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町田街道 小山Ⅱ期区間 拡幅進捗状況2017年秋

町田市小山町町田街道で行われている拡幅事業の進捗状況を見てきました。

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この道路は町田都市計画道路第3・3・36号相原鶴間線として都市計画決定され、主要地方道 都道57号八王子町田線として供用されている町田街道です。

このうち、小山Ⅱ期小山駐在所前交差点付近~小山市民センター付近までの全長約500mで、2車線の道路を4車線に拡幅するものです。

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▲小山駐在所付近から西を見る

用地取得はおおむね完了していると思われ、今年の夏ごろにはもともとあった道路の南側に建設された新しい道路に交通が切り替えられました。今後、もともとあった道路部分を整備し、4車線化するのではないかと思われます。道路の幅は25mと多摩地域の一般的な4車線道路幅と言えそうです。

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▲ローソン前から西を見る

町田街道高尾横浜町田インター付近を結ぶ、町田市を横切る幹線道路で、古くからある道路です。

最近では相原駅付近で拡幅と鉄道との立体交差に着手したほか、常盤~本町田付近では町田街道と並行する通称:新町田街道などの整備も進んでいます。町田駅付近では町田街道と並行して仮称:町田バイパスの事業化も視野に入れられています。また、従来の町田街道もみちづくり・まちづくりパートナー事業を活用した交差点付近の拡幅も行われていたりします。

この付近でも交通量は比較的多い印象を受けました。

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▲小山市民センター付近から東を見る

もともとあった道路部分は柵で囲まれ、新たな工事が行われていました。今後電線共同溝などの整備後に、道路の街築が行われていくのではないかと思います。


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▲事業区間の西端から西を見る

西側はここから町田西郵便局付近まで拡幅が完了しています。中央分離帯等も整備されていますが、現在のところ4車線化はされていません。今後、周辺の拡幅に伴って4車線化するのか気になるところです。


by yunomi-chawan1 | 2017-11-22 15:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

南多摩尾根幹線の歴史・現況・今後について

南多摩尾根幹線とは
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多摩都市計画道路第3・1・6号南多摩尾根幹線調布市多摩川三丁目町田市小山町に至る全長約16.6kmの都市計画道路です。標準幅員は43mです。

なお、道路愛称としての「南多摩尾根幹線道路」は町田市小山町~稲城市百村に至る区間のみとなっています(百村~矢野口間は鶴川街道)。地域からは「尾根幹(おねかん)」「尾根幹線(おねかんせん)」などと以前から呼ばれていますが、正式にこのような愛称が決定したのは2014年(平成26年)4月1日になってからです。

北側は都市計画道路調布保谷線とも接続し、埼玉方面から神奈川方面を結ぶ、多摩地域の骨格を形成する重要な路線として位置付けられています。

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広い中央分離帯が残る現在の尾根幹線

現在は多摩市連光寺・稲城市若葉台・長峰地区の一部を除き全線で開通していますが、稲城市百村~多摩市唐木田付近は広い中央分離帯があり片側1車線の暫定的な整備にとどまっています。


南多摩尾根幹線の歴史

南多摩尾根幹線の歴史は多摩ニュータウン開発から始まります。

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1963年(昭和38年)に多摩ニュータウン構想が示されますが、南多摩尾根幹線とほぼ同じルートで幹線道路が示されるのは、都市計画学会報告書の第3次案からとなっています。第4次案ではアクセスコントロール(自動車の乗り入れを特定の場所に限定すること)を行う道路ととして位置付けられています。

1966年(昭和41年)12月24日に初めて、「多摩都市計画道路1・3・4号」として都市計画決定されました(建設省告示第4123号)。

1969年(昭和44年)には詳細な設計を行い、『多摩ニュータウン尾根幹線道路基本設計調査報告書(基本設計'69案)』として取りまとめています。その中では、

尾根幹線は、この広域幹線道路網に、南西部の放射幹線として取り囲まれている。中央道及び東名高速道路が、主として遠距離交通を受け持つのに対して、尾根幹線は、多摩ニュータウンという大規模開発地域から発生する交通、および相模原、町田方面からの交通を処理するほか、津久井湖周辺遠くは富士五湖を目的とするレジャー交通の用にも供するものとみなされている。
とされています。a0332275_22504999.jpg

そのうえで、南多摩尾根幹線は本線部分と側道部分からなる複道システムとして計画され、主要交差点には本線へのランプを設け、本線部分は時速80km/hの高速道路であるが料金は徴収しない「フリーウェイ」道路として計画されました。

一方で、南多摩尾根幹線の東側の調布市内は計画幅員18mであることや、ニュータウン域外の稲城市内の計画幅員が25mであることから、その部分でボトルネックになることが既に指摘されています。また、1995年(平成7年)に交通開放された現在の稲城大橋(仮称:第二多摩川原橋)である、多摩都市計画道路第2・1・1号線(当時)に分岐させることも検討されていたようです。

1969年(昭和44年)5月20日には、「多摩 広路1号」として名称・延長が都市計画変更されました。この時期から多摩ニュータウン開発と並行して工事に着手しているようです。

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多摩ニュータウン開発の進展に伴って、1971年(昭和46年)には諏訪・永山地区からニュータウンへの入居が始まります。

そうしたなか、1974年(昭和49年)4月に多摩ニュータウン諏訪・永山地区に入居した住民から、南多摩尾根幹線工事用道路の公害防止、工事用道路として使用されている側道を一般道に切り替えることへの反対、団地内通り抜け車両の占めだし、自然環境や生活環境の破壊などを理由に南多摩尾根幹線建設反対運動が起こります。

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住民は「おねかんミニミニ情報」(のちに「おねかんニュース」になる)というビラを作成し、のちに尾根幹線を阻止して住民による町づくりをすすめる会を結成して建設反対を訴えていくようになりました。

同年11月には道路封鎖にまで発展します。また同時期には会のメンバーが警察に連行される事態も起こっていたようです。


その後、再三にわたって議会への請願が出されます。

尾根幹線に関する請願
請願第三号 昭和49年9月7日受理
請願者 [当ブログでは掲載しません] 他16名
 多摩市当局のご指導に依り、小野路地区住民念願の多摩市民になり得た事は、ニュータウンの将来を考へ喜に堪へません。然し乍ら、此の事業の当初より計画されし尾根幹線道路に付き、公団当局を通じて機会有る毎に、其の修正を懇願して参りましたが、一度の話合が持たれぬままに、昭和45年度に計画決定がなされ今日に及んだことに、関係者一同憤激に堪へない次第です。
 然し乍ら、現在多摩市民として、又、ニュータウンの将来を展望する時、私達の街造りを真剣に考へるべき時期ですが、本件道路が部落の中央を横断する状況を思ふ時に、高速高架の構造では安住の地を願ひ、将来発展を夢見る該当部落は、交通公害に依り発展は愚か、破滅の方向を辿る恐は多分に有り、いまだ区画整理の出発点さへ合意して居りません。斯様な状況から、本件道路が部落と共存共栄を基本として
一、高速帯の設置位置を十分研究し合意を得る事。
一、沿道サービスを可能な構造にする事。
一、公害対策を十分に行って欲しい。
一、現コミュニティを維持できる様配慮して欲しい。
一、減歩は増加させない様、配慮して欲しい。
一、工事施行に当っては住民の意向を配慮して欲しい。
 右項目を最小必須の要望として関係当局に強く要請しつゝ、猫額の土地乍ら、子々孫々が評価出来る基盤造りが私達の責務と決め、既設高速付近の見聞等、其の対策を講じつゝ居りますが、将来の設計が決らぬ現在、心中落日の思ひで憂慮ニ堪へず、貴議会に其の御指導方をお願に及んだ次第です。
 以上、私達の意を了とせられ、貴議会に於かれましても特段の御配慮と御指導を賜り度く、関係者一同連署をもって請願申上ます。
昭和49年9月8日
***1974年(昭和49年)9月30日趣旨採択
尾根幹線(多摩都市計画街路多摩・広路・1号)の計画の破棄等を求める請願書
請願第14号 昭和50年6月20日受理
請願者 [当ブログでは掲載しません] 外12,082名
 私たちは、公害、環境破壊、自然破壊を現在以上に大きくさせてはならない、多摩市を文字どおり「太陽と緑に映える都市」にしなくてはならあい、との見地から、別冊「請願書名簿」の連署を添えて次のとおり請願いたします。
請願事項
(1)貴議会におかれましては、尾根幹線(多摩・広路・1号)計画を東京都知事に破棄させることを決議し、その旨同知事に要請するとともに、東京都議会に対しても同議会が同趣旨の決議を行い、都知事にその実現をはからせるよう要請して下さい。
(2)貴議会におかれましては、多摩市長に対して、同市長が東京都知事に対し、尾根幹線計画の廃棄を求めることを要請してください。
(3)貴議会におかれましては、尾根幹予定地及び同予定地と多摩ニュータウン南縁の「ニュータウン区域界」の間の地域を、自動車道路はもとより、自然、住環境を損う恐れのあつ都市施設は一切つくらせない「緑地帯」にすることを決議し、その旨東京都知事に要請して下さい。
 また、その際の具体的な土地利用計画の決定に当っては、私たちにこの請願する者たちの意思が最優先されるよう措置してください。
(4)貴議会におかれましては、東京都中央卸売市場多摩ニュータウン市場の計画を多摩市長に破棄させることを決議し、その旨同市長に要請して下さい。
昭和50年6月10日
***昭和51年3月26日 不採択
尾根幹線側道を一般普通道として早急に通行使用できる陳情
陳情第30号 昭和50年12月23日受理
陳情者 [当ブログでは掲載しません] 外302名
 平素市議会の諸先生方には色々と問題が山積する現在、日夜市政発展の為にご尽力賜り、深甚なる敬意と感謝を申し上げます。
 さて既に計画決定のなされて居る仮称尾根幹線の側道を、一般普通道路として通行の促進を願うものであります。此の道路は、事業以来の道路の付け替え道路で、我々住民の生活道路であり、日常活動にも支障をきたしているしまつです。
 御承知の通り、此の側道は現在日本住宅公団の通行証の有る者以外は通行出来ず、周辺の住民はもとより、多くの多摩市民をはじめ近隣地住民も非常に迷惑しており納得できません。
 この様な実情を考慮され、一刻も早く自由に通行出来る生活道路の姿にもどしていただくよう、特段の御配慮を賜り度く、ここに連署をもって陳情申し上げます。
昭和50年12月23日
***昭和50年1月31日 趣旨採択
尾根幹線(多摩都市計画街路・多摩広路・1号)の計画の公害問題に対応する処置に関する意見書(知事宛)
議員提出議案第5号 昭和51年3月26日 原案可決
 多摩ニュータウンに於ける尾根幹線については、都市計画決定をみており、将来の都市機能に対応する道路である。
 然しながら、住宅優先時点におけるこの計画は、現況に於いては公害問題が予想され、住民の強い反対要望が生じている。住民の不安感の排除と優良な住環境の向上を願い、今後の尾根幹線(多摩広路1号)の事業決定については、当多摩市議会とも十分なる事前協議を経たうえで、左記事項を速やかに実施するよう強く要望する。
一、幹線(中央部分)についての自動車用道路計画は再検討すること。
二、五・六住区(諏訪・永山地区)の北側々線は緊急時(災害・地下埋設物の補修)以外の自動車の通行を禁止し、そのかわり南側に生活道路を早急に実現すること。なお、南側道路ができるまで北側々線は現状のまゝ工事用道路とし、以後この利用については事前に協議すること。
三、今後建設される住宅や学校は、側道部分から十分離して建設し、緩衝地帯、緑地帯等を設けること。
 右、地方自治法第99条第2項の規定により意見書を提出する。

こうしたなか、工事を行っていた公団と東京都は調整を行い、意見書を踏まえた対応策をまとめ、1972年(昭和51年)6月には住民説明会の開催により周知を図ったものの了解は得られませんでした。

反対意見がある一方で、側道の早期完成の要望も出されていることから、工事着手を決定し、1979年(昭和54年)10月23日に着手しました。その後も反対、促進の運動が展開されていきました。その後、1983年(昭和57年)4月に永山~諏訪間の側道が交通開放されました。この開通した道路形態は2017年(平成29年)と変わっていません。

一方、1977年(昭和52年)には、南多摩尾根幹線の幅員が多摩ニュータウン域内と稲城・調布市内で違うことによる不整合や、自転車歩行者道の幅員が2.5mと狭いこと、社会情勢により'69案のような複道システムは厳しい批判があること、などから南多摩尾根幹線の総合的な解決の方向を探るため「多摩ニュータウン尾根幹線道路 基本設計'77」を取りまとめています。

この基本設計'77の中では、5つの案について比較検討を行っています。

A案は「ブールバール方式」とし、車道を道路の中央部に寄せ、自転車道、歩道および植栽等を含めた環境施設帯を道路の両側になるべく広く均等に確保しようとする案です。

B案は「パークウェイ方式」とし、原則として車道を道路の片側に不自然にならないように寄せ、これによって生み出された余空間を広域サイクリングロードを含んだ環境施設帯として確保しようとする案です。

C案は「リザーブウェイ方式」とし、従来の設計で貧弱とされていた自転車道・歩道および植栽帯を多少豊かにしたほかはほとんど従来どおりで、道路の中央部に余空間としてのリザーブ空間を確保しています。そのうち、リザーブ空間に「広域サイクリングロード」を設置するC-1案、「新交通システム」を導入するC-2案、さらにリザーブ空間を利用し「交差点連続立体化」するC-3案を作成しています。

こうした中、'77案では従来までの複道システム計画についてはC案で一部記述があるものの、全体的に難しいことをにおわせています。また、ここまで南多摩尾根幹線の性格が明確になっていないようにも思えます。

1989年(平成元年)には東京都が「第4種第一級の都市計画道路として整備する」との方針を打ち出し、新住宅市街地開発事業(多摩ニュータウン事業)では稲城の鶴川街道~町田街道間の側道を整備し全区間の供用開始を目指すことになりました。

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その後、1991年(平成3年)には南多摩尾根幹線の都市計画を変更します。地表式(平面構造)であった計画を、唐木田~聖ヶ丘・長峰~向陽台区間は掘割式に、聖ヶ丘~長峰区間は地下式(トンネル式)に、唐木田以西と向陽台以東は地表式に変更するものです。

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東京都はその後、尾根幹線をこの都市計画変更のように着手に向けて動き出しますが、公団等が1993年(平成5年)に刊行した『多摩ニュータウン諏訪・永山地区の活性化方策に関する基本構想検討調査報告書-尾根幹線道路の沿道地域を中心とする“都市更新”試案-』では、複雑な地形での掘割式による事業費が高いことなどを指摘しています。

その後、2001年(平成13年)11月に公表した行政評価では南多摩尾根幹線整備の「抜本的な見直し」と評価され、多大な事業費や長期の事業期間を要するため、事業手法は社会経済状況の変化を踏まえ改めて検討が必要と指摘されています。

その後、2004年(平成16年)7月には「行政評価結果を踏まえた事務事業の見直し状況」を公表し、掘割式を地表式にすることで建設コストを抑えられ、大きな交通混雑も生じず環境基準内に抑えられると結果を出します。東京都は2003年(平成15年)に、都市再生機構は2006年(平成18年)に新住宅市街地開発事業を終了し、多摩ニュータウンの公的な開発は終了することになります。南多摩尾根幹線は道路事業として整備されることになります。

一方、2006年(平成18年)に策定した「多摩地域における都市計画道路の整備方針」いわゆる第3次事業化計画では、南多摩尾根幹線は今後10年で優先的に整備をすべき優先整備路線には位置付けられず、「神奈川県の都市計画道路との接続検討」「概成(暫定2車線)区間の整備形態の検討」が示されます。

2014年(平成26年)5月21日は当時の舛添要一東京都知事が多摩地域を視察。その際、南多摩尾根幹線についても視察をしています。

2014年(平成26年)12月には東京都が「長期ビジョン」を策定し、この中で南多摩尾根幹線は東京都の主要な幹線道路網の一路線に位置付けられます。

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2015年(平成27年)2月には「南多摩尾根幹線の整備方針」を策定。これは暫定2車線区間の南多摩尾根幹線の早期整備を実現するため道路構造の基本的な考え方や今後の整備を定めたもので、基本的な考えとして、
・渋滞の緩和、広域的な幹線道路の機能確保のため、全線4車線とする。
・沿道のアクセスやまちづくりとの一体性などから平面構造とする。
・現在の道路用地を有効活用し、沿道環境に配慮した道路形態とする。
多摩市及び稲城市の市境付近はトンネル構造とし、保全地域に配慮したルートの検討を行う。
ことが掲げられました。

詳しくはこのブログの過去の記事で扱っています。
南多摩尾根幹線 整備方針を策定 平面4車線化へはずみ?

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整備方針では、1991年(平成3年)に掘割式として都市計画変更した区間を地表式に都市計画変更し、若葉台・連光寺地区はトンネル構造とすることとしています。なおトンネル区間は連光寺・若葉台里山保全地域に指定(2014年11月14日指定)されているため、これに配慮したルート検討を行うことにしています。

また、従来より地表式で都市計画決定していた唐木田以西については準備ができ次第工事に着手する方針となりました。このため、唐木田大橋については2016年1月ごろ(?)に車線を引き直し4車線化し、大妻女子大~ぐりーんうぉーく前の交差点間(唐木田区間)は2017年(平成29年)から準備工事に着手、同年10月から本体工事に着手しました。

2016年(平成28年)3月に策定された「東京における都市計画道路の整備方針」いわゆる「第4次事業化計画」では,南多摩尾根幹線は優先整備路線に選定されます。その後、12月に策定された「都民ファーストでつくる『新しい東京』~2020年に向けた実行プラン」では南多摩尾根幹線の整備を推進し多摩ニュータウンの魅力を向上することなどが示されています。

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2017年(平成29年)10月~11月には、都市計画変更を予定していた区間のうち多摩東公園交差点多摩市総合福祉センター前交差点間で事業に着手するため、都市計画変更の手続きである都市計画変更素案を公表、環境影響評価の手続きである「特例環境配慮書」を告示・縦覧に供しました。

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この区間は計画段階環境影響評価の対象となったことから、鶴牧区間諏訪・永山区間で複数案を作成しています。今後環境影響評価の手続きによりそれぞれ1つに絞り環境影響評価書を作成、同時に都市計画変更の案を告示縦覧に供し、都市計画決定。その後工事に着手することとしています。
詳しくは当ブログで記事にする予定です。

(2017年11月現在はここまで)
現在の状況

現在の尾根幹線について西側から東側に向けてざっと見ていきます。特筆がない限り東側に向けて撮影しています。もっと詳しい現況は別に記事にしたいと思います。

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▲南多摩尾根幹線の西端から

南多摩尾根幹線の西端の町田街道から撮影しています。ここから多摩境通りに向かって小山沼陸橋をぐっと登っていきます。

この区間は1995年(平成7年)に着手し、2014年(平成26円)11月9日に開通しました。本線部分は4車線ですが、自転車等は通行できず側道を通る必要があります。

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▲相模原方面への延伸を待つ

南多摩尾根幹線は相模原方面へ新たに都市計画道路を決定し延伸する計画があります(仮称:町田3・3・50号小山宮下線)。この先、境川を越えて相模原市に入りますが、相模原市方面でも相模原3・5・3号宮下横山台線を延伸・拡幅する計画です。2017円(平成29年)11月には都市計画決定のための説明会が行われる予定だそうです。

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▲小山長池トンネル

多摩境通りを越えると小山長池トンネルをくぐります。このトンネルの上には「戦車道」で知られる尾根緑道があります。


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▲清水入陸橋

小山長池トンネルを抜けると4車線の広い道路がしばらく続きます。途中、南多摩斎場入口交差点清水入陸橋による立体交差となっています。この陸橋は2005年(平成17年)7月7日に開通しました。同時に小山長池トンネルの車線数も増やされたようです。尾根幹線で唯一の交差点の立体交差になっています。


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▲長池上小山田陸橋から

途中、この付近には旧道が残っています。この写真は旧道の長池上小山田陸橋から撮影したものです。

旧道には米軍の由木通信所がありましたが、2016年7月1日に変換され、現在では通信設備だけが残されています。通信所が変化された現在となっては旧道はほとんど用なしの状態です。
旧道については別に記事にしています。
尾根幹 長池公園脇の旧道

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▲ぐりーんうぉーく前の交差点

ここから稲城方面にかけてはほとんどが2車線となります。この交差点は直進車線が2つあるにもかかわらず、受ける側がすぐに1車線に減少するため合流時に渋滞がしばしば発生します。ここから先、大妻女子大付近までは「唐木田工区」として2017年(平成29年)10月から4車線化に向けた拡幅の本体工事が始まっています。
南多摩尾根幹線 唐木田工区着手へ現況

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▲唐木田大橋

しばらく進むと唐木田大橋を越えます。唐木田大橋は小田急多摩線を越える跨線橋で、この下に小田急多摩線とその車庫があります。上下線が分離された橋でかつては1車線ずつの通行帯でしたが、2016年(平成28年)初頭前後に区画線が引き直され片側2車線になりました。

現在は暫定的にすぎないため、稲城方面は橋を渡ってすぐの多摩市総合福祉センター前交差点で左側車線が左折専用になっていたり、相模原方面は右側車線が消滅したりと、その効果は発揮できていない状況にあります。現在は車線についての予告がないため、知っているドライバーは準備して走行していますが、知らないドライバーはトラップに引っかかっています。

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▲多摩市総合福祉センター前交差点

唐木田大橋を渡り終えると多摩市総合福祉センター前交差点に差し掛かります。奥に見える建物が福祉センターで、アクアブルーという屋内プールは多摩市民だけでなく周辺の人に人気のある施設です。

ここから先、稲城市方面にかけては広い中央分離帯を有する片側1車線の道路が続きます。「歴史」の項目でも書いたように、中央部分に本線を立体的に建設する予定でしたが、結局建設されないまま計画を凍結し、平面4車線で建設する方針になっています。

そのうち、ここから多摩市の多摩東公園交差点までは、2017年(平成29年)現在都市計画変更に向けた関連手続きを実施中です。

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▲多摩市鶴牧のY字橋から

多摩市鶴牧のY字の形をした歩道橋から撮影しています。ここから多摩南野交差点付近まで、上下線で高低差のある作りとなっています。このことから、今後平面4車線で建設する場合もそれなりの制約が生まれるため、2017年(平成29年)10月現在、2つの案をつくって比較検討を行っています。

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ちなみに、1991年(平成3年)に都市計画変更した際の環境アセスメントでの完成予想図はこんな感じです。


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▲一本杉橋から

一本杉公園に隣接する遊歩道「一本杉橋」から撮影したものです。

多摩南野交差点から多摩卸売市場前交差点付近までは上下線にさほど高低差は無く単調な道路が続きます。今後の都市計画変更でも上下線の高さがそろった平面で建設される方針です。

中央部の大きな中央分離帯は工事用車両の停車場所として使われることもあり、見に行った現在この場所では一本杉橋の改修の関係車両が使用していました。昔はもっと残土があった気がするのですが、徐々に減らしているのでしょうか。

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▲多摩卸売市場前交差点

鎌倉街道と交差する多摩卸売市場前交差点です。写真の右側奥に1983年(昭和58年)に開場した東京都の多摩ニュータウン市場があります。取扱量としては少ない方です。この市場の建設に当たっても、ニュータウンに入居した周辺住民から反対の声があったようですね。

この交差点は南多摩尾根幹線鎌倉街道をオーバーパスで越える立体交差点として都市計画変更される予定です。

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▲対面2車線になる

永山区間では対面通行の2車線になります。これは「歴史」の項でも書いたように住民の反対運動があったからで、諏訪・永山団地に近い北側を遊歩道として開放し、自動車が走る部分は南側に寄せる形になっています。このあたりでも上下線で高低差があり、都市計画変更の手続きの中で2つの案を作成し比較検討を行っています。

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▲諏訪・永山地区の団地と遊歩道

諏訪・永山地区は多摩ニュータウンでも初期に入居が始まった地区で、反対運動もあった地区ですが、南多摩尾根幹線から住宅地までの距離が他の地区に比べて近いのも特徴です。この地区では段階的に団地の建て替えも進行しています。

こうした中、2016年(平成28年)3月に多摩市が公表した『多摩ニュータウン再生方針』では、「広域的な視点で、次世代を見据えた産業・業務、商業機能の誘致や育成を図り、多摩ニュータウンにおける新たな付加価値を創造する場としていきます。」としており、今後周辺環境が変化することも考えられますね。

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▲エコプラザ付近のS字カーブ

対面通行になっているエコプラザ多摩前交差点の西側ではS字を書くように蛇行した道路状況になっています。

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これはこの付近で南多摩尾根幹線の都市計画線に川崎市がかかっているためで、これを迂回し川崎市に入らないようにしています。都市計画線がはみ出たりすることは珍しいことではないと思いますが、当時の公団などが行政境の変更や都市計画線の変更も検討しましたが、結局そのまま多摩ニュータウン事業は終了し東京都に引き継がれています。

今度の都市計画変更でもこの線形は変更せず、川崎市にはみ出して南多摩尾根幹線は建設される計画です。この部分には「よこやまの道」と呼ばれる遊歩道があるため、建設にあたってはそのルートの変更等が生じる予定です。

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▲多摩東公園交差点

その後、諏訪・永山区間を抜けると再び広い中央分離帯が現れ、片側1車線ずつの道路になり、多摩東公園交差点に差し掛かります。この交差点は土曜・日曜を中心に横切る道路などがしばしば渋滞していて、南多摩尾根幹線の都市計画変更素案及び特例環境配慮書の説明会で配布されたパンフレットの図では、平日最大980mの渋滞が発生しているとしています。ただ、今度の都市計画変更では平面交差になる計画です。

右に見えるのは永山中継局というデジタルテレビの中継局で、2010年(平成22年)に開局しました。これとほぼ同時に多摩南野にあった多摩中継局がなくなっています。この中継局の足元には都道137号線が通っていますが、南多摩尾根幹線を陸橋で越えていき直接接続しません。

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▲2車線の区間(若葉台)

多摩市から稲城市に入ると対面通行の広めの2車線道路になります。都市計画道路としてはこの道路の北側、多摩カントリークラブの方にあり、トンネルで建設される計画です。


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▲長峰区間、多摩カントリークラブ前付近から

稲城市長峰の杜の一番街の付近で再び広大な中央分離帯のある道路になります。この付近の幅員は58mでかなり広いものとなっています。この付近の標高は115mほどで、この先稲城駅付近の標高40mまで一気に下っていきます。眺めがよく都心の高層ビル群や、東京スカイツリー、東京タワーも見ることができます。

この写真の奥に遊歩道の「くじら橋」があります。その手前の交差点「稲城中央公園交差点」の手前の数十メートルは計画道路幅の半分が多摩ニュータウンの事業範囲ではなく、稲城方面行き道路は事業範囲から出ないように迂回する形でS字カーブを描いていましたが、2012年春ごろ(?)に直線的に直されています。

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▲くじら橋から

くじら橋からの景色もこんな感じです。もともとここは稲城駅方面から続く竪谷戸があり、多摩ニュータウン開発で大きく盛土されています。もうそんな面影はありません。


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▲竪谷戸大橋

竪谷戸大橋ではJR武蔵野線(貨物線)を越えます。この部分の武蔵野線は多摩ニュータウンの都市計画決定以前の1965年(昭和40年)6月に事業化し、1967年(昭和42年)10月にこの付近の工事に着手しています。

多摩ニュータウン開発以前はこの付近は谷戸であったため、当初の計画では武蔵野線は谷戸に盛土をして谷戸を横切る計画でした。その後、南多摩尾根幹線が計画決定され、武蔵野線は橋梁で谷戸を横切るように計画が変更されています。このときの計画では、南多摩尾根幹線は武蔵野線の橋梁のをくぐる予定でした。

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▲竪谷戸大橋の下に武蔵野線の橋梁がある

その後、多摩ニュータウンの計画が進み向陽台地区の土量の調整を図る必要があることから、南多摩尾根幹線は武蔵野線のを跨ぐ計画に変更されています。

1985年(昭和60年)の運輸政策審議会答申第7号の整備計画で武蔵野線(武蔵野南線)の旅客化が盛り込まれ、当時の公団も向陽台地区に新駅を設置する検討を行っています。この旅客化と尾根幹の変更などを契機に、武蔵野線に蓋をかけてトンネル化することも検討されましたが、旅客化の計画はなくなり、JRもすでに運行していた列車への影響などから蓋掛けを承諾せず、そのままの状態で現在に至っています。

この竪谷戸大橋2006年(平成18年)2月1日に交通開放されました。武蔵野線の下の部分が当時の地面レベルであり、周辺は相当盛土されているのがわかりますね。

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▲川北下地区

竪谷戸大橋の東側から鶴川街道にかけての川北下地区は、2007年(平成19年)4月14日に交通開放されました。当初この地区は土地区画整理事業で整備する計画でしたが、その後道路は東京都が都道として整備しました。この開通により、鶴川街道から町田街道まで繋がることになりました。

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▲稲城福祉センター前交差点

この交差点で鶴川街道にぶつかります。都市計画道路としての南多摩尾根幹線はこの先矢野口まで多摩川まで続きますが、愛称としての南多摩尾根幹線道路はここで終了し、町田方面から来た鶴川街道に名前を譲ります。


今後のこと
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唐木田区間については現在は2017年(平成29年)10月から2019年(平成31年)2月下旬までの予定で本体工事が行われています。数年後には4車線として通れることでしょう。


聖ヶ丘五丁目~南野三丁目間は今後、都市計画変更と環境影響評価の手続きを終了後、事業の認可を得て順次着手していく予定です。工事は3つの工区に分けられ、早いところでは2019年度(平成31年度)から工事に着手する計画です。

稲城市区間についてはトンネル区間のルートの検討を行っており、今後手続きを進めていくことになります。

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相模原方面については新たな都市計画道路の設定に向けて準備を進めています。


参考資料
・おねかんニュース
・稲城市議会議会録
・多摩市議会議会録
・東京都議会議会録
・多摩ニュ-タウン開発計画1965報告書 昭和41年  日本住宅公団
・多摩ニュータウン尾根幹線道路基本設計調査報告書 昭和44年4月 日本住宅公団南多摩開発局
・多摩ニュータウン尾根幹線道路基本設計’77調査報告書 昭和52年2月 Y.C.E.設計事務所
・南多摩尾根幹線環境影響調査 報告書 平成5年7月 東京都多摩都市整備本部
・多摩ニュータウン諏訪・永山地区の活性化方策に関する基本構想検討調査報告書-尾根幹線道路の沿道地域を中心とする“都市更新”試案- 平成5年10月 住宅・都市整備公団南多摩開発局
・多摩市史 資料編4 平成10年 多摩市
・多摩ニュータウン開発事業誌-通史編- 平成18年3月 都市再生機構東日本支社多摩事業本部
・多摩ニュータウン開発事業誌-市域編-1 平成20年3月 都市再生機構東日本支社ニュータウン業務部
・多摩ニュータウン開発事業誌-市域編-2 平成20年3月 都市再生機構東日本支社ニュータウン業務部
・稲城市都市計画図 平成24年3月 稲城市
・南多摩尾根幹線の整備方針 平成27年2月 東京都都市整備局
・多摩市都市計画図 平成27年3月 多摩市
・多摩ニュータウン再生方針 平成28年3月 多摩市
・多摩都市計画道路3・1・6号南多摩尾根幹線(多摩市聖ヶ丘五丁目~南野三丁目間)建設事業 特例環境配慮書 平成29年10月 東京都
・都市計画変更素案及び特例環境配慮書のあらまし 多摩都市計画道路3・1・6号南多摩尾根幹線(多摩市聖ヶ丘五丁目~南野三丁目間)パンフレット 平成29年10月 東京都
※このブログは2017年11月17日現在のものです。
by yunomi-chawan1 | 2017-11-18 00:00 | 道路計画や開通など | Comments(4)

町田市の独自水源を探す

~町田市の水道~

私たちが普段飲む水道は浄水場できれいになった水が水道管を通って蛇口から出てくる。

東京都では一部の市町村(羽村市や昭島市)を除いて東京都水道局が管理運営していて、水道局HPによると約78%が利根川・荒川水系、約19%が多摩川水系と、約97%がこれらの河川で賄われている。

残りの3%ほどは狛江市や世田谷区の一部などで相模川水系が使われていたり、地下水の汲み上げによるものとなっている。

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町田市では北部で東村山や小作おざくといった多摩川水系の浄水場の水が来ていて、南部ではそれに加えて三園や三郷といった利根川や荒川水系の水も来ているそうだ。(工事の事情などにより変わることがある)

東日本大震災で金町浄水場で放射性物質が検出されたときに、そこから町田市にも配水されているとニュースでやっていて少し驚いた記憶がある。


~浄水所を探せ~

そんな町田市だが、市内に3ヵ所だけ水道独自水源の浄水所があるそうあので探していってみることにした。市議会録によると、市内の独自水源の割合も約3%とのこと。

ちなみに、東京都では「浄水」と「浄水」を使い分けているので注意。

「浄水」は処理能力100,000m3以上の施設、「浄水」は処理能力100,000m3未満の施設を言う。豆知識。

※浄水所については防災拠点になっていて検索にも出てくるので詳細な場所も記載するが、水源については安全性と保安の観点から控えさせていただく。

滝の沢たきのさわ浄水所
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おそらく市内では一番知られている浄水所で町田市民病院の裏側にある。

この浄水所ではこの近辺のいくつかの水源から汲み上げた水を浄水して飲料水として供給されている。

町田街道のバス停に「浄水場前」「滝の沢」があったりする。実際の滝の沢は浄水所より500mほど北側の谷戸のあたりをいうらしい。2012年4月から町田市内の上水事業はすべて東京都に移管された。それ以前の町田市の資料などでは「滝の沢浄水」となっているものが多いので、バス停の名前はそれの名残なのかもしれない。

施設の規模から、町田市の3か所ある浄水所の中では一番大きいと思われる。3つの浄水所も含めて災害時の防災拠点になっていて、災害時には浄水所から飲み水が提供されることになっている。

原町田はらまちだ浄水所
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原町田にある浄水所で、芹ヶ谷公園の南側にある。滝の沢浄水所ほど大きくはないが、そこそこの大きさはある浄水所だ。

敷地の外から見えた浄水器のような設備には2000立方メートル/日と書かれていた。

野津田のづた浄水所
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町田薬師池公園 四季彩の森 薬師池の南側にある浄水所。おそらく市内にある浄水所の中で一番規模が小さく、設備もこれだけのようだ。

隣接する公園は町田市を代表する公園で、町田市の原動機付自転車のご当地ナンバーのデザインにもなっている。町田市内を散歩する番組でもよく出てくる(他にないのか・・・)。

名前になっている野津田というのは地名だが、野津田公園の方も野津田なのでかなり広い。なお、この浄水所の狭い道路を挟んで向かい側は金井町(2017年現在/将来変更計画中)だ。

~水源を探せ~

町田市内の水源と水道事業が東京都水道局に一元化される直前では、町田市議会録などによると5か所の水源があったようだ。いずれも東京都水道局に移管されたらしい。

木曽一号水源
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市内某所の水源。近くには湧水が出る水源地があり、比較的水の量は豊富な場所にあるようだ。

水源設備は円形の建物からできていて、周りは高いフェンスでしっかりと保護されていた。水の音などは聞こえず、知らずにいると通り過ぎてしまうような設備だった。


木曽二号水源
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こちらは木曽二号水源。探すのに大分苦労した。

水源設備は道路から離れていて、かつ道路より一段標高が高い場所にあるのでよく見ることはできない。四角い建物で、こちらも高いフェンスで囲まれていた。


本町田一号水源
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こちらは市内某所の本町田一号水源。目立つところにある。

四角い建物であるが、大きさは木曽一号、二号と比べると小さめである。こちらも高い柵でしっかりと覆われていた。


本町田二号水源
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住宅の間に挟まれてある水源。水源設備は見えないが地下ではなく、階段を下りた場所にあるようだ。

敷地には駐車スペースが1台分あり、これらも含めて高いフェンスで覆われていた。


原町田水源
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非常にじめじめした場所にある水源。水源設備以外の場所でも多量の水が湧き出している。

水源設備は丸型で、おそらく5か所の中で一番大きいのではないかと思われる。この写真はフェンス越しに撮影しているが、フェンスで囲まれた面積も広い。地面も草で覆われていて、水源らしい場所であった。

実はこの記事を書き始めてから公開するまでに4か月近く費やした。身近な場所に飲み水になる水源地があることを知って、水源地や地下水の保護等、水を大切に使っていきたい。


by yunomi-chawan1 | 2017-07-30 00:00 | 散策 | Comments(0)

相原南北線・相原大沢線 進捗状況2017夏

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町田市の相原駅と相模原市の相原台を結ぶ、町田都市計画道路第3・4・49号相原南北線相模原都市計画道路第3・4・17号相原大沢線の建設状況を見てきました。

この道路は町田市と相模原市によって事業が進められているもので、途中の境川より北側が町田市、南側が相模原市が施行します。

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事業区間の町田市側より相原駅方面を見ています。

信号で交差する道路が町田街道で、その先に行くと相原駅に到達します。相原駅西口の道路は2016年春に供用開始され、町田街道上にあった相原バス停は駅西口のロータリーに移設されました。

以前は、ここより北側にずっと抜け、八王子みなみ野まで通す計画で事業予定区間にも入っていましたが、現在は事業予定から外れています。

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事業区間の町田市側より相模原方面を見ています。

既に整備が完了した片側2車線の道路はここで狭くなり、1車線強の道路になります。この写真のすぐ奥で境川を超えることになり、そこから先は相模原市に入ります。町田市側はおおむね用地取得が完了しているように見ました。


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相模原市内の、事業区間のほぼ中間地点です。

相模原市内では思ったほど用地取得が進んでいないように見ました。

町田市と相模原市では、両市を行き来する道路の計画が複数ありますが(多摩ニュータウン通り延伸、南多摩尾根幹線道路の延伸(計画)、相模原駅南北道路の都市計画決定(計画)など)、この道路もその一つです。

橋本・相原周辺は横浜線や国道16号線を中心に渋滞が激しいイメージがあります。ただし、ここに来たときはそれほどでもありませんでした。町田街道の横浜線との踏切部分は、現在立体交差化に向けて事業が進められていて、完成すればこの道路も含めて東西南北の動線が増えることになりそうですね。

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相模原市側の事業端から町田市方面を見ています。

ここは以前は当麻田小学校入口交差点があった場所です。元橋本方面に抜ける道路(相原元橋本立体)が2015年春に開通したことにより、交差点の形状が変更になりここにあった信号機も廃止されました。

相原元橋本立体は、城山方面から橋本駅北口方面に横浜線と立体交差で抜けられる道路で、交通量は多めでした。走ったことがありますが、国道16号の信号でどうしても引っかかるんですよね。しょうがない。


by yunomi-chawan1 | 2017-07-25 14:30 | 道路計画や開通など | Comments(2)

6月10日の小ネタ

6月10日のサイクリングで見つけた、単独で記事にするほどでもない小さなネタ―小ネタ―をまとめて記事にしました。

久しぶりの角形信号機
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川崎市多摩区の登戸交差点、角形信号機が残っていました。見るのは久しぶり。

都内の信号機は歩行者用も含めてほとんどLEDになってしまいましたが、神奈川県内は電球式も多く残っていて、ここのように角形も一部で残っているようです。


40高中?
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川崎市の長沢浄水所南側の市道。ここに「40高中」の痕跡が残っていました。

1992年(平成4年)に高速車と中速車で分けた速度制限が廃止され、「高中」の標示はほぼ絶滅しているそうです。舗装を打ち換えずに当時の標示だけ消したような場所は、このような痕跡が残っているようです。この場所も少なくとも25年は舗装が打ち換えられず残っているのですね。


まだ残っていた木製電柱
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2014年のブログで、川崎市百合丘の15m級木製電柱が4本連続で残っていることを書きましたが、それが今でも残っているのか見に行きました。当時のブログ→こちら

結果、写真の通り残っていました。川崎市内で全面的に街路灯・防犯灯がLED化された関係でこの電柱の防犯灯もLEDに交換されています。それにしても、なぜここだけ4本連続で木製電柱が残っているのでしょうかね?

王禅寺付近
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川崎市王禅寺の「王禅寺見晴し公園」からの景色。公園自体はポケットパークほどのごくごく小さいものですが、尾根筋から見える景色が最高です。丹沢の山々もよく見えます。

この景色、一時期小田急バスのホームページのトップで使われていたりしました。最近はあまり見かけなくなりましたが、吉幾三さんが出演する新日本ハウスのCM-坂道編-はこの下でロケが行われ、最後のカットの景色がここでした。吉幾三さんが「住み慣れた我が家に~♪」と歌うあのCMです。YouTubeに動画があったのでリンクを貼っておきます[ここ]。

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王禅寺見晴し公園の下に広がる住宅街に「とまれ」の標識が連続する道路があります。200mほどの間に8か所。一時期ネットで話題になった群馬県の14か所(13か所)には及びませんが、それでもかなり多いですね。

実際に走ってみたので動画で載せておきます。(スマホではレイアウトが崩れる場合があります。動画URLはこちら。)

西谷戸横穴墓群
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町田市の三輪緑山にあります。名前の通り7世紀ごろのお墓で、麻生地域も含めて近辺で100基ほど見つかっているうちの9基がこの西谷戸横穴墓群です。東京都指定の史跡にもなっていて、昨年整備が施され写真のように白く被膜がされています。

この西谷戸横穴墓群は、三輪緑山開発(三輪土地区画整理事業)の遺跡発掘調査で見つかったようです。整備によってちょっと景観が悪くなってしまったような感じもします。

鶴川周辺や成瀬等でも結構土器とかが見つかっており、先人の痕跡が出てくるのは興味深いです。中学生の頃の町田出身の先生が「開発前の成瀬は畑に普通に土器のかけらが落ちていた」と言っていたな・・・と思い出しました。

参考:三輪・能ヶ谷の横穴墓群/町田市ホームページ


by yunomi-chawan1 | 2017-06-21 00:00 | ブログ | Comments(0)

町田3・3・36号相原鶴間線(新町田街道) 旭町陸橋 進捗2017春

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木曽団地南交差点~町田市民病院間で行われている、町田3・3・36号相原鶴間線(新町田街道)の建設状況を見てきました。新町田街道というのは一般的に呼ばれているもので、正式名称ではないようです(町田バイパスとも)。

この町田都市計画道路3・3・36号相原鶴間線町田市相原町と町田市鶴間(南町田)を結ぶ約18.1kmの都市計画道路で、「多摩地域の骨格を形成する主要な幹線街路」と位置付けられています。

町田市の相原町~常盤町は既存の町田街道を拡幅する計画で、常盤町~南町田は一部を除き町田街道と並行するように道路が計画されています。全体的に完成には程遠い状況ですが、東京都が平成28年3月に公表した「東京における都市計画道路の整備方針(第四次事業化計画)」においては、ほぼ全線で10年以内に着手する優先整備路線に位置付けられています。

このうちのこの事業は、木曽団地南交差点~町田市民病院間延長約800m。計画幅員は25mで、2車線になる見込みです(都市計画上の計画は4車線)。事業認可の告示は2007年(平成19年)9月6日

この区間が開通すると常盤駐在所北交差点~市民病院まで1つでつながり、町田街道のバイパスとしての機能が発揮されそうです。なお、多摩モノレールはこの道路上につくられる構想がありますが、まだ都市計画決定もされていないので工事も行われていません。

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工事東の橋の「町田市民病院東」交差点です。この道路は町田街道で、町田街道は左へカーブしていきます。

道路工事しているのはこの道路の正面の囲いで囲まれた場所で、開通するとこのまま直進して繋がるようになります。


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町田街道から離れると直ぐに谷が現れます。この谷は恩田川の支流による谷戸の一部で、付近では水源地にもなっています。

道路はここを陸橋で超える計画で、2017年春現在、下部工事と橋脚工事が進められています。陸橋の名称は現段階では「旭町陸橋」としてあります。まだ仮称なので変更されるかもしれませんね。

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下から見ると高低差があるのがよくわかりますね。


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陸橋区間を超えて、木曽団地側へ来ました。用地取得は一部を除いておおむね完了しているようで、工事車両や資材が運び込まれていました。


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木曽団地南交差点~1本奥の道までは歩行者用通路が暫定的に整備されています。車道も半分ほど舗装されていますが、これも暫定的なものになっていました。


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木曽団地南交差点から既開通区間を見ます。この道は2007年(平成19年)10月に開通しました。工事中の区間もこれに準じた構造になるのではないかと思います。

写真には写っていませんが、この交差点の角には多摩モノレールの延伸の機運を高めるために設置された横断幕があります。多摩モノレールは果たしてできるのか、気になるところです。



by yunomi-chawan1 | 2017-04-24 08:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

鶴川駅周辺再整備へ準備が進む

小田急線鶴川駅の周辺整備へ方針がまとまってきたようです。


パソコン版での閲覧をおすすめします。




鶴川駅の現状

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▲鶴川駅のメイン玄関「北口」

鶴川駅は小田急小田原線の新百合ヶ丘駅と町田駅の中間の町田市内に位置する駅です。
1927年(昭和2年)の小田急線開業と同時に駅が開設され、今日まで至っています。

1日の乗降者数は約6万9000人で 各駅停車準急が停車し、小田急で急行が通過する駅の中では最も利用数が多い駅です。町田市の東側の駅として市内の東側のバスが多く発着しています。

近隣には鶴川団地や三輪緑山住宅、鶴川台住宅(鶴川第二団地)、千都の杜ややくし台など、大規模な住宅地が存在する他、国士舘大学町田キャンパスや和光大学など、学生も多くこの駅を利用しています。

駅には北口と南口があります。南口は1番ホーム(小田原方面ホーム)の小田原側の端にあり、無人です。

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▲駅周辺簡易図

駅の南側に鶴見川が流れ、おおむね川より南側は川崎市麻生区岡上地区となっています。岡上地区は川崎市の飛び地です。

交通拠点となる施設は駅北側のみにあり、改札口東側にタクシーやバスが乗り入れるロータリー、西側にタクシーのみが停留するタクシープールがあります。

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▲バスロータリー

駅のメインとなる広場です。バス乗り場が0番~4番まであり、それぞれ数分おきにバスが出発します。タクシー乗り場もあります。(バス停は5番乗り場まであるが、5番乗り場は鶴川街道上にある。)
ロータリーには一般車も乗り入れることができます。

ロータリーの隣には小田急マルシェの平面駐車場があります。この駐車場では貸し切って毎年能ヶ谷町内会の祭りが行われています。

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▲改札西側のタクシープール

タクシーが客待ちをする場所です。晴れている平日はバスロータリー側に行くのか、待機するタクシーは少な目です。
中央の部分を除けば一般車も入ることができますが、待機スペースはありません。

鶴川駅の交通の中心はバスロータリーができるまでこのあたりにありました。のちの区画整理等で現在の形になっています。

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▲駅南側地区(鶴川インペリアルビル鶴川医療フロア5階より撮影)

南側は住宅や農地があります。川崎市の岡上地区は多くの地域で岡上農営団地となっていて、畑が多く見られます。

マスタープランの位置づけ

町田市のマスタープランでは鶴川駅周辺を副次核としてさらなる魅力づくりとして以下のように定めています(抜粋)。

  • 鶴川駅周辺は、川崎市、横浜市などの市外も含めた一帯の拠点として、商業、業務、文化などの機能を引き続き誘導し、副次核としてのさらなる魅力づくりを進めます。
  • 駅東側の交通広場では、交通渋滞を緩和し、駅の交通利便性の向上を図るため、機能の拡充を検討していきます。
  • 駅南側では、周辺の住宅やみどり豊かな環境に配慮しながら、土地区画整理事業の再検討や新たな整備手法の検討を視野に入れ、交通広場や川崎市の岡上につながる道路などの基盤整備を進めるとともに、駅南北の連絡性を高めるなど、交通結節点としての機能を強化していきます。
  • 鶴川駅が玄関口を担う北部の丘陵域、鶴見川や真光寺川、代官屋敷や香山園などの周辺に豊富にある自然・歴史・文化資源を活かしながら、和光大学ポプリホール鶴川(鶴川緑の交流館)を中心とした文化・交流の場を創出していきます。また、地域住民などとともにそうした資源の情報案内サービスの充実を図り、駅前の情報発信機能を強化していきます。

駅利用者アンケート

2015年6月に実施した駅利用者アンケートによると、「駅前広場の利便性・快適性向上に必要なもの」として1番に「雨に濡れないで乗り換えができる」となっています。
そのほか、「『駅周辺』の利便性・快適性の向上に必要なもの」の1番に「駅の南北を結ぶ自由通路」、「『鶴川駅』の利便性・快適性向上に必要なもの」の1番に「エスカレータの設置」が挙げられています。

これまでの駅前整備

現在の北口はそれなりに整備されていますが、10数年前まで鶴川街道も狭く、ごちゃごちゃしていました。

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町田市では1968年(昭和43年)9月30日町田都市計画鶴川駅前土地区画整理事業(約15.8ha)を都市計画決定します。これは上図の薄い桃色の範囲全域です。

そののち、1980年(昭和55年)6月27日に、1968年に都市計画決定した範囲内の東側の約2.8haで、鶴川駅前土地区画整理事業の事業が認可され施行され、1982年(昭和57年)7月7日に換地処分されました。図の緑色の範囲です。
これによってバスロータリーなどが整備されています。

そのまたのちの、1992年(平成4年)7月23日に西側の地区で鶴川駅北土地区画整理事業(約5.9ha)の事業が認可。15年の歳月をかけて、2007年(平成19年)3月30日に換地処分されました。図の紫色の範囲。

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なお、1968年に都市計画決定された区域でも、北側の一部地域と、小田急線より南側の地域ではまだ土地区画整理事業が実施されていません。
今回土地区画整理事業への準備が進んでいるのは小田急線より南側の地区となっています。


南口再整備に向けての準備

町田市のホームページによると、町田市では2010年より、駅南側の整備に向けて準備を進めているそうです。

とりわけ、2011年10月14日には第1回街づくり検討会を実施。それから2016年現在でも定期的に検討会を進めていて、2016年2月27日には第23回の検討会が行われています

第23回検討会の市のホームページ資料によると、地権者アンケートと個別ヒアリングの結果、全体の85パーセントの方が理解を示し、理解が得られたとしています。

整備の方法等
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南口の整備は、鶴川1号踏切(ミスタードーナツ前)の道を境に、東西に2つに分けて検討しているそうです。
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東側エリア

2013年策定の鶴川駅南側街づくりビジョンによると、東側エリアは『水と緑を望む便利な街-駅前らしい拠点の形成-』として、駅前有効活用エリアとして位置付けられています。

土地区画整理事業により整備を進めるエリア。
駅の南側に駅前広場を整備し、駅前広場へ連絡する道路は、

  • 真光寺長津田線ルート案
  • 川井田人道橋ルート案
を主として検討するそうです。

真光寺長津田線ルートは、駅前広場から線路沿いに進み、県道139号真光寺長津田線の下を側道のように進み、鶴見川を渡って真光寺長津田線に接続するものだそうです。都県境があるため、町田市域は真光寺長津田線の手前までで、そこから先は川崎市になります。

町田市議会2016年(平成28年)第2回定例会によると、このルートでは宝殿橋(岡上跨線橋下の橋)の架け替えと橋の新設が必要になるそうです。また、本村橋を経由するルートも検討されているそうです。

このほか、川井田人道橋を拡幅し、岡上地域とつなぐルートも検討されているそうです。

いずれについても、今後の協議で決まっていくようです。

東側は区画整理事業での事業化に向けて、減歩を下げることを目的とした用地の先行取得も進められています。
町田市では、2016年度に土地区画整理準備会を立ち上げ、2018年度の土地区画整理の認可を目指しているそうです。
また、土地区画整理事業での面的な整備に合わせて地区計画等のルールを検討するそうです。

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▲鶴川駅南側の街並み。ちなみにこの道は都道139号線の支線として指定されている。

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▲鶴川駅南側の風景。将来このあたりに駅前広場を造る計画。

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▲岡上跨線橋。ここに側道を整備し駅へのアクセス路とする計画がある。

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▲一部では市による用地の先行買収が行われている。

西側エリア

2013年策定の鶴川駅南側街づくりビジョンによると、東側エリアは『水と緑に触れられる住む人に優しい街-より快適な環境の向上-』として、住環境向上エリアに位置付けられています。

西側エリアは道路整備事業により既存の細い道路を拡幅する計画です。区域内は人が1人歩けるほどの幅の道路があり、道路の拡幅とともに下水道も整備が検討されてそうです。また、土地区画整理区域外の市道鶴川203号線は、生活道路整備事業として整備が検討されているそうです。
拡幅幅は4mないし6mとするそうで、これから詳細な検討に入るようです。(幅4mは建築基準法上の最低幅)

西側地域も2016年度(平成28年度)は地区計画等の街のルールを定めていきたいとしています(2回定例会)


川崎市との協議

町田市としては駅前広場へのアクセスルートの建設には隣接する川崎市との連携が重要です。

2015年(平成27年)12月の川崎市の定例議会において、

『同地区(岡上地区)につきましては、今後の鶴川駅南口のまちづくりの検討の進展に応じ、町田市との協力体制の充実を図るとともに、地域の方々の御意見も十分にお伺いしながら、同市と連携したまちづくりに取り組んでまいりたい』
と川崎市の副市長が答弁していて、このことについて町田市議会2016年(平成28年)第2回定例会の町田市長の答弁では、
川崎の市議会でも前向きに取り上げられているというのは、鶴川駅南口の街づくりにとっても良い方向であるという風に期待をしております。
としています。

町田市同定例会によると、川崎市との協議は川崎市の建設緑政局と2013年度から駅南口へのアクセス路について協議を重ねたほか、両市で毎年行っている川崎町田連絡調整会議でも鶴川駅周辺街づくりについて協議をしているそうです。

川崎市域との連携については2014年1月に岡上地区の2つ町内会へのアンケート、2015年6月の駅利用者アンケートで意向をうかがったほか、検討会に岡上町内会長にオブザーバーとして参加していただいたそうです。


北口再編と駅舎改良
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▲鶴川駅周辺再整備基本方針(案)資料より抜粋

鶴川駅周辺は南口整備のほか、北口駅前広場の再編や駅舎改良についても話が進んでいます。

2016年(平成28年)第1回定例会によると、北口駅前広場の再配置については、東側にある駐車場にバス専用の広場を配置することによってタクシー、一般車を分離する駅前広場の計画を基本とし、検討を進めているそうです。

2016年(平成28年)第2回定例会によると、2016年2月19日に開催した小田急電鉄との鶴川駅街づくり連絡会において、駅周辺の再整備の方向性と事業検討を共同で進めることについて基本的合意が得られたとしています。また、2016年5月26日に鶴川駅と鶴川駅周辺の再整備について、町田市と小田急電鉄で共同で円滑に事業を推進することを目的とした鶴川駅及び駅周辺の再整備の推進に関する協定を締結したとしています。

同協定の検討事項として、北口広場の再整備に関する事項南口の新たな駅前整備に関する事項南北自由通路の整備と駅舎改良に関する事項鶴川1号及び2号踏切の改良に関する事項等で、官民連携して鶴川駅周辺整備の事業化をしたいとしています。

2016年度(平成28年度)は、北口広場周辺の現況測量に着手。それをもとに概略設計を進めるとしています。


また、毎年、駐車場で能ヶ谷町内会で夏祭りが開かれることから代替場所等の検討をするとしています。



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▲駅前の駐車場。小田急電鉄系の所有で、駐車スペースが少なくなることも多い。駐車場の周りには駐輪場もあり、時間貸しは満車になることも多い。

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▲駅構内階段。利用客数に見合わない階段が各ホーム1つのみでラッシュ時や列車到着時は混雑する。


[2016/7/3追記] 町田市では7/1~8/1までの間、鶴川駅周辺再整備基本方針(案)の意見を募集中です。詳しくはこちら

長い間話し合いが行われてきましたが、ようやく動き出す形で、今後の動きにも注目したいところです。

参考文献など
小田急電鉄 1日平均乗降人員(2016年6月19日閲覧)
鶴川駅北土地区画整理事業-町田市役所(2016年5月13日閲覧)
鶴川駅周辺の街づくり-町田市役所(2016年6月13日閲覧)
鶴川駅前土地区画整理事業-町田市役所(2016年5月13日閲覧)
鶴川駅南口の街づくり-町田市役所(2016年6月13日閲覧)
川崎市議会 平成27年第5回定例会
町田市議会 平成28年第1回定例会
町田市議会 平成28年第2回定例会



注意:市議会の内容は必ず議会録を参照してください。また、記載のものは2016年6月現在の情報であり、今後の検討状況によって変更等が生じる場合があります。掲載の図は特記のない物は当ブログ管理人によるものであり、正式なものは役所等にお確かめください。


更新履歴
2016/6/14 公開
2016/6/19 乗降者数を2015年度データに更新 (約68000人→約69000人)
2016/7/3 鶴川駅周辺再整備基本方針(案)意見募集について追記2016/8/22 鶴川駅周辺再整備基本方針(案)の図に一部差し替え
by yunomi-chawan1 | 2016-06-14 20:00 | 地域 | Comments(2)

連接バス ツインライナーに乗る

2012年に町田市を走る連接バス「ツインライナー」を取り上げて4年。ようやくツインライナーに乗ることができました。

当時の記事
町田で連接バス(ツインライナー)運行開始!?都内初か。
5月28日町田市で都内初となる連接バス(ツインライナー)運転開始 その記録

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町田バスセンターに停車中のツインライナー。長さ約18メートルの長いバスで、海外製、都内初導入で、4年ほど運転されています。

運転区間は町田バスセンター~山崎団地センターで、最近はJ2の町田ゼルビア試合時に野津田公園まで臨時で運行されています。

このバス自体は何度も見ているのですが、山崎団地センターに用事がないためにいままで乗る機会がありませんでした。

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車内一番後ろの席を確保。電車1両分ほどの長さがあるだけありますね。ドアは3つあります。

バスは急行運転で、途中停留所は一部のみ停車します。ほとんどの客が終点まで乗り通していました。
平日の昼間便で、ツインライナーではない便は普通に運行されているからか、席が埋まることはありませんでした。

後ろ向きの座席と、横向きの座席は人気がないようす。

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海外基準なのか、非常ドアがなく、窓を割るためのハンマーが取り付けられていました。

途中、右折交差点が1箇所ある以外はほぼまっすぐで広い道を走ります。右折時の様子がこちら(下)。
(スマホは横幅がはみ出すかもしれません)

動画リンクhttps://youtu.be/HfoAocJ3dvc

乗り心地としては普通のバスとほとんど変わらない感じ。ただ、最近の新型バスに比べるとうるさいのかなぁ…?という印象も受けました。
椅子が固い…のは少し辛かったです。


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山崎団地センター到着後、折り返しのために待機。
思いの外すんなり曲がっていくのはすごいですね。

このバス、他の地区で試乗会のため出張していたりと、今後他の会社や地区でも導入されそうです。

町田市では「町田市便利なバス計画」を策定していて、市内のバス路線等にも今後変化がありそうです。


by yunomi-chawan1 | 2016-04-10 06:00 | ブログ | Comments(0)

古めかしい大泉寺バス停

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 町田市小山田に小屋を持った古めかしいバス停がある。その名は「大泉寺バス停」という。大泉寺は付近にあるお寺のことだ。この付近は町田市でもあまり開発が進んでいない地区だ。

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 バス停の小屋には手書きの広告がびっしり。
 小屋には「昭和38年4月改修」と書かれている。昭和38年とは1963年のことだから、少なくとも50年以上前に完成した小屋だということがわかる。改修がそれだから、もっと古くからあったのだろう。今でも現役なのが不思議なくらいだ。
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 墨で手書きの広告はどれも味があって美しい。電話番号も今では見かけない表記だったり、いまは使われていない有線番号も書かれている。
 中には昔町田駅付近にあった吉川百貨店まである。吉川百貨店は町田を代表する百貨店だったそうだ。
 調べてみたら、このうち半分くらいが現存している(検索に引っ掛かったもののみ)。

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 そんなこんなしていたらバスが到着(このために5分ほど待った)。

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 この付近の狭い道を塞ぐようにして停車。乗客1人を降ろして出発していった。
 このバス停の小屋はいったい何世代分のバスを見ていったのだろうか。

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 実はこのバス停は片側にしかポールがなく、反対方面行き(町田駅方面)はバス停がない場所で待つように指示されている。この方式が取り入れられてるのも町田市でも珍しく、都内でも少ないのではなかろうか。

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 実はバス停の付近は道路を20mに拡張し、北側へ付け替える工事が行われている。バス停はどうなるのか…現時点でよくわからないが、この小屋の趣はいつまでも残ってほしいと、個人的には感じた。
by yunomi-chawan1 | 2016-03-27 07:30 | 散策 | Comments(0)

狭隘都道155号線 小山田区間

以前のブログの方でも紹介したことがありますが、再び都道155号線を取り上げます。

都道155号町田平山八王子線は町田市の図師大橋交差点から始まり、平山を通って、八王子まで行く一般都道です。町田市内の計画復員は20m、八王子市内は多摩ニュータウン区間では4車線+αのところもあり、幹線道路のようですが、町田市の一部区間は幅2mほどの狭隘道路があるのです。
さらに、車は通れない区間も存在すると言う、バリエーションに富んだ都道です。
(平山区間は幅の広い2車線で開通済みですが、開通以前の旧道(1車線)がまだ都道指定されています。)

a0332275_22553827.jpg
このあたりは多摩ニュータウン区間の都道155号線で、交差点の奥から八王子市、手前が多摩市です。
奥の道が4車線+αの広い幅だと言いたかったのですが、撮影場所間違えましたね。

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そしてこちらが、多摩市区間です。
一応ここも多摩ニュータウンなのですが、端ということもあってか、2008年にようやく開通しました。ここも計画幅員は20mですが、需要もそこまでないためか、半分くらいの幅でしか整備されていません。

a0332275_22583850.jpg
多摩市内はこんな感じの1.5車線が続きます。車通りはほとんどないです。
右の小高い場所がもともとの地面レベルなので、このあたりはかなり削っているんですね。

a0332275_22585319.jpg
そして、丁字路にぶつかります。ここから先は町田市に入ります。
道路計画上はこの先に直進する計画ですが、実現性はかなり低いと思われます。
a0332275_23022751.png
付近の地図はこんな感じ。丁字路に交わる道は町田市道で都道ではないようです。


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そして、丁字路を右へ曲がるとバリケード。幅約2メートル以上は物理的に入らせないようにしています。昔よりバリケードが広がった気がしなくもないのですが。
看板も物々しい明朝体のものがあり、東京都の設置です。

ちなみに右側の空き地は多摩ニュータウン事業として売り出し中。

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そして、再び丁字路にぶつかります。左右に交わるのが再び都道155号線になります。
といっても、右側は車は入れません。

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まずは右側から散策。柵が立っていて四輪車は進めません。これでも一応都道です。

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上の写真のような道が続き、見張らし広場に出ます。さっきの小高い丘の上です。
道はまだ続きますが、都道指定区間はここまでのようです。

この道は、若葉台から続く「よこやまの道」の区間のひとつだそうで、ウォーキングをされてるかたがいました。

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道には東京都の道界がありました。

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さて、狭隘区間です。南の町田市方面へ抜けます。2メートル以上幅の車は法的に入れません。小型車もすれ違いは考える道です。

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左右に柵があります。不法投棄が多いことからこうしていると思われます。

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どこの田舎や!という風景を横目に。

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切通みたいな区間もあって

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谷戸を抜けるコースも出現し

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くねくねっと曲がって

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ゴール

非常に楽しい都道
by yunomi-chawan1 | 2016-03-25 08:55 | 散策 | Comments(0)


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