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鉄道総研の廃線を6年ぶりに訪問したら遊歩道になっていた

鉄道総研の一般公開「平兵衛まつり」に行ったついでに、6年ぶりに鉄道総研の引込線跡(廃線)を見てきました。

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鉄道総研の際あたり。

ここは下草も刈ってあって、架線もあります。奥の方には柵がありますが、今でも使っているのでしょうか。


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鉄道総研から出たところで北大通りと交わっていました。

線路が引かれていたころは踏切信号があったそうです。今は線路は剥がされています。

ただ、舗装が少し違っていたり、歩道の点字ブロックが残っていたりと、当時の面影はありそうです。(まぁ6年前と変わってません)。

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国立駅方面に向けて、アパートと階段の間を抜けていたそうです。非電化だったみたいですね。

この辺りも6年前と変わらず。階段とか変わっているのかなと思っていましたが、何も変わっていませんでした。


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アパートの裏手を見てみると、「」の境界標が埋められていました。鉄道関係のアパートなんですかね。


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アパートを抜けると遊歩道になっていました。「ポッポみち」というそうです。

廃線は遊歩道になりがちです。左側の鉄道用の電線はいまでも現役のようです。


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ちなみに6年前(2012年)はこのように駐輪場となっていたので、遊歩道になっていたのは少し驚きました。


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遊歩道にはレールをイメージさせる舗装がされています。

レールは2004年頃まで残っていたそうですが、私はその当時を知りません。


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中央線の手前で遊歩道は終了。ここに少しだけ実物のレールで再現されていました。

中央線は高架化されています。この引込線も高架化して繋がっていたら面白かったんですけどね。


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国立駅の方に向かっています。

高架の脇のJRの駐輪場用地は高架化で捻出されたものなのか、廃線の鉄道用地だったのか。そんなことを想像しながら廃線探索終了です。


撮影日:2018年10月13日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-10-16 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

鉄道総研の公開「平兵衛まつり2018」に突撃

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国立市にある鉄道総合技術研究所(鉄道総研)で毎年この時期に行われている一般公開「平兵衛へいべえまつり」に行ってきました。

この公開は国立周辺でしか告知されず、知る人ぞ知る…といったイベントらしいです。まぁ今はネットがあるので知っている人も多いでしょう。

私も立川によく行っていたころは告知ポスターを見たものですが、一度も行ったことがなかったので、今年は行ってみることにしました。

ちなみに「平兵衛」というのはこの付近の古い呼び方で、遠藤平兵衛という人が新田開発をした「平兵衛新田」に由来します。国立・国分寺周辺の新田開発は調べると面白そうなんですけどね。野中新田・内藤新田・本多新田とか。

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国立駅から徒歩数分でイベント会場の鉄道総合技術研究所に到着です。

通常の鉄道イベントと比べても子連れが多いような印象です。


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広大な土地のいろんな場所で実演などが行われています。さすがに全部を回りきることができませんでした。

ちなみに実験棟は撮影禁止なので撮っていません。

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リニア車両。左からMLX01-3、ML500、ML100。

リニア中央新幹線は工事も始まり、いよいよ旅客化も近づいてきたなという感じです。

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鉄道総研の外周に敷かれた実験線。かつてはループ構造になっていて、中央線とも接続していましたが、今は敷地内を行き止まりの線路が敷かれているだけとなっています。

是非とも走っているところを見てみたいものです。

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三線軌条となっている箇所もありました。


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今回の展示車両はこちら。

なんか西の方で見たことあるような車両と、昔走っていたような車両。車内が見たかったなぁ。


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別の場所には高速試験車(だったかな?)も。

乗ってみたいな・・・


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台車の部品や空気ばねの展示もありました。


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地区内を走る高圧送電線。形といい、以前にもちょっと気になってたな・・・。


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一通り目を通したのち、出店があったので小腹を満たして退散!

開場から閉場までずっといても飽きないかもね。


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ちなみに鉄道総研の前に新幹線が居座っています。今回は見ていませんが、中にも入って見ることができます。


撮影日:2018年10月13日 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

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by yunomi-chawan1 | 2018-10-15 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

東京山手急行電鉄の痕跡と言われる橋梁を見に行った

ずっと気になっていた「東京山手急行電鉄」の痕跡と言われているものを見に行きました。

「東京山手急行電鉄・・・?なんじゃそりゃ」ということですが、それはあとで。

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京王線・京王井の頭線の明大前駅から京王井の頭線に沿って吉祥寺方面へ向かうと見えてきます。写真は甲州街道20から撮影しました。

これは玉川上水京王井の頭線を越える橋梁です。


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もう少し進んで、反対側から見てみました。

玉川上水は現在は鋼管となっているようで、それと並行して遊歩道も京王井の頭線を越えていきます。

橋をよく見ると橋脚が5本あって、4つの隙間があることがわかります。その隙間のうち2つを京王井の頭線が通っています。

左側2つの隙間は線路がありません。これが東京山手急行電鉄の痕跡であると言われています。

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▲二子玉川にある東京都公文書館で見てきた資料

東京山手急行電鉄は、現在の山手線の更に外側に計画された環状の私鉄でした。

その後、現在の京王井の頭線を計画していた会社を合併したり色々あったようですが、東京山手急行電鉄の計画は金銭的に破たんしたそうです。現在の京王井の頭線はその後開通しています。

東京山手急行電鉄は大井町~自由が丘~梅ヶ丘~明大前~中野~・・・~洲崎町で計画され、明大前では現在の京王井の頭線・京王線と接続する計画だったそうです。

注1:東京都公文書館は2019年度に西国分寺に移転予定。
注2:上の図面は当初の計画でルートが若干異なり、代田橋駅付近と交差する計画だったようである。
注3:駅名、鉄道名は現在のもので当時の名称は異なる場合がある。

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▲同様に資料

これは「渋谷吉祥寺間工事方法1部変更【京王軌道橋梁下・玉川上水水路橋下甲州街道跨線道路橋下電気工作取付構造図】帝都電鉄(株)」という件名で公開されている資料の抜粋です。

現在の京王井の頭線を建設する時のものだそうで、図面は玉川上水交叉跨線水路橋設計図です。ただ、現在の橋梁とは形が違ったりしていて、この後で計画が変更されたのか、何か別の橋なのか、よくわからないので、言及せず資料だけここに置いておくことにします。図がざらついているのはもともとです。

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これは現在の京王井の頭線の松澤停車場設計平面図です。現在の明大前駅のことです。

ホームが2面4線で、東京山手急行電鉄と現在の京王井の頭線が相互に乗り換えられる計画だったようです。

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少し待っていると電車がやってきました。

さっきから「だそうです」「ようです」「言われている」と濁して書いていますが、資料と調べが足りず断定していいのかわからないからです。すみません。


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吉祥寺方面を見てみると、京王井の頭線は掘割を抜けて永福の方へ行きます。

東京山手急行電鉄はここを右の方へ伸びる計画だったのでしょう。


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▲甲州街道から明大前駅を眺める

明大前駅を見ると、いまは両側に建物が並び4線の用地はありません。車両の長編成化や駅施設の拡張の影響もあったのかもしれません。

上の図面を今の地図に重ねてみると、線路の位置が若干違うようで、これも謎要素です。計画変更されたのか、ずれているのか。?

ちなみに下の折り返し用の線路は緊急時対応などのため最近できたものです。

ちょっとブログを書こうといろいろ調べたら、思いのほか深い沼だったのでこれくらいにしておきます。調べたらきりがなさそうです。中途半端な記事ですみません。

おまけ

以前の記事で京王線(仙川駅~調布駅)の旧線を探索したことを書きました。

その時資料をあさっていたら見つけたものが下のこれ。

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『京帝たより』という京王帝都電鉄(現在の京王電鉄 1998年改称)の広報紙1956年3月1日付です。

東京の鉄道計画・未成線を少し調べたことがある方ならご存知かもしれませんが、京王はかつていくつかの鉄道線を計画していました。結局それらもできなかったわけですが、これほど大きく広報していたとは驚きです。

立川線」は今の東八道路などとほぼ並行するようなルートですかね。東京山手急行電鉄線といい、いまあったら便利な鉄道かもしれません。客の争奪は激しくなりそうだけど。


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by yunomi-chawan1 | 2018-06-17 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

京王よみうりランド駅のリニューアルが概ね完了

2016年の終わりごろから行われていた京王よみうりランド駅リニューアル工事がおおむね完了していました。

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▲2014年撮影の改札口

高架駅で、高架の下に改札口がある駅です。

よみうりランドの最寄駅ですが、駅利用者数はそれほど多くはありません。改修は前はこのように質素な感じがしました。

このときは左側に券売機・窓口がありました。


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▲リニューアルされた改札口

リニューアルで改札口並びの駅事務所などが取り壊され、改札口は少し前進、右側に窓口と券売機が設置されました。

券売機は2機のみ設置されています。もう1機設置できるようなスペースがあります。

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▲新しく設置されたひさし

駅前には大きな庇が設置されました。

私の偏見ですが、このタイプの庇は「リニューアルしたい、でもお金を掛けたくない」という駅に多いという印象です。相武台下駅とか。


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▲改札前

改札前はアスファルト舗装からブロック舗装に変更されました。


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▲以前券売機や駅事務所があった付近

改札口の北側には駅事務所や券売機がありましたが、完全に撤去されていました。

ちなみに、左側の土木構造物は高架の一部ですが、なにやらこちら側に伸びてきそうな感じがしますね?これはかつてこの駅を4線化できるように準備されていたものだそうです。よく見えるようになっています。新宿側のホーム延伸などもあって現在は4線化は無理でしょう。

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▲改札内

リニューアル前は改札口を入るとすぐに数段の階段・スロープを上がり、そこで上下線2手に分かれるという構造でした。

リニューアル後は、改札すぐの階段・スロープが撤去されフラットになっています。正面のトイレも改修されました。

今年の5月にはよみうりランドのキャラクター装飾が行われました。

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▲エレベータ

エレベータも改修され、位置が若干橋本方面に移設されました。以前のエレベータは暗く、ちょっと怖い挙動をするものでしたが、新しくガラス張りできれいになっています。乗車定員も若干増えています。


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▲ホーム

ホームはほとんど手を加えられないようです。電車とホームの段差が大きいので解消して欲しかったものですが。



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by yunomi-chawan1 | 2018-06-13 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

相鉄・JR直通線の進捗を見に行く

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神奈川県内で行われている相鉄・JR直通線相鉄・東急直通線の進捗状況を見てきました。今回は西谷駅羽沢横浜国大駅の様子です。

写真は西谷駅の西側。奥に見える電車がある部分が西谷駅です。現在の本線の両脇に新しい本線の建設が進んでいました。

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西谷駅の西側には跨線橋(歩道橋)ができていて、そこから撮影しました。

現在の本線は電留線に転用されるようです。北側(写真右側)の新しい線はレールやバラストが敷かれていました。南側(写真左側)はこれからという状況でしょうか。


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分岐駅となる西谷駅の東側から西谷駅を見ています。駅の上には東海道新幹線の線路があります。

現在は工事中で4線だったホームが2線に減っていますが、完成後は4線に戻る予定のようです。真ん中の2つが横浜方面、両脇の2つが直通線のホームになります。


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私の想像以上に直通線が駅を出てすぐに地下に潜り始めていました。駅の横浜方にはポイントなどへ設置されないみたいですね。


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直通線すぐにトンネルに入って都心方面に向かっていきます。写真に見えるトンネル入口部分はレールが敷かれていました。反対側にも同様にトンネルがあります。

この先の羽沢横浜国大駅はざわよこはまこくだいえきまでトンネルが続きます。


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羽沢横浜国大駅は駅建物の建設が進んでいました。手前の道路は横浜市の環状2号線で、駅の向こう側にはJRの貨物駅である横浜羽沢駅があります。


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相鉄線方向に見ています。左側の線路はJRの貨物線です。この駅は地下のため線路などは見ることができません。

正直、現在は駅の周りにこれといった施設がなく、ちょっと寂しいところですが、環状2号線といった幹線道路があったり、鴨居方面への幹線道路の建設も計画されているので、今後何らかの計画がありそうな感じもします。

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都心方面に見ています。JR線との直通線はこっちのほうで分岐・合流するっぽいです。


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羽沢横浜国大駅から東に向かって、貨物駅を越える歩行者用跨線橋があります。この跨線橋は昔からあったものですが、駅ができた際には貨物駅反対側からアクセスするための主要ルートになりそうです。特に横浜国立大学へのアクセスルートになりそうですね。


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上の跨線橋から続く環状2号線を越える部分は駅の建設に合わせて架け替えられたみたいです。



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by yunomi-chawan1 | 2018-02-13 18:00 | 鉄道 | Comments(0)

下北沢駅付近 まちの変化2013→2017

鮮度落ちの記事になります。

今年春にいよいよ小田急線代々木上原~梅ヶ丘間の複々線が完成し、ダイヤ改正が行われます。この区間は2013年に地下化し、その後増線部分の工事をしてきました。

今回は、地下化直前の2013年に撮影した場所とほぼ同じところで、2017年11月に撮影してきたので比較したいと思います。

景色の変化で構図がおかしくなっていたり、逆光になっていたりします。ご了承ください。

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▲梅ヶ丘~世田谷代田間

防音壁等が完成し、仮囲いが撤去されています。鉄道信号も移設したのか、2013年にあった場所にはもうなくっていました。

道路等には大きな変化はありませんが、「徐行」の道路標示が薄くなっています。

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▲梅ヶ丘~世田谷代田間の環七通り上「宮上陸橋」

2013年になぜこのような写真を撮っていたのかわかりませんが、似たような構図で再度撮影しました。

道路橋の「宮上陸橋」の横に並行して小田急の鉄橋がありました。現在、鉄道は地下化し架線などが撤去されています。ちなみに、環七通りは小田急線付近で掘割になったままとなっています。

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▲世田谷代田1号踏切から撮影した環七通りに架かる橋

環七通りに架かっていた小田急線の鉄橋部分は遊歩道となっていました。線路があった面影は消えつつあります。

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▲世田谷代田1号踏切

「世田谷代田1号踏切」は世田谷代田駅の西側にあった踏切です。鉄道は当然ながらなくなっています。今は工事用の仮囲いがあるので鉄道があったのが想像つきますが、今後も街並みの変化がありそうな場所です。

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▲世田谷代田1号踏切から世田谷代田駅を見ている

地下化直前は仮ホームになっていました。本来は工事が始まる前に撮影した写真と比べられたらいいんですけどね。

鉄道が地下化すると、駅周辺の騒々しさが減ってちょっと寂しく感じたりします。調布とかもそうだなぁと感じますね。

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▲下北沢駅ホーム新宿寄り端

線路跡地は工事中。下北沢駅周辺は井の頭線の改良や都市計画道路など、今後も街並みの変化が激しそうな場所です。

当時の下北沢駅ホームは狭くて、点字ブロックの外側を歩く人がいて長い時間電車が発車できないことがありました。

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▲下北沢駅ホーム新宿寄り端から新宿方面

当時と全く同じ場所からは撮影できなくなっていたので近くから撮影しています。

地下化するまでは、なかなか開かない踏切と、開いたらどっと流れる人並みがあったのが懐かしく感じます。線路も工事のためぐねっと迂回するようになっていました。

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▲東北沢6号踏切

下北沢駅東側にあった東北沢6号踏切。下北沢駅の乗降者数は地下化後に減少したと聞いていますが、それでもなお通行量の多い場所でした。さすがシモキタです。

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▲東北沢4号踏切

一番街の看板が目立つ、茶沢通りの踏切です。踏切内で道路が分岐する場所でした。地下化後も工事のため踏切の面影を感じられます。

お向かいの居酒屋が生ビール180円を継続していてちょっと感動。

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▲東北沢4号踏切から新宿方面

線路などはさすがにすっかり撤去されています。右側に見える緑色の建物はボクシングジムです。渋滞する電車の車窓に見えたな…と思い出しますね。

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▲東北沢2号踏切に続く道

踏切が撤去され、手前に設置されていた道路標識もなくなっています。そのほか、ヤマザキパンの看板のお店がなくなっていたり、電柱広告が設置されていたり、まちの変化は激しいのです。

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▲東北沢駅仮駅舎

地下化後に一時期だけ使用されることになった仮駅舎です。現在は仮駅舎もなくなって、右の本駅舎になっています。

この場所には今後、交通広場を造る計画のようです。

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▲東北沢駅旧仮駅舎

地下化工事の際に使われていた仮駅舎です。東北沢駅はかつては貨物も来ていた駅らしい(随分と昔の話)ですが、工事着工後様々な変化をして、現在はその面影はありません。

2013年当時あった郵便ポストと奥の電柱がそのまま残っていました。落書きが痛々しいです。

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▲代々木上原3号踏切

東北沢駅のすぐ新宿側にあった踏切です。奥に見える黄色い建物は東電の変電所。

踏切はもちろんなくなり、奥のマンションが新しくできています。撮影に当たってタクシーが来るのを待ってみました(他社ですけどね)。

★ ★ ★ ★ ★

以上、5年前との比較でした。変わっているところもあったり、そのままのところもあったり。今後も変化しそうな場所があったり。改めてまちの変化のスピードに気づかされるとともに、記録しなきゃと感じました。

京王線も着工する前に記録しなきゃな…


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by yunomi-chawan1 | 2018-02-01 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

京王 新5000系に乗る

6月末に若葉台に運ばれた京王線の新5000系が9月29日から営業運行を開始したと聞いて、10月2日乗ってきました。若葉台への陸送については過去記事。


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新宿駅に到着した5731F、LED前照灯の明るい光がホーム入線から輝いていました。前面は京王らしかぬフォルムで斜めになっています。

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あとで電車を降りてから撮影した写真。今までの京王線の電車とはひと味違ったフォルムで、新車ということもあってピカピカです。

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車内は茶色を基調とした落ち着いた色になっていました。通路の中央部分にもLCDが設置されていました。椅子が大きくなったせいか若干圧迫感を感じました。通路も狭いのではないかな。

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椅子はヘッドレスもついた6人掛け。一般的な7人掛けより減っています。定員も減っていて、乗っているとやはり窮屈さはありました。この電車は来年春から座席指定列車としても使われる予定です。

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優先座席は固定の3人掛けです。長時間座っていると腰にきました。腰の部分、もう少し膨らみがあった方が個人的にはうれしいかな。都営10-300系3次車以降の方が座り心地がいいかも。

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これに乗った10月2日現在は一般広告は掲示されておらず、LCDも京王線独自の広告が流れていました。

春から始まる座席指定列車、愛称も含めてどうなるか、半年ほど期待ですかね。


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by yunomi-chawan1 | 2017-10-03 12:00 | 鉄道 | Comments(0)

返還の動きがある厚木基地引込線をたどる

愛甲石田方面にサイクリングに行った帰り、気になる鉄道路線があったのでついでに見てきました。

その鉄道路線は記事の題名の通り厚木基地への引込線で、相鉄本線の相模大塚駅付近から厚木基地に向かって伸びる貨物線です。数か月前、返還に向けて動き出しているというネットのニュースを見て気になったのです。以前1度見たことはあるのですが、正式に返還される前にじっくり見ておこうと行ってみました。


この記事は2017年9月23日に公開したものです。該当地については平成29年9月30日に返還されました。詳しくは防衛省自衛隊HP。http://www.mod.go.jp/j/press/news/2017/09/29a.html
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▲厚木基地の引込線の位置

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引込線の厚木基地に接する部分。基地に向けては柵でふさがれ、基地内の線路は既に撤去されているようでした。結構最近まで基地内にも線路があったようですが。

そもそもこの引込線は基地への燃料輸送のための線路でしたが、1998年以降列車は走っていないようで休止状態が続いてるそうです。まだ廃止にはなってないようです。

ここから相鉄本線に向けて順に追っていきます。

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こちらは基地に一番近い踏切。踏切の警標や警報灯もそのまま残されています。まだこの線路が使われていた当時にあったのかわかりませんが、遮断機はありませんでした。


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踏切には「CAUTION」と英語も書かれています。


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線路はカーブして相鉄本線方向に進んでいきます。線路は全線単線で、写真を見るとわかるように架線が張られています。

休止になった当時も電化されていたようですが、現在でも比較的綺麗な状態で架線が張られているのを見ると、現在もメンテナンスがされているんですかね。

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路線には第4種踏切なのか、勝手踏切なのか、通り道が何か所かありました。


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カーブを曲がり終えると東名高速道路を越えることになります。右に見える防音壁が東名高速道路です。

東名高速道路の側道にも踏切が設けられています。


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東名高速道路を越える部分は橋になっています。高速道路を走っていてこの線路の架線に気づくドライバーもいることでしょう。上り線の大和トンネルの手前です。

この引込線自体は東名高速道路ができる前からあるようです。現在でも線路も比較的綺麗で、20年近く列車が走っていないとは思えない状態でした。

米軍基地への引込線といえば横田基地があり現在でも列車が運行していますが、そこと比べても結構綺麗な状態に見えます。横田基地のは電化されていませんでしたね。

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東名高速道路を渡った反対側の側道にも踏切があります。


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さらに相鉄線方面に進むと、木が覆っている場所がありました。ここが一番休止線みたいな場所ですかね。


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またさらに進んで踏切。こちらは北側には警標とかは設置されていませんでした。


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さらに進んで県道40号線の踏切です。「踏切あり」の標識も設置されています。一般的に車は踏切で一時停止の義務がありますが、ここで一時停止している車は10パーセントくらいでした。列車が走らなくなってから暫く立ちますが、まだ一時停止の義務はあるんですかね?ただ標識はありますしどうなんでしょうか。ちょっと危ないかもしれませんね。

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県道40号から見た線路はこんな感じ。草こそ生えているものの比較的綺麗な状態でしょうか。

鉄道用の機器の箱と思われる装置も設置されています。


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さらに進んでまた踏切。


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さらに進むと相鉄本線の線路脇に合流します。この写真は厚木基地方面に向いています。引込線入口部分は工事用フェンスでふさがれていました。


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引込線はそのまま暫く相鉄本線と並行して続いていました。写真の一番左の線路です。側線ですかね。当時は相模大塚駅から一度側線に入ってUターンして厚木基地に向かっていたのでしょうかね?


さて、この線路の返還について。詳しくは下記記事で書かれています。
厚木基地1・3ヘクタール返還へ日米が合意|カナロコ|神奈川新聞ニュース
http://www.kanaloco.jp/article/264532

ここ近年でも、由木通信所の全部返還があったり、多摩サービス補助施設の一部返還もあったりしていますが、近いうちに正式に返還されるでしょうかね。


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by yunomi-chawan1 | 2017-09-23 00:00 | 鉄道 | Comments(1)

京王 新5000系の入れ替え

電車を待っていると京王 新5000系が入れ替えのため車庫から出てきました。

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聞いた話だと、陸送後編成が完成し車庫内での試運転や夜間本線試運転をしているようです。やっと顔を見ることができました。

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光の反射がすごいですね。

京王らしくない顔立ちでなかなかイケメンです。内装も今までとはちょっと違っているのがわかりました。早く乗ってみたいものです。

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車両はすぐに車庫の方へ戻っていきました。


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by yunomi-chawan1 | 2017-07-15 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

京王線仙川~調布駅間の旧線跡をたどる

 京王線の仙川駅~調布駅間にはかつて電車が走った場所「旧線」が存在します。1913年(大正2年)4月15日の京王線の開通から、1927年(昭和2年)12月17日に現在のルートに移設されるまで使用されたらしいです。

a0332275_23542033.png
a0332275_00090388.pngこの地図は2万5千分の1地形図「溝口」大正6年測図の一部を使用したものである。

 旧線は仙川駅を出るとそのまま直進。甲州街道を越えその北側を走った後、再び甲州街道を越え、現在の京王線ルートに合流していたようです。使用された期間はわずか14年程度と短く、現在のルートになってから90年近くが経過し、あまり知られていないのではないかと思います。

 ということで、京王線旧線を辿ってみることにしました。調布駅側から仙川駅にかけて歩いたので、その順番で書いていきます。

調布駅~布田駅(停留場)
a0332275_23120311.jpg

 調布駅から現在の線路を新宿方面に進みます。

 調布駅付近は2012年(平成24年)8月に地下化され、現在は地上で電車の姿を見ることができませんが、線路跡は多くの場所で空き地で残されています。今回探索するのは地下化した線路跡ではなく、90年前まで使われていたそれより古い線路です。

 しばらく進むと、現在の調布駅と布田駅の中間付近で北側に鉄道用地の膨らみが現れます。この膨らみは地下化工事に伴ってできたものではなく、90年前までここで線路がカーブしていた名残のようです。ここでカーブした後は仙川駅付近までほぼ直線で進みます。

a0332275_23442485.jpg

旧線は旧甲州街道を越えます。現在は「布田駅前」という交差点になっています。この付近に当時の痕跡は見つかりませんでした。

この旧甲州街道は当時はメインの道で現在の甲州街道はありませんでした。『調布市百年史』によると、現在の甲州街道の開通は1955年(昭和30年)3月のようで、京王線旧線が移設されてからしばらく経ってからになります。その影響なのか、街道沿いでは市街化が進み、戦中の航空写真で線路跡がわかっても、現在の航空写真では線路跡を判別するのが難しいほどまでになっています。

交差点角の奥に見えるのは「医王山 常性寺」で、この付近に当時の布田駅(布田停留場)があったようです。

布田駅(停留場)~柴崎駅(停留場)
a0332275_00270044.jpg

当時の布田駅からさらに進み、現在の甲州街道を越えます。既に述べたように、当時はこの道路は開通していませんでした。

スバルの自動車販売店付近をそのまままっすぐ進み。この先で旧国領駅(停留場)があった場所へとたどり着きます。

a0332275_22362664.jpg

甲州街道の北側に旧国領駅の跡があります。現在は当時の痕跡はほとんどありませんが、ここに駅があったことを示す標が建てられていました。

標には「京王線旧国領(北浦)駅跡」とあり、その両脇にも説明書きがありました。説明書きは以下の通りです。

 ここは、京王線が大正二年四月十五日、笹塚・調布市間で運転を開始したとき、地元民の用地提供によって設置された停留所跡地である。
 当時の京王線は、仙川駅西方から現在の滝坂に沿って坂を下り、甲州街道の路面を通り、西つつじヶ丘三丁目西端で甲州街道の北側に入り、当地を経由、国領一丁目西で甲州街道を横切り、調布駅の東側で現線路に接続していた。
 その後、昭和二年十二月、滝坂の急坂と道路併用を改良するため、甲州街道の南側に線路が移設されたのに伴い廃止された。
 この停留所名は一時、「北浦」であったといわれている。会社は当初「国領」としたが、地元の強い要望によって字名の「北浦」と変更した模様である。その後、いつ「国領」と改めたのかは明確ではないが、大正六年の初めごろ、ここと調布との間に「布田」(常性寺前)を新設し、またいくつかの停留所名を改称したのと時を同じくして改められたと思われる。
 したがって、「北浦」は極めて短時間の停留所名であったと推測されている。

 「北浦」が「国領」に改められた時期は明確ではないとされていますが、1917年(大正6年)の地形図(上に掲載)には、現在の国領駅が「北浦」、布田駅が「国領」と書かれています。当時の駅名はうまく固定されていなかったことが伺えますが、下記のサイトが参考になったので紹介させていただきます。

a0332275_23220705.jpgこの地図は国土地理院の基盤地図情報「533934」平成29年4月1日更新の建物輪郭を使用し編集したものである。

 このさき、西つつじヶ丘の甲州街道までほぼ直進します。ここからの区間は、昔の線路跡の土地の形がよく残っていて、航空写真で見るとこの部分だけ家の配置に違和感があります。左の図は建物の輪郭だけを抽出したもので、これでもよくわかりますね。ただし、知らずに街を歩いてもそう簡単にわかるものではなさそうです。

 この国領駅跡の標の右側のアパートも、アパートの土地が線路跡に沿うような形になっています。

国領駅(停留場)~柴崎駅(停留場)
a0332275_00025674.jpg

 旧国領駅を出ると、現在は調布郵便局になっている裏側を通ります。写真の左側はデニスコートで、その奥に調布郵便局があります。 当時の線路はこの道路の中央あたりから左側にあったのではないかなと思います。航空写真で見ると線路の跡のようなものがわかります。

a0332275_22042317.jpg

 その先でも住宅地が線路の跡に沿うように建っています。左の奥の方に見えるのは現在の国領駅前のタワーマンションです。現在の国領駅は市街地再開発事業や線路の地下化でかなり発展しました。

 戦時中の航空写真を見てもこの旧線の周囲には田畑が広がっているようなので、大正~昭和初期にかけてはどんな景色だったのか想像をするだけでも楽しいですね。

a0332275_22085246.jpg

 線路は現在の調布第七中学校の敷地にぶつかります。調布第七中学校は1976年(昭和51年)に開校した中学校です。

 中学校の敷地には、昔京王線が通っていたことを示す標が建てられていました。

a0332275_22202241.jpg

 中学校の反対側には大き目の看板もありました。このようにして過去の地域の歴史を知らせる看板の意義は大きいと思います。ただ、「金子停留所もあったはず」という書き方を見ると信用していいものなのか・・・?

 中学校の敷地を抜けると野川を渡ります。現在の野川は完全に整備されていて当時の面影を知ることはできません。

a0332275_22273499.jpg

 その先は現在は住宅地になった場所を通り抜けます。一部だけ家の向きが他の家と比べて斜めっているところがあり、そこが京王線が走っていた場所だとわかります。
a0332275_10584038.jpg

 京王線の跡はやがて佐須街道(深大寺通り)と交差します。このアパートの場所に旧柴崎駅があったようです。当時の電車は今ほど大きくなく長くもなかったようですが、どのあたりにホームがあったのかも今は見当がつきません。

現在この辺りはちょっとした商店街となっています。

柴崎駅(停留場)~金子駅(停留場)
a0332275_09473367.jpg

 この写真は今年オープンした商業施設「クロスガーデン調布」の屋上駐車場から調布方面に向かって撮影したものです。

 手前には調布自動車学校の教習コースがあり、そこから京王線跡の幅と同じ敷地と繋がって奥に教習車両置き場があります。

 その奥に向かって地平線に見える大き目の建物が密集している場所が調布駅です。ここから見ると京王線旧線の跡がなんとなくわかるような感じがしますね。ほぼ直線的に調布駅付近まで繋がっていたことがわかります。

a0332275_09531636.jpg

 さらに新宿方面に進むと甲州街道に合流します。ここから暫く甲州街道の上を路面電車のような形で走っていたようです(併用軌道)。

 『京王帝都電鐵三十年史』には、

 この国道併用部分および勾配を除く工事に着手した。たまたま甲州街道の拡幅工事が行われたので、これを機会に軌道を街道南側に移設して専用軌道としたのである。工事は、現在のつつじヶ丘駅付近に盛土を施し、ここに軌道を移して、仙川の西側切通りから国領までを一直線に改めた。
とあるように、当時からここがネックになっていたことがうかがえます。なお、東京オリンピックの際にも甲州街道は拡幅されているようです。

 また、このころ京王線では玉南電鉄(府中~東八王子(現:京王八王子)間)の開通と合併、京王閣遊園地も開業するなど沿線状況も変わっていたようで、『京王電気軌道株式会社三十年史』には、

 尚其の他の企畫(業)、工事としては、笹塚―代田橋間の府道の平面交叉を立體(体)交叉に改良のため、橋梁を敷設して勾配を取り除き、仙川―柴崎間壹粁八分の急勾配を六十分壹に改め、金子附近の國道併用を避けて新たに専用線路を敷設し、更に、近くは昭和拾壹(11)年九月初臺(台)―幡ヶ谷間の併用軌道を専用軌道に移設する等、乗客の利便のために巨費を投じて大々的改良工事を敢行し、又自動信號(号)機を設置し輸送の安全を圖(図)る外、車輛を増加し、サービスに遺憾なきを期した。
とあるように、設備増強の時期を迎えていたことがわかります。また、1931年(昭和6年)には御陵線も開通(現在は一部廃止)しました。このころには新宿~府中間で木柱を鉄柱に改めるなどしていたようです。

 引用文中の急勾配はこの先登場します。(引用は一部現代漢字を追記した)

a0332275_10163059.jpg

 線路は甲州街道を進み、現在のつつじヶ丘駅の北側付近に旧金子駅跡がありました。

a0332275_10302100.jpg

 金子というのは古くからの地名のようです。京王線が現在地に移設した後もしばらく金子駅のままでした。

 京王線が現在の位置に移設後、1950年代に入って車両を4両編成化することになります。その際、2面4線だった千歳烏山駅の拡張は困難であったことから金子駅を2面4線にして増強することになりました。ホームの拡張は駅を新宿方面に80m移設、ホームと駅舎は地下道で結ばれることになり、1957年(昭和32年)5月15日から新ホームで営業を開始しました。この時に既に6両編成に対応する土地を確保していたようです。また、千歳烏山折り返し電車と急行退避をこの駅で行うようになります。

 これと同時に駅の名前を「金子」から現在の「つつじヶ丘」に改称されています。

 当時の京王の情報誌『京帝たより』には

 十五日から「つつじヶ丘」と駅名を改称するが、これは現在八高線にも金子という同名の駅があり連絡運輸上混同する恐れがあるため、さらに近く分譲する「つつじヶ丘」高級住宅地下車駅として駅名の明確を期するものである。
とあります。現在では地名もつつじヶ丘になり、金子はバス停名や郵便局名などに残る程度になっています。

金子駅(停留場)~仙川駅
a0332275_10492455.jpg

 金子駅を出てもしばらく甲州街道を走行後、甲州街道を南側にそれます。この付近は河岸段丘により急な坂道になっていて「滝坂」と呼ばれています。当時の甲州街道は旧道を通っていて自動車が走る前から難所だったようで、新道に付け替えられて勾配が緩やかになっています。

a0332275_10495950.jpg

 京王線もここの急勾配が大変だったことが、上記引用からもわかります。京王線があった方の坂は現在は道路になっていて、「売地の坂」と呼ばれているようです。

 写真奥に見えるのはキユーピー仙川工場跡地にできた「仙川キユーポート」です。その手前で現在の道路は都道と交差していますが、京王線が走っていたころは道路の橋をくぐっていたようです。そのため頂上付近は当時より勾配が急になっています。


a0332275_11041321.jpg

 滝坂を上りきると現在の京王線と合流します(写真矢印より奥かもしれません)。当時はキユーピーがある場所を一部通っていました。キユーピーの工場閉鎖と建て替えに伴って現在はよくわかりませんが、工場時代の建物は線路敷地の形跡がなんとなくわかります。

a0332275_11240663.jpg

 現在の仙川駅です。掘割式の駅になっています。


参考資料(50音)
基盤地図情報「533934」平成29年4月1日更新
国領か 仙川か Oka Laboratory 備忘録
 http://okalab.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-e8b7.html
『せんがわ21 第14号 特集・せんがわ界隈史』
 1993年(平成5年)9月 せんがわまちニティ情報センター 編
『多摩の鉄道沿線 古今御案内』
 2008年(平成20年)7月28日 今尾恵介 著
『2万5千分の1地形図「溝口」大正6年測図』
地理院地図
 https://maps.gsi.go.jp
『京王帝都電鉄30年史』
 1978年(昭和53年)6月1日 京王帝都電鉄株式会社総務部 発行
『京王電氣軌道株式會社三十年史』
 1941年(昭和16年)3月20日 京王電氣軌道株式會社 発行
『京王風土記』
 1954年(昭和29年)4月1日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『京帝たより第39 』
 1956年(昭和31年)5101日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『京帝たより第46号』
 1957年(昭和32年)5月1日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『調布今昔写真集』
 1974年(昭和49年)3月31日 調布市教育委員会 発行
『調布市百年史』
 1968年(昭和43年)10月1日 調布市役所 発行
『東京都調布市立滝坂小学校 創立百周年記念誌』
 1973年(昭和48年)8月4日 調布市立滝坂小学校創立百周年記念事業協賛会 発行

著作権の関係上難しい部分があるため載せていませんが、上記資料の中に当時の写真などがあります(旧布田駅、旧金子駅、滝坂周辺等)。参考にしてみてください。


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by yunomi-chawan1 | 2017-07-03 00:00 | 鉄道 | Comments(0)


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