<   2015年 01月 ( 19 )   > この月の画像一覧

稲田堤駅みどりの窓口 最後の夜

昨日1月30日をもって稲田堤駅のみどりの窓口が閉鎖されました。以前、閉鎖の予告が貼られたと記事を書きましたが、とうとうその時が来ましたね。
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いつもと変わらない夜でした。最終日ですが、みどりの窓口利用もそこそこいました。乗り換えが可能な駅ですし閉鎖するのはちょっともったいない気もしました。
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稲田堤駅@1発行
来月からは早朝時間帯の無人化もされるようです。どんどん効率化はかっていってますよね。
国立駅でも早朝無人駅化とみどりの窓口の営業時間短縮が行われるようです。人が多い駅もやっているのですね。

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前も書きましたが、指定席券売機の設置アナウンスはされておらず、残念な感じです。アナウンスがなくても設置されるといいのですがね。


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※1/31朝 追記
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閉鎖されてました。
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by yunomi-chawan1 | 2015-01-31 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

東京で雪

雪が降っています。a0332275_08215803.jpgr>

朝の時点で積雪量はこのくらいです。積もってるか積もってないか…ってところですね。
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電車にはほどほどの雪がついていました。
去年の大雪は2月のはじめでしたが、そこまではならないようで安心です。午後にかけて雨に変わる予報となっていますが、東京西部では時系列予報で雨マークがなかったりするので、どうなるか…。


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by yunomi-chawan1 | 2015-01-30 08:21 | ブログ | Comments(0)

立川駅奥多摩そばの「おでんそば」を食べた

以前の記事で立川駅の立ち食いそば「奥多摩そば」について長ったらしく書いた。要約すると立川駅の駅そばは老舗だった…ということだが、そこで名物という「おでんそば」を紹介した。

紹介したはいいけれど、実際食べたことも見たこともなかったので、この際、食べてみることにした。

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立川駅と言えば、こりゃ東京西部の最大都市だ。都心からは中央線で40分ほど。中央線の他に、青梅線、南武線と、少し離れたところに多摩モノレールが乗り入れる。JRのホームは4面8線(通過線と電留線を除く)で、奥多摩そばは各ホームにある。

各ホームに立ち食いそばがある駅も、都内を探してもそうないだろう。もしかしたら立川だけってこともあり得るかもしれない。実言うと、キオスクの生まれ代わりのようなNEWDAYSというコンビニも各ホームにある。NEWDAYSに至っては改札横にもあるので駅に5店舗もあるのだ。すごい。

a0332275_13035077.jpg上の画像は1,2番線ホーム、つまり青梅線ホームにある奥多摩そば。青梅線の始発電車が利用する。始発駅なのでホームで電車を待つ人は少ないが、奥多摩そばには何人か入っていた。
左の画像は3,4番線ホームの奥多摩そば。主に中央線の上り電車が利用する。中央線は日本一の列車密度といわれるほどであり、ホームは日中も人が非常に多い。その分、奥多摩そばも賑わっていた。



a0332275_13074545.jpgこちらは5,6番線ホームの奥多摩そば。中央線の下り電車や、中央線から青梅線に直通する列車が利用する。青梅線、中央線下りと、南武線ホームの奥多摩そばはホームの東寄りにあるのだが、このホームだけ西寄りにある。床面積は4つの店舗の中で一番大きい。テーブル席もあった。

a0332275_13120640.jpg最後に7,8番線の南武線ホームだ。ここも始発駅。奥多摩そばの規模は最も小さい。看板が他の店舗に比べるとかっこいい。


1つの駅に4店舗もあると、どこで食べようか迷った。混んでる中央線の各ホームははじめに候補から除外。
奥多摩そばというのだか青梅線ホームで食べようとも思ったが、普段使っている南武線ホームで食べることにした。人も少ないので、ゆっくり食べられるかなぁという考えもあって。


ここまで何か立ち食いそばについて語ってきたが、実は立ち食いそばを食べたことがない(えっ?)。
改札の外にあって座って食べられる店舗(小田急の箱根そば)なら食べたことがあるのだが、ホームにあって+立ち食いなのは初めてなのだ。
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メニュー一覧。
実はここに今日目当ての「おでんそば」はない。たぶんこれは経営もとのNRE(日本レストランエンタプライズ)のメニュー表なのだろう。
おでんそばは立川駅の奥多摩そば限定らしいので、ここには載っていないのだと解釈した。

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「おでんそば」は隣のポスターにあった。大きなポスターだ。さつまあげとあるが、ほかにもある。
2015年10月20日追記:410円に値上げされました。

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NRE系列の立ち食いそばでは北陸特集みたいなのをしている。NRE自体がJR東日本系列であることもあり、北陸新幹線が開業することからだそうだ。


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券売機のボタン。
「おでん」
なんか凄いインパクト。
中村亭を調べているときにおでんそばの写真はネットで見ていたからわかったが、ポスターも見ずに想像だけではこんなものをイメージしちゃうかもしれない。(スマホで作画)
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そんなこんなで、おでんそばの券を買って中に入る。
余談だが、年末に富山駅にい行ったときは、お店に囲いはなく吹きさらしだったが、ここは仕切られてる。先日のニュースで三セクに移行される北陸線でキヨスクが継続できず閉店すると聞いたが、富山駅の立ち食いそばはどうなるのだろうか…と。

お店はおばちゃん1人でやっていた。奥の準備室にはもう1人おばちゃんがいた。

さっきの券を出すと「さつま揚げでいいよね?」って聞いてきた。
実はおでんの具が選べるのだ。
・さつま揚げ1つ
・たまご2つ
・がんもどき2つ
・たまご1つ+がんもどき1つ
もちろんいろんな種類が食べたいので、たまご1つとがんもどき1つを頼んだ。
ほかのブログを見ていると、おでん単品券があって3種類頼んだと書いてあるのも見かけたが、残念ながら単品券は見当たらなかった。

頼んでから1分ほどで出てきた。
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汁の色は薄めだ。
いただきます。

汁はそばの味だ。濃すぎず薄すぎず丁度いい。
おでんを頂く。たまご…味が染みてる。おでんの味だ。
そして、このおでんがそばの味とうまく合うのだ。
がんもどきもそばと相性がいい。
おでんとそばは相性が気になっていたが、全然悪くない。むしろ美味い。
従業員のおばちゃん2人が「券売機が壊れて大変だったのよ」って会話をしていた。壊れるのか。どうやら券を出すためのベルトが切れていたようだ。

そんなおばちゃんの話も横に聞きながらあっという間に完食。

ごちそうさまでした。


立川駅の立ち食いそば「奥多摩そば」の名物「おでんそば」を食べることができた。そして、此木字を書いて、食レポの難しさを感じた。



立川に来たときはおでんそばを食べてみては?
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by yunomi-chawan1 | 2015-01-24 14:00 | ブログ | Comments(4)

"みんなの夢ミュージアムトレイン"に乗った

帰宅の電車でたまたま"みんなの夢 ミュージアムトレイン"に乗車することができました。

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こちらの電車。
南武線の新型車両E233系です。南武線では昨年より新型車両の導入が進んでいて、既に12編成、72両が運用されています。
そして、「あなたの夢かなえます」ということで、南武線の車両を貸し切って1日限定で運行できますよという、企画を提案。1グループのみの貸しきりで、109件の応募から沿線幼稚園児による貸し切りとなったようです。
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先週の土曜日にその貸し切り列車が運行されたようです。列車には園児が書いた南武線の絵が展示されています。一般広告はありません。また、当日はドラえもんがサプライズ乗車したようです(南武線の公式facebookより)。

その列車が今月まで中に絵を展示した状態で運行中です。ドア上LCDの広告放送もニュースと天気予報を除いてこれ関係の放映でした。車両にはヘッドマークがつけられています。

車両はいまのところ関東に来ている一番新しいナハN12編成で、貸し切り当日が始めてお客を乗せたようです。すごいですね。



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ヘッドマークにも絵がありました。
南武線は幼稚園児との交流が多いようで、南武線の車両基地である中原電車区に幼稚園児を招いたりと、自分も幼稚園児だったら…(とは思いませんが)。

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LCDも夢仕様に。このキャンペーンの説明、園児のお絵描き、南武線のカラーについて…など、短めですが、見ていて面白かったですよ。
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中吊り、網棚上、ドア横…など、すべてが交換されています。夢ミュージアムということで、南武線宿河原駅近くにある「藤子・F・不二雄ミュージアム」と手を組んでいるようで、ドラえもんの映画の宣伝(JRスタンプラリーを主体とさせていた)などもありました。
藤子・F・不二雄ミュージアムはちょっと気になりますね。


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別件。
車内の路線図が新型になっていました。主な変更点は「上野東京ラインの対応」と「成田空港第3ターミナルの追記」のようです。
上野東京ラインの色は紫でした。JR東日本の関東の路線では初の色ですかね?それにしても東海道線、高崎線、宇都宮線、常磐線がまたゴチャゴチャになりました。上野東京ラインは既にダイヤが発表されていますが、熱海→黒磯という約260キロの列車が設定されているらしいです。ひゃー。


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by yunomi-chawan1 | 2015-01-21 23:00 | 鉄道 | Comments(0)

沖縄のバス

沖縄で撮影したバスです。
写真だけ撮影していきます。
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元神奈中もいました。
「前払い」も利用されていました。いいですね~。

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by yunomi-chawan1 | 2015-01-19 18:00 | ブログ | Comments(0)

立川市の暗渠「緑川」

立川市の緑川について最終的なまとめとしてこの記事を書きたい。

以前のブログにて、11月と12月に

を書いたが、少し書きくわえておく。辿ったことについては上記リンクにて既に書いているので、一部省略するが、写真の使い回しがある。

緑川の歴史 掘削まで

 多摩地区の地形としては、北部の埼玉県付近の狭山丘陵から、古くの多摩川で形成された武蔵野台地という平らな土地を経て、多摩川を越えると再び多摩丘陵という丘が現れる。武蔵野台地は複数の面が見られ、国分寺崖線、立川崖線、青柳崖線、拝島崖線などといった多摩川によって形成された河岸段丘を境に、武蔵野面、立川面、青柳面・・・と平らな土地が続いている。

 立川市は立川面と青柳面に位置し、多くが立川面となっている。大まかに見れば平らな土地だが、北部の方が標高が若干高くなっている。国土地理院の「基準点成果等閲覧サービス」によると、北部の砂川の二等三角点「砂川」によると標高105.46m、立川駅付近の街区多角点「10C23」によると標高84.916m、立川面の南端付近の街区多角点「20A40」によると標高81.559mと、北部で降った雨が立川駅周辺にたまるということが起きていたようだ。大正11年に岐阜県各務ヶ原から飛行第五大隊が移転してきて、立川飛行場ができてからは、立川飛行場にも水がたまることがあったらしい。

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 左の地図は戦前の立川飛行場の大雑把な範囲と国立立川病院の位置。この病院は飛行隊が立川に移転してきた大正11年に開設。翌年の大正12年には立川陸軍病院となるが、戦後の昭和20年12月に国立立川病院となった。その後平成7年に国立病院東京災害医療センターとして、相模原市相武台にあった国立王子病院と統合し、現在の場所に移設され、平成16年に独立行政法人国立病院機構災害医療センターと名前を変えている。

 当時は国立立川病院(立川陸軍病院)付近に大きな吸水池を作って、ここに一時的に水をため、東へ流し、中央線と南武線が分かれる付近まで流して自然の力で蒸発、吸水させていたようだ。この中央線と南武線が分かれる付近は「高木の池」というものがあったようだ。

 ただ、これだけでは役に立たず、たびたび氾濫していたようだ。

 立川市では大正14年に町議会で洪水対策について話し合いが行われている。

『本町所在飛行場第五聨隊及同附属飛行場ハ四周ニ下水路ノ設備アルモ末流疎通ノ途ナク為ニ豪雨等ニ際シ下水路ヨリ汚穢ナル濁水ヲ停車場組内ニ款下氾濫セセシメ床下浸水数百戸ニ及ヒ衛生上障害ハ勿論各自ニ蒙ラシムル損失モ尠シトセス依テ取リ敢ヘス組代表者直接本隊ニ交渉セシニ其設備ノ必要ヲ認ムルモ政府カ事業緊縮ノ折柄遂行覚束ナク町民ヨリモ相互声援セラレタシトノ回答アリ就イテハ其成否ノ遅速ハ町民ニ至大ノ影響ヲ及ホス次第ニ付町会ノ決議ヲ以テ其目的ノ貫徹ヲ期セラレタシ』大正14年9月5日

 ただし、これ以降も工事は行われなかったようだ。

 文献によると、昭和19年(18年?)にようやく工事が行われるようになったようだ。しかし、掘削についての文献はほとんど残っていないらしい。

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 工事は手作業で行われていたようだ。工事が完成しないまま、終戦を迎え、進駐軍の命令によって軍都整備事業は一時中止となる。ただし、関係者が飛行場の排水路工事であることを説明し都市計画事業として工事を続行できたようだ。すると米軍が重機を提供してくれ資材も提供されたらしい。

 立川市議会史によると、昭和22年4月30日に緑川が通水。当時は素掘りの川で、護岸工事もなかったようだ。当時は「立川排水路」という名前だった。

 昭和24年に都費補助河川編入に申請した際、東京都建設局河川課から排水路の命名について紹介があった。

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昭和38年12月20日 日本自動車学校10年のあゆみ発表から50年が過ぎ、著作権が切れている。

『排水路復旧費については先に知事宛補助金交付申請中の処、河川として命名するよう建設局河川課坂本主事より通知がありましたので、左案の内より御決定を得度』
『案 中川 緑川 立谷川』

 中川はよくわからないが、緑川は立川飛行場付近が緑町と呼ばれていたこと、立谷川は立川を源流とし、今の国立市、当時の谷保村を終端とすることによると思われる。

 その後、東京都広報によると『東京都告示第七百四十三号 次の架線を土木費支弁規程第二条の規定により、都費を以つて補助すべき河川に、指定する。 昭和24年4月8日 東京都知事 安井誠一郎 記 一、緑川』
ここでようやく緑川と正式に決まった。

 羽衣町一丁目自治会 創立三十周年記念誌によると、昭和25年に『緑川が火事』とある。これは立川飛行場の燃料が流れたことによって、川が燃えると言う珍しい事態になったようだ。

緑川の歴史 暗渠へ
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 昭和27年に立川市議会で都知事宛に意見書が採択されている。


『(略)・・・首都としてまた衛生都市としての形体を整へる上からもこの緑川の一部(曙町1丁目2の2番地より曙町3丁目121番地に至る間)1.4粁(キロメートル)の区間を完全なる下水道として一日も早く国家に於て施工せられるよう地方自治法第99条第2項の規定により意見書を提出する』

 これは現在の昭和記念公園の曙口から中央線付近だ。

 その後も下流部分でも暗渠化し、今の形となった。

緑川にあった橋
当時の橋(グーグルマップに飛びます)
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 いまでも、「曙橋」、「東橋」、「みのわ橋」については橋の名前が交差点の名前でも残っている。また、「尺串橋」、「羽衣小橋」、「新田橋」、「暁橋」、「曙三丁目橋」は橋の欄干が残っている。

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 現在の曙橋。立川駅北口から北側へ放射するように伸びる都道16号線と都道153号線が交わる交差点で人通りが非常に多い。歩車分離式の交差点になっている。

 東西に通る都道16号と都道153号が昔の緑川の流路だった。

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 曙橋の東側。写真の案内看板の奥のあたりが東和橋があった場所のようだ。

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 東橋。細かい道を合わせると7差路になっていて交通量が非常に多い。ここに橋がかかっていた。ましてや川があったことは今では想像が難しい。

 「今昔写真集 たちかわ」という本の中には、橋があった当時昭和34年の写真と、昭和50年ごろの写真が載っている。当時はこの辺りは砂利の道路だっただ。昭和50年の写真も今となってはだいぶ古い写真だが、奥に見えるNTTが電電公社だったことからか、信号の交差点名が「電報電話局前」となっている。

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 曙三丁目橋の欄干。片側だけ残されている。この付近は巨大な中央分離帯を持つ上下一方通行道路となっている。巨大な中央分離帯には今は駐車場があるが、当時はここに緑川があった。

 下の写真は暁橋。a0332275_20291651.jpga0332275_20231654.jpg
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 中央線南側の羽衣小橋。欄干には「はごろもこばし」とあった。中央線が高架化されたが、南側の道路には用地確保などの影響はなかったようだ。橋の大きさは普通乗用車が1台通れるほどで、橋の上での離合は難しそうだ。


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 南武線南側の尺串橋。当時書いたブログ記事では「しやくぐしばし」と紹介したが、「や」は小文字で「尺串」だった。尺串はどういう意味なのだろうか。黄色と黒の縞々は車の衝突防止を促すものなのだろう。


 みのわ橋。信号機がある交差点にあった緑川にかかる橋だ。立川崖線のハケ下を流れる矢川と交差する橋の名前ではない。

 みのわは付近のでは自治会の名前で存在しているが、地名としては消失している。以前は「箕輪」と書いていたようだ。「立川の地名 -立川編-」によると、交差点の東側、今の浄土真宗本願寺派西光寺の付近に「箕輪城」があったことが由来と言われているが、実際城があったこともよくわからない。ということだった。

緑川の流路

 おもな流路は上の地図の通り。

 辿ったことについては、以前の記事を参照。

さいごに

 暗渠で流れる緑川。今は存在すら知らない人も多いと思うが、調べてみると、立川の洪水を守っている大切な川であり、この川を造るのにたくさんの苦労があったことが分かった。川は既になくても、橋が残っているのはおもしろいことであり、当時の様子を考える上でも楽しい。

参考文献など
(50音順)
あの日、あの頃、あの辺り
 中野藤吾 平成4年7月9日
基準点成果等閲覧サービス
 http://sokuseikagis1.gsi.go.jp/
くにたちしらべ No.18
 くにたち中央図書館 2013年12月9日
 https://www.library-kunitachi.jp/PDF&IMG/kunitachi_sirabe/kuni_chimei8.pdf 
今昔写真集たちかわ
 立川市教育委員会 昭和50年3月25日
残堀川の成り立ちと大滝の成立 General History of Zanbori River and Establishment of Otaki Head Drops
 都土木技術支援・人材育成センター年報 平成24年
 http://doboku.metro.tokyo.jp/start/03-jyouhou/nenpo/24nenpo/2415.pdf
写真集 たちかわ
 『写真集 たちかわ』編集委員会 平成2年12月1日
創立五十周年記念誌 あけぼの
 立川市第二小学校 創立五十周年記念事業実行委員会 昭和55年2月2日
立川市議会史 資料集1
 東京都立川市議会史編さん委員会 平成3年3月31日
立川市史
立川市史資料集 第三集
 立川市教育委員会 昭和35年3月
立川の昭和史第一集 建物疎開の記録
 立川市教育委員会 平成8年3月29日
立川の地名 -立川編-
 保坂芳春 立川市教育委員会 昭和63年3月
地図・空中写真閲覧サービス 
 http://mapps.gsi.go.jp/
・独立行政法人国立病院機構 国立医療センター 病院概要/沿革
 http://www.nho-dmc.jp/information/outline.html
日本自動車学校 10年のあゆみ
 10年のあゆみ編集委員会 日本自動車学校豊和会編集部 昭和39年12月20日
羽衣町一丁目自治会 創立三十周年記念誌
 羽衣町一丁目自治会 昭和52年

地図
利用フリーのOpenStreetMap

a0332275_17391980.png曙橋の曙は右の通り。2017年5月2日 体裁を変更

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by yunomi-chawan1 | 2015-01-16 00:00 | 地域 | Comments(1)

京急ドレミファインバータに乗った

京急線に乗ったらたまたまドレミファインバータがきました。歌う電車です。



撮影は電車を降りてから折り返しを狙いました。
外の方が音が響きますね。
この歌う電車は減っているらしいので、乗れてよかったです。


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by yunomi-chawan1 | 2015-01-15 00:00 | 鉄道 | Comments(0)

立川に来る211系

1月9日の撮影です。

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445M 普通 松本行き ナノN605編成 16:00 立川駅


11月の記事で115系の同じ松本行きを取り上げましたが、今度見たら211系が運転していました。
実は12月6日に豊田電車区の115系が運転終了。武蔵小金井派出に疎開され、長野への配給済み+待ちという状態です。ブログで取り上げたのは長野の115系でしたが、そちらもいずれ廃車らしいです。よく知りませんが、この列車は長野の車両の運用なんですかね?

立川も211系がよく姿を現すようになっているので、115系の記録はしておきたいものです。

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by yunomi-chawan1 | 2015-01-14 00:00 | 鉄道 | Comments(2)

立川駅の駅そば「奥多摩そば」中村亭

a0332275_18031362.jpg 先日紹介した「立川の建物疎開の記録」という本で、大正時代の手書きの地図に「中村亭」と言う文字が多いことに気がついた。

 本書によると、明治初年、中村平三郎さんが立川に移住してきたとされている。

 立川に鉄道が開通したのは明治22年。中央線の前身の甲武鉄道が新宿から立川まで鉄道を敷いたのが始まりだそうだ。中央線の中野から立川まで直線で結ばれているのは当時甲州街道沿いに鉄道を敷設しようとした際、煙や街道の活気を気にした住民が鉄道をきらい、仕方なく何もない雑木林を切り開いたのが理由と言われている。だから、当時立川駅付近は特に何もない場所だったようである。

 鉄道開通間もなく、中村平三郎さんの長男、徳次郎さんが駅前に旅館と汽車の待合を兼ねて茶屋を開設させたのが、中村亭の始まりなようだ。

a0332275_17583541.jpg これが大正時代の立川駅北口の地図。おもな商店や家以外は省略した。
 いまの南武線の南武鉄道が立川まで伸びるのは昭和4年のことなので、まだ南武線の線路はない。
 駅にある複数の横線は貨物線で、立川駅でも貨物や荷物の取り扱いが盛んだったことがうかがえる。現在の立川駅は貨物列車は通過(時間の待ち合わせはある)するだけだ。


 駅前には商店が並んでいる。図には載せなかったが、「羽鳥セトモノ」「果実井上」「立川郵便局」「トコヤイトウ」・・・など、なんでもそろいそうな感じだ。大正11年には駅の北側に陸軍飛行第五大隊が岐阜県各務ヶ原から移転してきた。この飛行場は以後いままでも立川の今を左右している。
 駅北口のすぐ西側には「鮮魚 稲毛屋」があった。以前記事にも書いた。そのはす向かいには「中村亭」がある。「立川の建物疎開の記録」には『三代目の久之助さんの時代、明治34年に甲武鉄道株式会社から、立川駅仲売業及び駅構内売店業の承認を受けた。汽車のわずかな停車時間に、中村亭の駅弁を山と積んだ箱を肩から抱えて、汽車の窓から窓へ売り子さんが飛び歩く風景が、立川駅でも見られたものだった。』とある。
 そんな時代が立川駅にもあったのかぁと少し感動。いまは通勤客などが行きかう多摩地区のビックターミナルなだけに、そのような風景が思い浮かべられない。

 立川駅一帯は第二次世界大戦中に、駅と線路を空襲から守るために建物の強制疎開が行われたようだ。7月に通知があり、昭和20年の8月15日までに立ち退くよう言われたらしい。中村亭もその対象だったようで、駅南側の錦町1丁目(川野病院がある近く、たましんRISURUホール(旧立川市役所跡)の北側)に立ち退いたらしい。8月15日、まさに終戦日。立ち退いた直後に終戦だったが、元の地は都に買収されていたようで、戻ることはできなかったと、この本には書いてある。その後区画整理もあって中村ビルを建設したとこの章は締めくくられている。

しかし、ネットでしらべているとどうも中村亭は立川駅に残っているようなのだ。平成14年にエヌアールイー中村亭という会社によって「復刻立川駅多摩辨」という復刻版弁当が発売されたようだ。ならば・・・いまも残っているのでは?
a0332275_19324482.jpgエヌアールイーという会社はJR東日本の子会社で駅弁販売や駅の飲食店などを経営している会社だ。

立川駅のホームにある蕎麦屋の「奥多摩そば」はエヌアールイーの経営であることが分かった。しかし、現場に行ってみないとわからないこともあるだろうと、行ってみることにした。画像は南武線ホームの奥多摩そば。
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 どうだろう・・・。看板には「NRE中村亭」とある。これこそエヌアールイー中村亭だ!
 ただ、これだけでは当時あった中村亭とNRE中村亭との関係性がよくわからない。ということで聞いてみたところ、「中村亭は1900年(明治33年)ごろより立川駅を中心に営業していた。その後1999年(平成11年)にNREとの出資による株式会社エヌアールイー中村亭を設立し、駅での営業を継続し、2014年(平成26年)4月にNREと合併し現在に至っている。」とのことだった。まさに中村亭だった!今は大手チェーンになってしまったが、奥多摩そば中村亭だったのだ。
 調べていると駅そば好きな方のブログに行きついた。NREになってから味が落ちたと主張されていたが、伝統であるそうな「おでんそば」については今も販売しているそうだ。気になる。おでんと蕎麦の相性が。

 この本を読むまで中村亭の存在すら知らなかったが、普段見ている駅そばが100年以上も続いていることには驚いた。上の地図でも書いた「岩崎邸」これも実は今も残っている。北口で「岩崎倉庫」としていまもあるのだ。

 立川にはいなげやをはじめとして、おおくの老舗があるようだ。調べがいのあるまちだ。


参考文献(50音)いずれもトップページ
・いなげや http://www.inageya.co.jp/ (平成27年1月11日)
・岩崎倉庫 http://www.iwasakisouko.co.jp (平成27年1月11日閲覧)
・NRE日本レストランエンタサプライズ http://www.nre.co.jp/(平成27年1月11日閲覧)
国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do (平成27年1月11日閲覧)
・立川の建物疎開の記録 (立川市教育委員会 平成8年3月29日)
(ブログについては個人サイトなので掲載は控えさせていただきます。)

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by yunomi-chawan1 | 2015-01-13 00:00 | 地域 | Comments(0)

富山ライトレールに乗って

富山の記録はこれで最後にします。

南富山から市内電車で丸の内へ。そこから再び富山に戻りサイゼリヤで昼ご飯を食べました。後で思ったのは、駅弁を買って食べたらよかったなぁと後悔。

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駅前には元神奈中の顔がたくさん。幕車もたくさん残っていました。
右下の運賃幕の小窓が元神奈中を象徴していますね。これ、神奈中以外にもあるのかな?
最近平塚方面などに導入された新型エアロスターにはこの窓がなくなっているので寂しいですね。神奈中にこの窓があったのは路線や時間帯によって乗車方法がさまざまだったことがあるようですが、中乗り前降り後払い方式の一般的なものに統一され始めているのも、その影響なのかな。

富山地方鉄道も確かにこの窓は必要なさそうですが、使っていたら嬉しいですね。筑波でも使われていませんでしたが。


富山駅からは乗ってみたかったライトレールに乗りました。

a0332275_17114430.jpg
低床の電車。ホームは低く、電車との段差や隙間が少ないのです。
ただ、床が低いためか、線路のガタンがタンという振動が尻に響きました。

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奥田中学校前駅で下車。
ここからちゃんとした線路になります。

奥田中学校前で降りた理由は鉄塔。
http://ricebowl2.exblog.jp/20641683/
すでに公開しています。駅から近いかなと思ったのですが、案外遠かった。


鉄塔を辿った後は隣の下奥井駅へ。
a0332275_17221768.jpg
踏切を中心に互い違いの棒線駅です。
単線なのに電車の方向によってホームを分けているのはいいですね。
富山港線時代は交換が可能な駅だったようです。

a0332275_17241116.jpg
東岩瀬駅で途中下車。
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東岩瀬駅は富山港線時代の駅舎が残っていました。休憩室として利用できます。
ライトレールの駅とはつながっていないので注意が必要です。建物の中にはトイレもあり利用できます。

ここで降り立った理由は「廻船問屋が立ち並ぶ歴史的まち並み」を見るため。
a0332275_17261102.jpg
実はここの道を行ったところのようですが、鉄塔散策で足が疲れていたので折り返して駅へ向かいました。
普段運動していないとダメですね。


a0332275_17300120.jpg
ついでなんで終点の岩瀬浜駅へ。特に何もない終点でした。

a0332275_17314913.jpg
富山へ戻って。
電車を撮って帰りました。

a0332275_17322432.jpg
帰りの電車は真っ青。
a0332275_17322900.jpg
手動式に感動しました。

あいの風とやま鉄道のダイヤも公表されたようですね。
在来線本数はあまり変わっていないようですが、特急がなくなった時刻表は何かさみしいものを感じました。


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by yunomi-chawan1 | 2015-01-12 00:00 | 散策 | Comments(0)


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