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狛江水害の地を訪ねた

一度行きたいと考えていた狛江市の多摩川決壊の碑を訪ねました。

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小田急線和泉多摩川駅から多摩川沿いに下流へ少し行った左岸の河川敷場所にあるのが多摩川決壊の碑です。

とりわけ名所という訳ではなく、河川敷にこれが置いてあるだけです。

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「碑」には碑が建てられた理由が書かれています。
1974年8月31日~9月1日にかけての台風に伴う大雨の影響で多摩川が増水し堤防が決壊。1日~3日にかけて家屋19棟が流出しました。この碑は水害の恐ろしさを後世に伝え、治水の重要性を銘記するものとされています。

このときは私はまだ生まれていませんから、何かがきっかけでこのことを知り、近場でこのようなことがあったのかと驚いたものです。

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ここから低水路側を見ると、二ヶ領宿河原堰があります。現在のものは1998年に完成したもので、それまでは40m上流に堰があったそうです。堰の存在が結果として水害を助長させたと言われています。

狛江市のHPには当時の状況が克明に描かれています。

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多摩川の河川敷は私の好きな場所でもあります。のんびりとした風が吹いているのがいいのです。しかしその姿を変えることもあります。

あれから多摩川で破堤を伴う災害は起きていないそうですが、毎年のように流れる水害などの映像を見ると、災害はいつ起こるかわからないと感じさせられます。この碑もまた大きな意味を持っていそうです。


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by yunomi-chawan1 | 2019-02-22 00:00 | 地域 | Comments(0)

多摩市で始まった自動運転バス実証実験に乗ってきた

多摩市で2月13日から始まった自動運転バス実証実験を見に行き、実際に乗車してきました。

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※記事内の画像は顔、ナンバープレートなどを加工しています。

これは多摩市内の豊ヶ丘四丁目バス停~スーパーサントク貝取店間の約1.4kmで行われているもので、土日を除く2月13日~22日に行われています。

運行は神奈川中央交通多摩営業所が行います。

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このうち豊ヶ丘四丁目→サントク方面が自動運転で、サントク→豊ヶ丘四丁目方向が手動運転で行われます。

サントク方面に乗り、サントクで降りてアンケートに答えると、サントク貝取店で使える割引券と豊ヶ丘四丁目方面の乗車券を渡されます。サントク方面に乗らなければ、豊ヶ丘四丁目方面に乗れないので気を付けてください。運賃は無料。

運行は9:30~16:00までの12時台を除く30分間隔です。私は1時間半ほど待って乗車しました。

なぜこのルートを選んだか神奈中の担当者に聞いたところ、
約1.4kmという適度な距離であること
交通不便地域や団地←→スーパーというニーズの確認
GPSを捕捉できない環境を走行するなど課題をオープンにするため
ということなどが理由だそうです。


車両
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乗るバスは冒頭に載せた車両です。コミュニティバスなどでよく使われる日野自動車のポンチョをベースとした車両です。

ソフトバンクグループのSBドライブ株式会社や先進モビリティ株式会社が手掛けているそうです。

車両には前方カメラ、ミリ波レーダ、磁気マーカーセンサ、後側方カメラ、後方LiDAR、通信アンテナなどさまざまなセンサーが取り付けられています。

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席は乗車予約順に自由に座れます。右側の席がおすすめです。

車内にはいろいろなモニターが設置されています。
正面のモニタは車内の様子、左のモニタは運転士の様子、右側のモニタは実験に協力しているスーパーサントクの広告が表示されていました。

車内で神奈中の職員による説明がありました。神奈中には自動運転推進課という部署があるそうで、ちょっと驚きました。考えているんだなぁって。

車両は遠隔監視システム「Dispatcher」で、車内の異常はないかや危なくないかなどを遠隔で監視しています。

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ほかにもこんなモニタもあったので載せておきます。SNS等に載せるのは特に問題ないそうです。

走行データを蓄積していくそうですが、結構な容量みたいなこと言っていましたね。


GPSと磁気マーカによる運転
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自動運転はGPSによる区間と、磁気マーカによる区間があります。

この写真のような幅の広い道ではGPSで自動運転します。


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一方で、このように幅の狭い道は街路樹や建物等によりGPSが受信できない場所では、道路に埋め込まれた磁気マーカーを頼りに運行します。


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磁気マーカというのはこういうもので、直径約20㎝のものが約2m間隔で、一方の車線の中心に埋め込まれています。舗装とほぼ同化していました。


乗車する!
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というわけで、私も乗ってみました。

豊ヶ丘四丁目バス停は普段から地域の拠点となっているバス停で、回転場が設けられています。その一角に簡易的なバス停ポールが設置されていました。

神奈中の係の人がいて、先着で乗車を受け付けていました。自動運転では定員8人で、必ず着席することになります。

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バス停には時刻表の他、同意事項が書かれています。



スマートフォンではレイアウトが崩れることがあります。
YouTubeのサイトで見る場合はこちら

今回の実験では運転士が確認をしたりする場所もあり、すべての動作が自動というわけではありませんでしたが、ほとんどが自動でした。

路上駐車を追い越す際も手動運転に切り替えていました。

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自動運転区間では、運転士は手を添えているだけです。

正直、想像以上にスムーズに走るんだなぁと感動しました。特に発進やカーブはかなりスムーズに感じました。ただ、この車両はブレーキ動作は停車時の揺れなどまだまだ課題がありそうだなと感じました。

別の場所で実験を行った際には、信号と連動させていたそうで、将来的には車両のみならずインフラ全体での対応も必要になってくるなと感じました。

今回は多摩ニュータウンで実験を行いましたが、多摩ニュータウンは起伏の激しい丘陵地であり、この永山周辺地区は高齢化も進んでいたり、多摩ニュータウン当初の設計理念である近隣センターなどが、生活環境の変化などで形が変わりつつあり、団地と沿道型スーパー等とを繋ぐ手段の検討も必要であろうと感じます。実際、多摩ニュータウンの開発時から、4人乗り程度の軌道公共交通の導入が検討されていたこともあるようで、自動運転は今後身の回りを大きく変えていきそうだと、将来が楽しみになりました。

近年、自動運転をよく耳にするようになり、まだまだ課題はあると思いますが、公道を完全な自動運転車両が普通に走る時代もそう遠くないのかなとも感じました。

撮影日:2019年2月13日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-14 00:00 | 地域 | Comments(2)

柿生駅南口再開発が始動 駅前に30階建て高層ビル建設へ 着手前の状況

柿生駅南口の再開発が具体化してきたので、着手前の状況を撮影しに行きました。

なお、2019年2月8日から、市街地再開発事業のうち建築物建設を対象に「柿生駅前南地区施設建築物建設計画」の条例環境影響評価準備書の縦覧が始まりました。45日間の縦覧期間が設けられています。

参考
柿生駅前南地区施設建築物建設計画ー川崎市
※縦覧期間終了後はリンク先が削除されます。
ウェブアーカイブはこちら
再開発の状況

柿生駅周辺では1984年(昭和59年)11月に川崎市に置いて柿生駅周辺地区整備構想作成を策定、1988年(昭和63年)3月には柿生駅東口地区市街地再開発準備組合※1が発足するなど検討が行われてきました。
※1 2007年(昭和19年)4月に「柿生駅南口地区市街地再開発準備組合」に名称変更

また、1990年(平成2年)には再開発促進地区(2号地区)への指定が行われましたが、具体化はしませんでした。

2016年(平成28年)6月には再開発準備組合が発展的に解散し、同年7月に新たに柿生駅前南地区市街地再開発準備組合が発足し、現在検討が行われています。

昭和59年11月 柿生駅周辺地区整備構想作成(約36ha)
昭和63年 3月 柿生駅東口地区市街地再開発準備組合発足
平成19年 4月 バス暫定広場使用開始
平成19年 5月 都市計画道路柿生町田線(駅前区間)事業認可取得・事業着手
平成19年 5月 柿生駅南口地区市街地再開発準備組合へと名称変更
平成28年 6月 同準備組合が発展的に解散
平成28年 7月 新たに柿生駅前南地区市街地再開発準備組合が発足
平成29年11月 周辺住民等へ事業概要説明会を開催(1回目)
平成30年 6月 同説明会を開催(2回目)
川崎市サイトより

このほか、川崎市総合計画、整開保、都市計画マスタープランなどでも位置づけがなされているほか、2018年(平成30年)3月27日には柿生駅周辺地区まちづくりビジョンが策定されています。

また、2007年(平成19年)には川崎市施行で川崎都市計画道路3・4・20号柿生町田線が着手し、現在も事業を行っています。

川崎3・4・20号柿生町田線に関する記事
柿生駅南口の「柿生町田線」 進捗状況2018
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市街地再開発事業は上図の赤色の範囲で検討されています。

再開発事業は、第一種市街地再開発事業によって行われる予定で、通常通りだと、準備組合が柿生駅前南地区市街地再開発組合となり施行されるものと思われます。麻生区では初めての第一種市街再開発事業となるものと思われます。

第一種市街地再開発事業
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画像は大分県HPより引用

第1種市街地再開発事業は「権利変換方式」によって行われ、従前の建物や土地所有などの権利を、再開発ビルの床面積に関する権利に原則等価で変換します。また再開発ビルの床の一部を「保留床」として確保し、売却することで事業の採算を取るのが一般的です。

柿生駅前南地区では、柿生駅前南地区施設建築物建設計画」の条例環境影響評価準備書の縦覧が2019年2月8日より始まりました。

それによると、地上2階・地下1階の低層棟(高さ12m)と、地上30階・地下1階の高層棟(高さ110m)が建設される予定です。イメージ画像と詳細は上のリンクから環境影響評価準備書を閲覧のこと。

2021年着工、2024年竣工予定。

着手前の状況
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撮影位置はこの通りです。

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①商店街の通り

写真の手前側は市街地再開発事業の範囲外の予定ですが、この先が市街地再開発事業の範囲となる予定です。

ただし、都市計画道路が事業中で、今後景色が変わりそうな一角です。

かつては大型バスが走っていたこの通りも、2007年に暫定広場ができたことにより現在はここを走っていません。

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②旧南口駅前広場

写真に見える範囲は市街地再開発事業の範囲となる予定です。写真正面には再開発ビルができていることでしょう。

同事業により駅前広場も拡張される計画です。(都市計画道路(駅前広場)の都市計画変更も予定)

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③旧駅前広場から見た景色

写真の空き地は都市計画道路用地として確保されたものです。

駅付近は依然と比べて活気がなくなっているように感じるものです。


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④駅前広場拡張予定地

現在日高屋があるあたりも駅前広場として拡張される見込みです。


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⑤南口改札前からの景色

将来的には正面にバスが止まる広場ができていることでしょう。


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⑥商店街

現在は商店街のこと道も、将来的には再開発ビルの中になっていることでしょう。


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⑦商店街

道幅が狭く歩道もないため、かつてはマスコミでも取り上げられているのを見たことがありました。

現在も駅前にしては古い建物が多い印象を受けます。


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⑧南側の交差点

この交差点(道路)から先が再開発の範囲となります。

正面の道路(商店街のある道)は無くなる予定です。


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⑨「柿生町田線」の分岐地点

写真左側の道を行くと、⑧の交差点があります。

右側には現在、川崎3・4・20号柿生町田線が事業中で、メイン道路は右側になる予定です。


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⑩一部完成した「柿生町田線」

将来的に大幅に景色が変わるだろうと思って撮影しましたが、想像もつきません。


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⑪暫定バスロータリーからの景色

将来的に正面に再開発ビルができると思って撮影しました。


再開発ビルの大きさを予想してみた

再開発ビルの大きさを予想して写真に書き込んでみました。一応GoogleEarthに3Dモデルを取り込み、どのように見えるか確かめていますが、本当にそうなるかはわかりません。あしからず。

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(参考)GoogleEaathで確かめた様子

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⑫消防署前


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⑬柿生交差点


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⑭北側の踏切


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⑮柿生保育園付近


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⑯マルエツ横


いずれにせよ、あと5年ほどで景色はガラッと変わりそうですから、しっかりと記録しておきたいと思います。

撮影日:2019年2月11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-13 00:00 | 地域 | Comments(0)

都内2ヶ所目のラウンドアバウトを見てきた

武蔵村山市都内2カ所目となるラウンドアバウト(環状交差点)があると聞いて見てきました。

ラウンドアバウト(環状交差点)が本格運用され始めたのは2014年9月1日のこと。そのときに都内では唯一、もともと円形の交差点だった多摩市桜ケ丘の交差点がラウンドアバウトととなりました。このブログ(※移転前のブログ)でも当時行って記事にしました。

多摩市桜ヶ丘の記事
ランドアバウト導入 東京都多摩市は?
※以前ブログです

さて、私は長らく多摩市桜ヶ丘のそれが都内では唯一だと思っていたのですが・・・

2カ所目ができたらしい

いや、聞いてないんですけど・・・?

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ありました。

上で地図にも示したように、玉川上水駅から北西へ直線で1kmほどの場所。すぐ近くに大南公園があります。

Googleマップでの位置
Googleマップ

ここはもともと し尿処理場である「湖南衛生組合」があった場所です。武蔵野市都市計画審議会議事録(※)によると、ピーク処理量は609kL/日だったそうですが、下水道の普及などにより2009年には6kL/日にまで減少したそうで、規模を縮小することになったそうです。
※小金井市、武蔵村山市、武蔵野市、小平市、東大和市による都市施設だった。処理方法の変更により都市施設に該当しなくなるため都市計画から廃止。

その処理場の一部を住宅地に転換し、「マイホームランド玉川上水」として売り出しました。その街区中央に設けられたのがこのラウンドアバウト(環状交差点)のようです。少なくとも2017年頃には設置されていたらしい……知らなかった。

交差点の規模としてはかなり小さめ。住宅地内の車両しか進入しないような構造で、交通量はほぼゼロです。

4つの道路が集まる交差点になっていて、いずれもいわゆる1.5車線の道路です。

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中央部には高木を含む植え込みがあります。また、一方通行の標識に似た……でもちょっと違う看板が設置されています。

交差点周辺はインターロッキングブロック舗装となっています。この舗装のラウンドアバウトは国内に他にあるのでしょうか?

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環状内の矢印はブロックで表現されていますが、あまり目立つ仕様ではないですね。

破線はさすがにブロックで表現できなかったみたいです。

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交差点の手前には武蔵村山市が設置した看板もありました。

多摩市桜ケ丘ラウンドアバウト(環状交差点)は一時停止が必要だったり、交差点内にバス停があったりと、少々変則的だったため、一時停止が必要ない本来の威力が発揮されるラウンドアバウト(環状交差点)はここが都内初かもしれないですね。

都内に昔からある似たような交差点ほかにもありますが、それらはラウンドアバウト(環状交差点)化しないのでしょうか?

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ここの住宅街は道がクランク状になっていたり、電信柱が木目調の茶色のものが採用されていたりと、凝った造りになっています。

このラウンドアバウト(環状交差点)は交通処理考えてというより、町のシンボルとして設置したのかもしれませんね。

撮影日:2019年2月5日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2019-02-07 00:00 | 地域 | Comments(3)

凍った払沢の滝へ行ってきた

夏に初めて行った払沢の滝。東京都檜原村にある滝です。

冬になると凍ることで知られています。

過去の氷結状況と今年の氷結状況は上のリンクから見られます。

昨年は全面氷結しましたが、その前の全面氷結はその12年前。なかなか全面氷結はしないようです。

どうせなら全面氷結した滝を見たいものですが、今年は暖冬……。先週末は冷え込んでいて半分程度凍っていました。今年はこれ以上はないかなと適当に予想し行ってきました。

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全部は凍ってませんが、かなり綺麗な滝でした。

夏ほど観光客は多くなく、滝の周りには10人ほどのみ。結構寒いです。

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滝つぼも凍っています。水が流れていることから表面だけ凍っているんだと思います。

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滝の少し下流には「氷のオブジェ」がありました。
ホースで水を木枝のアーチに少しずつ放射し、それが凍って大きな氷柱になっていました。

撮影日:2019年1月27日

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by yunomi-chawan1 | 2019-01-29 00:00 | 地域 | Comments(0)

調布で「調布」を探す旅

みなさん、「調布」という和菓子をご存知ですか。

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▲スーパーで購入

ふっくらとした生地に求肥が包まれた菓子です。調べた感じ調布は生地のことをいうとか、求肥じゃないものもあるようです。

さておき、東京の人なら「調布」といえば調布市を思い浮かべるはず。

調布と「調布」に関係があるのかと思えば、関係はないそうで、どちらも租庸調の「調」が由来という、遠い祖先で繋がってイメージです。

では、調布市に調布を売っているお店があるのか?と気になり和菓子屋巡りをしてきました。調布市内のすべての和菓子屋をめぐることはできませんでした。

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まず始めは京王多摩川駅から徒歩5分ほどのところにある、つるや和菓子店さん。

「調布」なるお菓子は置いていませんでしたが、よく似た「多摩川若鮎」という置いてありましたので購入しました。

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「若鮎」あるいは「鮎」という菓子はそこそこ見かけるお菓子かもしれませんね。

カステラのような生地に求肥が包まれていて、冒頭写真の「調布」によく似ています。

美味しかった。


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次はつつじヶ丘駅に移動。駅からすぐの和菓子ささきさんにお邪魔しました。

「調布」なるお菓子はありませんでしたが、調布が名前に付いた「調布っこ」なる歌詞が置いてありましたので購入。

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お菓子の正体はチョコまんじゅうで、中にはつぶあんがギッシリと詰められていました。これだけでもお腹いっぱいになりそうなお菓子でした。

美味しかった。


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つつじヶ丘からは歩いて調布方面へ。途中柴崎駅の近くで青木屋調布柴崎店さんがあったので入りました。

チェーン店なのかな?贈答用のお菓子が並んでいて、よく和菓子屋にあるようなお菓子は少な目。調布はなかったので、店の自慢っぽい「東京ミニバーム 武蔵野日誌」を購入しました。

ホワイトとチョコレートがありました。

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バームクーヘン生地にチョコレートクリーム?のようなものが包まれています。噛むとふわっ、ぷにゅっという感じで、食感が面白い菓子でした。美味しかった。

これしか買ってないのにお菓子とお茶まで用意していただいて申し訳ない。


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火曜日ということもあってか営業していないお店もあり、柴崎から歩いていつのまにか調布駅前に。調布銀座商店街の松月堂さんです。PARCOの地下にも出店されています。

こちらでは2種類の菓子を購入。始めは「栗子巻」という菓子です。

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求肥、あんこ、栗がごろっと包まれた贅沢な和菓子でした。

美味しかった。


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2つめはやっと見つけた「調布」という和菓子です。

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「調布」と焼き印が入れられた生地の中には栗餡がぎっしりと詰められていました。

美味しかった。

家に帰ってこの菓子を1度に食べたのでお腹がもう一杯です。

結構和菓子屋巡りは面白いかもしれませんよ。


結論は調布に調布はあった。

撮影日:2018年12月25日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-12-28 00:00 | 地域 | Comments(10)

「東八道路が下本宿通りを通る計画だった」という話は本当か

はじめに
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三鷹市杉並区では、図の場所では2018年12月現在、東八道路放射第5号線の新設工事が行われています。また高井戸インター(出入口)方面にかけて改修工事も行われています。

このブログでは何度か工事の様子を記事にしてきました。

工事の様子一覧はこちら
放射5号・東八道路
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なお、「東八道路」というのは東京都が1984年(昭和59年)に設定した通称道路名であり、牟礼橋付近~国立インター入口交差点までが設定されています。

一方、都市計画上は、三鷹市内(≒三鷹都市計画区域内)三鷹3・2・2号東京八王子線23区内(≒東京都市計画区域内)放射第5号線として都市計画決定しています。
このほか、八王子方面にかけて連続的に都市計画決定していて、将来的には高尾山付近まで1本の道路で繋がれることになります。ちなみに「東八」というのは京都心と王子を結ぶことから付いた名前です。

東八道路は下本宿通りを通る計画だったのか
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さて、現在の都市計画道路は牟礼橋のところで大きく北へ迂回し、玉川上水沿いに計画決定されています。

一方、ネット上の掲示板やサイトなどでは、

もともと下本宿通りの方を通る計画だったが、住民の反対運動によって玉川上水沿いに変更された。

などと書かれたりしています。果たして本当か。そんな資料は見たことがありませんでしたので調べてみました。

結論を言うと うそ でした。

東八道路放射5号の歴史を探ってみましょう。

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▲現在の下本宿通り


都市計画の誕生と原型

●戦前の計画

東京区部では関東大震災以降、震災復興計画で1927年(昭和2年)に街路網が決定されます。

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放射第5号線は現在の甲州街道旧甲州街道に沿って幅25mの道路が計画されているのがわかりますが、まだ甲州街道の途中から分岐した計画にはなっていません。

また、このほか1930年~1943年にかけて決定された、碁盤の目状の細道路が図に書かれているのがわかります。

この当時は三鷹方面はまだ都市計画そのものが存在していません。

●現三鷹市内の計画決定

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一方、三鷹方面では、1938年(昭和13年)に都市計画法の適用を受け、1941年(昭和16年)1月11日に都市計画街路が決定します(内務省告示第6号)。

なお、当時は武蔵野、三鷹、小金井、保谷、田無で武蔵野都市計画区域を形成していました。その後それぞれで分離し都市計画区域となっています。三鷹は1950年(昭和25年)に市制施行により分離。※保谷と田無は合併に伴い統一。


決定時の理由書には、

理由書
武蔵野都市計画区域ニ包含セラルル武蔵野町、三鷹町、小金井町、田無町及保谷町ノ五箇町ハ帝都ノ西方ニ隣接シ共ニ好適ナル住宅地ニシテ帝都ノ発展ト密接ナル関係ヲ有シ近年此ノ地ニ移住スル者激増シ且随所ニ工場ノ蝟集ヲ見、発展ノ趨勢頗ル顕著ナルモノアリ
然ルニ道路ハ幅員狭小ニシテ連絡系統ヲ欠キ交通上ノ不利、不便尠カラザルヲ以テ茲ニ都市計画区域内全般ニ互ル街路網及広場ノ計画ヲ樹立シ以テ都市構築ノ根幹タラシムルト共ニ防空、防災乃保健増進ニ備ヘントスルモノナリ
(後略)
※一部文字を現代のものに置き換えた

と、されています。

このときに66路線が決定しています。この中には東八道路の原型となる計画が含まれています。

図の下側に東西に横切るのがそれで、1等大路第2類第1号線(1・2・1号線)として、三鷹町大字仙川を起点として小金井町大字貫井を終点とする幅員30mの計画です。

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ただし、現在の東八道路(赤破線加筆)と比べてみると、やや北側を通っていることがわかります。これは一部を人見街道に沿ったルートです。
また、東側区間は途中で南下したルートとなっています。

また、このときの計画決定では、玉川上水に沿って広路1号広路2号が決定しています。これは幅員50m(ただし水路敷を除く)でした。

●現23区内の玉川上水沿いの道路計画

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1942年(昭和17年)4月22日には、現23区内の玉川上水に沿って道路が決定されます(内務省告示第220号)。

決定時の理由書には、

理由書
帝都ニ於ケル人口ノ集中ハ随所ニ密住地ノ簇出ヲ見、爲ニ市民体位ノ低下ヲ來スノミナラズ火災ニ対スル危険ハ益々増大シ洵に憂慮ニ堪ヘザルモノアリ
仍テ市内河岸景観地ノ内先ズ呑川、玉川上水、千川上水、石神井川ヲ選ビテ沿岸道路ヲ新設又は拡幅シ、之ニ植樹ヲ施シ市民ノ体位向上ノ一助タラシムルト共ニ都市ノ防火ニ備ヘントスルモノナリ
※一部文字を現代のものに置き換えた

と、あるほか、計画方針には、

計画方針
一 河川沿岸値旧街道等ノ並木街ヲ選定セリ
二 十五路線程ヲ選ヒ今回ハ其ノ内四路線ヲ選定議題ニ供セリ
三 幅員ハ河川敷等ハ之ヲ包含シテ全幅五十米ヲ原則トセリ
四 保健道路ハ歩行者専用ヲ旨トスルモ自転車道・乗馬道ヲ適宜考慮セリ一般ノ高速車ハ全々許容セズ即チ一般街路系統ト分離考慮セリ
五 市内中央近カクヲ郊外ニ向ヒ放射的ニ選定セリ
六 沿線ニハ風致景観ノ地ヲ多ク求メタリ
七 本計画幅員ニハ現在国有地タル河川敷乃水路敷ノ幅員不規則ナルヲ以テ計画道路ノ外側間ノ距離ヲ道路幅員トシテ表示セリ
八 計画ヨリ除外セル国有地(河川敷乃水路敷)ト雖モ必要ニ應ジ適宜架橋ヲナシ両岸道路ノ連絡ヲ図ルモノトスル
※一部文字を現代のものに置き換えた

とあります。書いてある通り、この計画は幅員50mの歩行者道路で、市民の健康向上と都市防火を目的としていることがわかります。ただ、戦時中なので防火目的が大きかったのかなぁとも思います。このとき同時に、千川上水、石神井川、呑川も同様の計画が決定しています。

玉川上水沿いについては保健防火道路第2号玉川上水線として約5,790mの道路計画が決定し、武蔵野都市計画の広路1号と接続しています。

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▲この時点での付近の計画(関係するもののみ)

戦後の計画

●戦後復興計画

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戦後、1946年(昭和21年)3月26日には、戦災復興都市計画として東京に放射線街路・環状線街路が決定します(戦災復興院告示第3号)。この中には放射第5号線も含まれています。

当時の放射第5号線麹町区麹町2丁目を起点とし、世田谷区烏山町・北多摩郡三鷹町界までで、起点~四谷区四谷2丁目までは幅員100m、四谷2丁目~終点までは幅員50mでした。

ルートは起点から概ね、甲州街道に沿って計画されていますが、途中芦花公園駅付近のカーブで直進し甲州街道から分岐しています。またその先で三鷹の1・2・1号と接続しています。

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放射第5号線が決定した1年後の1947年(昭和22年)11月26日には、補助第129号線補助第130号線が決定しています(戦災復興院告示第128号)。

このとき戦前の計画は引き継がずすべてリセットされているようで、現在の計画図書を見ても当初決定はこのころとなっています。

1960年代の全面的な計画変更

1960年代になると、東京都内全域の都市計画道路の改定が行われます。

●三鷹の全面改訂

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三鷹市では1962年(昭和37年)7月26日に全面的な改定が行われます。

1941年(昭和16年)に決定していた都市計画道路をすべて廃止し、都市計画道路が新しく決定しています。※変更という扱いではない

東八道路にあたる道路計画は三鷹1・2・1号として決定します。ルートは現在の東八道路とほとんど同じものの、起点が現在の杏林大学病院北交差点となり、区部には接続していません。

また、広路第1号線、第2号線についても廃止されています。

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●区部の改訂

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区部では1946年(昭和41年)7月30日に都市計画道路の全面改定が行われます。

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放射第5号線は現在の計画のように上北沢駅付近で甲州街道から分岐するようになり、玉川上水に沿って牟礼橋まで計画されます。このとき、保健防火道路第2号玉川上水線は廃止され、これを踏襲したルートになりますが、保健防火道路で除外されていた水路敷も含む計画となります。


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また、この他の補助線街路が決定・変更・廃止され、細道路も廃止または補助線街路に格上げ。現在とほぼ同じ計画となります。

さらに都市高速道路第4号線外郭環状線外環ノ2も決定します。


●区部の改訂に伴う東八道路の延伸

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区部の変更に伴って、1962年に起点が短縮されていた東八道路(三鷹1・2・1号線)は、区部変更同日(1966年7月30日)に牟礼橋まで延伸されました。これにより、1962年以来4年ぶりに区部と接続となりました。

1960年代の変更は幅員や名称を除いて現在までほとんど変更されていません。(※外環の地下化・外環の付属街路・放5の幅員(後述)などの変更有)

※三鷹市内の都市計画道路名称番号変更は1991年(平成元年)に実施。三鷹1・2・1号→三鷹3・2・2号

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▲2018年の都市計画図(1966年以降外環が地下化されたり、付属街路が廃止されたり、幅員が変更されたりしているがルートに大きな変更はない)

すなわち、下本宿通りを通る計画などこれまで存在していません。

中央自動車道の反対運動の話

中央自動車道のこの区間が建設される際、沿道のJKK烏山北住宅の住民らによって反対運動が展開されたのは有名な話です。

このため、高井戸IC付近に烏山シェルター(高井戸トンネル)とも言われる囲いができていたり、高井戸ICの下り入口がいまも開設されていません。

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▲烏山北住宅(左)と中央自動車道(右)、高架下に補助219号線ができる計画

中央自動車道は1962年(昭和37年)に建設大臣の施行命令を受けた当時の公団が建設を進めていました。

調布~河口湖間は1969年(昭和44年)に完成。残る高井戸~調布間についても、1966年(昭和41年)7月に都市計画決定し(前述)、用地取得などを進めていました。

烏山北住宅周辺は中央自動車道の両側に補助第219号線を配置する構造で、団地内の用地は団地建設当初から確保されていました。

なお、団地の計画決定は1964年(昭和39年)で、入居開始は1966年(昭和41年)2月のこと。このときはまだ中央自動車道の計画決定がなされていなかったため、住民は計画を十分に説明されていませんでした。団地横断区間は1970年(昭和45年)3月に工事着手され、団地住民に対する工事概要説明会を行ったのは同年7月1日のことでした。

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この説明会で計画を知った住民らは7月12日の住民大会で烏山北住宅道路対策協議会を設置。反対運動を行っていくこととなります。

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▲補助216号線予定地と烏山シェルター(高井戸トンネル)

その後いろいろあって今のようになっているわけですが、資料を見る限りは協議会が反対していたのは中央自動車道、補助219号線、(補助216号)であり、この時点では放射5号線の牟礼方面については特に触れられていません。

また、反対運動が発生したのは計画決定後であるということです。

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▲当時の新聞記事(1970年7月13日読売新聞朝刊P13)


放射第5号線に反対運動は無かったのか

それでは放射第5号線に反対運動がなかったのかというと、そうでもないようです。

●富士見丘小学校関係

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▲当時の新聞記事(1978年5月16日読売新聞朝刊P20)

中央自動車道は反対運動の末、開通することとなり、その一般道路部になる放射第5号線(中の橋~富士見ヶ丘間)も工事に着手し完成します(側道暫定片側1車線の状態)。

しかし、新聞記事によると、その後交通開放されることなく、閉鎖された状態が続いていたそうです。

沿線の区立富士見丘小学校関係者が「高速道の開通による車公害で教育環境が悪化した。放射五号線を供用させると車はまた増える」と開通に反対しているため。

とあり、反対運動が存在したことがわかります。

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▲当時の新聞記事(1984年5月31日読売新聞夕刊P15)

結局、1984年5月31日に交通開放。一方「抜き打き開通」だとし、座り込みや富士見丘小学校児童の登校拒否も含めて反対運動が展開されました。


●玉川上水区間着手前の反対運動

このブログでも記事にしているように、玉川上水区間は2005年(平成17年)12月20日に事業認可を受けて東京都が現在も事業を進めています。

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この区間では事業に先立ち、総合環境アセスメント制度を試行して進めてきました。これは計画策定の段階から情報を公開し、多くの意見を聴きながら、計画をより環境に配慮したものに調整していくための制度です。この中で東京都は[A案]規定幅員50mで玉川上水を開渠にしたまま整備する案、[B案]幅員を60mに拡幅し玉川上水を開渠にしたまま整備する案、[C案]規定幅員50mで玉川上水を暗渠にする案がだされ、結局B案となり都市計画変更を経て事業化されました。

ただしこの段階で、住民らは道路の地下化を訴えていました。しかしもともと案に含まれていないこと、一般道であるため沿道アクセスが必要であること、換気施設が必要となる事、事業費が約2倍になる事、用地買収が増えることなどから採用されていません。

まとめ
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結論として、東八道路や放射第5号線が下本宿通りを通る計画は存在せず、また反対運動が玉川上水沿いにルートにさせた要因であるとは考えにくいです。

他に何かご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

参考
・三鷹市, 『三鷹都市計画図  昭和33年3月30日発行』, 1958年
・三鷹市, 『三鷹都市計画図 昭和56年発行』, 1981年
・三鷹市都市整備部都市計画課編, 『三鷹の都市計画』, 1993年
・財団法人東京市町村自治調査会, 『多摩都市計画史』, 1999年
・人分社, 『東京都特別都市計画図集 1 用途地域篇 新旧計画街路対照』, 1964年
・東京都, 『東京都市計画用途地域図』,2013年
・東京都建設局, 『東京都都市計画道路地図 復刻集』, 1993年
・東京都都民生活局参加推進部, 『「烏山北住宅住民運動」関連資料集』, 1979年
・東京都都民生活局参加推進部, 『別冊「烏山北住宅住民運動」の経緯 昭和37年~53年-展開過程図-』, 1979年
・読売新聞,『団地ぶちぬく高速道路』, 1970年7月13日朝刊, P13
・読売新聞,『放射五号線 閉鎖いつまで』,1978年5月16日朝刊, P20
・読売新聞,『開通後9年間放置の放射5号線 "抜き打ち開通"で騒然』,1978年5月30日夕刊, P20
・読売新聞,『児童427人が登校拒否』,1978年5月31日夕刊, P20
・読売新聞,『"騒動の道"今は・・・』,1978年6月13日朝刊, P19
東京都通称道路名 ~道路のわかりやすく親しみやすい名称~
東京都都市計画情報等インターネット提供サービス
・国立公文書館蔵, 請求番号『纂02590100』、『昭53建設88100010』、『昭53建設56000020』、『昭53建設07500020』、『昭53建設86100040』、『昭53建設86100040』

調べにご協力いただいた皆様ありがとうございました。


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by yunomi-chawan1 | 2018-12-25 06:00 | 地域 | Comments(18)

品川駅周辺再開発の様子[2018年11月] その2

前回の続きです。

12月4日追記
「(仮称)品川新駅」は「高輪ゲートウェイ駅」に決定しました。
田町~品川駅間の新駅の駅名決定について
記事公開日以降の決定のため、記事内の表記は変更しないでおきます。

今回は泉岳寺付近から品川駅高輪口までです。

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▲第一京浜から泉岳寺への入口

第一京浜から少し入った場所に泉岳寺があります。

この写真の中央のビルが建っているあたりも再開発の動きがあるそうです。


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▲泉岳寺への入口

この辺りも再開発の検討範囲に含まれているです。景観にも配慮するようですね。


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▲泉岳寺交差点からJR線方面

現在丁字路の泉岳寺交差点ですが、この先まっすぐ(仮称)品川新駅へのアクセス道路(補助332号)ができるようです。


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▲泉岳寺交差点から第一京浜を品川駅方面

ここには京急の本社があります。道路左側はURの土地区画整理事業範囲に含まれていますので、今後大きく変わっていくことになるのでしょう。


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▲京急ストア本社前あたり

意外とこの辺りって平面駐車場あるんですね。全然再開発後の様子が想像できません。


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▲(仮称)品川新駅

ビルの間から(仮称)品川新駅が見えます。


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▲(仮称)品川新駅

折り紙をモチーフにした大屋根も見えていますね。想像以上に出来上がっていました。手前の線路はいずれ向こう側に移動することになります。

それにしても足場が凄いな。


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▲貼り紙

こんな貼り紙もありました。ちょっと前に駅前募集していましたね。まだ新駅の名前は公表されていませんが、地元では「高輪駅」を推しているんですね。

個人的には高輪駅のようなもともとの地名を使って欲しいところですが、高輪だと高輪台駅と間違えそうだなぁとも思います。JRは新しい町名・街区名を考えているんじゃないかなぁなんて想像しています。

12月4日追記
「(仮称)品川新駅」は「高輪ゲートウェイ駅」に決定しました。
田町~品川駅間の新駅の駅名決定について
記事公開日以降の決定のため、記事内の表記は変更しないでおきます。
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▲環状4号との交差個所付近

さらに品川駅に向かって歩きます。この付近で環状第4号線と交わる予定です。

環状第4号線は別記事参照。


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▲品川駅高輪口の付近

もう少し歩くと品川駅付近に到着。

この付近は国土交通省が担当するエリアです。


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▲品川駅高輪口

品川駅は本当に用事がないので来るのが初めてですが、高輪口ってこんなにショボかったんですね。

再開発のし甲斐がある駅前って感じました。


国土交通省の資料を見ると壮大な絵が描かれていますね。どこまで実現するのか…と気になるところです。


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▲北品川方面(南向き)

駅前広場には立体道路制度が活用されるようです。環状2号線(虎ノ門)やバスタ新宿など、最近の再開発などではよく利用されていますね。


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▲高輪口前の低層建物

この辺りは都市計画道路区域内のようです。建築制限がよくわかります。


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▲高輪口

改めて高輪口を見てみると・・・うーんやっぱ想像できないや。


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▲プリンスホテル高輪とザ・プリンス さくらタワー東京の入口

プリンスホテル高輪あたりも再開発の足音が。この辺り一帯は今後も注目です。


撮影日:2018年11月11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-30 00:00 | 地域 | Comments(0)

品川駅周辺再開発の様子[2018年11月] その1

品川駅周辺の再開発の様子を見てきました。

当初、ちゃんとまとめて書こうかと思っていましたが、あまりにも規模が大きくまとめきれないので、適当に写真を貼って終わりにします。計画の詳細は検索なりしてください。

12月4日追記
「(仮称)品川新駅」は「高輪ゲートウェイ駅」に決定しました。
田町~品川駅間の新駅の駅名決定について
記事公開日以降の決定のため、記事内の表記は変更しないでおきます。
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JR東日本のプレスリリースより

品川駅といえば、リニア新幹線の起点駅となりますね。他にも品川新駅(仮称)、泉岳寺駅の拡幅、京急線の連続立体交差、品川駅前の広場計画、周辺の再開発事業などなど、今後まちの様子が一変しそうなので、記録しておこうというわけです。


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▲泉岳寺駅ホーム

都営浅草線から泉岳寺駅で下車。ここから今回の様子見はスタートです。

泉岳寺駅は京急線の始点であり、都営浅草線が馬込方面に行く駅でもあります。乗換駅ですね。

その割には写真のようにホームが狭いです。2面4線の地下駅です。初めて降りますが狭さに驚きました。

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東京都資料より

もともとこの駅は第一京浜15の真下に収まるような駅で、そのために狭いということであろうかと思われます。計画では、駅部分は東側に拡張し、ホームを広げます。

東側は東京都が泉岳寺駅地区第二種市街地再開発事業を行う計画があるほか、UR都市機構が品川駅北周辺地区土地区画整理事業[参考]を実施、JR東日本が品川新駅(仮称)を開設します。

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▲泉岳寺駅の案内

駅構内図が載っていました。階段等はホームの両端にあり、それぞれに改札口が存在する感じですね。

これでは再開発に対応できないかなぁという感じはします。ホーム拡張後はホームの下の階に通路が新設されたりするようです。

ちなみに、泉岳寺駅から京急線の南側は新馬場駅付近まで連続立体交差事業が計画されています。

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▲泉岳寺駅の改札口

改札から出てみました。北側の改札です。

改札機の数の割には利用者は少ないなぁという印象を受けました。あと、ちょっと汚い。


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▲泉岳寺駅A4出入口の南側

泉岳寺駅A4出口を出て南へ。このあたりの第一京浜東側は至る所でビルの解体をしていました。

左のビルもその解体されているうちの1つです。高輪センタービルといったそうです。

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▲高輪センタービル仮囲い

仮囲いには「高輪センタービル撤去他工事」と書かれていました。大林組が施工しているそうです。


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▲品川新駅(仮称)暫定デッキ新築計画

仮囲いには品川新駅(仮称)暫定デッキ新築計画と書かれた建築計画のお知らせも貼られていました。

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JR東日本のプレスリリースより

上でも書いたように、この周辺はUR都市機構による土地区画整理事業、JR東日本による品川新駅(仮称)が計画されています。

品川新駅(仮称)は2020年に暫定開業する予定で、完全なまちびらきは2024年とアナウンスされています。

暫定デッキとのことなので完全なものではないんだとは思います。一応この部分には線路を横断する幹線道路が計画されているので、それ絡みもあるのでしょうか。

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▲暫定デッキの地図

近くには暫定デッキの地図も貼られていました。この地図を見るとこの部分には暫定デッキはできないようにも見えます。工事範囲なので一応貼ってあるのでしょうか。


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▲高輪2丁目20のあたり

意外にも広大な平面駐車場がありました。NTTル・パルク清和泉岳寺第一駐車場というコインパーキングです。

この辺りは東京都が泉岳寺駅地区第二種市街地再開発事業を行う計画です。先ほどの泉岳寺駅ホーム拡張と連動したものです(というか全部連動してると思いますけど)。

再開発事業では事業協力業者として、「東急不動産株式会社(代表者)、京浜急行電鉄株式会社、東急建設株式会社、京急建設株式会社」が決まりました。施行面積は約1.3ha、高さ約160mの建築物が計画されています。平成36年度(2024年度)の事業完了を目指しているそうです。他のまちびらきとも合わせるんですね。6年はあっという間ですね。

この辺りには泉岳寺駅の地上ホームができるようですよ。

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▲実施されていない(仮称)高輪二丁目計画

この駐車場には(仮称)高輪二丁目計画と書かれた建築計画のお知らせが貼られていました。

これが貼られたのは2010年(平成22年)9月18日、着工予定が2011年(平成23年)4月1日、完了予定が2013年(平成25年)9月30日。要するに実施されていません。おそらく計画された後にJR新駅や東京都の再開発事業の話があって保留されているのでしょう。一応、東京都の再開発事業と場所が被るので、これはなしになるんじゃないかな。

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▲事業計画素案説明会の案内

東京都の再開発はまだ始まっていなく、素案段階のようですが、年度内に事業計画決定まで行くようです。すぐに着工するのでしょう。


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▲泉岳寺地区の引き

クレーンの右側が東京都の再開発地区になります。頑丈そうなビルが建っていますね。

ここからどのように変化していくのか想像できません。


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▲泉岳寺駅前郵便局の移転

東京都の再開発地区に存在した泉岳寺駅前郵便局は早くも移転していました。


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▲高輪橋架道橋

界隈では有名な高輪橋架道橋を見てきました。JR線をトンネルのように横断する道路で、東方面の一方通行になっています。

有名な理由は高さ制限が1.5mと超低く、それにして長いというものです。タクシーの上のランプ(提灯・行燈)が高さを超えると壊れてしまうことから「提灯殺し」などとも言われているそうな。

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▲高輪橋架道橋を通るタクシー

見ていた感じではセダンタイプのタクシーは通れていました。最近よく見るタイプのタクシーだと無理でしょうね。

私は背が低いので首を屈めなくとも通れました。いや、身長150cm以下ってことじゃないですよ。余裕分があるはずですから。

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▲高輪橋架道橋の中

架道橋ですが、ほぼトンネルですね。自転車だと少し首をかがめなければ通れなさそうです。

この高輪橋架道橋は周辺の再開発等に伴って閉鎖予定なので、行きたい人は急げ!

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▲高浜公園

高輪橋架道橋を通った線路の東側にある高浜公園も何やら工事中でした。

この工事はUR都市機構の土地区画整理事業によるもので、上で書いた線路を跨ぐ幹線道路はこの辺りに接続されるようです。街区公園3号(計画名称)として公園は残されるみたいですね。

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▲高浜公園の閉鎖案内

閉鎖は1ヶ月ほど前の様子。


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▲街区案内板

この後品川駅高輪口まで歩きました。続きはまた今度。

ホント、この辺りどうなるのか。規模が大きすぎて予想が付きません。写真はもっとたくさん撮ったんですがこれくらいにしておきます。

〇参考にした資料一覧
泉岳寺駅ホーム関係
都市高速鉄道第1号線(都営浅草線・京浜急行本線)泉岳寺駅の改良計画について(平成29年6月)

泉岳寺駅周辺第二種市街地再開発事業関係
泉岳寺駅地区再開発事業における事業協力者を再公募|東京都
泉岳寺駅地区第二種市街地再開発事業の事業協力者が決定しました|東京都

UR都市機構施行の品川駅北周辺地区土地区画整理事業関係
UR資料

JRの品川新駅(仮称)関係
品川開発プロジェクトにおける品川新駅(仮称)の概要について
品川開発プロジェクト(第Ⅰ期)に係る都市計画について

その他
港区公式ホームページ/高浜公園
京浜急行電鉄湘南線(京急本線)泉岳寺駅~新馬場駅間の連続立体交差化計画について
田町~品川駅間の新駅の駅名決定について
撮影日:2018年11月11日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-29 00:00 | 地域 | Comments(2)

二子玉川公園脇の丁字路の一時停止がよくわからん

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世田谷区の二子玉川(正確には上野毛)にちょっと変わった丁字路がありました。

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ところでですが、丁字路ってだいたいこうですよね!?

丁字路のぶつかる方が一時停止になっているパターンです。たまーに、直線側の1方向だけ一時停止になっている場所ありますが、99%くらいこれだと思います。

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しかし、ここの丁字路は直線側が両方一時停止になっていました。

要するに、ぶつかる方が優先。こんなの他に見た記憶…私はないです(あるのかな?)。

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図にするとこんな感じ。

ちなみに場所は上野毛通り二子玉川公園通りにぶつかる交差点。二子玉川公園の北側、東京都公文書館(移転予定)の南側です。(Googleマップ)

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ちなみに航空写真を見るとこうです。

中央やや右上の交差点がそこです。画像下側には二子玉川公園が広がっています。

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2009年の航空写真を見るとこうです。

二子玉川公園は存在せず、丁字路は十字路であったことがわかります。というのも二子玉川駅周辺の再開発などに伴って備されたのが二子玉川公園で、存在した道路は廃止され、替わりに画像左側に道路が整備されました。

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このときの優先道路を見てみると、こんな感じです(標識に英語はないけど)

なお、十字路だった当時の様子はパソコンからストリートビューで見られます[リンク](iframeタグを使えないので埋め込みできません。)


[仮定①] もしかしたら、この当時の交通規制が道路が廃止されても残っているのかも・・・?

[仮定②] 世田谷区議会録を漁ってみると、道路廃止に伴って画像右側の道路への交通流入を警戒していたことが伺えます。(日本共産党は道路の廃止自体を反対。)そのために、現在の丁字路に破線が書かれているようです。優先道路がこうなっているのも、この警戒からなのかも・・・?

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改めて交差点を見てみます。

こちら側が交通の流入を警戒していた道路です。


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二子玉川駅方面もこう。

通常の一時停止の標識が1つ、光るタイプが1つ、更には立て看板も設置されていました。


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これは別の日に撮影したものですが、警察の取り締まりスポットになっていましたね。


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交通流入させたくないのなら、東京都公文書館が移転したらこうしてもいいのかなぁとは思います。


撮影日:2018年6月14日、11月15日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-11-26 00:00 | 地域 | Comments(0)


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