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京王線 新5000系陸送(6/26)

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6月26日の未明、京王線の新型車両である新5000系2両の陸送が行われました。

2両のうち1両は先頭車両でしたが、白いもので覆われて様子を見ることはできませんでした。

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後日、駅構内の入れ替えも行われていました。


by yunomi-chawan1 | 2017-06-30 13:00 | 鉄道 | Comments(0)

6月10日の小ネタ

6月10日のサイクリングで見つけた、単独で記事にするほどでもない小さなネタ―小ネタ―をまとめて記事にしました。

久しぶりの角形信号機
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川崎市多摩区の登戸交差点、角形信号機が残っていました。見るのは久しぶり。

都内の信号機は歩行者用も含めてほとんどLEDになってしまいましたが、神奈川県内は電球式も多く残っていて、ここのように角形も一部で残っているようです。


40高中?
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川崎市の長沢浄水所南側の市道。ここに「40高中」の痕跡が残っていました。

1992年(平成4年)に高速車と中速車で分けた速度制限が廃止され、「高中」の標示はほぼ絶滅しているそうです。舗装を打ち換えずに当時の標示だけ消したような場所は、このような痕跡が残っているようです。この場所も少なくとも25年は舗装が打ち換えられず残っているのですね。


まだ残っていた木製電柱
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2014年のブログで、川崎市百合丘の15m級木製電柱が4本連続で残っていることを書きましたが、それが今でも残っているのか見に行きました。当時のブログ→こちら

結果、写真の通り残っていました。川崎市内で全面的に街路灯・防犯灯がLED化された関係でこの電柱の防犯灯もLEDに交換されています。それにしても、なぜここだけ4本連続で木製電柱が残っているのでしょうかね?

王禅寺付近
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川崎市王禅寺の「王禅寺見晴し公園」からの景色。公園自体はポケットパークほどのごくごく小さいものですが、尾根筋から見える景色が最高です。丹沢の山々もよく見えます。

この景色、一時期小田急バスのホームページのトップで使われていたりしました。最近はあまり見かけなくなりましたが、吉幾三さんが出演する新日本ハウスのCM-坂道編-はこの下でロケが行われ、最後のカットの景色がここでした。吉幾三さんが「住み慣れた我が家に~♪」と歌うあのCMです。YouTubeに動画があったのでリンクを貼っておきます[ここ]。

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王禅寺見晴し公園の下に広がる住宅街に「とまれ」の標識が連続する道路があります。200mほどの間に8か所。一時期ネットで話題になった群馬県の14か所(13か所)には及びませんが、それでもかなり多いですね。

実際に走ってみたので動画で載せておきます。(スマホではレイアウトが崩れる場合があります。動画URLはこちら。)

西谷戸横穴墓群
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町田市の三輪緑山にあります。名前の通り7世紀ごろのお墓で、麻生地域も含めて近辺で100基ほど見つかっているうちの9基がこの西谷戸横穴墓群です。東京都指定の史跡にもなっていて、昨年整備が施され写真のように白く被膜がされています。

この西谷戸横穴墓群は、三輪緑山開発(三輪土地区画整理事業)の遺跡発掘調査で見つかったようです。整備によってちょっと景観が悪くなってしまったような感じもします。

鶴川周辺や成瀬等でも結構土器とかが見つかっており、先人の痕跡が出てくるのは興味深いです。中学生の頃の町田出身の先生が「開発前の成瀬は畑に普通に土器のかけらが落ちていた」と言っていたな・・・と思い出しました。

参考:三輪・能ヶ谷の横穴墓群/町田市ホームページ


by yunomi-chawan1 | 2017-06-21 00:00 | ブログ | Comments(0)

ちょっと変わったセブンイレブン?

コンビニエンスストア最大手のセブンイレブンが新しいレイアウトの店舗を増やすと聞き、既にレイアウトを転換した店舗が三鷹市にあると聞き行ってきた。

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セブンイレブン三鷹牟礼6丁目店365316[地図]。人見街道沿いにある店舗だ。数年前に向かいの店舗から移転し駐車場が広くなったようで、ちょっと前にレイアウトを変更したらしい。駐車場と店舗外壁の工事をしていたが営業中。

さすがに店内まで撮影できないのでどんなふうに変わっていたかというと、通常、入口の左右どちらかにレジカウンターがあるが、新レイアウトでは正面にあるのだ。現在のコンビニのレイアウトは日本にコンビニが登場してから40年以上ほとんど同じレイアウトだったが、変更することにしたらしい。

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株式会社セブン&アイ・ホールディングス 2017年2月期 決算説明会 資料(http://www.7andi.com/dbps_data/_template_/_user_/_SITE_/localhost/_res/ir/library/ks/pdf/2017_0406ks_02.pdf 直リンク)によると、コンビニ需要の変化に対応し、1日の店舗当たりの売り上げの押し上げ効果を見込んでいるようだ。今後このようなレイアウトの店舗が増えるらしい。

正直、新しいレイアウトはどこに何があるのかというのに慣れなかった。万引きとか増えたりしないのかなという疑問はある。

ファミリーマートでイートインの充実や外壁の茶色化、ローソンでもマチカフェの展開等、様々なサービスや変化をしているようだ。サークルKサンクスがファミマになったり、コンビニ業界の競争は激しそうだ。

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続いてやってきたのがこちらのセブンイレブン。奥に見える2階建ての建物がセブンイレブン。車がすれ違えないような道を進んだ先に店舗がある。

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入口も主張しない感じ。面する道路には住宅が立ち並ぶ。

というのも、このセブンイレブンは専修大学生田校舎店267520[地図]。大学キャンパス内の店舗。キャンパスの端に店舗があり、大学敷地内だけでなく住宅地側にも入口を設けているようだ。大学側はちゃんとした看板があるみたいだ。


by yunomi-chawan1 | 2017-06-19 00:00 | ブログ | Comments(0)

小田急小田原線の新百合ヶ丘旧線をたどる

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今年4月に150万都市となった神奈川県川崎市。全国的な人口減少の中、人口が増えているそんな川崎市の北の副都心「新百合ヶ丘」、通称「しんゆり」に小田急小田原線の古い線路跡がある。

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新百合ヶ丘駅が開設されたのは1974年(昭和49年)のこと。多摩ニュータウンへのアクセス路線として多摩線の建設が検討された際、百合ヶ丘駅付近からの分岐が考えられたが、当時付近はS字カーブで運転の支障になることが懸念されたため線路を付け替えそこに新百合ヶ丘駅が開設された。

新百合ヶ丘駅開設までは小田急小田原線は津久井道(世田谷町田線)にそってS字カーブをしていた(地図上赤破線)。

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出所の明示:この地図は国土地理院発行の『25000分の1地形図(溝口)昭和41年改測』の一部を抜き出して使用したものである。

線路が付け替える前の地形図を見てもその線形がよくわかる。当時のこのS字カーブは旧型の電車では難所でもあったというのは昔何かで読んだ。

小田急線開業当初は柿生駅~読売ランド前駅(当時は西生田駅)まで駅がなく人家も少なかったようだ。この地図は百合ヶ丘駅もできて住宅地ができ始めているころだ。新百合ヶ丘駅はもちろんない。


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イトマンスイミングスール新百合ヶ丘校前の歩道橋から柿生方面を見る。

右側に津久井道があり、この先で右側に逸れていく。小田急線はこの津久井道に沿っていたと思われる。


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大きくカーブした線路は現在フィットネスクラブがある場所へ抜けていたと思われる。その角には今でも小田急電鉄の三角形の土地が残っていて、当時の面影が若干あるように思えた。


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カーブした線路はこんどは逆向きにカーブし始めるが、しばらくの間面影らしいものはなくなる。一部は区画整理で面的に整備されたところもあり、当時の航空写真を見ても線路付け替え後早期から面影が消えている場所も見受けられる。

この写真では写真に写る遊歩道と右側の建物敷地にかけて線路用地だったようだが、もう全然わからなくなっていた。

区画整理であるが、この地区でまちづくりが始まったのは1969年(昭和44年)に地元地権者による「農住相談会」が結成されてからだ。これは小田急線が線路付け替えをする前である。

1972年(昭和47年)には区画整理組合準備会を結成、1974年(昭和49年)の新百合ヶ丘駅開設後も「農住都市構想」を母体としながら、1977年(昭和52年)4月に新百合丘駅周辺土地区画整理組合の設立が認可され、1984年(昭和59年)5月までの間「川崎都市計画事業新百合丘駅周辺特定土地区画整理事業」が行われた。施行区域は約46.4ha。

1981年(昭和56年)には上物建設や管理運営を行うため地権者らで「新百合丘農住都市開発株式会社」を設立。現在ではイオン(ビブレ)の入る建物の所有者でもあるようだ。

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そんなこんなで、現在の新百合ヶ丘の整理された街並みができたのは、住民らによるまちづくりがなされた結果なのかもしれない。

さて、新百合ヶ丘駅から北へ伸びる道との交差付近。この正面ビルの右側付近に線路があったようだ。


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1枚上の写真から回れ右をした景色。ここは正面の道路の左側が区画整理の施行範囲で、右側はそうではない。右側の方は若干ごちゃついているように見える。

線路は右側のコインパーキングとその右側あたりを奥に通っていたようだ。コインパーキングの敷地が線路1つ分の幅に見えなくもない。

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道なりに進む。この道は古くからあったようで、古くの津久井道でもあるようだ。線路はこれの右側らしい。本当に線路の面影がない。

このあたりには少し前までイトマンスイミングスクールがあり私も通っていた。10年ほど前に現在地に移転した。現在跡地はマンションとなっている。マンションの向こう側に現在の津久井道が通っている。

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しばらく進むと麻生警察署前の通りにぶつかる。当時ここに道はなかった。現在のスエヒロ館のほうへ進む。


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スエヒロ館の裏側で麻生川を越える。現在、支流と合流する付近で交わっていたと思われる。当時の航空写真を見るとまだ河川改修をしていなかったようなので、護岸にも当時の形跡は感じられない。


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そして2度目の麻生川を越える。この辺りの河川改修が当時完了していたかどうかは航空写真から判断しにくい。ただ、当時交差していたと思われる付近は護岸が若干異なっている。何らかの形跡なのかもしれない。


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ここまであまりにも当時の痕跡が少ないので、法務局に行ってこの付近の公図を取ってきた。そのまま載せるわけにはいかないのでその線を書き出してみると、ピンク色に着色した部分の地番が妙な線形になっていた。現在はマンションや自動車販売店として使われている。

土地の幅も線路用地の幅とほぼ一致するので、もしかしたら地番として当時の面影が残っているのかもしれない。


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この先、工務店の用地を抜けると、現在の航空写真でも確認できる縦長の土地が柿生方面まで続いている。現在は放置自転車の保管場や、ソーラーパネルが設置されている。


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小田急多摩線の高架橋をくぐり現在の小田急小田原線に近づく。かつての線路部分は保線場として利用されていた。


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旧線の柿生側の分岐部分はこんな感じ。現在ある保線場に分岐する線路がある。かつては坂を上らずそのまままっすぐ線路が伸びていたのだろう。

線路の移設から40年余りが過ぎ、当時の面影はほとんどない小田急線の旧線だった。線路の付け替えによって誕生した「新百合ヶ丘」も当時からは想像がつかないほど発展したのだろう。このころに行ってみたいな…と。


参考資料
・『25000分の1地形図(溝口)昭和41年改測』
・『新百合丘-ふるさとの心が鼓動するまちづくり-』著者:地域社会計画センター、出版:川崎市企画調整局、1984年
土地区画整理事業>完了した土地区画整理事業>完了地区概要-川崎市
・地籍図-川崎市麻生区古沢地内の一部
地図・空中写真閲覧サービス-国土地理院
・『ふるさとの心が鼓動するまちづくり-新百合丘駅周辺特定土地区画整理事業のあゆみ-』編者:新百合丘駅周辺土地区画整理組合、出版:新百合丘駅周辺土地区画整理組合、1985年

by yunomi-chawan1 | 2017-06-14 00:00 | 鉄道 | Comments(2)

小田良上平尾線・栗木線 開通

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稲城市の上平尾土地区画整理事業と川崎市の栗平を結ぶ、「多摩都市計画道路3・4・36号小田良こだら上平尾かみひらお」と「川崎都市計画道路3・4・23号栗木くりぎ」が4月25日昼頃に開通しました。開通記念式典も開かれていたようですが、参加できませんでした。

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この道路は上平尾土地区画整理事業に伴って面的に整備されたもので、稲城市域は組合施行の区画整理で、川崎市域は川崎市が別に発注し完成しました。

昨年には完成していたのですが、諸般の事情から延期されていたようです。私も開通が待ち遠しかった・・・。


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沿線には日大の寮が建設されました。今年の春から既に入居しているようです。

これまで区画整理組合が暫定的に描いた区画線がありましたが、開通に先立ち3月ごろから警察による標識の設置や区画線が描かれていました。


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日大の寮から東側の区間は、数年前から通れる状態でしたが、4月25日をもって正式に交通開放となったようです。


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開通区間には大きな擁壁が登場しました。もともとここには都県境に尾根がありましたが、切り崩しています。もともとの景色とはだいぶ違ったものになっています。

尾根へ上がる階段も整備されていますが、現段階では開放されていないようです。


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カーブを曲がると川崎市に入ります。センターラインの色が変わっているところが県境です。

ここから川崎市側は1972年(昭和47年)~1982年(昭和57年)にかけて栗木第一土地区画整理事業で面的に整備された場所で、成熟した街並みが広がっています。現在では一部で残っていた空き地にも家が建ち始め、マンションの建設なども一部で進んでいます。

この先数百メートル行くと小田急多摩線の栗平駅ですが、急行や多摩急行の停車駅で、大手町などの都心方面への直通列車があることも魅力の一つのようです。


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栗木方面から上平尾方面を見ています。ちょうど都県境で道路の構造が違っているのがわかります。最近の川崎市の新設道路はあまり街路樹を植えない傾向があるように思えるのですが、ケチってるんですかね。


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川崎市側の既に開通している道路は、開通から年月が経っていることもあって非常に路面が悪い状態です。工業系新聞電子版によると打換の計画もあるそうです。

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カーブの部分から360度全天球画像です。

20分ほどここにいましたが、開通初日ということもあってか、この間の通過交通は10台ほど。ドライバーへの認知までは時間がかかりそうです。

また、若葉台駅へ抜ける坂浜平尾線が全通すれば、さらなる利便性向上と、黒川~若葉台の渋滞の軽減にもつながりそうですね。

区画整理の進捗については別で記事にします。

まとめサイトやキュレーションメディアへの引用と称した転載はおやめください。

by yunomi-chawan1 | 2017-04-25 22:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)

川崎市岡上の急坂に挑む

川崎市の飛び地「岡上」に急坂があると聞いて行ってきた。

岡上は川崎市麻生区の一部。鶴川駅の南口付近からTBS緑山スタジオの北側までで、飛び地となっている。岡上には小学校しかないため、中学生は間の町田市を越えて柿生中学校まで登校している。

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大部分が市街化調整区域で、近隣の町田市の三輪緑山や金井、横浜市の奈良北団地とは違い農地や山林が多く見られる。

農地は岡上農営団地として、また多摩丘陵で勾配が激しい。都市計画道路の整備率も恐らく0%に近く、正直川崎市から見放されてるのでは…と、思わなくもない。ちなみにスーパーマーケットもない。

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そんな岡上だが、西側の谷戸の奥詰まりに坂がある。名前は谷戸の入口から順番に1番坂、2番坂・・・10番坂まで。4番坂だけ見当たらないが、4だからないのかな。名前が付いてるからとても良い。

1番坂(壱番坂)
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一番坂は谷戸の一番手前にある坂。Yショップ関店がある前あたりだ。

坂の手前には1番坂を示すお手製の看板があった。

坂は手前は緩やかで奥に行くにつれて急になる。ただし、全体的に見るとそこまで急な坂ではなさそうだ。見えている奥でクランクしている。

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距離も大したことないので、自転車で登るのは大したことない坂だ。坂の頂上から見ても坂はそこまで急ではない。

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坂の一番急そうな場所で簡易的に計測した角度は12度ほど。大体21%(100メートル進んで21メートルのぼる)というとだった。そうはいっても急坂だ。


2番坂
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2番坂は納豆製造工場の かじのや納豆の前にある。坂の名前を示す看板は見当たらなかった。

坂は1番坂と同様に最初はなだらか。途中で分岐があって左に進むと急坂が現れる。

傾斜の一番急そうな場所で測った傾斜角度は9度ほど。換算すると16%ほどだった。


3番坂
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3番坂は入口に看板つき。ただ、坂というよりかは階段なので自転車では挑まず、勾配も測らなかった。


5番坂
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5番坂は和光大学の入口の前あたりにある。坂道の路面には丸い滑り止めの溝が施され、見るからに勾配はきつそうだ。

この坂は私の折畳自転車では5メートルほどでアウト。自転車の重心が後ろにあるので前輪が浮いて危険を感じた。

この坂道も距離は見えてる先まで。そこまで長くはないので、ちゃんとした自転車で体力があれば登りきれそうだ。

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上からの景色はこんな感じ。正面のマンションの高さと比べると4階分あるだろうか。

坂の途中で簡易的に測った角度は16度、換算すると28%~29%ということになる。

降りるのも自転車では怖いので押して降りた。


6番坂
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6番坂は大したことない坂だ。入口から左に曲がる。取り分け急な場所もないので、上まで登ることができた。

簡易的に計測した角度は9度ほど、換算すると16%くらい。それでも急なのは変わり無さそうだ。


7番坂
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7番坂はあまり記憶にない坂。入口から右に曲がる。

入口に大きな看板はあるけれど、他の坂に比べると急な坂ではない。

簡易的に測った角度は6度ほど、換算すると11%程度だ。おそらく1番~10番のなかで一番緩やかな坂だろう。


8番坂
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8番坂は急だ。坂に対して垂直に滑り止めの溝が入っている。

坂の入口にはプレート使用の「8」の数字が掲げられている。落書きかデザインなのか、8が変な模様になっているけれど。

坂は見えているところまで。直線的でそこまで長くはない。

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登りきったところからの景色はこんな感じ。一番はじめが一番急なのかな。

坂の一部で簡易的に測った角度は19度、換算すると34%といったところ。見た目では5番坂よりは緩やかかと思ったがそうではなかった。


9番坂(急番坂)
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9番坂も丸い滑り止めの舗装になっている。初めは比較的なだらかな坂で、見えている先で右に分岐して急坂が現れる。左に行くと8番坂の上へ。

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9番坂の看板は手作り風に「急番坂」。「きゅう」が掛けてる。

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右分岐後の坂は斜面に垂直に滑り止めの溝がある。坂はこの先右に曲がって頂上に着く。もう少し進むとこの先の10番坂の頂上へ。

坂の入口には「急坂につき最徐行」の文字。まぁ、ここに来るのもほとんどが住民だと思うが。

この坂の急そうな場所で簡易的に測った角度は18度ほど。8番坂とほとんど変わらない。32%ほど。


10番坂
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最後の坂は谷戸の奥にある10番坂。坂の名前を示す看板は見当たらない。

入口ではそこまで急そうな坂には見えないが・・・

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曲がるとこの急坂である。あの、左右に階段付いてますけど?このくらいの傾斜の階段よく見るような。

坂の頂上を左へ行くと9番坂へ。

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登りきったらこんな感じだ。見てるだけでも転げ落ちそうな急坂だ。自転車では勿論登りきることなど無理。体力ある人頑張ってください。

坂に登りきったところで、坂の上に住んでる方が車を発進させた。まさかこの坂を下るわけでは・・・と、どきどきと珍しいもの見たさで待ってみたが、9番坂の方へ。さすがにこの坂を車で下るのは危険か。。。

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坂の一部で簡易的に測った角度は22.5度ほど。大体41%だ。

坂ファンと酷道(国道とは思えない国道のこと)ファンには有名な「暗峠(くらがりとうげ)」でも最大勾配が37%と言われているので、それを越えている。


というわけで、岡上の坂でおすすめなのは5番、8番、9番、10番。10番は自転車で登りきることはできるのだろうか。

知らないところでまだまだ急坂はありそうなので調べてみようかな。名前が付いているととても良いんだけど。



注:勾配の計測は簡易的な測定器で簡易的に測ったものです。道路の隅切りではなく本線上で測ってはいますが、坂の場所や鋪装によって角度の誤差が発生します。平均勾配や最大勾配の計測には精密な測量が必要です。坂にチャレンジする場合には、近隣への配慮や交通に注意してください。


by yunomi-chawan1 | 2017-03-05 00:00 | 散策 | Comments(2)

「丘を越えて」かつての桜の名所 稲田堤へ

「♪丘を越えて行こうよ…」という歌手で有名な藤山一郎の『丘を越えて』。

言わずと知れた昭和の名曲だが、この曲が神奈川県川崎市多摩区稲田堤にゆかりのある曲だと知って稲田堤に行くことにした。

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稲田堤は南武線に稲田堤駅があり、京王相模原線にも京王稲田堤駅がある。2つの駅は400メートルほど離れていて、乗り換えはめんどくさいということで有名だ。

稲田堤駅がある周辺の地名は菅という。駅から数百メートル北へ行けば多摩川があり、堤という名前にふさわしい。
この地に南武線が通ったのは、1927年(昭和2年)のことだ。戦時買収前の南武鉄道の時代だ。駅開設当初からこの駅の名前は変わっていない。駅の名前を菅ではなく「稲田堤」にしたのは、当時稲田堤が桜の名所として広く知られていたことがあるようだ。

稲田堤駅前、写真右手の踏切は観光道踏切いい、ここにも当時の痕跡が残っていると言える。

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稲田堤駅前の通りを北へ10分ほど。多摩川のほとりへと辿り着く。

ここには 小田急バスの稲田堤折返場のバス停があり、そのバス停は手書きだというのは風情がある。

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多摩川の堤防に立つと桜の木はほとんど見当たらない。わずかに数本の桜が植わっているくらいだ。そもそも桜の名所ならマスコミにも多く取り上げられ知っているはずだ。

残念ながらこの地の桜の木は切り倒された過去があるのだった。

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『稲田堤の桜』角田益信 より
この地に桜が植えられたのは明治の頃だ。多摩川の堤防が改修され、日清戦争の戦勝記念して明治31年 にすぎ村の人々が総出で吉野桜の苗木を3本か5本ずつ持ち寄り植えたらしい。当時の目的は、多摩川が増水したときに伐採し、ナギに使用することだったそうだ。

北は矢野口の境、南は二ヶ領上河原堰までの約2キロに251本を植えた。後に一部が枯れたため、1917年(大正6年)にソメイヨシノなど325本を追加で植えている。
一時は関東で3本指に入るほどの桜の名所として知られたそうだ。

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1916年(大正5年)に、京王多摩川支線(多摩川原支線)(いまの相模原線)が調布駅から多摩川原駅(いまの京王多摩川駅)まで開通すると、京王電車によって「稲田堤」として広く宣伝された。稲田堤という名前は一説によると、このころついたとか。のちに南武線が開通し駅が開設された。

多摩川原駅は稲田堤とは多摩川隔てて反対側の駅で、多摩川支線が多摩川を渡り延伸されたのは、多摩ニュータウン開発の頃(1971年(昭和46年))まで待つことになる。

当時、多摩川に今ほど橋はなく、渡し船がまだ多くあった。稲田堤も例外でなく、菅の渡しや、上菅の渡しがあった。
花見の観光客は京王線に乗り、船で多摩川を渡って来たようだ。

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いまでは渡し船があった場所には碑が立っている。今ある橋の間隔よりも小さく渡し場があったところもあって、今でも渡し船があったら便利なのになぁ…と思うことはある。

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稲田堤にあった菅の渡しは、京王相模原線が延伸し多摩川を渡った2年の1973年(昭和48年)に廃止された。多摩川で最後まで残っていたのもこらしい。

渡し船はたいへん賑わったそうだ。



さて、「丘を越えて行こうよ真澄の空は朗らかに…」という歌詞で知られる藤山一郎さんが歌う『丘を越えて』。この歌は稲田堤にゆかりがある。

丘を越えてのメロディーを作った古賀政男は明治大学卒業前の春、マンドリン倶楽部の学友と稲田堤に行き、花見酒を満喫した。下宿に帰り学帽を脱いだとき、顎紐についた花びらを見てメロディが次々と湧いた…。ということだ。
古賀政男の青春がここ稲田堤にゆかりがあった。


その後、稲田堤の桜は道路工事などに伴って昭和30年頃に伐採されたそうだ。

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稲田堤から上流へ数百メートル。都県境付近の右岸には小さな桜並木があった。ここがこの辺りでは一番桜が密集してそうだ。

この辺りの多摩川の右岸にはサイクリングロードが整備されておらず、自転車乗りには酷評されている場所。この辺りから川崎市方面に向けて下流側は多摩川沿線道路があって、川沿いということもあり信号機が少ないからか、ダンプなど交通量が多い。歩道はない。

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桜並木には「稲田堤桜の碑」が立っていた。1922年(大正11年)に建立されたそうだ。

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稲田堤駅から府中街道方面へ行った脇に和菓子の「はしば」という和菓子屋がある。そこには丘を越えての発祥の地を由来として、和菓子の「丘を越えて」が売られている。稲田堤にわずかに残る桜を見ながら、和菓子を食べるのも良い。

ちなみに、噂によると、稲田堤駅の発車メロディ(発車前に鳴らすメロディのこと)を「丘を越えて」にしようという運動があるらしい。
乗り換える駅から、ちょっと足を伸ばして散策してみてはいかがだろうか。


(公開が桜の時期が過ぎた頃になってすみません)

参考資料
『稲田堤の桜』角田益信/1977/
『あゆたか44号』稲田郷土史会/2006
by yunomi-chawan1 | 2016-04-24 00:00 | 散策 | Comments(3)

稲城上平尾土地区画整理事業[2016年3月]

稲城上平尾土地区画整理事業を取り上げるのももう何度目になるでしょうか。半年ぶりに様子を見てきたので報告します。

その前に、過去記事一覧です。

以前の記事(以前のブログの方に飛びます)別窓


この土地区画整理事業については、過去記事を読んでいただければ書いてありますが、概要だけ記載しておきます。
この土地区画整理事業は2010年(平成22年)より約25.1haの土地を組合(民間)によって行っている事業です。もともとは多摩ニュータウンとして、東京都が事業主となって周辺地区も含めて土地区画整理事業を行う予定でしたが諸般の事情により断念。その後、地主等で作る組合で施行されています。


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入れた範囲(完成した範囲)は前回と変わっていません。
事業期間は今のところ2017年度(平成29年度)(2018年3月)までの予定です。順調ですね。
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▲新百合ヶ丘方面より入ったところ。
この辺りは初期の段階で完成していて特段の代わりはないですね。中央の白線が一般的なものより若干薄い気がするので、あとで塗り直すのかどうかってところでしょうか。
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この道は、以前よりブログでも紹介している、多摩3・4・17号坂浜平尾線です。
区画整理地内は、それぞれの土地区画整理組合が、その他の地区は東京都が施行しています。

ちなみに、東京都整備区間は平成25年1月29日に、区画整理組合整備区間は平成27年12月2日に都道19号町田調布線に編入されています。

最近の市議会録や都議会録によると、区画整理地内の南部の端~学園通りまでの区間は2015年度末(平成27年度末)、東京都施行区間は2017年度(平成30年度)を目処に開通を目指してるとのことでした。ただ2015年度末(=2016年3月)は厳しいか?
東京都施工区間では現在、若葉台入口交差点付近の三沢川を越えるための「坂浜橋(仮称)」の下部工事等が行われています。用地取得率は100%とのこと。

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区画整理地内南部の、平尾地区に面した三叉路になる地点では、警察やバスを運行する小田急バスの担当者などによって、ちょうど打ち合わせが行われていました。
すぐそばを通っただけなのでよくわかりませんが、正式に三叉路として供用開始するにあたって、信号機の設置等を協議していたのではないかと推測しています。


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▲区画整理地内の中央の十字路より若葉台駅方面を望む
交差点には信号機が設置されました。訪問時点ではまだ稼働はしてませんでした。
地元選出の都議会議員のホームページに、そろそろ信号機が設置されると書かれていたので気になっていたところでした。

正面には開通が待ち遠しい坂浜平尾線のトンネル。内部の照明等が取り付けられたようです。舗装はまだみたいです。
実は、このトンネルが稲城市で初めての車用トンネルになるみたいです。


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▲トンネル側より新百合ヶ丘方面を望む
こちら側からのアングル撮影は初めてだったでしょうか。見通しが若干悪かったみたいですね。
街路灯の設置等も進み、開通に向けた準備が進められています。こちら側はまだ工事車両がたくさん通るためなのか、白線が引かれていません。

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区画整理地内の「上平尾土地区画整理」バス停。このブログでも何回か紹介してます。
このバス停が登場したときは、ネーミングから話題となりましたね。区画整理が終了したら「上平尾中央」とかになるんですかね?

バス停の写真を撮っていたら運良くバスが到着。バス停の前でスピードを落としてくれたのは、私が撮影していたからご厚意だったのか、怪しまれたのか…わかりませんが、どこかで見たネット記事みたいな写真が撮れました。

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バスはトンネル脇の回転場に行きます。
将来はトンネルを抜けて若葉台駅方面へ路線バスができるだろう…とは想像しています。このバスが直進してトンネルを抜ける姿を妄想。
いまは1時間に1本程度で、2時間近く来ない時間もあるランダムダイヤですが、若葉台駅~新百合ヶ丘駅の路線がちゃんと開設されれば便利になります。

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現在、トンネル先の土を取り除く工事をしていて、取り除いた箇所から稲城若葉台のマンション群が見えるようになったのです!
稲城若葉台もすぐそこまで見えてますね!

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トンネル前の空き地ではなにやら建設中。看板には消防団とその施工者が書かれていたので、消防団の詰所か、消防署でもできるのでしょうか。
稲城の平尾地区は、他の稲城市の地区とは山で隔てられていましたが、この道の開通により若葉台と行き来がしやすくなることを考えると、ここに防災上の施設ができれば良いかもしれませんね。

まだ区画整理地内にショッピングができるようなものがなく寂しい感じもします。市議会録によると、付近の土地利用の都市計画を変更したそうで、トンネルを越えて学園通りと交差する付近に商業施設等を誘致しているとのことでした。

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▲小田良上平尾線より、中央の十字路を望む
こちらは将来右折レーンでもできそうな道幅です。
将来は直進して、小田良土地区画整理事業地へ抜け、鶴川街道へ接続する予定です。鶴川街道付近は稲城市が施行する予定で、2016年度から10年間で優先的に整備する第4次道路整備方針の優先整備路線に指定される予定です(※今月末にも発表予定)。
正面の道路はトンネルか、切り崩すかすると思われます。上に道路があるためそれを考慮した作りにするのと、反対側の小田良土地区画整理事業との進捗もかねて工事をすると思いますが、まだ動きは見られません。
(個人的に、鉄塔付近の事業所の塀が壊れそうでこわい。)

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多摩3・4・36号線です。道はほぼ完成していますが、センターラインや歩道の植樹はまだ完成していません。
ここはもともと、尾根があって、道路に横たわるようにしてありましたが、大きく切り崩し壁ができています。
この先、進めそうですが、簡易的なバリケードがあるのでやめました。

上平尾の中央の先程紹介した交差点に信号機が設置されたことを踏まえると、開通も近いと思われます。

現場の作業員いわく、「工事は3月にも終了、稲城市に引き渡しとなるのはもう少し先になる」とのこと。
稲城市に電話で問い合わせると、「区画整理組合がやってるから詳細はわからない」とのことでした。

年明け早々に市議会議員が市内のバスツアー(団体視察)を行って、ここの写真をネットに載せられている議員もいました。

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川崎側からはこんな感じ。バリケードから数十メートルは川崎市なので、区画整理組合ではなく川崎市が施行しています。施工は区画整理と同じ清水建設だったはず。
川崎市内は川崎3・4・23号栗木線です。

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こちらの方がバリケードが固いですね。
写真を撮っていたら散歩のおばさんが「まだ開通しないのか」と引き返していきました。
この道が開通すると川崎市と稲城市を結ぶ数少ない道のひとつとなり、平尾団地内を抜けていた車がこちらに移行することも考えられますね。

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バリケードの隙間より覗くとこんな感じ。センターラインが引かれているところまでが川崎市です。その奥が区画整理地内となっています。
川崎市は植樹なしで柵だけになってます。
川崎市が最近新設する幹線道路は植樹が少ない気がするのですが、ケチってるんですか。



とりあえず、坂浜平尾線、小田良上平尾線(栗木線)ともに、開通が待ち遠しいですね!
by yunomi-chawan1 | 2016-03-23 07:00 | 地域 | Comments(0)

旧道はいいぞ「上麻生連光寺線」

新しい道ができて主役としての役割を終えた道を「旧道」という。今回は「上麻生連光寺線」だ。

県道138号上麻生連光寺線は柿生交差点より、多摩市の連光寺坂上交差点までを結ぶ一般県道だ。もちろん、東京都内は都道。

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柿生付近~黒川交差点までは「尻手黒川道路」の一貫のして整備されている。この付近ではそれを示す標識は今のところないが、柿生付近で道が開通すれば設置されるのだろうか。

もともとこの道は2車線の歩道なしの狭い道であったため、拡幅と同時に曲線部分は直線化された。そこに旧道が出現している。この区間でも数ヵ所そのようなところが見られるが、川崎市栗木地内を紹介。
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白線がうっすらと消えて使い古したようなアスファルトが味を出している。この付近の細目の道はゾーン30に指定され、この旧道も指定された。ちょっと残念な気もするかなぁ…。
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旧道特有のカーブが現れる。注意標識もいい感じだが、これは最近設置されたものらしい。
この付近は昭和40年代~50年代、平成初期にそれぞれ土地区画整理事業が行われ市街化がはかられた。

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数百メートル行くと現道に戻る。
このような細い道路が右へカーブして続いていたのかな…と想像して終了。
by yunomi-chawan1 | 2016-03-18 09:00 | 散策 | Comments(2)

世田谷町田線(片平)の拡幅状況[2016/3]

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川崎都市計画道路3・4・4号世田谷町田線片平工区拡幅工事建設状況を見て行く。
前々回の記事では、片平工区の南側の上麻生工区を見たが、それよりも早く事業化したのが片平工区で、片平2丁目~麻生警察署前までが事業区間となる。
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延長は約1322メートル、計画幅員は20メートルで、4車線になる予定。

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▲始点の片平2丁目交差点手前
尻手黒川道路が交わる片平2丁目交差点南側から始まる。写真の手前側は上麻生工区で事業化している。

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←尻手黒川道路の尻手方面を望む
この橋は柿生大橋といい、2010年10月24日に開通した。この道を行くと東名川崎インターなどに繋がる。川崎市は尻手黒川道路の整備を川崎市の動脈として建設を進めてきた。
個人的には、2車線になったり、4車線になったり、信号が多かったり、路上駐車があったりと、けっして快適な道ではない。残念。


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←黒川方面を望む
現在、片平2丁目交差点は幹線道路丁字路+住宅道路で十字路になっているが、現在、このまま山をトンネルで突き抜けて、黒川方面に直結する道路を事業化している。まだまだ時間がかかる様子だ。
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▲片平交差点角のスバル脇より新百合ヶ丘方面を望む
片平交差点からこの先の古沢交差点までは、一部工事が進んでいた。
実は、工事が始まったと聞いて来た。とりあえず、片側の歩道だけ構築した感じだった。

この区間の事業認可は2001年(平成13年)3月23日。
実に15年が経過する。事業終了予定は2019年(平成31)3月末までなので、まだまだかけるつもりだ。
道路ごとに様々な事情があるにせよ、遅すぎる。

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先述の通り、片平工区の道路構造は4車線、幅20m、両脇に幅2.5mの歩道を設ける。幹線道路としては狭い印象だ。

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縁石はセミフラット型で、歩道と車道との間にはフェンスが設けられていた。けちってるのか知らないが、ガードレールのような固そうなものではない。
歩道には電線共同溝が設けられて、無電中化する予定。
今のところ街路樹などの植樹はなく、アスファルトで固められていることから、今後も街路樹はないと思われる。東京都は都市計画を変更してまで幅10mの植樹帯を両脇に作っているのと比べても、東京都と川崎市の考え方の違いがわかる。(財政力もあるが)
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▲古沢交差点より新百合ヶ丘方面を望む
ここまで、とりあえず着工されていた。
この交差点の角はもう少し時間がかかりそうだ。

川崎市では第2次道路整備プログラム(案)において、この路線で土地収用法の活用も明言していた。

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▲麻生警察署前手前より新百合ヶ丘方面を望む
ここから先はまだ着工していない。

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▲麻生警察署前交差点より柿生駅方面を望む
渋滞の名所だった麻生警察署前交差点。3レーンがほれぞれ設けれて、少し改善した感じだろうか。
稲城市平尾方面の坂浜平尾線が開通すれば、更なる交通量の増加も考えられる。

全体的に、片平工区はまだ時間がかかるように感じたが、拡幅が待ち遠しい。
by yunomi-chawan1 | 2016-03-15 09:00 | 道路計画や開通など | Comments(0)


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