カテゴリ:散策( 22 )

セブン-イレブン1号店に行く

先月、相模原市のセブン-イレブン2号店である「相生店」に行きましたが、今度は豊洲ついでに1号店に寄ってきました。

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場所は豊洲。地下鉄の豊洲駅から徒歩2分ほどの場所にあります。大通りに面していて非常に人通りの多い場所でした。相模原の2号店とは町の雰囲気が違います。


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いまこそ豊洲はタワーマンションが立ち並ぶ土地ですが、当時は工場と空き地が目立つ場所だったようですね。

この写真も人が途切れるのを待って撮影しましたが、非常に人通りの多い立地でした。駐車場などはありません。店の看板も最新タイプが設置されています。


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店の名前は「豊洲店」。まさにふさわしい名前です。

「セブンイレブン1号店」等で検索すると当時の様子が見ることができます。


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店の番号は「17」。一説によると下一桁を除く番号が出店順らしいので1号店だとわかります。(最近は順番ではないようです)

店内は縦に長い構造で、普通の店舗と品揃えは変わりません。1号店を示す表示や商品はどこにもなく、知らなきゃ1号店だとわからなさそうです。


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by yunomi-chawan1 | 2017-04-23 09:00 | 散策 | Comments(0)

築地から豊洲へ歩く その2

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前回の続きで築地市場を出て勝鬨橋を渡り、そのまま晴海通り有明通りを豊洲方面へ歩いていきます。

築地市場~豊洲市場間では、東京都市計画道路 環状2号線が建設中で、運河の部分などでその橋梁が見ることができました。といっても環状2号線は築地市場以外はほぼ完成しています(未供用)。

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隅田川の勝鬨橋から見えるのが、築地大橋です。橋の長さは245mでアーチ型になっています。

隅田川には個性的な橋が多数ありますが、築地大橋も勝鬨橋に劣らずきれいな形をしていますね。

橋の右側が築地市場です。


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晴海と豊海・勝どきを結ぶのが黎明大橋です。橋の前後の地上部で立体交差となっているため、橋の横からの姿は築地大橋ほど美しくはありません。

ちなみにこの写真を撮影した晴海通りの橋の名前は黎明橋で、何で似た名前にしちゃったのかな・・・と思わなくもありません。。。


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最後に、晴海と豊洲を結ぶのが豊洲大橋です。橋の長さは550mと長いです。

この橋もおおむね完成していますが、いろいろあってまだ供用はされていません。ただ、晴海に建設するオリンピックの選手村の工事車両に限って先行的に供用されています。

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豊洲大橋の取り付け部からの景色ですが、見ての通りほとんど完成していて、工事関係車両が行き来しています。もともとは昨年中に開通する予定だったようですが、豊洲市場移転問題のあおりでまだ開通できずにいます。

環状2号線開通はオリンピックの開催のための確約だった・・・みたいな報道も一部であるようですが。


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ちなみに晴海通り・有明通りは4車線以上の広い道路ですが、非常に交通量が多い印象を受けました。


話はそれて有明通りの首都高速晴海線関連です。

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現在は豊洲まで暫定的に開通している首都高速10号晴海線ですが、晴海まで延伸する工事が行われています。

豊洲のゆりかもめとの交差部分には、南北から首都高速の高架橋が張り出し、もうすぐでつながりそうな勢いでした。


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首都高速晴海線は、有明通りの晴海大橋の北側に、一般道の中央部につなげられる計画のようで、こちらでも工事が行われていました。開通は今年度中だそうです。

都心環状線に接続する計画もあるようですが、こちらは実現の可能性があるのかよくわかりません。



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そして豊洲市場に到着。広い土地に外観の綺麗な建物が整然と建っていました。

本来の計画なら昨年築地市場から移転して既に営業を開始しているはずですが、移転問題の影響でひっそりとしていました。この辺りは住居や工場も少ないため、市場前を歩く人はほとんどおらず、サイクリングをしている人と車が通り過ぎるだけです。


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市場の出入口には看板も設置済み。そのほか出入口に面した道路には信号機も設置されていますが、信号機は一部で使われていない状況でした。


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豊洲市場の前にはゆりかもめ市場前駅があります。

かつては「市場はないけど市場前駅」などとバラエティ番組等でもネタにされていた記憶ですが、現在は市場の真ん中にある駅になっていました。

駅から市場棟にペデストリアンデッキが直結していて、中には見学場までつながっているようです。こちらも現在は未供用。このペデストリアンデッキの存在はここに来るまで知りませんでした。


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環状2号線はここに接続。奥に高層ビルが見えます。

市場の横には商業施設を建設する予告看板もありました。今後どうなっていくのでしょうかね?


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by yunomi-chawan1 | 2017-04-22 08:00 | 散策 | Comments(0)

築地から豊洲へ歩く その1

移転するのか、移転しないのか揺れている築地市場と移転予定先の豊洲市場を歩いてみてきました。

歩いたのは新橋駅~築地市場~豊洲市場のおよそ5キロ。地図で見ても感覚的にももっと距離があるように思えますが、意外にこれでも5キロほどと近く、ぶらぶらしても2時間程度で到達が可能でした。

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新橋駅から東の築地市場方面へ300mほど。首都高速(厳密には東京高速道路)の高架下をくぐり、汐先橋交差点を渡ります。

振り返ると、汐留の再開発地区の高層ビル群がそびえたちます。このあたりは貨物駅跡を整備したところなのは有名ですね。右側のビルが電通本社。写真には写っていませんがその奥に日本テレビがあります。


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汐先橋交差点は工事の真っ最中。全体的に工事用の路盤で覆われています。1枚目写真に写るクレーンも含めて、都市計画道路である環状2号線の地下空間を工事していると思われます。

この写真の奥の方へ道なりに行くと、環状2号線が突き抜ける虎ノ門ヒルズにも到達します。


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また200mほど進むと築地市場に到着します。

これまで通ってきた道路は左へカーブ。このあたりの築地市場は青果を取り扱っています。「築地=魚類」というイメージの人も多いのではないでしょうか。

当初の計画では、昨年築地市場を豊洲に移転し、跡地に環状2号線を建設する予定でした。ちょうどこの写真の位置を直進する形になります。ただ、いろいろあって現段階では移転されていませんね。


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左へカーブした道路を進むと、築地市場正門に到着します。朝日新聞本社の目の前です。

築地市場には何度か来たことがありますが、この日もトラックやターレが行き交います。


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場内はこんな感じ。こちらも何度か来ているので、すぐに退散します。

それにしても外国人が非常に多いですね。市場は商品の取引を行う場所ですが、立派な観光地になっているんだなぁとつくづく感じました。


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築地市場場内にある吉野家 築地一号店。あの牛丼店の一号店はここにあります。

よく見る吉野家の看板ではなく、メニューも通常店より少なくなっています。そのほか箸の置く位置などにも違いがあり、昼時前でしたが代わる代わる市場関係者が食事をしていました。

この吉野家 築地一号店も、調べたところ築地市場の移転によって閉店する計画だったそうですが、いろいろあってまだ続いているようです。


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個人的定番の、牛丼並み+温玉をチョイス。変わらないおいしさです。


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築地市場を出て晴海通りを豊洲方面へ。

隅田川を渡る勝鬨橋を渡ります。勝鬨橋は昔は橋の中央部が開く構造でしたが、現在はその設備は撤去され、橋のたもとにあるかちどき橋の資料館で市町が見ることができます。(今回は見なかった。)

ここから晴海通りをずっと豊洲方面へ。続きは次回


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by yunomi-chawan1 | 2017-04-21 19:00 | 散策 | Comments(0)

いるまがわ?いりまがわ? 調布市の「入間川」読み方の謎を探る

はじめに

川は源流があり、下へ流れて別の川と合流したり、海に流れたりする。

東京都などでは川の管理区分の上流の端に「上流端」の看板が取り付けられていて、それを写真に撮って集めている人もいるらしい。

ある日そんな上流端の画像を検索していると 、調布市の「入間川」が目に入った。調布市を流れているのは知っていたけど、どんな川なのかまでは知らなかったのでよく調べて画像検索すると、「まがわ」と「まがわ」の2つの看板の画像が出てきたのだ。

「はて?」

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▲後日撮影した入間川の上流端(2017年3月)


入間川とは?
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入間川というのは調布市の東側を流れていて、全長2キロほどのごく短い河川だ。

周囲は完全に宅地化されていて、通常の水位は場所にもよるが5センチ程度と排水路に近い。

とはいっても、数年前に氾濫を起こし、周辺の宅地に被害をもたらした。今では「入間川分水路」という迂回ルートも造られた。

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▲中流付近、上流端から野川合流までこの調子

ちなみに埼玉県入間市で知られる埼玉県南部にも「入間川」が存在し、「いるま川」と読む別の河川。

読み方の謎

画像検索で出てきた写真を見ると、2009年頃までに撮影されたものは「いるま川」、それ以降は「いりま川」となっているようだ。

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どこかで読み方が変更されたに違いないだろうが、インターネットで一通り調べても情報がまったくなかった。

ちなみに、フリー百科事典のWikipediaにはこう書かれている(2017年4月1日現在)。

行政上の正式な読みは「いまがわ」であるが、流域の地名(町名)の「入間町」は「いまちょう」。
Wikipedia-入間川(多摩川水系)

んー、Wikipediaはあてにならない…

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▲調布市入間町、この読み方は「いりま」



地元の人は?

偶然にも後輩が近くに住んでる…ということを以前聞いた気がしたので質問したところ、どうも地元では「いりま川」で呼ぶことが多いらしい。「いるま川」派もいるそうだ。

また、調布市議会でも

(前略)
 また、水位警報システムを――入間川(いるまがわ)というのが正式な呼び方だそうですが、私ども旧神代の地域に住んでいるものはどうしても入間川(いりまがわ)というふうに言ってしまいますが、入間川(いるまがわ)ということでありますが、この設置することでありますが、(後略)
調布市議会 平成21年(2009年)第一回定例会

とあり、呼び方が改められる前から地元では「いりま川」らしいことがうかがえる。



読み方変更のワケ

手掛かりが掴めないので、この地域の河川等を管轄する東京都の北多摩南部建設事務所にメールで問い合わせた。

メール本文をそのまま載せるわけにはいかないので要約すると、

東京都が平成8年(1996年)に「まがわ」という呼称を正式に決定した。

平成21年(2009年)11月、調布市から「まがわ」に訂正統一するように正式に依頼され、 東京都では調布市からの依頼を調査し、河川大辞典等の資料に基づき変更統一することにした。

正式に統一するよう通知したのは、平成21年(2009年)12月2日からである。

とのことだ。


また、多摩地域の河川を網羅している『川の地図辞典 多摩東部編』(著者:菅原健二 発行:株式会社之潮)には由来についてこう書かれている。

入間川(いまがわ)

野川の支流のひとつで、深大寺野ヶ谷地区(現・調布市深大寺東八丁目13番地)付近の湧水を水源とする。

(中略)

川の名称は旧村名から付いた。上流部では大川、旧中仙川村の地域では中仙川とも呼ばれている。


地名でもある「いりま」から河川名が付いていることもあり、昔から「いりま川」が正しかったようだ。

読み方の変更は地元の読み方に合わせたかたちだ。



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▲野川に合流する手前の入間川


ちなみに、町田市の「高ヶ坂」も、「こがさか」「こうがさか」どちらでも呼ばれていたが、平成26年の2014年の住所整理で「こがさか」となった。

こういった例は探したらもっとありそうだ。

入間川の東側を流れる「仙川」も、「せんかわ」「せんがわ」どちらの看板も掲げられている。


参考文献、取材

(50音順、敬称略)
・川の地図辞典 多摩東部編(之潮)
・北多摩南部建設事務所管理課河川管理担当
・北多摩南部建設事務所ホームページ-河川の整備事業(2017年3月31日閲覧)
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kitanan/jigyou/k_index.html
・調布市議会 平成21年第一回定例会 議会録
・デイリーポータルZ 東京にある川の上流端をめぐる(2017年3月31日閲覧)
http://portal.nifty.com/kiji-smp/160419196287_1.htm

・その他画像検索で見つかった入間川の写真
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by yunomi-chawan1 | 2017-04-02 00:00 | 散策 | Comments(0)

2017年春の稲城ふれあいの森

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今期の「稲城ふれあいの森」の開放が始まったので行ってきました。

稲城ふれあいの森は若葉台駅の東側にあり、春季と秋季の週末などで解放されています。

現在は私有地を市が借り受けて開放しているそうですが、将来的には「小田良谷戸公園」とする計画のようです。

坂浜平尾線建設のため、入口が小田良区画整理側に移動しています。入ったら名前と住所を書く必要がありました。

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園内からは富士山も見えました。手前の土が見えている箇所は坂浜平尾線の建設中。

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南の泉のようす。きれいに整備されていました。手前の泉は水が湧き出ているのをためている様子でした。園内の斜面からほかにも水が湧き出ている場所がありました。

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フェンスの隙間から見えた西小田良の谷戸。園の外です。

坂浜平尾線と小田良区画整理によって消滅してしまったかと思いましたが残っていました。ここも将来的には公園の一部になるのかな。ぜひこのままの景色を残してほしいと思います。

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京王線に乗っていて一瞬だけ見える青い小さな橋。かつてはこちらが稲城ふれあいの森への出入口でした。こちらから入ったことがある記憶があります。

坂浜平尾線は橋の向こう側を横切るように建設中です。この橋もいずれ支障になりそうです。

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西小田良の谷戸を通る坂浜平尾線の建設現場はまだまだ完成には時間がかかりそうな雰囲気でした。

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京王線はこんな感じに見えます。手前の桜の木の枝が邪魔していてあまりいい構図ではないですかね。

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このあとは園を出て京王線の車窓から気になっていた橋の上へ。

富士山も見えて、切通しからやってくる電車、予想通りのいい景色でした。


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都営新宿線の電車も。

調布から橋本にかけて景色がみるみる変わる京王相模原線、まだまだ自然が残る稲城を走り抜ける電車でした。以前、電車に乗っていた外国人が調布側から稲城を過ぎたころに「Countryside!!」とはしゃいでたことあったなぁ。


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by yunomi-chawan1 | 2017-03-24 17:30 | 散策 | Comments(0)

川崎市岡上の急坂に挑む

川崎市の飛び地「岡上」に急坂があると聞いて行ってきた。

岡上は川崎市麻生区の一部。鶴川駅の南口付近からTBS緑山スタジオの北側までで、飛び地となっている。岡上には小学校しかないため、中学生は間の町田市を越えて柿生中学校まで登校している。

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大部分が市街化調整区域で、近隣の町田市の三輪緑山や金井、横浜市の奈良北団地とは違い農地や山林が多く見られる。

農地は岡上農営団地として、また多摩丘陵で勾配が激しい。都市計画道路の整備率も恐らく0%に近く、正直川崎市から見放されてるのでは…と、思わなくもない。ちなみにスーパーマーケットもない。

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そんな岡上だが、西側の谷戸の奥詰まりに坂がある。名前は谷戸の入口から順番に1番坂、2番坂・・・10番坂まで。4番坂だけ見当たらないが、4だからないのかな。名前が付いてるからとても良い。

1番坂(壱番坂)
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一番坂は谷戸の一番手前にある坂。Yショップ関店がある前あたりだ。

坂の手前には1番坂を示すお手製の看板があった。

坂は手前は緩やかで奥に行くにつれて急になる。ただし、全体的に見るとそこまで急な坂ではなさそうだ。見えている奥でクランクしている。

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距離も大したことないので、自転車で登るのは大したことない坂だ。坂の頂上から見ても坂はそこまで急ではない。

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坂の一番急そうな場所で簡易的に計測した角度は12度ほど。大体21%(100メートル進んで21メートルのぼる)というとだった。そうはいっても急坂だ。


2番坂
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2番坂は納豆製造工場の かじのや納豆の前にある。坂の名前を示す看板は見当たらなかった。

坂は1番坂と同様に最初はなだらか。途中で分岐があって左に進むと急坂が現れる。

傾斜の一番急そうな場所で測った傾斜角度は9度ほど。換算すると16%ほどだった。


3番坂
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3番坂は入口に看板つき。ただ、坂というよりかは階段なので自転車では挑まず、勾配も測らなかった。


5番坂
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5番坂は和光大学の入口の前あたりにある。坂道の路面には丸い滑り止めの溝が施され、見るからに勾配はきつそうだ。

この坂は私の折畳自転車では5メートルほどでアウト。自転車の重心が後ろにあるので前輪が浮いて危険を感じた。

この坂道も距離は見えてる先まで。そこまで長くはないので、ちゃんとした自転車で体力があれば登りきれそうだ。

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上からの景色はこんな感じ。正面のマンションの高さと比べると4階分あるだろうか。

坂の途中で簡易的に測った角度は16度、換算すると28%~29%ということになる。

降りるのも自転車では怖いので押して降りた。


6番坂
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6番坂は大したことない坂だ。入口から左に曲がる。取り分け急な場所もないので、上まで登ることができた。

簡易的に計測した角度は9度ほど、換算すると16%くらい。それでも急なのは変わり無さそうだ。


7番坂
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7番坂はあまり記憶にない坂。入口から右に曲がる。

入口に大きな看板はあるけれど、他の坂に比べると急な坂ではない。

簡易的に測った角度は6度ほど、換算すると11%程度だ。おそらく1番~10番のなかで一番緩やかな坂だろう。


8番坂
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8番坂は急だ。坂に対して垂直に滑り止めの溝が入っている。

坂の入口にはプレート使用の「8」の数字が掲げられている。落書きかデザインなのか、8が変な模様になっているけれど。

坂は見えているところまで。直線的でそこまで長くはない。

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登りきったところからの景色はこんな感じ。一番はじめが一番急なのかな。

坂の一部で簡易的に測った角度は19度、換算すると34%といったところ。見た目では5番坂よりは緩やかかと思ったがそうではなかった。


9番坂(急番坂)
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9番坂も丸い滑り止めの舗装になっている。初めは比較的なだらかな坂で、見えている先で右に分岐して急坂が現れる。左に行くと8番坂の上へ。

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9番坂の看板は手作り風に「急番坂」。「きゅう」が掛けてる。

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右分岐後の坂は斜面に垂直に滑り止めの溝がある。坂はこの先右に曲がって頂上に着く。もう少し進むとこの先の10番坂の頂上へ。

坂の入口には「急坂につき最徐行」の文字。まぁ、ここに来るのもほとんどが住民だと思うが。

この坂の急そうな場所で簡易的に測った角度は18度ほど。8番坂とほとんど変わらない。32%ほど。


10番坂
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最後の坂は谷戸の奥にある10番坂。坂の名前を示す看板は見当たらない。

入口ではそこまで急そうな坂には見えないが・・・

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曲がるとこの急坂である。あの、左右に階段付いてますけど?このくらいの傾斜の階段よく見るような。

坂の頂上を左へ行くと9番坂へ。

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登りきったらこんな感じだ。見てるだけでも転げ落ちそうな急坂だ。自転車では勿論登りきることなど無理。体力ある人頑張ってください。

坂に登りきったところで、坂の上に住んでる方が車を発進させた。まさかこの坂を下るわけでは・・・と、どきどきと珍しいもの見たさで待ってみたが、9番坂の方へ。さすがにこの坂を車で下るのは危険か。。。

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坂の一部で簡易的に測った角度は22.5度ほど。大体41%だ。

坂ファンと酷道(国道とは思えない国道のこと)ファンには有名な「暗峠(くらがりとうげ)」でも最大勾配が37%と言われているので、それを越えている。


というわけで、岡上の坂でおすすめなのは5番、8番、9番、10番。10番は自転車で登りきることはできるのだろうか。

知らないところでまだまだ急坂はありそうなので調べてみようかな。名前が付いているととても良いんだけど。



注:勾配の計測は簡易的な測定器で簡易的に測ったものです。道路の隅切りではなく本線上で測ってはいますが、坂の場所や鋪装によって角度の誤差が発生します。平均勾配や最大勾配の計測には精密な測量が必要です。坂にチャレンジする場合には、近隣への配慮や交通に注意してください。


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by yunomi-chawan1 | 2017-03-05 00:00 | 散策 | Comments(2)

相模原のレトロ自販機に行く

一昨年や昨年、NHKの番組でも取り上げられ話題となった「レトロ自販機」が相模原市にあると聞いて行ってきた。
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相模原市南区下溝。中古タイヤ市場相模原店[地図]の一角にある。相模原浄水場の西側、県道507号から1本入った路地だ。
いくつかの自販機が置かれていた。

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そのうちの1つがこの「うどん・そば」の自販機だ。ネットの情報によると、2016年11月頃新たに設置されたらしい。神奈川県唯一との情報もある。

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天ぷらそば、天ぷらうどんどちらも300円。今流通している500円硬貨も使えた。

というわけで、天ぷらうどんをチョイス。

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30秒ほど待つと右下の取り出し口から出てきた。

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蒲鉾が2枚、天ぷらにうどんとシンプル。自販機には薬味(七味)と割り箸が付いている。下の部分に濃いのがたまっているのでよくかき混ぜて頂く。
シンプルな味にシンプルなうどん、吹き付ける風もあって、うどんが体にしみた。
結構量があるので1杯で満腹に。

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自販機コーナーには市販の薬味瓶やゴミ箱もある。

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うどん・そば以外にも自販機がたくさん。中古タイヤ屋さんの趣味もあるのかな。

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カップヌードルの自販機も。以前フェリーの中で見たことある気がする。

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この他、ポップコーンの自販機や瓶コカ・コーラの自販機も。
1うまい棒やおでん缶を売る自販機もあった。載せきれないので是非訪れてみてほしい。


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by yunomi-chawan1 | 2017-03-04 12:00 | 散策 | Comments(0)

セブン-イレブン2号店に行く

セブン-イレブンと言えば、コンビニ業界でトップの店舗数を誇る。地域により店舗数はばらつきがあるものの、日本中ほぼどこにでもある。
1号店はバラエティ番組などでたびたび取り上げられていて有名な「豊洲店」。一番最初に売れたのがサングラスだった―といったトリビアは有名だ。
では、2号店はどこなのだろか・・・と調べたところ、相模原市にその店舗があるようなので行ってきた。

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相模原市中央区相生4丁目[地図]。JR横浜線の淵野辺駅と矢部駅の間あたりから南西へ行ったところにあるセブンイレブン「相生店」だ。
駐車場も広く、新しいタイプの看板であるため2号店らしさは感じられない。ストリートビューの古い写真を確認すると、2014年ごろに駐車場を拡大するため店舗位置がバックしたみただ。その店舗も開業当初からあるわけではないみたい。

店内も普通なため、本当に2号店か店員さんに聞いてみたところ、「確かに2号店です。かれこれ四十数年やってます。」とのことだった。調べたところオープンしたのは1974年6月らしい。

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自動ドアの上には「23」の店舗番号。下1桁はランダム番号で、それより前の位が出店順(ただし近年は順番になっていない)らしいので、2号店だ。ちなみに1号店の豊洲店は「17」。
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オープン当初は直営店で、豊洲店は当初からフランチャイズだったので、この店舗がセブンイレブンの直営1号店ということになる。ただし、今はフランチャイズ経営されているようだ。
セブンイレブンの店名の特徴として、最近は「自治体名:町名:店」の順に名付けられることが多い(例:渋谷西原1丁目店)。しかし、古い店舗はそうではなく「町名:店」となっているのが多いから、古い店舗を見分ける方法になりそうだ。

コンビニは昨年ファミリーマートがサークルKサンクスを経営統合したり競争が激しくなる中、小さな駐車場しか持たない店舗は閉店が相次いでいるの私の実感だ。10年もせずに閉店するコンビニも少なくないと思う。そんななか、40年以上にわたって続くこの長寿のお店を後にした。いまは普通の店舗と何一つ変わらないけどね。

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by yunomi-chawan1 | 2017-03-03 17:00 | 散策 | Comments(0)

新宿駅の新しいサインを見てきた

新宿駅は入り組んだ地下街と通路で「新宿迷宮」とも呼ばれることがある。
私自身は新宿駅で迷ったことはほとんどないのだが、案内サインが不親切だと感じることがあった。(渋谷駅の方が迷宮・・・)

昨年10月、東京都を主体として新しい案内サインの試験的な掲出が始まったそうなので、新宿駅に行ったついでに見てきた。
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試験的に掲出が始まったのは京王モール内。京王線の南口から西口広場の方へ歩いて行く途中にあった。ちょうどファミリーマートとかがあるあたり。
新しいサインでは電車のマークや色遣いでぱっと見で方向が分かるようになっていた。

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新宿駅と言えば、西口広場のこの案内サイン。新宿駅西口の特徴のようだが正直わかりにくい。

新宿駅の案内サインはここだけではなく、各社局によってデザインはばらばら。東京都などではこれからオリンピックも見据えて統一していく方針のようだ。道路の案内標識も都内や国道などで英語表記やピクトグラムの統一がすすめられていくそうだ。


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by yunomi-chawan1 | 2017-03-02 12:00 | 散策 | Comments(0)

「丘を越えて」かつての桜の名所 稲田堤へ

「♪丘を越えて行こうよ…」という歌手で有名な藤山一郎の『丘を越えて』。

言わずと知れた昭和の名曲だが、この曲が神奈川県川崎市多摩区稲田堤にゆかりのある曲だと知って稲田堤に行くことにした。

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稲田堤は南武線に稲田堤駅があり、京王相模原線にも京王稲田堤駅がある。2つの駅は400メートルほど離れていて、乗り換えはめんどくさいということで有名だ。

稲田堤駅がある周辺の地名は菅という。駅から数百メートル北へ行けば多摩川があり、堤という名前にふさわしい。
この地に南武線が通ったのは、1927年(昭和2年)のことだ。戦時買収前の南武鉄道の時代だ。駅開設当初からこの駅の名前は変わっていない。駅の名前を菅ではなく「稲田堤」にしたのは、当時稲田堤が桜の名所として広く知られていたことがあるようだ。

稲田堤駅前、写真右手の踏切は観光道踏切いい、ここにも当時の痕跡が残っていると言える。

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稲田堤駅前の通りを北へ10分ほど。多摩川のほとりへと辿り着く。

ここには 小田急バスの稲田堤折返場のバス停があり、そのバス停は手書きだというのは風情がある。

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多摩川の堤防に立つと桜の木はほとんど見当たらない。わずかに数本の桜が植わっているくらいだ。そもそも桜の名所ならマスコミにも多く取り上げられ知っているはずだ。

残念ながらこの地の桜の木は切り倒された過去があるのだった。

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『稲田堤の桜』角田益信 より
この地に桜が植えられたのは明治の頃だ。多摩川の堤防が改修され、日清戦争の戦勝記念して明治31年 にすぎ村の人々が総出で吉野桜の苗木を3本か5本ずつ持ち寄り植えたらしい。当時の目的は、多摩川が増水したときに伐採し、ナギに使用することだったそうだ。

北は矢野口の境、南は二ヶ領上河原堰までの約2キロに251本を植えた。後に一部が枯れたため、1917年(大正6年)にソメイヨシノなど325本を追加で植えている。
一時は関東で3本指に入るほどの桜の名所として知られたそうだ。

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1916年(大正5年)に、京王多摩川支線(多摩川原支線)(いまの相模原線)が調布駅から多摩川原駅(いまの京王多摩川駅)まで開通すると、京王電車によって「稲田堤」として広く宣伝された。稲田堤という名前は一説によると、このころついたとか。のちに南武線が開通し駅が開設された。

多摩川原駅は稲田堤とは多摩川隔てて反対側の駅で、多摩川支線が多摩川を渡り延伸されたのは、多摩ニュータウン開発の頃(1971年(昭和46年))まで待つことになる。

当時、多摩川に今ほど橋はなく、渡し船がまだ多くあった。稲田堤も例外でなく、菅の渡しや、上菅の渡しがあった。
花見の観光客は京王線に乗り、船で多摩川を渡って来たようだ。

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いまでは渡し船があった場所には碑が立っている。今ある橋の間隔よりも小さく渡し場があったところもあって、今でも渡し船があったら便利なのになぁ…と思うことはある。

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稲田堤にあった菅の渡しは、京王相模原線が延伸し多摩川を渡った2年の1973年(昭和48年)に廃止された。多摩川で最後まで残っていたのもこらしい。

渡し船はたいへん賑わったそうだ。



さて、「丘を越えて行こうよ真澄の空は朗らかに…」という歌詞で知られる藤山一郎さんが歌う『丘を越えて』。この歌は稲田堤にゆかりがある。

丘を越えてのメロディーを作った古賀政男は明治大学卒業前の春、マンドリン倶楽部の学友と稲田堤に行き、花見酒を満喫した。下宿に帰り学帽を脱いだとき、顎紐についた花びらを見てメロディが次々と湧いた…。ということだ。
古賀政男の青春がここ稲田堤にゆかりがあった。


その後、稲田堤の桜は道路工事などに伴って昭和30年頃に伐採されたそうだ。

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稲田堤から上流へ数百メートル。都県境付近の右岸には小さな桜並木があった。ここがこの辺りでは一番桜が密集してそうだ。

この辺りの多摩川の右岸にはサイクリングロードが整備されておらず、自転車乗りには酷評されている場所。この辺りから川崎市方面に向けて下流側は多摩川沿線道路があって、川沿いということもあり信号機が少ないからか、ダンプなど交通量が多い。歩道はない。

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桜並木には「稲田堤桜の碑」が立っていた。1922年(大正11年)に建立されたそうだ。

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稲田堤駅から府中街道方面へ行った脇に和菓子の「はしば」という和菓子屋がある。そこには丘を越えての発祥の地を由来として、和菓子の「丘を越えて」が売られている。稲田堤にわずかに残る桜を見ながら、和菓子を食べるのも良い。

ちなみに、噂によると、稲田堤駅の発車メロディ(発車前に鳴らすメロディのこと)を「丘を越えて」にしようという運動があるらしい。
乗り換える駅から、ちょっと足を伸ばして散策してみてはいかがだろうか。


(公開が桜の時期が過ぎた頃になってすみません)

参考資料
『稲田堤の桜』角田益信/1977/
『あゆたか44号』稲田郷土史会/2006
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by yunomi-chawan1 | 2016-04-24 00:00 | 散策 | Comments(3)


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