三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る

世の中には「県境マニア」と呼ばれるジャンルの人がいるらしく・・・確かに県境などの境界線に立つと、言葉では表しがたい優越感に浸れるものです。

最近では、「歩いて行ける三県境」という、3つの県が隣り合う境界が注目を集め、小さな観光地になっているほどです。

(紹介)三県境に行った記事
['18春18きっぷ5日目]その1 宇都宮と三県境

一部カーナビの「東京都に入りました」「神奈川県に入りました」というアナウンスを市区町村まで喋ったらいいのに・・・などと時々思うのですが、カー用品メーカーあるいは電機メーカーさん考えてくれませんかね?

それはさておき、今回取り上げるのは三鷹市世田谷区境界について。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_01274615.jpg

▲街路に設置された住居表示案内板より。南が上になっています。

この写真は町中に設置されている住居表示の案内板です。

見ての通り、濃いグレーで示された三鷹市世田谷区に大きく食い込んでいます。いや、世田谷区が食い込んでるのか・・・?どっちでもいいですけど、とにかく複雑な境界になっています。

周辺の地図
Googleマップ

Googleマップでは、境界上に建物があると建物を迂回するように境界線が引かれる仕様のため、境界が実際とは異なっています。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_01372139.png

▲2019年中に開通の道路で、2月下旬現在未開通の道路も書いています

見やすいように書き起こすとこのような感じ。飛び地のように見えて実はちょっと繋がっています。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_01420753.png

住所ではこのようになり、突き出た三鷹市の部分は牟礼(2丁目)となっています。

この境界を不思議に思う人も多いようで、ネット上にはこのことを取り上げたサイトがありました。

デイリーポータルZの記事では、市の担当者もわからない・・・とのことで、ネット上で調べた限り、この答えを導いているサイトはありませんでした。

どうしてなのか気になるじゃない。

現地調査
三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_01533999.jpg

右の道路は東八道路で、道路のどこかに境界があります。

この辺りは「武蔵野」の平地で、地形的な特徴はこれといってありません。ただただ平らです。


三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_01562753.jpg

三鷹市牟礼が引き千切れそうな部分はこのような境界線だと推測されます。地面に標が刺さっているかなと気にしたのですが、わかりませんでした。

ちなみに写真右の部分で用地買収されていますが、これは外環道建設によるものです。今後このような境界がわかりにくくなる可能性がありますね。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_02053519.jpg

これは三鷹市牟礼の細長い部分。牟礼の幅は、場所によって異なりますが40mくらいです。

周辺の状況としては、三鷹市世田谷区どちらも畑と住宅地が混在した状況です。生産緑地になっている箇所もありました。


三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_03494311.jpg
さらに東へ進むと、朝日生命体育館を突っ切り、ガーデンヒルズというマンション群の東側で三鷹市牟礼の終端となります。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_02114946.jpg

境界線が突っ切るガーデンヒルズの公開空地案内板には、確かに三鷹市世田谷区どちらの名前もあり、このマンションは境界線上に立っていることがわかります。


[補足] 牟礼のこと
三鷹市牟礼地区は三鷹市域でも初期の村で、1590年頃に牟礼村として成立したとされています。現在の「井の頭」も含む範囲でした。
当時は「牟礼」や「無礼」(あるいは礼の旧字「禮」)のどちらも使われていたようですが、『三鷹市史補・資料編』によれば、1816年に無礼村を牟礼村に統一して使用するよう許可された以降、「牟礼(禮)村」に統一されています。
その後合併し、三鷹村となり、三鷹町を経て、三鷹市になっています。
推測① 用水説 しかし可能性は低い?

昔の争い・・・といえば、何といっても「水」問題。
何かないか探してみると、この地に「品川用水」という用水路が流れていたことがわかりました。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_02151186.png

地図に起こすとこのようなルートで、玉川上水から分水した品川用水は、西から流れてきて、牟礼の細長い地を少しだけ通り、現在の烏山通りに沿って南下して行っていたそうです。

品川用水が辿りつく先は現在の品川区でした。『品川用水沿革史』(品川用水普通水利組合,1943年)を読むと、当時は争いもあったそうで、水の争いは現在の都市部では想像しにくいものです。

この『品川用水沿革史』には、巻末に刊行時の用水の様子が書いてあり、

天神前の神社を過ぎると牟禮の耕地が眼前に展開する。此處らあたりはまだまだ武蔵野の農村らしい姿を殘してゐる。用水路は空濠のやうになつて里道の右に左に屈折して進む。兩側の土揚敷には灌木が叢生し、處々崩れてゐるところがある。久しく手入れも何もしないからであらう。
牟禮の耕地を見下ろすところ、水路は一段高く築造され、下仙川の惡水吐伏樋が下を横断してゐる。
これより進めば少許にして水路も道路も右折し、南下して千歳村に入る。

とあるように、このころには水路としての役目は終えていたようですが、水路敷は確認できたようです。なお、品川用水は1932年に品川用水普通水利組合が解散し三鷹町に移管され、三鷹用水と名乗る時期があったようですが、それは浸透せず品川用水と呼ばれていたようです。その後用水は使われなくなり、埋め立てられた箇所も多いそうです。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_02450617.jpg

1965年の都市計画図では、水路敷が書かれており、確かにこのようなルートを通っていたようです。

また、この地図では今は無き小字を確認できます。この中に「烏山飛地」があります。


[補足] 烏山飛地のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
小字名にある場合とそうでない場合とがある。世田谷区の旧烏山村の飛地として開墾された地域で昭和30年代後半にも"烏山飛地"の表示看板が建てられ、北野とは区別した存在を示していた。
とのこと。
今回のことと関係あるか調べたが、文献が見つからないので省略。

ただ、品川用水が複雑な境界線に関係している資料は見つからず、また、用水より長く境界線が出っ張っていること、さらに用水を途中で使われることを警戒していたようですから、境界と用水の関係性は低いのかなぁ・・・と推測します。

推測② 玉川上水の代地説
三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_03085092.jpg

これは牟礼地区を歩いていて見つけたもので、三鷹市教育委員会が庚申供養塔の横に設置した案内板の一部です。本来は庚申供養塔の説明のものですが、ここに書かれていた『牟礼村古絵図』が参考になりました。

原本を探して案内板を管理する教育委員会に問い合わせたのですが、一般公開はしていないといことなので、少々画質の悪い案内板の絵図を引き延ばしてみます。

三鷹市牟礼と世田谷区北烏山の入り組んだ境界を探る_a0332275_03160646.jpg

※北が上になるように回転し、文字を追加した。間違っていた場合はご指摘ください。

そこには烏山村に挟まれて、おそらく玉川上水代地と書かれた文字が見えます。

代地(だいち)とは、江戸幕府が江戸市中において強制的に収用した土地の代替地として市中に与えた土地のこと。
代地 - Wikipedia

とあるように、この牟礼の出っ張った部分は、玉川上水開削にともない失った土地の代替地の可能性があるのではないかと推測します。

ただ、字がよく読み取れないこと、玉川上水開削の記録をあたったものの代地に関する文献は見つけられなかったことから、「可能性がある」だけにとどめておきます。

ちなみにここから一番近い玉川上水は500mほど北側にあり、当時の牟礼村の中央付近を突き抜けていました。

疑問に残るのが、なぜここなのか。なぜ間に烏山村を挟むのか。なぜこの形なのかという点。
そのことははっきりわかりません。

[補足] 北野村のこと
『三鷹市史補・資料編』によれば、
寛文年間(1661~72)に下仙川村の村民が開発した地域で、その頃は"原仙川村"と称していたといわれ、文禄8年(1695)の文禄検地を行った頃、"北野村"として一村をなしたと「稿」には記されている。
とされています。
そのほかの説

そのほか、たまたまそういう風に土地を持っていた説や、地下水が関係する説も聞かれました。

昔の東八道路の延伸予定地だったのでは・・・という説については、都市計画道路が決定するずっと前の江戸時代の地図にもその境界があることと、これまでに東八道路がそのようなルートで計画されたことは一度もないので否定しておきます。

結論

結論は、はっきりと複雑な境界の理由はわからない。ということにしておきます。

個人的には玉川上水の代地説が有力だと思いますが、私程度の調べでは断定できません。今後の研究を頼みます・・・m(__)m

撮影日:2018年12月26日、2019年2月15日ほか 記載内容は執筆時または撮影時のものです。変更があった場合も追記できていない場合があります。

非公開理由を考慮し非公開コメントには基本的に返信していません
by yunomi-chawan1 | 2019-02-25 00:00 | 地域 | Comments(6)
Commented by とんたん at 2019-02-25 09:57 x
北烏山だから「からすのくちばし」になっているんだと勝手に思っていました。浅はかですみません。こんなに奥が深かったとは。
Commented by sho at 2019-02-25 14:56 x
「からすのくちばし」
んーん,すばらしい推論

本当に奥深くお調べですね.
面白いです.
Commented by ドリにゃの at 2019-02-25 16:59 x
史料と現地視察に基づく綿密なご調査内容には、毎度頭が下がるばかりで下手な感想を差し挟む余地も無く、以下、ついつい本題から逸れた余談になるのはお許しあれ。

ガーデンヒルズの案内板が市と区の連名だとのお写真を拝見して思い出しことが二つあります。

一つ目。品川区北品川と港区港南の区境で東西に分断されている東八ツ山公園。記憶違いでなければ、公園の北西側入口には「品川区立東八ツ山公園」、南東側入口には「港区立東八ツ山公園」との刻銘がありました。両区共同設立だったんでしょうが、連名ではなく入口の所在地で刻銘が異なるのが、興味を引きました。あの公園のど真ん中で事故や事件が起こったらどっちの警察が駆けつけるのでしょう。

二つ目は、昭和末期か平成初期かに、JR御茶ノ水駅西口の御茶ノ水橋で、車が欄干を突き破り危うく神田川に落ちる寸前だったという事故。新聞記事では、その際文京区側と千代田区側のどっちの管轄警察が駆けつけるかで初動が遅れたと読んだ記憶があります。

今のご時世では、世田谷区と三鷹市も、市区境での有事にはしっかりシミュレーションができてるでしょうから問題無いとは思いますが、単なる直線境界ではなく、複雑に入り組んだ線形の境界だと、発生現場を正確に特定・確認しないと、どっちの管轄当局が出動していいかの判断が難しそうですね。特に、もし通報者が動揺している当事者だと、事案発生場所を正確に通報できるとは限りませんしね。
Commented by yunomi-chawan1 at 2019-02-25 23:08
とんたんさん

烏山の資料を見ると「からすのくちばし」という記述をちょくちょく見かけたので、言われてみたらそう見えなくもない…と思いました。
Commented by yunomi-chawan1 at 2019-02-25 23:09
shoさん

どこかに「この土地は玉川上水の代替地として与えられたものだ」という記述があれば確定したのですが、よくわからず「可能性がある」だけに留まっています。
Commented by yunomi-chawan1 at 2019-02-25 23:21
ありがとうございます。

一つ目。町田にも県境で2つの名前がある緑地がありますね。実際には県境でそれぞれ別々の緑地扱いなのですが、一体化しているので2つの名前があるように見えます。

二つ目。それによく似た話で、ここで犯しても県境を越えたら警察が追ってこない…みたいなものをよく聞きます。(が、実際にはそんなことないんだと思いますが。)
消防とかだとそれぞれ連携していて、越境してやってきます。
母が車をぶつけたときに神奈川県警が来たのですが、実際は県境から5mほど東京都だったことがあります。警察は神奈川県だと言い張っていたのと、神奈川県警が来たのでそのように処理したようですが。

実はこんな不安定さ(?)が県境・市境の魅力なのかもしれませんね。


「まち」の変化を追っていきます


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