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徐行「SLOW」標識登場 東京都調布市

今年の7月から「一時停止(止まれ)」標識と「徐行」標識に英語が追加されることになり、一時停止には「STOP」が、徐行には「SLOW」が併記されるようになった。一時停止については徐々に設置が進み、新しいタイプの標識を目にする機会がかなり多くなった印象がある。(写真の一時停止標識は多摩市内で撮影)

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9月の記事で「徐行」標識を探し、調布市入間町に4つ設置されているのを確認して2か月。

9月に調布市のその場所に徐行標識を見に行ったのも、本当は「SLOW」が追加された新しいものに交換されていないか確認するためだったのだが、その時はまだ古い標識が4つ設置されている状況だった。

そして、11月。小田急線から京王線まで行くのに、成城学園前駅から仙川駅まで歩くことにし、同時に入間町の現場に寄っていくことにした。先日、現場直ぐ近くにオープンしたヤオコーの新業態店舗「八百幸成城店」の様子も見たかったので。

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「おぉぉぉぉ」

住宅街の遠くから、標識が見えた瞬間声が出た。新しくなっていた。つい2か月前までは古い標識だったのに。

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新型の標識の設置は4か所。3つは古い標識を交換し、1つは新設している。なぜなのか、古い標識のうち1枚は交換されずに残されていた。(9月時点での設置状況は過去記事参照

補助標識も交換・新設され、「はじまり」「おわり」は矢印タイプのものになっていた。

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「占領下みたいだ」という感想もネット上では見られるが、見慣れないからか確かに違和感はある。

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しかし、古い徐行標識はどうして1枚だけ残されたのだろうか。

全国に約1000枚、都内に約140枚しかないという徐行標識。この場所だけで5枚かつ新旧どちらの標識も見られるというレア度は高いのかも!?



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ヤオコーの新業態店舗、八百幸成城店はこんな感じでした。


by yunomi-chawan1 | 2017-11-28 00:00 | 散策 | Comments(0)

狛江仙川線・北野仙川線 進捗状況2017

調布市と三鷹市内で行われている「調布3・4・17号狛江仙川線及び三鷹3・4・11号北野仙川線」の進捗状況を見てきました。

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三鷹3・4・11号北野仙川線三鷹市北野4丁目地内の全長約650mの都市計画道路で、調布3・4・17号狛江仙川線は狛江市境の神代団地東側から緑ヶ丘団地中央を結ぶ全長約5,070mの都市計画道路です。

このうち、仙川3丁目北野4丁目間の約1,060mが事業中です。(同都市計画道路には他にも事業中区間があります)

事業認可は2016年(平成28年)2月17日、標準幅員は16mです。施行者は東京都で担当は北多摩南部建設事務所。

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▲甲州街道の交差点より北を見る

現在は狛江方面からくる道路が甲州街道にぶつかり丁字路になっています。道路はそのまま直進方向に建設される予定です。

ちなみに、狛江方面からくる道路は「松原通り」で、2017年(平成29年)5月21日には若葉町2丁目地内の約320mの区間が開通し、狛江方面に1本の道でつながりました。

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▲仙川三差路交差点

ちなみに、甲州街道とぶつかる交差点の東側すぐには「仙川三差路」交差点があります。この交差点は旧甲州街道が分岐するやや複雑な交差点で、計画されている道路が完成した際の交通処理をどうするのか気になりますね。


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▲宅添橋から南側

暫く北に進むと仙川と交差する計画です。仙川沿いには仙川崖線緑地があります。


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▲緑ヶ丘団地を突き抜ける

仙川を越えると緑ヶ丘団地を突き抜けることになります。道路用地は暫定道路として既に開放されており確保されている状況です。


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▲北野4丁目付近

ざっと飛ばして中央自動車道の南側です。この先で外環道との中央Jctが建設中です。この付近では農地が所々に見られます。

ここまでの間に用地取得した土地はそれほどない状況でした。

都市計画道路認可区間はこの先左にカーブした先、外環道とぶつかる場所で終了となります。都市計画道路自体は中央自動車道の北側まで続き、中央自動車道の北側では別の道路事業が進行中です。中央道付近は外環道のジャンクション完成後の整備になるんでしょうか。

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▲中央Jct(仮称)の建設現場

外環自動車道は大深度地下で建設が進んでいます。ジャンクション付近は高い囲いで囲われて工事が行われていました。この付近の景色も今後変化しそうですね。


by yunomi-chawan1 | 2017-10-08 21:30 | 道路計画や開通など | Comments(0)

調布駅が生まれ変わった Trie京王調布オープン

2012年に京王線の調布駅付近が地下化してから早5年。地上線路跡に商業施設「Trie京王調布」が9月29日オープンしました。オープン当日の夜、様子を見てきました。

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オープンした商業施設はA館~C館までの3つ。東側新宿方面にA館、中央のPARCO前付近にB館、京王線と相模原線の分岐箇所付近にC館ができました。ロータリーは現在再編工事中でこちらはまだ完成していませんが、北側のロータリーは少しずつ拡張が進んでいます。

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Trie京王調布A館。東側に位置し、地下1階には京王線の改札階が直結しています。成城石井やスターバックスコーヒー、くまざわ書店、衣料品店等が入居していました。

スターバックスコーヒーはPARCO内にもありますが、目と鼻の先にできることになりました。

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地下の線路の上に立っているため細長い作りになっていました。ここに来たときはオープン当日のため低層階を中心に混雑していました。

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B館はビックカメラが入居しました。酒などの家電製品以外も取りそろえた店舗です。京王線沿いには比較的ビックカメラが多い印象ですね。調布にはPARCO内にノジマがありますが、競合することになりそうですね。(ノジマは小さいですが)

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C館はイオンシネマ「シアタス調布」を中心にNTTドコモの販売店などが入居していました。駐車場はC館に併設して設置されています。

調布市は日活や角川大映などの撮影所があることもあって「映画のまち調布」としてアピールしています。この駅前への映画館はその象徴にもなりそうです。

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C館の前に設置されていた線路のレールはこのように整備されました。ここの地上に電車が通っていたことを思い出させますね。

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その「調布のまち調布」は駅のホームにも表れていました。9月ごろから駅の案内看板がフィルムを模したようなデザインになっています。

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2012年と2017年、同じ場所で見比べてみると、町の様子が大きく変わっています。今後ロータリーの整備などで、一層景色が変わっていくのでしょうね。


by yunomi-chawan1 | 2017-10-05 09:00 | 地域 | Comments(2)

徐行の標識を探す

 夏ごろから徐々に「止まれ」の標識に「STOP」が併記されるようになっているのはご存じだろうか。


 オリンピックを控えた対応ということではあるが、オリンピック競技地域以外の住宅街でも既に地区ごとに一括して交換が始まっている。東京都内だけでなく、山梨県の河口湖周辺でも交換されているのを目撃した。

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 新しい一時停止の標識は「止まれ」の日本語の下に英語で「STOP」が併記された。逆三角形で赤色のおなじみの標識なことは変わりはない。

 東京都警視庁の平成28年(2016年)の統計によると、都内に設置されている一時停止の標識の枚数は約14万枚。駐車禁止等の標識に次ぐ枚数ということだ。なお日経などの記事によると、全国には約170万か所に設置されているらしい。

 そんな一時停止の標識であるが、同じ逆三角形の標識と言えばもう1枚ある。そう「徐行」。教習所や商業施設の駐車場では見たものだが、公道ではそう見ない。というか見た記憶が薄い。ということで徐行標識のありかを探して行ってみた。

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あった。

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4枚も。

「徐行」の標識があったのは調布市内某所。住宅街の路地にひっそりと設置されていた。

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 現場は急な下り坂で、道幅は比較的狭くカーブしている。この図の坂を上りきったところの「ここまで」の補助標識はなぜか裏返っていたが存在した。

 復習しておくと、徐行の意味は「車両等が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。」ということ。徐行すべき場所はいろいろあるが、ここの下り坂に徐行標識が坂下の1枚しか設置されていないのは、急な下り坂は標識がなくても徐行の義務が発生するからだとおもわれる。上り坂は義務がないから標識で義務にしているのだろう。たぶん。

 「徐行」の標識の枚数は、日経などの記事によると全国に約1000枚、都内には約150枚しかないというレア標識だ。この「徐行」標識も英語表記のニューバージョンが決定していて、こちらも順次交換する予定だそうだ。

 今回見に来たのは「新しい標識に交換されていないかな」と期待していたのだが交換されていなかった。ちょっと残念だったが、逆に言えば交換される前の古いものが見られたのは今だけだったのかも。

 暫くしたら交換されていないか、また見に行こう。


by yunomi-chawan1 | 2017-09-26 00:00 | 散策 | Comments(0)

調布3・4・7号喜多見国領線 進捗状況2017

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調布市で行われている調布都市計画道路3・4・7号喜多見国領線の進捗状況を見てきました。

調布都市計画道路3・4・7号喜多見国領線狛江市岩戸北二丁目から調布市国領二丁目に至る全長約2.5kmの都市計画道路です(狛江市は調布都市計画区域)。

このうち、品川通りから甲州街道に至る約580mが2007年(平成19年)7月から事業化されています。施行者は東京都計画幅員は18m~24m、事業期間は現在のところ2019年度(平成31年度)までです。

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◆旧甲州街道入口交差点から南を見る

旧甲州街道入口交差点は甲州街道から旧甲州街道が分岐するY形の交差点で、喜多見国領線が完成するとX形の交差点となる計画です。

現在でも信号現示が多少複雑に設計されており、喜多見国領線が完成するとより複雑な交差点になりそうですが、どのように交通を処理するのか気になるところです。

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◆甲州街道から南を見る

用地はおおむね取得している状態で、現在は電線共同溝の設置工事が行われていました。道路はこの先緩やかに右カーブし、横切る京王線をアンダーパスで立体交差することになります。

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◆柴崎4号踏切を南を見る

調布3・4・7号喜多見国領線の直上にある柴崎4号踏切です。京王線はここから調布駅側は調布駅付近連続立体交差事業により地下化されています。この踏切は廃止されずに現在も残されていますが、喜多見国領線が完成するとどうなるかわかりませんね。

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◆柴崎4号踏切付近から北を見る

喜多見国領線アンダーパスについては現在このようになっています。舗装はされていませんが、構造等は既におおむね完了しているように見えました。京王線の南側では、アンダーパスに溜まった雨水を配水するポンプ室の設置工事が行われていました。

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◆京王線から南を見る

喜多見国領線は野川に沿って南下していくことになります。

そもそもこの道路は都営住宅の建て替えと合わせて建設されているもので、国領駅東地区住宅市街地総合整備事業整備計画にそって事業が進めらています。この写真の左側にも従来は都営住宅がありました。

国領駅東地区住宅市街地総合整備事業整備計画
事業地区一覧,国領地区/東京都第二市街地整備事務所 | 東京都都市整備局

また、あわせて野川に架かる車橋の架け替えも行われていました。

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◆中間付近から北を見る

道路予定地は柵で囲まれ工事が行われていました。この部分にはもともと団地の駐車場があったようです。

道路はこの付近からアンダーパスに入っていくようです。

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◆品川通りから北を見る

喜多見国領線はこの部分で品川通りと接続する計画です。大町橋の右岸です。

京王線の地下化が完成し、並行する狛江通りの拡幅も進んでいて、正直重要度がなさそうだと感じた道路でした。


by yunomi-chawan1 | 2017-09-14 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

京王線仙川~調布駅間の旧線跡をたどる

 京王線の仙川駅~調布駅間にはかつて電車が走った場所「旧線」が存在します。1913年(大正2年)4月15日の京王線の開通から、1927年(昭和2年)12月17日に現在のルートに移設されるまで使用されたらしいです。

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a0332275_00090388.pngこの地図は2万5千分の1地形図「溝口」大正6年測図の一部を使用したものである。

 旧線は仙川駅を出るとそのまま直進。甲州街道を越えその北側を走った後、再び甲州街道を越え、現在の京王線ルートに合流していたようです。使用された期間はわずか14年程度と短く、現在のルートになってから90年近くが経過し、あまり知られていないのではないかと思います。

 ということで、京王線旧線を辿ってみることにしました。調布駅側から仙川駅にかけて歩いたので、その順番で書いていきます。

調布駅~布田駅(停留場)
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 調布駅から現在の線路を新宿方面に進みます。

 調布駅付近は2012年(平成24年)8月に地下化され、現在は地上で電車の姿を見ることができませんが、線路跡は多くの場所で空き地で残されています。今回探索するのは地下化した線路跡ではなく、90年前まで使われていたそれより古い線路です。

 しばらく進むと、現在の調布駅と布田駅の中間付近で北側に鉄道用地の膨らみが現れます。この膨らみは地下化工事に伴ってできたものではなく、90年前までここで線路がカーブしていた名残のようです。ここでカーブした後は仙川駅付近までほぼ直線で進みます。

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旧線は旧甲州街道を越えます。現在は「布田駅前」という交差点になっています。この付近に当時の痕跡は見つかりませんでした。

この旧甲州街道は当時はメインの道で現在の甲州街道はありませんでした。『調布市百年史』によると、現在の甲州街道の開通は1955年(昭和30年)3月のようで、京王線旧線が移設されてからしばらく経ってからになります。その影響なのか、街道沿いでは市街化が進み、戦中の航空写真で線路跡がわかっても、現在の航空写真では線路跡を判別するのが難しいほどまでになっています。

交差点角の奥に見えるのは「医王山 常性寺」で、この付近に当時の布田駅(布田停留場)があったようです。

布田駅(停留場)~柴崎駅(停留場)
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当時の布田駅からさらに進み、現在の甲州街道を越えます。既に述べたように、当時はこの道路は開通していませんでした。

スバルの自動車販売店付近をそのまままっすぐ進み。この先で旧国領駅(停留場)があった場所へとたどり着きます。

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甲州街道の北側に旧国領駅の跡があります。現在は当時の痕跡はほとんどありませんが、ここに駅があったことを示す標が建てられていました。

標には「京王線旧国領(北浦)駅跡」とあり、その両脇にも説明書きがありました。説明書きは以下の通りです。

 ここは、京王線が大正二年四月十五日、笹塚・調布市間で運転を開始したとき、地元民の用地提供によって設置された停留所跡地である。
 当時の京王線は、仙川駅西方から現在の滝坂に沿って坂を下り、甲州街道の路面を通り、西つつじヶ丘三丁目西端で甲州街道の北側に入り、当地を経由、国領一丁目西で甲州街道を横切り、調布駅の東側で現線路に接続していた。
 その後、昭和二年十二月、滝坂の急坂と道路併用を改良するため、甲州街道の南側に線路が移設されたのに伴い廃止された。
 この停留所名は一時、「北浦」であったといわれている。会社は当初「国領」としたが、地元の強い要望によって字名の「北浦」と変更した模様である。その後、いつ「国領」と改めたのかは明確ではないが、大正六年の初めごろ、ここと調布との間に「布田」(常性寺前)を新設し、またいくつかの停留所名を改称したのと時を同じくして改められたと思われる。
 したがって、「北浦」は極めて短時間の停留所名であったと推測されている。

 「北浦」が「国領」に改められた時期は明確ではないとされていますが、1917年(大正6年)の地形図(上に掲載)には、現在の国領駅が「北浦」、布田駅が「国領」と書かれています。当時の駅名はうまく固定されていなかったことが伺えますが、下記のサイトが参考になったので紹介させていただきます。

a0332275_23220705.jpgこの地図は国土地理院の基盤地図情報「533934」平成29年4月1日更新の建物輪郭を使用し編集したものである。

 このさき、西つつじヶ丘の甲州街道までほぼ直進します。ここからの区間は、昔の線路跡の土地の形がよく残っていて、航空写真で見るとこの部分だけ家の配置に違和感があります。左の図は建物の輪郭だけを抽出したもので、これでもよくわかりますね。ただし、知らずに街を歩いてもそう簡単にわかるものではなさそうです。

 この国領駅跡の標の右側のアパートも、アパートの土地が線路跡に沿うような形になっています。

国領駅(停留場)~柴崎駅(停留場)
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 旧国領駅を出ると、現在は調布郵便局になっている裏側を通ります。写真の左側はデニスコートで、その奥に調布郵便局があります。 当時の線路はこの道路の中央あたりから左側にあったのではないかなと思います。航空写真で見ると線路の跡のようなものがわかります。

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 その先でも住宅地が線路の跡に沿うように建っています。左の奥の方に見えるのは現在の国領駅前のタワーマンションです。現在の国領駅は市街地再開発事業や線路の地下化でかなり発展しました。

 戦時中の航空写真を見てもこの旧線の周囲には田畑が広がっているようなので、大正~昭和初期にかけてはどんな景色だったのか想像をするだけでも楽しいですね。

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 線路は現在の調布第七中学校の敷地にぶつかります。調布第七中学校は1976年(昭和51年)に開校した中学校です。

 中学校の敷地には、昔京王線が通っていたことを示す標が建てられていました。

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 中学校の反対側には大き目の看板もありました。このようにして過去の地域の歴史を知らせる看板の意義は大きいと思います。ただ、「金子停留所もあったはず」という書き方を見ると信用していいものなのか・・・?

 中学校の敷地を抜けると野川を渡ります。現在の野川は完全に整備されていて当時の面影を知ることはできません。

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 その先は現在は住宅地になった場所を通り抜けます。一部だけ家の向きが他の家と比べて斜めっているところがあり、そこが京王線が走っていた場所だとわかります。
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 京王線の跡はやがて佐須街道(深大寺通り)と交差します。このアパートの場所に旧柴崎駅があったようです。当時の電車は今ほど大きくなく長くもなかったようですが、どのあたりにホームがあったのかも今は見当がつきません。

現在この辺りはちょっとした商店街となっています。

柴崎駅(停留場)~金子駅(停留場)
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 この写真は今年オープンした商業施設「クロスガーデン調布」の屋上駐車場から調布方面に向かって撮影したものです。

 手前には調布自動車学校の教習コースがあり、そこから京王線跡の幅と同じ敷地と繋がって奥に教習車両置き場があります。

 その奥に向かって地平線に見える大き目の建物が密集している場所が調布駅です。ここから見ると京王線旧線の跡がなんとなくわかるような感じがしますね。ほぼ直線的に調布駅付近まで繋がっていたことがわかります。

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 さらに新宿方面に進むと甲州街道に合流します。ここから暫く甲州街道の上を路面電車のような形で走っていたようです(併用軌道)。

 『京王帝都電鐵三十年史』には、

 この国道併用部分および勾配を除く工事に着手した。たまたま甲州街道の拡幅工事が行われたので、これを機会に軌道を街道南側に移設して専用軌道としたのである。工事は、現在のつつじヶ丘駅付近に盛土を施し、ここに軌道を移して、仙川の西側切通りから国領までを一直線に改めた。
とあるように、当時からここがネックになっていたことがうかがえます。なお、東京オリンピックの際にも甲州街道は拡幅されているようです。

 また、このころ京王線では玉南電鉄(府中~東八王子(現:京王八王子)間)の開通と合併、京王閣遊園地も開業するなど沿線状況も変わっていたようで、『京王電気軌道株式会社三十年史』には、

 尚其の他の企畫(業)、工事としては、笹塚―代田橋間の府道の平面交叉を立體(体)交叉に改良のため、橋梁を敷設して勾配を取り除き、仙川―柴崎間壹粁八分の急勾配を六十分壹に改め、金子附近の國道併用を避けて新たに専用線路を敷設し、更に、近くは昭和拾壹(11)年九月初臺(台)―幡ヶ谷間の併用軌道を専用軌道に移設する等、乗客の利便のために巨費を投じて大々的改良工事を敢行し、又自動信號(号)機を設置し輸送の安全を圖(図)る外、車輛を増加し、サービスに遺憾なきを期した。
とあるように、設備増強の時期を迎えていたことがわかります。また、1931年(昭和6年)には御陵線も開通(現在は一部廃止)しました。このころには新宿~府中間で木柱を鉄柱に改めるなどしていたようです。

 引用文中の急勾配はこの先登場します。(引用は一部現代漢字を追記した)

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 線路は甲州街道を進み、現在のつつじヶ丘駅の北側付近に旧金子駅跡がありました。

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 金子というのは古くからの地名のようです。京王線が現在地に移設した後もしばらく金子駅のままでした。

 京王線が現在の位置に移設後、1950年代に入って車両を4両編成化することになります。その際、2面4線だった千歳烏山駅の拡張は困難であったことから金子駅を2面4線にして増強することになりました。ホームの拡張は駅を新宿方面に80m移設、ホームと駅舎は地下道で結ばれることになり、1957年(昭和32年)5月15日から新ホームで営業を開始しました。この時に既に6両編成に対応する土地を確保していたようです。また、千歳烏山折り返し電車と急行退避をこの駅で行うようになります。

 これと同時に駅の名前を「金子」から現在の「つつじヶ丘」に改称されています。

 当時の京王の情報誌『京帝たより』には

 十五日から「つつじヶ丘」と駅名を改称するが、これは現在八高線にも金子という同名の駅があり連絡運輸上混同する恐れがあるため、さらに近く分譲する「つつじヶ丘」高級住宅地下車駅として駅名の明確を期するものである。
とあります。現在では地名もつつじヶ丘になり、金子はバス停名や郵便局名などに残る程度になっています。

金子駅(停留場)~仙川駅
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 金子駅を出てもしばらく甲州街道を走行後、甲州街道を南側にそれます。この付近は河岸段丘により急な坂道になっていて「滝坂」と呼ばれています。当時の甲州街道は旧道を通っていて自動車が走る前から難所だったようで、新道に付け替えられて勾配が緩やかになっています。

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 京王線もここの急勾配が大変だったことが、上記引用からもわかります。京王線があった方の坂は現在は道路になっていて、「売地の坂」と呼ばれているようです。

 写真奥に見えるのはキユーピー仙川工場跡地にできた「仙川キユーポート」です。その手前で現在の道路は都道と交差していますが、京王線が走っていたころは道路の橋をくぐっていたようです。そのため頂上付近は当時より勾配が急になっています。


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 滝坂を上りきると現在の京王線と合流します(写真矢印より奥かもしれません)。当時はキユーピーがある場所を一部通っていました。キユーピーの工場閉鎖と建て替えに伴って現在はよくわかりませんが、工場時代の建物は線路敷地の形跡がなんとなくわかります。

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 現在の仙川駅です。掘割式の駅になっています。


参考資料(50音)
基盤地図情報「533934」平成29年4月1日更新
国領か 仙川か Oka Laboratory 備忘録
 http://okalab.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-e8b7.html
『せんがわ21 第14号 特集・せんがわ界隈史』
 1993年(平成5年)9月 せんがわまちニティ情報センター 編
『多摩の鉄道沿線 古今御案内』
 2008年(平成20年)7月28日 今尾恵介 著
『2万5千分の1地形図「溝口」大正6年測図』
地理院地図
 https://maps.gsi.go.jp
『京王帝都電鉄30年史』
 1978年(昭和53年)6月1日 京王帝都電鉄株式会社総務部 発行
『京王電氣軌道株式會社三十年史』
 1941年(昭和16年)3月20日 京王電氣軌道株式會社 発行
『京王風土記』
 1954年(昭和29年)4月1日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『京帝たより第39 』
 1956年(昭和31年)5101日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『京帝たより第46号』
 1957年(昭和32年)5月1日 京王帝都電鉄株式会社 発行
『調布今昔写真集』
 1974年(昭和49年)3月31日 調布市教育委員会 発行
『調布市百年史』
 1968年(昭和43年)10月1日 調布市役所 発行
『東京都調布市立滝坂小学校 創立百周年記念誌』
 1973年(昭和48年)8月4日 調布市立滝坂小学校創立百周年記念事業協賛会 発行

著作権の関係上難しい部分があるため載せていませんが、上記資料の中に当時の写真などがあります(旧布田駅、旧金子駅、滝坂周辺等)。参考にしてみてください。


by yunomi-chawan1 | 2017-07-03 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

鉄塔 深大寺東線

自転車で仙川→武蔵境→登戸→鶴川とサイクリングに行き、途中で高圧送電線の深大寺東線が目に入ったので辿ってきました。この路線は何度目でしょうか。

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中富線No.84鉄塔の下段と中段にある久我山線から分岐します。この路線をたどったのはおそらく2013年以来ですが、その時と変わらずキャベツ畑が広がっていました。


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深大寺東線No.1鉄塔です。かつては航研線として1回線の高圧線でしたね。このあたりの景色も何も変わらず。風が強かったので砂埃が目に入ってつらかった。


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深大寺東線No.2鉄塔です。この高圧送電線の鉄塔は建設された時期がバラバラで、この鉄塔が一番古いようです。この中では一番好きな形かな。


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深大寺東線No.3鉄塔です。宇宙航空研究開発機構の敷地内で高圧送電線を引き下げます。引き下げた先で、深大寺東線(~ふじみ衛生組合)が地下ケーブルになり、航研線(~航研本所)を地下ケーブルで分岐します。

以上。


by yunomi-chawan1 | 2017-06-15 00:00 | 鉄塔 | Comments(2)

調布3・4・17号狛江仙川線(若葉町)松原通り 開通

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5月21日(日)14:00に、調布都市計画道路3・4・17号狛江仙川線(若葉町)約320mの区間交通開放されました。

当日は、10時より開通記念式典が開かれていました。私は寝坊したので途中からの参加です。

開通直前期の状況と許認可については以前記事にしていますので、そちらを参照してください。

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この道路は「松原通り」として親しまれていて、都道114号武蔵野狛江線に指定されています。

今回、若葉町の約320mの開通により、甲州街道~世田谷通りまで1本道で繋がることになり、仙川駅南側での迂回が必要なくなります。

甲州街道から北側は中央自動車道付近まで道路の新設が事業中であり、甲州街道~世田谷通り間の未拡幅区間の一部でもいわゆる第4次事業化計画の優先整備路線に指定されています。


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前述のとおり、当日は10時より記念式典が開かれ、主催者挨拶や来賓祝辞があったようです。私が到着したころには既にそれらは終了していました。とりあえず会場だけ撮影。

写真にも写っていますが、会場の至る所にオリンピックの幟が置かれていました。


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私が到着した直後にテープカットが行われました。

オレンジ色のTシャツを着ているのは地元の若葉小学校の児童らで、スーツを着ているのは左から調布市の長友貴樹市長、都議会自民党の栗山よしゆき都議会議員、東京改革議員団の尾崎大介都議会議員東京都北多摩北部建設事務所長です。テープカットを見るのはおそらく2回目ですが、こう見えて難しいんですね。


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そのあとくすだま割りが行われました。割れると同時に拍手がわきました。


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その後は来賓を先頭に参加者が通り初めを行いました。通り初めは式典会場から北に向かって開通区間の終点までで、通り初め終了と同時に式典も終了しました。

式典終了は11時ごろで、会場の片付けをして14時の開通に備えます。


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新設される信号機につけられていたカバーも外されていきます。信号機の点灯は開通直前に行われます。


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13:50より現場に設置してあったカラーコーンなどの撤去が行われました。その後も14時まで立ち入りはできません。

13:58に周辺交通が一斉に通行止めになりました。その間に、横断歩道に目隠しをしてあったシートの撤去、信号機の点灯(14:00まで赤制御)など開通までの最後の準備が行われました。

そして14:00ちょうど、北と南の両側から白バイの先導による交通開放がなされました。白バイの後ろには東京都の車両、その後ろには一般車が並びました。開通待ち車両がいたかどうかは確認できませんでした。


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交通開放後、これまで旧道を走っていた交通は新道の方に移動したようで、道路は車両でいっぱいになりました。なお、旧道を走る路線バスについて現時点でルートの変更はないようです。


開通した道路について
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開通区間は都市計画決定通りに道幅16mで建設されました。

電線類は地中化される計画で、開通後にその工事が行われる予定だと都職員が仰っていました。そのため歩道部分については現在は仮舗装です。


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歩道は両脇に幅3.5mが整備され、車道の両脇にはカラー舗装の自転車専用レーンが整備されました。自転車専用レーンは全国的に設置が相次いでいるようですが、車道9mに整備すると若干狭く感じますね。

街路樹にはツツジの低木も植えられ道路緑化が図られています。舗装は低騒音舗装が施されているようです。

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開通区間の南端の交差点ですが、新道の開通により5差路となりました。

信号制御は大通りの3方向のみで、他の小さな2本については制御されていません(1本は一方通行入口)。

一方通行入口の道路は抜け道として利用されているようで、通り抜けをする車が結構多かったです。この道路の入口は交差点の内部にある形ですが、本当にこの構造でよかったのかと多少疑問でした。

なお、この交差点は未完成の都市計画道路の線上でもあり、東方向(図の上方向)は優先整備路線でもあります。その道路ができたら交差点がより複雑になりますが、そのときどういう構造になるのか不思議です。


by yunomi-chawan1 | 2017-05-21 22:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

調布駅付近連続立体交差 5年前との比較

5年前の夏に行われた調布駅付近連続立体交差事業の線路切り替え。

線路が地下化してからしばらくたちますが、当時撮った写真と比較して現在どうなったのか見に行ってみました。

左側が2012年に撮影したもの、右側が2017年に撮影したものです。当時の構図に合わせて撮影したため、構図が変になったものもあります。

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▲京王線と相模原線が分岐する踏切

京王相模原線が京王線から分岐するところにあった踏切の場所です。当時の調布駅は平面交差だったため、この付近で信号開通待ちとかよくありましたね。この踏切もよく閉まっていたイメージです。

当時の線路跡には現在ビックカメラを核テナントとする京王電鉄による商業施設が建設中。つい最近まで線路跡は空き地の状態でしたが、駅の周辺はだんだんと景色が変わりつつあります。

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▲相模原線分岐点の踏切から京王八王子・橋本方面

1枚目の写真の場所から反対方面を見ています。2012年の写真は地下化当日のもの。

この場所には「映画の街 調布」を代表する「シネマコンプレックス」が建設中で、この秋にも開業する予定です。そのほか、横断する道路は綺麗に舗装が直されています。

線路跡はこの先の西調布・京王多摩川方面にかけて暫定駐車場くらいにしか使われていないのが現状で、これからどうなっていくのか気になるところです。

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▲調布-布田駅間

右側が調布駅方面、左側が布田駅方面です。線路は地下化され現在はアスファルトで覆われています。この辺りは特に利用も図られていないようです。当時、調布駅止まりの電車はこの本線上で折り返しをしていたため、そのための渡り線が見えます。

当時あった特徴的な建物が現在でも目印になりました。

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▲調布-布田駅間から調布駅方面

当時あった踏切から調布駅方面を見ています。

右側のアパートや当時のマンションはほとんどそのまま残っていますが、調布駅付近で新たなビルが建設されて遠景がちょっと変わっています。当時の線路跡には地下の換気口のほか、調布駅直上では商業施設が絶賛工事中です。

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▲調布-布田駅間から調布駅方面

線路跡は資材置き場として利用されていました。当時ひっきりなしに電車が来ていたのが懐かしく思えます。よく電車が詰まっていたよね。

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▲布田駅舎

地下化直前は仮設の橋上駅舎でした。現在は地下駅となって、駅舎もシックな感じになっています。

実はこの2012年当時の写真の中に、現在と比較できるものが何一つと写っていませんでした。似たような場所から道路標識を対象に撮影してみましたが、この道路標識も移動しているのは明らかです。おそらくこれより30mほど西側なんじゃないかなと思います。

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▲布田駅西側から布田駅

当時の布田駅は対面式でした。この辺りはシールドトンネル区間なためか、地上部は掘り返したようなあとはそこまでありませんでしたね。

この辺りも現在は暫定駐車場として利用。今の写真は何を撮っているのかわからないような構図になってしまっています。

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▲国領駅西側の狛江通り

狛江通りは踏切で渋滞することもありましたが、その渋滞も現在はほぼ解消しています。

国領駅前には駅前広場が整備されました(写真左側)。

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▲国領駅ホームから調布駅方面

地下化直前の国領駅ホームは島式。工事が始まる前は対面式ホームだった記憶があります。

当時撮影していた場所は駅前広場の車道になったため、近くから撮影。

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▲国領駅

当時の国領駅ホームの場所は駅前広場になりました。右奥の商業施設が見えます。この真下にいまのホームがあるのでしょう。

国領駅はこの2年ほどで当時とは想像もつかないほどきれいな駅になりました。こんなに賑わっていたかな・・・と思わなくもない。

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▲国領駅の南東側の回転場

国領駅の南東側には小さな回転場がありましたが、現在でもほぼそのままの状態で残っていました。

線路が地上にあったときは道路が行き止まりになっていてそれの回転場だったのだと思うのですが(長さ何メートルで回転場を設けなければならないと決まっている)、線路が地上からなくなっても行き止まりは解消していませんでした。この先の道路につなげる気もないのでしょうかね?

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▲連続立体交差事業の東の端

地下化が始まる区間の東側、新宿側の端です。

調布駅付近の地下化は仮線を造らず営業路線の真下にトンネルを掘る方式だったため、地下化直前期でも入口は蓋をしてその上を電車が走っていました。

現在、この写真を撮影した踏切の真下では都市計画道路が建設中。その道路が完成したらこの踏切もどうなるのか・・・わかりませんね。


by yunomi-chawan1 | 2017-05-19 14:30 | 鉄道 | Comments(0)

開通間近 調布3・4・17号狛江仙川線(若葉町)

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仙川駅の南側で建設中の調布3・4・17号狛江仙川線(若葉町)の約320mが5月21日日曜日に開通するということで、開通直前の様子を見てきました。


開通当日の様子は下記をご覧ください。

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調布3・4・17号狛江仙川線狛江市境の神代団地東側~緑ヶ丘団地中央を結ぶ調布市の東側を南北に貫く全長2,820m都市計画道路で、1962年(昭和37年)12月22日建設省告示第3183号で都市計画決定されました。

幅員は16mで、2015年(平成27年)3月31日現在では1,005mが施行済となっています。(データはいずれも都市計画図を参考にした)

今回開通するのは、このうち若葉町2丁目地内の約320mです。


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現場に設置された看板によると、事業認可は1997年(平成9年)11月28日で東京都が施行してきました。開通後も都道として供用される見通しです。

この開通で仙川駅南口の狭隘区間が解消され、一本道でつながることになりますね。約19年にわたって事業を続けてきたことになります。


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開通区間の北端です。

北端には押しボタン式信号機が新しく設置されました。開通区間の信号機(2箇所)はいずれも黒色のタイプが採用されました。

黒色の信号機は昔からありましたが、町田3・4・37号や立川基地跡地のように都内で新しく開通する道路に比較的多く黒色の信号機が採用されているように思えます。

開通予定の道路には「5月21日日曜日午後2時から通り抜けできます」と看板が設置してありました。

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現段階では舗装や植栽工事は完了し、区画線を残すだけという状況でした。

道路は対面通行式の2車線で、両脇に自転車専用レーンが整備される計画です。自転車専用レーンについては既に標識の設置は完了していました。

植栽の低木はツツジですかね。都道ではよく見かける木です。今の季節はピンク色に染まって綺麗でした。

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開通区間の道路は電線共同溝が整備され無電柱化されていました。街路灯の電線がもったいないなぁと感じてしまいますね。


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開通区間の南端です。

従来の都道に合流する形となります。この場所の旧道には歩行者用信号機がありますが、これは新道開通と同時に使用をやめ、新しく設置された交差点の信号機に統合されるようです。

この交差点は五差路になります。成熟した都市に都市計画道路を整備するとどうしてもこうした複雑で鋭角な交差点や狭すぎる残地が残ったりしますね。これを解消するための事業方法もあるようですが、あまり採用されていないのかな?

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交差点を反対側から見たところ

左の道路が従来の道路になります。現在のバス路線は従来の道路を走っていますが、新道開通後もそれは変更はないようです。またいずれ変更することはあり得るでしょうかね?


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なお、開通区間南端の交差点の旧道側には5月19日にセブンイレブン調布若葉町3丁目店がオープン予定。新道側じゃないのいいのかななど。


by yunomi-chawan1 | 2017-05-14 18:00 | 道路計画や開通など | Comments(5)


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