道と交差します。旧道同士の交差です。

この付近は土地区画整理事業は行われていませんが、河川の流路変更など少なからず土地の変化はあるように見えます。

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▲市が尾駅の北側

この付近も1960年代~70年代にかけて土地区画整理事業が行われた場所ですが、旧道と同じようなルートで道路が整備されています。

歩道付きの2車線道路です。


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▲東急田園都市線にぶつかる

旧道は東急田園都市線にぶつかります。田園都市線の向こう側には現在の国道246号線が並行して走っています。

現在は旧道はここで途切れていますが、周辺が開発される以前は田園都市線の場所に旧道があったようです。暫くすると、現在の国道246号線とルートが同じになります。

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▲現在の国道246号線

暫く現在の国道246号線を進みます。見える高架は東名高速道路E1です。


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しばらく進むと荏田宿跡に辿りつきます。

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▲荏田宿の案内

荏田宿矢倉沢往還時代に栄えた宿場でした。ただし、明治時代に大火があり面影はほとんど残っていないそうです。

上図で破線で示したのが矢倉沢往還のルートです。

その後赤い線で示したルートが開通します(幅員は現在のもの)。明治時代にはできていたようですが、どうしてクランクにしたのでしょうか。当時は自動車は考えていないでしょうから、宿場としての影響があったのかもしれませんね。

その後上図の通り道路ができています。ちょっと複雑な変遷を経ていますね。

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▲赤色の道(左)と、緑色の道(右)

「旧道らしい」旧道の分岐で、旧道は左に進みます。


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▲セブンイレブンの交差点

正面が青色の道です。最初地図を見たときはこれがもともとのルートだと思っていたんですが違うんですね。

荏田宿は交差点を右へ。既に書いたように面影はありませんが、常夜灯が残っています。


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▲青い色の道(右)

こちらも旧道らしい合流です。こういう景色好きな人多いはず。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-20 00:00 | 地域 | Comments(4)

高蔵寺ニュータウン 訪問

今回の関西方面旅行では何箇所か「ニュータウン」に訪問しました。

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地図:OpenStreetMap

1箇所目に訪問したのが高蔵寺ニュータウンです。

名古屋圏を代表するニュータウンで、JR中央線で多治見方面に向かい、高蔵寺駅で降りた北側に位置します。春日井市です。

開発面積702ha、1968年に入居を開始し、現在の人口は約4万2千人です。公団が土地区画整理事業によって整備を行いました。

春日井市のHPによれば多摩・千里とあわせて「日本三大ニュータウン」に数えられるようですが、定義は不明です。まぁ多摩と千里は異論ないと思うのですが、他は千葉、つくばとかありそうです。

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名古屋駅からJR中央線快速に乗車し26分ほどで高蔵寺駅に到着します。快速と言っても名古屋~多治見間13駅(起終点含む)のうち4駅しか飛ばさないのですが。

高蔵寺駅はJRの他に愛知環状鉄道線も乗り入れています。改札は地下にありました。

多摩ニュータウン近隣に住む私としては、駅の利用者がかなり少ないな……という第一印象でした。

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駅の南北には駅前広場があり、特に高蔵寺ニュータウンの位置する北側には大きな広場がありました。

広場にはバスに乗車するためのがいくつかあり、先ほどの駅の地下道から直接島に上がれる構造になっていました。

ただ駅前に大きな商業施設は無く、非常に静かな印象でした。このニュータウンの中心に鉄道がとおっていないのも特徴の1つでもあります。

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駅前の大通りを通って、ニュータウンの中心部へ歩いて向かってみることにしました。

このような4車線の道路の坂道を登って行きます。交通量は少な目です。

奥には高座台の高層住宅が見えています。画像右側の森は高座山に繋がる部分で、その裏側には高蔵寺分屯基地があります。基地はかつて移転する計画だったようです。

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坂を上りきり高蔵寺駅方向に向いてみると、山がどどんと見えました。東谷山というのでしょうか?山がすぐそばに見えるのは少し新鮮です。

JR中央線の高蔵寺駅の隣の駅は急に秘境駅らしくなるんですよね?行ってみれば良かったかなぁ?

a0332275_00390414.jpg

ニュータウン内には4車線~6車線の幹線道路が配置されています。これらはかつての谷筋や尾根筋に配置されたようです。

緩衝地帯としての目的なのかわかりませんが、幹線道路脇には広々とした緑地帯が配置され、ゆったりとしていました。

a0332275_00512183.jpg

写真は岩成台と呼ばれる地区で、戸建て住宅が占められています。街路も家も広々としていました。

やはり車社会の土地なのか、自動車2台以上は当たり前、3台もよく見る家が多く、もちろんトヨタ車が多い印象を受けました。印象ですけどね。

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こちらも同じく岩成台ですが、URの昔ながらの団地もありました。

地区内には遊歩道がめぐらされています。


a0332275_00580428.jpg

地区内には愛知用水が通っていて、高蔵寺ニュータウン内には開水路となっている箇所があります。

この用水の存在がこの地を開発する理由の一つとなり、水源として大きな役割を果たしています。

今では写真のようにフェンスで厳重に囲われていますが、当初は無かったらしいです。静かな水面の流れを見ると少々恐怖感が出てきます。

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フェンスに取り付けられていた看板です。


a0332275_01112652.jpg

案内標識には「」の付く地名がたくさんあります。先ほどの岩成台もそうですが、高蔵寺ニュータウン内はこのような地名になっています。


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中心地区にやってきました。

商業施設が集積しています。どこも駐車場が広く、車社会なのかなぁと感じました。ただ、ここを撮影しているのはペデストリアンデッキ(歩道橋)であり、歩行者通路も張り巡らされています。雨が強かったですが歩行者もいましたね。

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キーテナントはアピタでした。


今回歩いたのは高蔵寺ニュータウンの一部分のみ。まだまだ見たい場所がありましたが、時間の都合上これにてバスで高蔵寺駅まで戻ることにしました。

このほかにもたくさん写真を撮ったのですが、これくらいにしておきましょう。

撮影日:2019年3月10日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-03-19 00:00 | 地域 | Comments(0)

246号旧道探索その4 青葉台地区

「戦時~高度成長期」頃の国道246号旧道を探索しています。今回は青葉台駅付近です。
歴史のある道ですが、探索するのは江戸時代などの道ではなく、あくまでも昭和期の旧道です。

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前回の続きで長津田の片町交差点からスタートします。

他の区間はこちら
246旧道探索
a0332275_00090840.jpg

片町交差点から暫くはバイパスではなく、拡幅された区間となります。

キツキツな4車線道路で歩道はかなり狭くガードレールで仕切られただけの道路です。国道って歩道がないがしろにされていることがよくある気がします。


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しばらく進むと恩田川を渡り、こどもの国通りを渡る恩田陸橋があります。

こどもの国通りへはハーフインターのような形で降りることができます。

ここから旧道は左前方へ。矢印の方向に進んでいきます。旧道時代は陸橋などは当然なかったようです。

ちなみに右前方の現在の国道は古い航空写真によると1959年~64年に開通したようです。

a0332275_00175365.jpg

ここから先は住宅街を抜けるようなルートになります。

上図で桃色で示した地域は土地区画整理事業が行われた区域で、旧道が消えた箇所が多くあります。土地区画整理事業は名前の通り、土地と区画を整理する事業ですから、道も付け替えられることもあるのです。

ただこの付近は旧道とほぼ同じルートで道路が整備されたようです。

a0332275_00212825.jpg

ぐねっと右に曲がり、坂道を登っていきます。


a0332275_00224302.jpg

しばらく旧道と重なるルートで道路が整備されていましたが、この付近で消滅。

確証はないですが、この付近の現在の国道は土地区画整理事業によって整備されたのかもしれませんね。


a0332275_00290243.jpg

しばらく進むと下り坂になり、青葉台の町中へ進んでいきます。

1つ上の写真で途切れた旧道は矢印のように進んできたようです。


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この道は現在の国道の裏道。ここのあたりに旧道があったみたいですが全く面影がありません。

この先も土地区画整理事業が行われた地域が続きます。


撮影日:2019年2月7日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-03-13 00:00 | 地域 | Comments(3)


「まち」の変化を追っていきます


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